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アジ・ダ・ハークの残しもの

――『助けてほしい』


 たった一言の電話だった。返事をする間もなく通話は切れてしまい、俺はしばし呆然とした。

 その声は聞き間違えることが難しいほどに記憶に残っていた。白伊のものだ。冷静な声色なのに焦りを感じる必死な物言いだった。間違いなく何かが起きたのだ。

 だが、頭で考えるよりも早くに俺の体は動き出していた。俺より早くに体育館を出ていった神埼紅覇を追い越し、体育館で俺の心配をしていたみんなを置いていき、俺は真っ先に生徒会室へと向かう。

 勢い余って扉を開くと、そこにいたのは白伊だった。


「なんだ……さっきの電話は……」


 走ったため息が荒い。ともかく、白伊に何かあったわけでないのなら、先程の電話の真意を知りたい。白伊のことだ。いたずらだとは思えないしな。

 すると、白伊はゆっくりと振り返り、手に持つ紙を渡してきた。


「これは?」

「読めばわかる」


 一体何なのか。

 とにかく読んでみる。

 書かれていたのは状況を説明するには足りなさすぎる一言。


――――生徒会副会長、安心院奈々美を取り返してみろ。


 そして、最後に名前が。


――――アジ・ダ・ハーク


 白伊を見る。白伊は首を横に振って自分がやったわけではないと否定した。

 であれば、これをやった人物は決まっている。


 アジ・ダ・ハークは元は三人の蒼穹の魔女直轄の特殊部隊だ。そのリーダーである白伊がいなくとも、残りの二人だけでも脅威になり得る。

 そして、アジ・ダ・ハークという存在を語れるのは白伊を除いた残りの二人だけ。となれば……。


「お前絡みか……」

「恥ずかしいことにそうなるね」

「しかも民間人の副会長が攫われたとなれば……最悪緋炎の魔女にバレたらとんでもないことになるぞ」

「だろうね……むしろ、彼らはそれを望んでいるようにも思えるけれど」


 それを望んでいる。引くに引けない状況に追い込んでいるのか。どうしてだ。どうしてそこまで……。

 アジ・ダ・ハークが幽王に手を貸していたのは蒼穹の魔女に世界が与えた罰を払拭することだという。その罰とは不完全な不老不死の能力のことだ。

 蒼穹の魔女は強力すぎる能力故に、一度使用すれば体に大きな深手を負う。さらに蒼穹の魔女の体は不老不死者からみてもかなり回復能力が低い。なので、能力を使用すれば最低でも数日は目が覚めないほどの傷を負ってしまう。

 それを変えるため、アジ・ダ・ハークは走ったのだ。間違いだとわかっていても、世界を壊すことでそれを変えようとしたのだという。


 しかし、その蒼穹の魔女は俺の世界矛盾《平等な停滞》によって他の不老不死者よりも回復力が高くなった。先日の一件で世界矛盾は消えてしまったが、少なくとも死ぬことはなくなったのだ。

 これでアジ・ダ・ハークの願いは叶ったはずだ。もう争う必要はないはずなのに……。


「彼らなりのけじめだろう」

「は?」

「僕たちは……人を殺しすぎた。蒼穹の魔女の命令ならばそれ忠誠だが、僕たちは幽王の命令で人を殺した。都市を壊し、国を混乱させた。その罪は許されるものではない」

「だから……喧嘩を売るのか? 緋炎の魔女に? もしかしたら蒼穹の魔女にも火の粉が飛ぶかもしれないのに?」

「違う」


 違うとは。


「彼らは緋炎の魔女に戦争を申し出たのではない」


 では一体誰に……。

 もう一度紙に目を落とす。

 助けに来い。まるで誰かを呼ぶよう。…………まさか。


「お前に……お前に、殺されるために?」

「…………」


 無言の肯定だ。白伊の表情に影がかかる。どうすればいいのかわからないといったようだ。当然だ。家族に殺してくれと言われて困らないやつはいない。しかも理由が自分たちの罪を二人になすりつけるような殺人ともなれば、なおさら。

