生きていてもいい
俺たちは神埼紅覇が言うように校門へ向かうと、そこには三人の影が見える。うち二人は見たことがある人だった。名前は知らないし、なんだったらどうして知っているのかさえも薄っすらとしか思い出せないやつ。そして、気を失っている生徒会副会長だ。
安心院奈々美がいる以上、こいつらがアジ・ダ・ハークということで間違いないだろう。
神埼紅覇の言う通り、アジ・ダ・ハークは安心院奈々美を誘拐したはいいが、校内から出られないようだ。よく見ると、半透明な壁が出来上がっていて、それが外出を邪魔しているようにも見える。
ほんと末恐ろしい高校に通っているものだと思いつつ、ありがたさを感じて俺たちはとうとうアジ・ダ・ハークに追いついた。
「見つけたぞ」
「ちっ……まさか、この高校にこんな罠が仕掛けられてるとはな」
「あぁ。僕もさっき知ったばかりだ。僕は元々この高校の生徒として潜入していたし、君たちにはこの学校の偵察は頼んでいなかったからね。この学校は許可がなければ出ていけない仕掛けがなされているようなんだ」
「白伊にもわからなかったことか……なら、俺達がわかるわけがないよな」
旧友に会うように、二人は話をしている。その後ろで少し困ったようにも見える少女――おそらくはアジ・ダ・ハークのもうひとりのメンバーだと思われるが、その少女が一歩前に出て言う。
「一緒に来て、白伊」
「…………申し訳ないが、僕はもうそちらにはいけない」
「どうして?」
「僕は…………僕たちはもう願いを果たしてしまった。彼女――蒼穹の魔女はもう大丈夫だ」
「そうだとしても……私達は――」
「「「罰を受けなければならない」」」
三人の声が重なる。
おそらくは決めていたのだ。願いを果たしたその末に、自分たちがどうならなければならないのかを。
三人が言う罰とは、すなわち――。
「願いを果たしたなら、俺達は今までの罪を精算しなけりゃならないだろ」
「……ああ」
「だから一緒に来て、白伊。墓標はもう用意してあるよ」
「さすがは椿。僕がいなくても、あの機械を完成させたのかい?」
あの機械。白伊のいうものはきっと自殺をするものだろう。その他にも意味はあるだろうけれど、最終的にこいつらは自決を選んでいる。
しかし、この俺を忘れてもらっては困る。この場には俺もいる。俺の仲間たちもいる。そして、白伊はもう俺の仲間でもある。
もちろん、守る義理なんてないのかもしれないし、俺に守られることを白伊が望んでいるのかもわからない。ただ、白伊が死ぬと……アジ・ダ・ハークが死ぬと蒼穹の魔女が悲しむ。彼女が命がけで守ろうとしたものを、そのことを知っている俺がアジ・ダ・ハークの自決を許すわけにもいかないだろう。
それに白伊にたった一言頼まれたしな。
「勝手なことを抜かすなよ」
「あ? 《常勝の化け物》は呼んでねぇよ。白伊が来たなら用は済んだ。副会長さんを引き渡すから、さっさと消えな」
「黙れ誘拐犯。お前達には一回ちゃんとした罰が必要だ」
「だから今から死のうって――」
「ばーか。誰が死なせるか。お前たちは一度蒼穹の魔女に叱ってもらわないとな」
人を沢山殺したという。
街を、国を滅ぼしたのかもしれない。
だからなんだとは言わないし、それが正しかったとも思わない。けどな、その裏で誰かを、家族を守りたかったという純粋な思いがあったならせめて……。
「テメェらが守りたかった家族に会えよ。顔も見せずに死ぬなんて、そんな逃げは許さない」
「逃げ…………? 逃げてるだと? お前に……お前に何がわかるんだよ」
「わからねぇからここにいるんだろうが。お前たちが何を賭けて、何を思って、どれだけ絶望して、幽王に力を貸してもらってまで世界を壊そうとしたかなんて知ったことか。理由を知ったって理解できるとも思えねぇよ」
俺の心無い言葉に怒りを感じているのか、青年は肩を震わせて握りこぶしを作っている。
だが、“所詮は人間”。白伊のように戦えたならば俺の危機にもなれたかもしれない。
