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そんな話は聞いてない

 果たして、クロエは俺が神埼麻里奈を忘れていることをどこで知ったのか。

 このことを知るのは望月養護教諭のみのはず。あの優しさから他人に話すような人ではないことはわかる。

 鎌掛にしては唐突だし、直感にしては冴えすぎている。

 なればこそ、どうしてクロエがこのことを知っているのかは解決できない謎になりかけていた。


 ちくせう。フル回転していた頭がそう結論づける。


 冷静に頭を働かせて、ようやく理解した。この言葉自体は鎌掛でも直感から来たものでもなんでもない。もちろん、これに関して望月養護教諭が関わっているはずもない。

 であれば、もう一つしかないではないか。


 俺はクロエに再開したこの短い時間の中でやらかしたのだ。

 おそらくは俺が神埼麻里奈の記憶があれば絶対にやることをしなかった。故に、クロエはそれを疑問に思って、いくつかの質問で確信に至ったのだろう。


「……ちなみに、俺が麻里奈の記憶がなかったら……どうする?」

「それはイエスって取るけど、いい?」

「……まあ……仕方ない、な」

「そ。って言っても、別になにかするわけじゃないけど。というかできないし」


 クロエは魔女ではあるが医者ではない。加えて言うなら、記憶を取り戻させるような魔法を持っているわけでもない。

 それ故に、俺への回答は“何もしない”だった。


 すんなりと理解してしまったクロエは俺の膝から降りてどこかへ行ってしまう。

 機嫌を損ねてしまったかもしれない。心配して後を追おうか悩んでいると、クロエはすぐに戻ってきた。しかも、コーヒーを片手に持ってだ。


「はい。飲むでしょ?」

「お、おおう」


 渡されたコーヒーを少し驚きながら受け取る。一口飲むと普段飲んでいるコーヒーでないことはなんとなくわかった。おそらくはクロエが家出していた際のお土産かなにかだろう。

 存外美味いコーヒーにすっかり落ち着いてしまった俺は、よほど油断していたみたいだ。不意なクロエの言葉に生返事をしてしまう。


「そうだ。私達結婚することになったから」

「おお、そうか………………は? はぁ!?」

「だから、結婚するんだって」


 け、結婚?! それっていわゆる結婚のこと!? 男女が愛を誓い合うやつのこと!?


 あまりに驚いて口に含んでいたコーヒーを吹き出してしまう。それを汚いと言うでもなく、クロエは子供の失敗を拭うように吹き出したコーヒーを染みができる前に拭き取っていく。

 文句を言うよりも先に、俺は今は記憶に無き女性のことを思い出す。


 望月養護教諭の話から察するに、俺は神埼麻里奈のことが好きだったようだ。そして、神埼麻里奈も俺のことを好きだったようで……つまり、俺と神埼麻里奈は両思いだったらしい。

 しかも、それは周囲にもしれていることだったようだ。

 もしもそれで俺とクロエが結婚するとなれば、周りがどう言うかわかったものではない。


「ど、どどど、どうしてそんな話に!?」

「あー……さっきの耄碌ジジイね。私の育ての親なの」

「そ、それで?」

「実は私が居なくなった理由って、あの耄碌ジジイに事故でコキュートスから出所したことと、あ……アンタのことを伝えに行ってたからなのよ」

「ま、まさか……」

「まあ……勘違いされて帰るに帰れなくなるし、お姉ちゃんに日本に呼び出されるし、耄碌ジジイも一緒に行くとは言い出すし……」


 俺も俺なりに大変だったが、クロエも非常に大変だったことが話からわかる。

 今回の結婚の話もおそらくは……。


「結婚の話も、お姉ちゃんが勝手に決めたものだから渋ったんだけど……終いには拷問まがいな手で首を縦に振らされちゃった」

「あー、緋炎の魔女ならやりかねないな……」

「えーっと……」


 どうも話はそれでお終いではなさそうだ。

 目をそらしたクロエはとても言い難いと思わせるが、次の瞬間には諦めたように肩を落として告げる。


「お姉ちゃん――蒼穹の魔女も結婚するって……言ってるんだけど……」

「…………もう俺の頭が追いつかないんだけど」


 クロエだけではない? 蒼穹の魔女も? なぜに蒼穹の魔女も?


 蒼穹の魔女や白伊の連絡先を手に入れていなかった自分をすごく後悔する。《放蕩の剣星》との喧嘩の際はまだいた実と穂が部屋に居ないため、完全に連絡をすることができないことを思い出す。

 また一つ悩ましい案件を抱え込んでしまったことが確定した中、俺は我関せずと震える手で残りのコーヒーを口に運ぶ。

 落ち着くためにコーヒーの香りを吐き出すが、先程とは打って変わって全く落ち着かない。

 クロエ、蒼穹の魔女との結婚。しかも、緋炎の魔女の策略だ。

 そして、何よりすべてを知っているであろう神埼紅覇が、これからの俺の選択でどう動くのかも目を光らせなければならなくなったわけだ。


 でもまあ、しかし。


「これがモテ期か……末恐ろしいな」

「馬鹿言ってる暇があったら、どうすれば結婚しなくて済むか考えなさいよ……」

「え? 実は結婚したくないの?」

「そんなわけ無いでしょ!? …………あっ」


 なんで俺怒られたんだろう? ま、いっか。


 俺は最後の一口を飲み干し、空になったマグカップをテーブルに置いた。

 難しいことは後回しにすると決め込んで、俺はリビングを出る。背後ではクロエのため息が聞こえるが、それすらも放置して、どこかへ連れて行かれた《放蕩の剣星》の下へと訪ねようと歩み出す。


 とりあえず、手近なところから済ませていこう。怖そうなやつらとの結婚のことはぜひとも忘れたいしな。

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