放蕩の剣星
家に着く少し前、俺は二人の少女に捕まっていた。
瓜二つの容姿――いわゆる双子と呼ばれる二人は、互いに全く違う空気をまとって、まるで俺を待っていたように、俺を見つけて駆け寄ってきた。
「やっほー、せんぱい♪」
「お久しぶりですね~、せんぱ~い」
「……いつからそこで待ってたんだ?」
黒崎颯人の義妹にして、未だに謎の多い双子の黒崎実と穂である。
2月の後半、寒さが本気を出しはじめて間もない頃だ。時間も夕暮れだし、気温は日中に比べて下がっているだろう。
それに、二人をよく見ると頬や鼻が赤くなっている。随分と外で待っていたのは聞かずともわかる。けれど、形式上として聞かねばならないこともあろう。
二人は互いで顔を見合い、クスリと笑って俺に満面の笑みで言うのだ。
「わっかんない!」
「お仕事もしてましたしね~」
「ったく、家の鍵を渡してるんだから勝手に入ればいいだろ……」
この二人は颯人の義妹であるから、本当であれば颯人が面倒を見るべきなのだが、颯人は不老不死者以前に住所不定で世界を救うために常に世界中を旅しているようなやつだ。当然、この街で特定の家を買い取っているはずもない。
まあ、颯人のことだから、実や穂が一軒家がほしいと懇願すればビルの一棟くらいすぐに買い付ける気がするが。
随分と昔に由美さんから二人をよろしくと言われて、了承した記憶はないが了承したことになっていたようで、しかもそれが二人の住処についてだったとはついぞ思いもしなかった。
そして、色々とあったが一段落を済ませた俺は、二人の状況に対面して仕方がないから家の鍵を渡したという経緯がある。
だから、二人が家の手前で俺を待っている必要はまったくないはずなのだが……。
まさか鍵を無くしたのか?
「鍵でも無くしたのか?」
「いやぁ……そういうわけじゃないんだけどさ」
「ね~……」
嫌な予感がした。しかも、この嫌な予感はよく当たるタイプの嫌な予感だ。
ごくりと生唾を飲んだ音が大きく聞こえる。予感を腹に抱えながら、ゆっくりと家へと向かう。ドアのノブに手を伸ばしひねる。鍵は開いていた。
もちろん、実や穂のせいではないようだ。見れば二人は少し困ったような顔になっている。
これは……どうやら何かありそうだな。
勢いよくドアを開くと、見知った小さな靴と知らない靴がいくつも玄関にきれいに並べられていた。
口を引きつらせながら、そのままリビングへと向かう。そこにいたのは……。
「……クロエ」
「あ、きょーすけ。おかえり」
「お、おう……」
なんとも自然な挨拶だ。自然すぎてそれが当たり前のように感じてしまった。
しかし、そうではない。いや、百歩譲ってクロエがリビングにいるのはいい。家族みたいなものだから許せる。ただ、問題があるとすれば、見知った顔がある中に知らない顔までいることだろう。
「これは……どういうことだ?」
「おかえりなさいませ、主様。お茶になさいますか?」
「あ、いや、大丈夫」
「おかえりなさい、マスター」
「……イヴ、だよな?」
「はい、マスター♪」
そういえば、この二人もリビングにいた。奈留とイヴは、いつもの調子で俺を主人として敬愛してくれているようだ。奈留は元々大人びていたが、纏う空気が一段と大人びたように見えるし、イヴに関してはすでに昔の幼さは感じさせない。
人ではないはずの二人が、まるで成長したみたいに見違えていた。
だから、少しだけたじろいてしまったが、それよりも俺の視界に入る一人の少年の気配が強すぎてそれどころではなかった。
「……それで、あんたは?」
「オレかぃ? オラぁ、クロエの爺さんだ。周りの奴らはみんなにゃ《放蕩の剣星》っつーおっかねぇ呼ばれ方されてるよ」
《放蕩の剣星》。全く聞いたことがないが、確か先日の魔女裁判の時に船に居た一人だったと思う。それにしても活発そうな少年に見えるが、クロエの爺さんと名乗るからにはおそらくは不老不死なんだろう。
別に警戒をしていたつもりはなかった。ただ、目の前から突如として《放蕩の剣星》が消えると同時に、左目の義眼――《黙示録》が危険信号を発する。オートで未来予知が展開されるが、それを見切るよりも早くに鋭い刃が俺の首筋に当てられる。
あと数ミリ、いや数ミクロンで首の薄皮が切れるかというほどに迫っていた刃と、見えるようになった《放蕩の剣星》を捉えて驚いた。
しかし、俺は全く動かなかった。動けなかったわけではない。直感的に動く必要がないと判断したのだ。未来予知をする必要がないくらい俺は仲間を信用していたから。
現に、俺では反応できない速度の襲撃に奈留とイヴは反応して、俺の前に現れた《放蕩の剣星》と同様に薄皮一枚に触れるか触れないかというところで静止した。
そうして今に至る。
「…………なんでぇ避けねぇんだ?」
「避ける必要がないから……ですかね」
「言うまでもねぇと思うが、オレは不老不死者だぜぃ。二人の攻撃を受けたところでオメェさんの首くらいちょん切れる。だのに、てめぇ。避けるどころか、反撃の体勢すらしないたぁどういうことでぇ?」
「言ったろ? 必要がないからだよ」
俺の言っている意味が理解できなかったようで、《放蕩の剣星》はその言葉の真意を得るため、俺の首に当てた刃を深く入れ込もうとする。当然、薄皮は切れ、肉が裂けることで血がじんわりと流れようとした。
しかし、《放蕩の剣星》は俺の首を落とすことはおろか、頸動脈を切断することすらせずに、その場から急速に後退した。
見れば《放蕩の剣星》の額に汗が滴っている。焦ったのだ。今すぐにでも後退しなければならないと直感したのかもしれない。なぜなら……。
「俺は死ねないし、ここは俺の家。そして仲間が勢揃いしてる中で、俺が慌てて避ける必要がどこにあるんだよ」
俺から離れた《放蕩の剣星》を追うこと無く、奈留とイヴは俺の護衛をするように構える。代わりに《放蕩の剣星》のすぐ背後にはクロエそっくりの見た目をしているが、クロエの能力そのもののクロミと魔女裁判で蒼穹の魔女が作り出した全く新しい終末論であるレオがいつでも殺害できるように構えていた。
さらにはオートで起動した未来予知によって俺の危険を察知した《黙示録》が虹色の炎を猛々しく滾らせていた。
伝説級の武具と神々の権能、さらには終末論にカインの遺産。それらすべてを解放した俺を殺し切ることは困難を極めると颯人は冗談のように言っていたのを思い出した。
《放蕩の剣星》。どれほどの人物かは先程の動きでわかった。少なくとも俺一人では勝ち目はないだろう。だが、今の俺には仲間がいる。
そして、この人を倒せるようでなくては、きっと美咲さんの願いを諦めさせることはできない。
何より、俺は今、元後輩に馬鹿にされたばかりで少しばかり苛ついていた。
「敵なら相手になるぞ。たとえ、クロエの爺さんだろうが、手加減なんてしないからな」
「化け物か……てめぇ」
化け物……化け物かぁ……。
「偶然だな。最近、そう呼ばれることが多くなってきたところだ」
ここが俺の家だということすら忘れて、俺は一時の感情で喧嘩を始めようとしていた。