アジ・ダ・ハークは三位一体のチーム。計画を練り、先頭を切って戦う白伊以外は主戦力にはなりえないのだと白伊は語った。小細工を弄するのが得意だとしても、ここは本来戦おうとしていた場所ではないのだ。
だから、今の彼らには本気になった俺は止められない。
虹色の炎が左目に灯る。それにより俺が本気になったと理解したアジ・ダ・ハークの残党は素人のような構えをするが、そんなものは全く意味のないものだ。
地面を蹴って駆ける。それを見て、人質として近くにおいていた安心院奈々美を見ていた椿と呼ばれた女の子が懐から拳銃を取り出すが、拳銃を構える前にその手を雷撃が撃ち抜いた。奈留による援護射撃だ。
そうして、余裕でアジ・ダ・ハークの残党の下へとたどり着く。目の前まで迫った俺に青年がなけなしの右ストレートを繰り出すが、それを俺は避けて懐へ潜り込んだ。そのまま青年の腹に抱きつき押し倒す。
馬乗りの形になって、俺は隙かさず胸ぐらを掴んだ。そして、握りこぶしを振り上げる。
「ただな! これだけは言っといてやる! お前たちは間違えたんだよ! そしてまた間違えようとしてやがる。誰かを殺したから、誰かを苦しめたから、俺達は死ななくちゃならないだと? ああ、そうだな。そうかもしれないな! だがな。それはお前たちが決めることじゃねぇよ!!」
そして、俺は力いっぱいに振り下ろした。しかし、それは青年の顔面を捉えず地面へと突き刺さった。
地面に小さな穴を作るほどの威力だったせいで、ものすごい音がしたが、それにより誰も身動きをすることはなくなった。
静かになったアジ・ダ・ハークの残党に俺は言う。
「もしも、死ななくちゃいけないんだとしても。お前たちは一度、蒼穹の魔女に会うべきだ。んで、思いっきり怒られてこい。そしたらまあ……あとはなんとかなるかもしれないだろ?」
「……俺達に生き恥を晒せっていうのかよ」
「恥ずかしいもんか。テメェらは守りたいものを守ろうとしただけだろ。まあ確かにやり方は間違えたかもしれないけどよ。誰かを守ろうっていう気持ちそのものは確かに正しいものだった。その正しさだけは誇っていいんだぞ?」
掴んでいた胸ぐらを離し、俺は青年から離れる。
青年は腰を抜かしてしまったようで動きそうにない。呆然としてしまったのかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。
寝たまま青年が白伊に問う。
「白伊……俺達は生きていてもいいのか?」
「……それを決めるのは僕たちじゃない。最も僕たちがやったことは許されるものじゃないし、それ相応の罰が下るだろう。けれど遥斗、僕たちはそれを受け入れなくてはならない」
「はは……いやに丸くなったな、白伊」
「彼の影響さ。いや、彼との約束のせいだろう。僕はもう、誰も殺さない。誰も殺させやしない」
「白伊……」
寝た状態の遥斗と呼ばれた青年に手を差し伸べる白伊。その背に椿が抱きつき、差し出された手を掴んだ遥斗の顔はやけに晴れやかなものになっていた。
そもそも、アジ・ダ・ハークは死にたくなかったのだ。そして、親愛なる蒼穹の魔女を死なせたくもなかった。白伊としても幽王と手を組むのは苦肉の策だったのかもしれない。罪を重ねることを知ってもなお、守りたくて必死にあがいたのだろう。
それがどうして重りだと思えないだろう。重圧の中で、いつの日かどうにもできなくなったのかもしれない。だから今、生きていもいいと言われて晴れやかな顔になるのだ。
これで一件落着。戦闘もなく、問題もなく。恙無く問題が解決しようとしたその時。
「――――もう。帰りが遅いから迎えに来てみれば」
まるでガラスが割れるかのごとく、学校から出ることを許さなかった半透明の壁が砕け散る。
そして、その先から現れたのは青い炎が輝かしい片翼の美女。否、龍姫。
「幽王は裏切りを許さない。覚悟は……出来てるよね?」
龍姫――神埼美咲が舞い降りる。仄かな怒りと蠱惑的な笑みを浮かべて。





