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力はいらないから帰らせてくれない?

――――お前は、一体誰を守ろうとしたんだろうな。


 そんなもの知れている。俺は…………。


――――ならお前、その愛する人の顔と名前が思い浮かぶのか?


それでも……俺は…………。




「……ぱい………………………………せんぱいってば!」

「ぅん……? みのる、か?」

「はぁ、やっと起きたよ。私が起きたらこんなところに連れてこられてるし。せんぱいはボロボロだし、剣星はふくれっ面だし。まったく、何がどうなればこうなるわけ?」


 目を覚ます。なんとも言えない柔らかい感触は手で触れるとすべすべしていて、これが実の膝だと実の朱に染まった頬を見るまで理解できなかった。


「これはセクハラだよね? 叩いていい?」

「できれば叩く前に聞いてほしいな……」


 起き抜けに盛大なビンタを食らった俺は、早速状況の整理に入る。目覚めているのは俺と実、《放蕩の剣星》。まだ目覚めていないのはクロミ、レオ、イヴ、奈留、穂が目に入る。あの部屋に居たすべての人が揃っている。

 見渡してみる。どうもここは俺の家ではない。しかし外でもない。四方を壁に覆われた広い場所。

 俺はこの場所に見覚えがある。おそらくは黒崎実にも。


「ねぇせんぱい。ここって……」

「ああ、体育館……だな」


 俺も見知った場所。俺の通う高校の体育館だった。

 どうしてここにいるのかは少し考えればわかった。俺と《放蕩の剣星》が戦っていた際、最後に現れたのは《最強の人間》、神埼紅覇だ。そして、神埼紅覇はこの高校の理事長である。

 となれば、俺たちをここにつれてきたのは神埼紅覇だろう。

 だが、理由まではわからなかった。


 と、そこに《放蕩の剣星》がやってくる。

 警戒する俺をよそに《放蕩の剣星》は手を差し出してきた。


「…………どういう風の吹き回しだ?」

「その、なんだ……オレもやりすぎた。どうもオラァ、強いやつを見ると戦わなきゃいられんのよ。大人気おとなげなかったと言やぁ、大人気なかったかもしれん。あそこで神埼の小娘が現れなかったら、歯止めが効かなくなっただろうよ」

「お、おう……いや俺もやりすぎたっていうか……なんだよ、調子狂うなぁ」


 そんなにしおらしくされると謝るほかないじゃないか。確かにあそこは俺の家で、頭にきていたと言え本気でやろうとするのは、今にしてみれば馬鹿らしいことだったとは思うけど。

 妙に人が変わってしまった《放蕩の剣星》は俺の手を引いて立ち上がらせる。

 罰が悪そうに頬を掻きながら、《放蕩の剣星》は俺から目をそらしてつぶやいた。


「……あまくに――」

「え?」

天國あまくに。オレの本当の名さ。これを知ってるやつぁ世界でも、お前を含めて五人だけだ。色彩の名を関する緋炎の魔女でさえ、オレの名は知らん」

「……どうしてそんなものを俺に?」


 きっと、この名前は大切なものなのだろう。簡単に人に教えられないほどに大切で、厳重に守らなくてはいけないものに違いない。

 そんな情報を俺に教えてしまってもいいのだろうか。もしかしたら、これが《放蕩の剣星》――天國なりのケリの付け方なのか?


「…………なあ、おい」

「あんだよ?」

「テメェ……強くなりたいと思うか?」

「は?」


 今度は何を言い出すかと思えば、何を怖いことを言い出すんだ、このガキは。

 これはあれだろ? 力が欲しいかとか低い声で聞いてきて、熱望したら代償と引き換えに強大な力を手に入れるとかいうやつでしょ?


 だとしたら、俺の答えなんて初めから決まっている。


「やだよ。いらねーよ、そんなおっかねぇ力」

「……テメェがどういう力を想像したか知らねぇがよ。ほんとにそれで世界を救うつもりかよ?」

「誰がそんなこと言ったんだよ。俺は世界なんて救うつもりなんざサラサラねーっつの。勝手に決めつけんな」


 俺の嫌そうな顔と言葉を聞いてぽかんとしてしまう天國。

 体を震わせて心底必要ないと見せる俺におかしいところなどあるはずもない。ならば、天國の呆然とした姿は俺の誤情報を信じていたから見せる姿なのだろう。

 ほんと誰だよ、俺が世界を救うとか言いふらしてるやつ。見つけたらボコボコにしてやる。

 答えた後、俺はため息まじりに眠っているみんなの体を揺らして起こそうと試みる。みんな気を失っている程度で起こそうと思えば起こせそうだ。


 と、何度かみんなの体を揺らしている俺の背に、天國の声が届く。


「《常勝の化け物(エウへメリア)》……絶対正義のはかりであるテメェが、力を欲しないのか?」

「あのなぁ。みんな寄ってたかってただの高校生を化け物だなんだって言うけどな。俺に言わせれば、俺に負けるようなやつが正義だ悪だなんて論外もいいとこだろ。今どきの小学生のほうがまだマトモな夢を見るぞ」


 まあ、死ねないやつがただの高校生だとは到底思えないが。それでも心はまだ高校生なのだ。留年もしてるし、普通なはずだ、……留年したんだよなぁ。

 嫌なことを思い出して肩を落とすが、張り切ってみんなを起こす。

 一通り起こし終えると、天國に向き直って俺は言ってやる。


「いいか、天國。お前がどれだけすごい剣士だろうと、俺がどれだけ人離れしていようと、んなもん関係ねーんだよ。誰がなんと言おうと俺は俺をただの高校生だって言うし、世界なんて絶対に救ったりしない。だから力なんていらないし、世界の終末なんてもんを俺に押し付けるな。毎度毎度んなもんに襲われるから留年しちまっただろうが。もう金輪際、俺はそういうものには手を出さないからな」


 言いたいことを言いたいように言ってやり、俺はここから出ていこうとする。目覚めたみんなも状況がつかめていないながらも俺についてこようとする。

 言葉を受けて、目を大きくしながら驚いている天國はしばらくその状態でいると、唐突に笑い出す。

 その笑い方を俺は天國ではない別の人で見たことがある。しかも、あまりいい思い出はない。なぜなら、その笑い方をしていたのは……黒崎颯人なのだから。


 嫌な予感をビンビンに感じる。そして、こういうときの嫌な予感は本当に当たるのだ……。

 足早に出ていこうとする俺の背後から、聞きたくもない話の続きが舞い込んできた。


「はっははっはははは!! よーし、決めた! テメェはオレが鍛えてやる! こんなに笑かされたのは久しぶりだぜぃ」

「おま、話聞いてたか!? 俺は別に力なんざいらないの! 平穏な生活がほしいの! わかる? ドゥーユーアンダスタン!?」

「おーおーわかっとるわ。お前は勝手にすりゃいいさ。オレも勝手にさせてもらうからよ」

「なっ……だーもう! これだから不老不死は!!」


 人の話を聞かない。理解しようともしない。自分勝手に自由気ままに、まるで嵐を引き連れるようにやってくるのだ、不老不死というやつは。

 その嵐から逃れられるのは神か魔王か、同じ不老不死だけ。そして俺は、まだその域に達していないのだろう。だから好き勝手に振り回されるのだ。


 あと一歩。たったそれだけでここから出ていけそうだったのに、あと数十センチが遥かに遠い扉の前で、俺は四つん這いに倒れ込んで低くうなり始めるのだった。

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