表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/250

痛み分け

 一瞬。

 瞬きほどの時間で、空に存在していた絶望の剣が忽然と消え去った。そして、さらなる絶望が俺の視界を覆った。

 黒翼をはためかせる幽王に抱かれて、虹の神を持つ幼女が目を開く。

 幽王が放ったのは《簒奪のメダル》だ。だが、《簒奪のメダル》にはタナトスの知人が取り出すために代償と合言葉を必要とするといったストッパーをかけていたはずだ。それらは《終末論アヴェスター》……現《黙示録アポカリプス》が必要なはず。

 いや、待て。タナトスの知人とは一体誰だ? 幽王ともそいつが友人なのか? ありえるのか、そんなことが。世界を救う者と世界を終わらせる者にそれぞれ等しいものを与えるものだろうか。

 では、あれは模造品? いや、それにしては……。


「色々と考えているようだが、無駄な思考だな」

「くっ……テメェ、一体何を」


 落下する体を翼を使って立て直すと、見上げる形で幽王に問う。

 すると、幽王はさもありなんと言いのけた。


「これはお前のよく知る《簒奪のメダル》とは違う。名付けるなら《呪印のメダル》。かつて一人の王が大天使より頂いた指輪を溶かしてメダルにしたものだ。お前の紛い物と違い、代償を必要としない」

「どうして……お前がそんなものを……」

「何を言っている?」


 訝しむような声色で、幽王は虹髪の幼女を落とさぬように抱きしめながら告げた。


「それは元を正せば俺が創ったものじゃないか」


 俺の持つ《簒奪のメダル》。これはタナトスの知人が創ったものだと聞いた。だから、勝手にどこぞの神様が創ったのだろうと思っていた。

 しかし、幽王は今、それは俺が創ったものだという。ということはつまり……。


「タナトスが言っていたのは、お前のことだったのか……?」

「あいつがどう話したかは知らないが、俺はあいつとは昔なじみだが? まあ、その様子じゃあ、あいつが俺のことをペラペラと話したわけではなさそうだな」


 まさか。そんなまさか。

 タナトスが幽王の知人? 世界を終わらせる者の知り合い? そいつと俺を戦わせようとしていた?

 何が目的なんだ、タナトス。お前は……一体何がしたいんだ。

 信頼していたわけではないが、衝撃的な事実に俺は動けないでいた。しかし、すぐに自分を取り戻して目の前にいる幽王に立ち向かうためにダーインスレイヴを握り直す。

 その様子を見ていた幽王が小さく息を吐いてみせる。


「できれば、お前とはまだ戦いたくない」

「抜かせ……今ここでお前を倒せばすべてが終わるんだ。逃がすわけがないだろ!!」


 それにやつはとんでもないものを手に入れてしまった。終末論を封じ込めたやつはもういつでもどこでも世界を終わらせることができてしまう。

 このまま逃せば、絶対的に面倒なことになる。それを許せるほど俺は愚かではない。

 空を駆けて幽王目掛けてダーインスレイヴの切っ先を突き立てる。


「貴様が仲間を傷つけるなら、その怒りは何倍にもなって返ってこよう。我が剣は的を過たず、貴様に永劫癒えぬ傷を与えるだろう。――――我が魂は願い乞う(ソウル・ディザイア)――――!!」


 言霊。ダーインスレイヴの性能を数段階引き上げる言葉を持って、再度幽王の体を貫かんと特攻する。

 けれど、二度目の攻撃は片手で押さえつけられてしまう。切っ先を挟むように掴んだ手は硬く。剣を引くことも押すこともできなくなった。

 圧倒的すぎる。これほどまで力に差があるというのか。

 歯を食いしばる俺に、幽王は首を振って語る。


「足りないよ。その程度の覚悟では全然少しも足りちゃいない。お前、本当に御門恭介か?」

「な、にを……」

「仕方ない。少しだけ力の差というものを見せてやる。死んでくれるなよ?」


 言って切っ先を離すと同時に俺の腹部を重い一撃が突き刺さる。あまりの威力に俺は再び後退せざるを得なくなり、次の瞬間には言霊が耳に入る。

 まさか、できるのか。いや、このタイミングで起こす気か。もう一度、終末論を――。

 だが、幽王が行ったのは俺の予想を遥かに上回るものだった。


「見よ。燦然たる炎の星を。私は熾す者。外なる神を屠る聖骸。神は選択を誤った。堕ちろ、熾天使の剣。清濁を焼き尽くす生きる焉燚。人の手で今、世界は白紙に戻る。――――我が魂は渇望する(ソウル・ディザイア)――――」


