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ラスト・エンブリヨ

 天に映るは直径三千キロの虹色の炎の直剣。

 それは“暁光ぎょうこう焉燚えんいつ”と名付けられた神埼美咲が作り出しし終末論。

 その剣が今、ゆっくりと落下を始めた。


「あんた……なんてものを……」

「は……はは……わ、たしは、ね……恭介……くん……最低な……女……なん、だよ?」

「……本当に最低な女は、自分のせいで誰かが死ぬことで泣いたりなんてしないんだよ」


 力尽きたように神埼美咲は意識を失う。最後に自分は最低な女だと自傷して。

 俺はそれを真実にするつもりはない。颯人が愛した女を、あの優しい女性を、俺は最低な女になんてするものか。それにここには俺にとって大切な人が居すぎる。

 なんとか逃げ延びた椿と呼ばれた少女が、震える安心院奈々美を連れて近くまでやってきた。

 その顔にはこの状況をどうするつもりだと言いたげだ。


「安心しろ……って言っても、まだ何も思いついてないんだけどな」

「どうするの……《常勝の化け物(エウへメリア)》。あれは幽王が有する終末論の一つ。その中でも最大級の――」

「やめたまえ、椿。彼のことだ。やるべきことは決まっているはずだ」

「白伊……」


 遥斗と呼ばれた傷ついた青年を避難させていた白伊が遅れて合流した。しかし、空のあれ(・・)を見て生じた不安は確かに汲み取れた。

 口ではそういう白伊でも、不安はどうしても拭い去れないのだろう。

 だが、どうにかすることだけは決めただけで、具体的にどうこうするかは未だ決めていない。そもそも、あの終末論を収束させる力が俺に本当にあるのか?


「…………彼女――蒼穹の魔女の作り出した終末論を封じ込めた作戦はだめなのかい?」

「それな……俺も考えてたんだけど、あれってメダルの近距離じゃないといけないんだよ」

「つまり……?」

「あの高度でこの熱量だ。あれの近距離ではどれほどの熱量になるかなんて、お前でもわかるだろ?」


 そう。俺には終末論でさえも封じ込めるメダルを持っている。けれど、あれにはたった一つだけ欠点があった。それはメダル自体を終末論の近距離まで近づかなければならないというものだ。