 握りこぶしを作る。そのせいで受け取った紙はクシャクシャになってしまった。持っていても仕方ない紙を投げ捨てると、俺は振り返る。


「どこへ行くんだい?」

「……仕方ねぇ」

「?」

「もしも……もしも、お前が俺の知らないやつと出会って、殺し合いなんかを始めようもんなら、俺は友達・・としてお前を止めるし、もしもそこにたまたま知り合いの副会長がいたら俺も参戦する。いいか。お前は俺と約束してんだ。もう二度と、誰も殺すな。お前は蒼穹の魔女のためだけに勝ち続けなくちゃいけない。それでも殺すな。殺害は勝利じゃない。最も醜い敗北だ」

「…………君というやつは。まさか、僕の問題に首を突っ込むのかい?」

「あぁん? 知らねぇよ、んなこと。それにお前だけの問題になりそうにないだろ、これ。どうせ後でお前も行くことになるんなら、間違いが起きる前に行くのが先決だ」


 正直に言えば、行きたくはない。行けば殺し合いは必至だろうし。でも、白伊に殺し合いをさせるわけにはいかない。こいつは容赦っていうものを知らないからな。家族だとしても敵として前に立ったら殺すに決まってる。

 俺の知り合いが傷つくのは嫌なんだ。巡り巡って俺の不幸につながるんだよ。

 出来得る限り秘密裏にやって終わらせたかった。だから、すぐにでも出発しようと白伊に言う。


「で、場所はどこなんだ?」

「検討はついている。君を観察する際に根城にしていた場所だと思う。だが、敵はアジ・ダ・ハークの構成員だけとは限らないよ。幽王のことだから、おそらくは護衛を付けているはずだ」

「そっちの検討は?」

「…………側近がついていなければ幸い、といったところかな」


 なるほど、予想できないってことか。

 まあ、そんなのいつものことだしこの際どうでもいい。場所がわかっているならすぐに出ていくべきだ。このことが緋炎の魔女の耳に入れば、再び蒼穹の魔女の身も危険になるかもしれない。引きこもりで世間を知らない少女の門出を邪魔する前に事件を終わらせてしまおう。

 早速生徒会室を出ていこうとする。が、問題が発生した。


「話は聞かせてもらったよ」

「…………げぇ」

「随分なものだね。それほど私が嫌いかな?」

「まあ、人並みには」

「私は人に嫌われてはいないよ」


 そこにいたのは《最強の人間》、神埼紅覇だった。おそらくは走っていく俺の後ろをついてきたのだろう。さらに神埼紅覇の後ろにはイヴ達がいる。

 すべてを聞いてしまったのが神埼紅覇なのは大誤算だった。このままでは一も二もなく緋炎の魔女に報告されてしまう。そうなれば、今までの頑張りはなかったことにされかねないぞ。

 強行突破も視野に入れて構える。しかし、そんな俺達の前に立っていた神埼紅覇が道を譲った。


「どういう風の吹き回し、ですか?」

「どうもこうもないよ。君たちの問題ならば君たち自身で解決すべき、と判断しただけだ」

「…………もう俺には期待しなかったんじゃないか?」

「期待はしていない。でも、希望は持っている。なぜなら君は、神々が選んだ最も新しい英雄なんだから」


 手に握られた刀が少しだけ動いたように見える。その意味はわからないが、少なくとも神埼紅覇はここを譲ってくれるようだ。

 ならば俺たちがすべきは決まっている。

 勢いよく生徒会室を飛び出し、俺はイヴたちにも声をかけた。


「行くぞみんな! 時間がない!」


「「「「はい」」」」


 出発した俺たちに神埼紅覇が餞別だと声をかける。


「奴らはまだ校内にいる。この学校は来る者拒まず出るものを許さない。今頃校門であたふたしているだろうね」


 ほんと怖い学校に通ってるな、俺たち。

 校外に出なくていいのなら、安心して行ける。この学校はちょっとやそっとじゃ壊れないから。でなけりゃ、カンナカムイと戦った時に灰になってたはずだ。

 しかし妙だ。どうして俺の嫌な予感がこんなにもざわついているんだ……?

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