 現れるは人の手に収まるほどの虹の炎を纏いし剣。遥かに小さくなった剣なのに、その迫力は変わらない。熱量が膨張し、今にも燃やされつくされそうだった。

 その中心にいるはずの幽王は少しも熱そうにしていないところを見るに、何かしらに守られているのか、あるいはそもそも熱さを感じないのか。幽王が言うように、代償は必要なさそうだ。

 怖気づきそうになる俺の体は動けなかった。それを幽王が見過ごすはずもなく、一気に攻めてきた。


 強烈な振り下ろしをダーインスレイヴで捉える。が、剣に近づいたことによる熱量の膨張で皮膚が焼け爛れ始める。自分の肉が焼ける匂いがする。鼻をつく匂いに苦悶の表情になるが、少しでも力を緩めれば幽王に真二つに斬られてしまいそうであるため、そうも言っていられない。

 幽王の押しが強く、落下が止まらない。すでに元いた場所から五百メートルは落下している。地面との距離はまだあるがこのままでは……。


「その程度で俺を倒すだと? 笑わせるな《常勝の化け物(エウへメリア)》。その体たらくでは何一つ救えないぞ」

「く、そぉ!!」

「ふんっ!!」


 俺の必至の抵抗も体を逸らされる程度で避けられ、隙だらけになった俺に幽王の牙が向く。素早い剣捌きで無数の切り傷が付けられる。普段であればどうってこと無い傷だが、《暁光の焉燚》の能力によって困難を極める。

 無数の切り傷から虹の炎が吹き出し、やがては体の内部へと侵食される。血反吐の代わりに火を噴き出して、俺の体が仰け反る。そこに幽王の横薙ぎがやってきた。

 どうにか回復が間に合って、間一髪でダーインスレイヴを間に合わせ幽王の一撃を凌ぐ。しかし、あまりの衝撃に耐えきれなくなった俺の体が加速度的に落下していく。

 なんとかならないかと翼を動かすが、体の中をうねる炎が体の自由を奪ってどうにもならない。

 やがて地面に落ちる。受け身すら取れなかった俺の体は《龍の血》と《平等な停滞》のおかげでバラバラにはならなかったが、全身の骨が砕けている。白伊と椿、安心院奈々美は校庭にいないところを見ると、俺が落ちてくるところを見て退避したのだろう。

 回復が追いつかず、それでも戦う意志を見せようと俺は地面に降り立った幽王をにらみながら口を開く。


「こ、んの……」

「これに懲りたら何もしないことだ。と言っても、お前は諦めないだろうがな。まあいい。今回の勝負はお前にくれてやる。《左翼の龍姫》を戦闘不能にし、終末論を使わせた時点でお前の勝ちだ」


 などと、ふざけたことを抜かしやがる。

 けれど、今の俺ではやつには勝てない。あまりにも強すぎた。武器の性能とかそういうものではない。きっとこれは俺自身の力のせいだろう。

 それでも、誰かに押し付けられた勝利など欲しくもない。回復速度に自信がある俺の身体は骨の大まかな結合にすでに成功していた。痛みを我慢すれば動くことだってできなくもない。

 だが、幽王はもう俺に興味を失っており、校庭に寝かされていた神埼美咲に近づいていく。


「ぁ……君、かぁ……」

「迎えに来た。立てそうか?」

「え、へへ……ちょっと……無理、かなぁ……毒素は……取れた、ん、だけど……麻、痺が……激し、くて……」

「そうか」


 ひょいと抱き上げる。神埼美咲はまんざらでもなさそうに安心して抱かれており、信頼関係がありありと見えた。抱かれたことで神埼美咲と目が合う。神埼美咲が幽王に耳打ちする。すると、幽王が小さく息を吐いて何かを唱えた。

