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女は強し、男は愚かし

 一触即発の空気の中。

 俺と向き合う《放蕩の剣星》の額には一筋の汗が流れようとしていた。おそらくはここまでとは考えていなかったのだ。所詮は生まれたばかりの弱々しい不老不死者だと、少しの本気でどうとでもなるであろうと。

 そう考えていたのだろう。


 しかし、非常に遺憾だが、俺は弱々しい不老不死ではなかったようだ。むしろ、強い……と恥ずかしいが自称してもいいほどに。

 向かい合うこと数秒。一瞬でも変な動きをしようものならクロミとレオが、すぐさま最大火力で殲滅せしめんと殺意を見せつけ、それを浴びながら《放蕩の剣星》はそれをも超える速度で叩き斬ればいいだけとでも考えている……というところか。

 《放蕩の剣星》は不老不死だ。しかも、生きている時間も長いとすれば、きっと死んだ回数も若い不老不死よりも遥かに多いはず。

 原理はわからないが、不老不死者は死ねば死ぬほどに回復速度が加速していく。しかし、唯一回復に鈍化が掛かる場所がある……頭部だ。ここだけはいくら死んだとしても、他の箇所と違い段違いに回復が遅い。

 つまり、《放蕩の剣星》を止めるならば、確実に頭部を粉砕しなければならない。


 はたして、クロミとレオは俺の左目でさえも捉えられなかった速度を出せる《放蕩の剣星》の頭部を狙い撃つことができるのだろうか。


 懸念は残る。だが、戦いが始まればやるしかない。

 一層深まる重い空気を肌で感じつつ、互いがぶつかろうとしたその時だった。


「「ぶべふっ!?」」


「いいかげんにしなさいよね、耄碌ジジイ! ……きょーすけも!」


 不意の横からのゲンコツが頬を強く弾く。

 クロエだった。激おこクロエの鉄拳制裁で青年少年の喧嘩は始まる前にノックアウトされた。


「いい歳して子供に喧嘩振らないでくれる!? 戦いは引退したって言ってなかった!?」

「やい、クロエ! 爺さんに対してゲンコツたぁ、どういうこった!?」

「うるさい馬鹿! あんたが本気出したらここらへんがなくなるでしょ!? ここはアタシの家でもあるんだからやるなら外国でやりなさいよ!」

「ぐっ……だが、この小僧が喧嘩を振ってきたんだぞ!」

「見るからに耄碌ジジイからだったじゃない! 言い訳はいいからとっとと湯呑を片付けなさいよね!」


 クロエの全力ゲンコツに慣れているのか――おそらくは回復速度がとても早いだけだろう――回復が早かった《放蕩の剣星》は孫に怒鳴られて渋々ながらも言われたとおりに湯呑の片付けを始めた。

 喧嘩が止まったことで殺意を失ったイヴ、奈留、クロミ、レオは逆に俺が殴り飛ばされて慌てているようだ。中でもイヴとレオは俺に駆け寄ってきて体を揺らして安否を確認してきた。


 クロエに殴られた事により、頭に登った血が下がっていき、よりクリアな思考ができるようになった俺は自分が今さっき始めようとしていたことを思い出して、あまりのバカさ加減と恥ずかしさで両手で顔を覆った。

 学校でムカつく元後輩が居たからって、家で戦争を始めようとするなんて流石に反省しなければならない。しかも、それをクロエに止められる羽目になるとは……。

 指の間からちらりとクロエを見ると、呆れたような、かすかに怒っているような雰囲気のクロエが腰に手を当てて息を吐いていた。

 そうして、クロエまでが俺に寄ってくると、そっと手を俺の頭に置く。


「ごめんね……きょーすけが大変なときに、目の前からいなくなっちゃって」

「……何言ってんだよ。そりゃ、お前が居なくなって心配はしたけどさ。謝られるようなことは何も――」

「やいやいやい! 俺のかわいい孫娘となにイチャついてんでぇ! 離れ――うぉぉぉい!? 馬鹿、てめぇら離しやがれぃ! オラァ……オラァあの小僧に話が――」


 湯呑を片付け終わった《放蕩の剣星》が俺とクロエを見て、危機感を覚えたらしく、文句を言いに来た。しかし、それを野暮だと察したみんなが俺とクロエを二人きりにするために《放蕩の剣星》の両手両足を掴んで連れ出した。

 気が利くのか利かないのか微妙なところだが、ようやく俺は自分の力で体を起こすことに成功した。

 その後も、少しの間クロエが俺の頭をなでていたが、疲れたのか、あるいはもう十分だと感じたのか、今度は俺の膝に座ってくる。


 見た目は幼女だ。傍から見れば妹が兄に甘えているようにも映るだろう。

 しかし、クロエはれっきとした女性で、なんだったらこんな俺のどこがいいのかわからないが愛の告白だってされた。少し気の強い可愛げのある女性なのだ。

 そんなクロエからふとした言葉がかけられる。


「そういえば、まりなは来週まで帰れないって」

「……そうか」

「大学って忙しいのね……まあ、本当に忙しいのは神崎家の仕事だろうけど」

「かもな」


 急に神埼麻里奈の話題になって、俺は神埼麻里奈を忘れていることを悟られまいと出来得る限り話を合わせるように相槌を打つようにした。

 唯一の救いがあったとすれば、クロエがなぜかご機嫌だったことだろう。女性への免疫がついてきたこともあって、俺はクロエの頭を撫でることでさらなる機嫌取りを行う。


「それまではアタシと暮らせるわけだけど……どう? 嬉しい?」

「まあ……それなりには?」

「どうして疑問形なわけ!? そこは冗談でも飛び跳ねて喜びなさいよ!」


 んな無茶な……。


 なるほどクロエがご機嫌なのは、神埼麻里奈が当分家にいないからか。

 くるりと、俺の膝に座っていたクロエが回転して、親コアラに抱きつく子コアラのような体勢になる。それから、俺の体温を感じるように頬擦りする。

 妙に恥ずかしい気持ちになって、クロエの肩に手をおいて引き離すように力を込めると、すんなりと体を離した。

 しかし、次の質問で俺の背筋は完全に凍りつくことになる。


「で。どうしてアンタ、まりなのこと忘れてるわけ?」

「……………………はい?」


 どうしてそんなことを知っているのだろう。鎌掛だろうか。それとも直感? あるいは望月先生が本当はおしゃべりだったり?


 色々な考えが瞬時に思い浮かぶが、それ以上にジト目で見上げてくるクロエの姿が、完全に疑っているというのを物語っていた。

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