 現状のままでとても熱いのに、その根本である剣に近づくなんてできるだろうか。

 ともあれ、このままではあれを打ち返すだけの戦力も揃ってはいないわけで……。


「手詰まり……か」

「ね、ねえ……どうして、そんなに冷静なの……?」


 不意に背から声が聞こえる。声の主は安心院奈々美だった。

 震えた声で彼女は問うた。なぜ、普通でいられるのかと。

 彼女は一般人だ。当然、この場所に居ていいヒトではない。そして、この状況に耐えられるヒトでもおそらくない。

 通常であれば、泣き叫んでもいいほどの恐怖を感じているはずなのに、どうして彼女はそうならないのか。意地かプライドか。あるいは、知り合いが目の前にいるからか。

 かわいそうに。眠っていられたならどれだけ幸せだったことだろう。これも俺という特異性に触れてしまったからだろう。

 であれば、彼女を救わねばならない。絶望に涙する少女を前に、何もしないのは俺のポリシーに反する。


 俺は安心院奈々美の頬に流れる涙を拭う。

 ビクリと体を震わせた安心院奈々美だったが、その状態の彼女に俺は告げる。


「なあ、後輩。生きたいか?」

「え……?」

「死にたいわけないよな。だから、泣いてるんだもんな」

「な、泣いてなんて――」

「安心しろ。あれは俺がどうにかしてやる」

「先、輩……?」


 ごめんな、巻き込んじまって。

 彼女の頭を撫でてやると、キョトンとした顔で俺を見つめる。

 かっこいい先輩になろうとは思わない。でも、少なくとも泣いている後輩をそのままにする先輩にもなりたくない。

 だったらやるしかないよな。

 無理無茶無謀は昔から嫌いだったんだ。なんだか、拘束されているようで。誰かに限界を決めつけられるようで。

 立ち上がり、ゆっくりと墜ちてくる虹色の炎を滾らせる剣を見つめながら俺は願う。


 すべてを救わせてはくれないか、と。


 誰もが幸せな世界は許されないものなのか。

 少数を傷つけて得る平和は代えがたいほどに優しいものなのか。

 否だ。誰もが幸せな世界は、きっと誰もが誰かに優しい世界なはずだ。傷つけられる少数のいない世界とは、きっと平和よりも美しいもののはずだ。

 もちろんその道は困難だろう。ありとあらゆる障害が邪魔をしてくるに違いない。でも、その先にある景色はきっと……誰も想像できない景色があるはずだから。


 左目が熱い。頭痛も少ししてきた。そして、俺はこの感覚を知っている。

 ああ、これか。これが原因か。みんなを救うには、またあの代償(・・・・・・)が必要なのか。

 左目に映された赤字のそれは《終末の終末論(ラスト・エンブリヨ)》。俺はもう一度、この力に頼ろうとしていた。

 しかし。


「大丈夫ですよ」

「イヴ?」

「今度はお一人では背負わせません」

「同意。前回は唐突なことで見過ごしましたが、二度はありません」

「若輩者ながら、僕もお手伝いしますよ、マイマスター」

「奈留。クロミ。レオまで……」


 どうやら、俺が大切なヒトとの記憶を代償にすべてを救おうとしたのがバレたらしい。

 そして、更に二人。


「ねえ、せんぱい」

「答えてください~」

「なんだよ、こんな時に?」


「「病めるときも健やかなるときも、富めるときも貧しきときも、たとえ明日世界が終ろうとも、あなたは終焉を超えて世界に希望の光を与えてくれますか?」」


 いつぞやに聞いたもの。

 あのときは気持ち半分で答えたような気がする。けれど、もう俺の答えは決まっている。

 俺は俺を救うために戦う。そして、俺を救うにはみんなを救う必要がある。だから、俺は――。


「安心して付いてきな。お前らの知らない世界に連れて行ってやる」


「「契約は今ここに――人の子よ、願いを」」


「安心院奈々美も、神埼美咲も、白伊も、アジ・ダ・ハークも、イヴも、奈留も、クロミも、レオも、クロエも、もちろんお前たちも。颯人も、タナトスも、幽王も、幽王の仲間たちも。緋炎の魔女も、蒼穹の魔女も、小野寺誠も、神埼紅覇も。カンナカムイも、俺に大役を押し付けやがった神々も。その他大勢のまだ見ぬ奴らも。そして、もう思い出せないあいつも。俺はすべてを救いたい。誰一人失いたくない。お前たちが本当に英雄の選抜者だったなら、俺に英雄足り得る力をくれないか?」


 俺は俺を救うために誰かを失うことは許されない。敗北することは許されない。世界を失うわけにはいかない。

 でも、今の俺には何も守れない。俺のすべてを賭けてもおそらくあの剣は届かない。

 だから、俺は今、ヒトならざる力を欲した。


「「いいでしょう。“選ばれし者”。あなたにすべてを救う力を与えましょう」」


 言うなり俺に抱きついた双子。驚いて引きそうになったが、それよりも早くに双子が俺に口づけを済ませる。すると、体の内側から力が沸いてくる。激痛に変わりつつあった頭痛も、左目の熱ささえ今では感じられない。

 顔を離した双子が初めて己の正体を明かす。


「「我々はベヒモス、そしてリヴァイアサン。終末の先であなたに食させる供物。天部が作りし、選定の怪物。あなたは今、我々を食した。選ばれし者として、存分に力を振るいなさい」」


 あぁ、そういうことか。颯人の義妹というから普通ではないとは思っていたが、まさか俺と同じ化け物や怪物といった類だったとは。

 いやでも、この場合そうであってくれたことに感謝するべきなのか?

 まあいいかと。俺は感謝の意を込めて二人を抱きしめた。


「さんきゅな。なんだかやれる気がしてきた」


 どうも力を使い果たしたようで、二人は眠るように力が抜けてしまった。二人を地面に寝かせると、俺は今もなお落下をし続ける“暁光の焉燚”を見上げながら、左目に力を込める。

 そうすると、左目からは虹色の炎が燃え上がり、左目の視界にはこう書かれていた。


〈使用権限更新。コードネーム《ダーインスレイヴ》を再インストール――完了〉

〈使用権限更新。コードネーム《神罰ver.鳴雷》を再インストール――完了〉

〈使用権限解除。コードネーム《黒霧》をインストール――完了〉

〈使用権限解除。コードネーム《クオレ・ディ・レオーネ》をインストール――完了〉

〈外部接続による《ベヒモス》《レヴィアタン》のアカウントを確認。外部アカウントによる収録終末論の検索を許可。《完全統率世界》《虚無の口》《夜の落陽》《天地泡沫》《平等な停滞》《暁光の焉燚》を選択――完了〉

〈続けて外部アカウント《ベヒモス》《レヴィアタン》の権限により《選ばれし者》を認識――完了〉

〈終末論が所定数十個を越えたため《終末の終末論》の起動が可能になります〉

〈代償――大切な方との思い出――外部アカウントの権限により永久免除〉


〈《終末の終末論(ラスト・エンブリヨ)》を起動させますか? ――――Yes/No?〉


 何やら《黙示録》の中で何かが起きたらしい。しかも、最後に見える文字はとてもよく見たことがある。

 おそらく……十中八九実と穂のおかげだろう。目が覚めたら美味いケーキでもごちそうしてやろうと思いつつ、俺は最初から決めていた答えを叫ぶ。


「答えはもちろん、Yesだ――――《終末の終末論(ラスト・エンブリヨ)》……多重定義連続稼働オーバーロード!!」


〈ようこそ、アンダー・ワールドへ。我々はあなたを歓迎します、マスター〉


 そして――――――――世界は息を吹き返す。

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