 と、どうだろう。身動きができなかった神埼美咲が完全回復したではないか。先程の麻痺も見られない。幽王は完全完治能力も有しているのか……。

 そうして、回復した神埼美咲が俺に近づいてきて、俺の前で屈んだ。


「頑張ったね……えらいえらい」

「な、にを……」

「ごめんね。こんなお母さん(・・・・)で」

「ま、て……どういう……こと……」


 お母さんだと? 何を言っている。いや、それよりもなんで俺は神埼美咲に懐かしさを感じている?

 頭を撫でられる感覚を、俺は知っている。この優しい声色を、俺は知っているのだ。

 ふざけるな。全部説明しろよ。なんでそんな顔で褒めるんだ。

 あんたは……一体何者なんだよ!!


「行くぞ。あまり長居すると鬼の形相で《極東の最高戦力(イースト・ベルセルク)》が来る」

「うん」


 そんな俺の心の叫びも虚しく。幽王に呼びつけられた神埼美咲は俺の前から居なくなる。追いかけようとして、痛みを忘れて匍匐ほふくで追いかけようとするが、その先に広がる景色を見て、俺は呆然とした。

 空にとても大きな両開きの扉が発生した。もしも落下すればこんな街は簡単に押しつぶせてしまいそうな扉が。

 そして、扉が開かれる。そこから現れたものは黒塗りの一つ目巨人。しかも、扉から出られるような大きさではない。扉よりも遥かに大きいそれは、舐め回すように見開かれた一つ目で地上を見ていた。

 震える。恐怖だ。圧倒的な恐怖が俺を凍らせた。だのに、幽王は片手で仮面を覆うようにして肩を落としていた。


「ったく。迎えはいいとあれほど……あいつらは目立つことしかできないのか」

「あ、はは……それほど大事にされてるってことだよ。行こう、幽王」

「だとしても“真理の扉”を開くとは……はぁ……」


 あれが幽王の仲間? 今すぐにでも世界を終わらせてしまえそうな者たちがあんなにも?

 俺が敵と定めた幽王は一体どれほどの戦力を持ってるんだ。こんなの……勝てるわけがないじゃないか。

 敗北を感じた。勝負をする前に、俺は敗北していた。これほどの恐怖を、一体人間が乗り越えられるというのだろうか。


 完全に気圧された俺に、もう一度神埼美咲がやってくる。その笑顔すら、俺を恐怖させてしまう。

 今度は何をされるのか。身構えようにも回復が間に合っていないため何もできない。

 目をつぶり、これ以上の絶望を見ないようにするが、次の瞬間には俺の目は見開かれた。


 優しい感触。ともすれば人体のどこよりも柔らかいのではないかと思わせる場所が重なる。

 キスをされた。離れる神埼美咲の表情は柔らかいものだった。

 瞬間。

 俺の頭に記憶にかかっていた霧が晴れる。忘れていた大切な人の名前が思い浮かぶ。


「もう失くしちゃだめだよ? …………あの子達をよろしくね」

「待て……待てよ、おい。あの子達って……まさか。待てよ。待て、幽王!! 美咲さん!! あんたたち、まさか!!」


 幽王に駆け寄り、神埼美咲は幽王の腰に手を回す。翻った幽王が俺に目を向けて、最後に言葉を投げる。


「では、さらばだ、《常勝の化け物》。出来るなら、二度と会うことの無いよう、良き終末を――」


 待て。

 そんな言葉より速く、空から黒塗りの巨人の右腕が幽王たちを掴んで空へと拾い上げる。

 幽王たちを回収したことで一つ目の巨人はもう一度地上を眺めるや、徐々に扉が閉められる。やがて、完全に閉ざされた扉は忽然として消え去ってしまった。

 逃げられた。そんな悔しさよりも、奴らの作戦を知ってしまった俺は、してやられたことに歯を食いしばるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