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正義心の塊

 最悪の日というのはきっとこういう日のことを言うのだろう。別に愛し合っているわけでもない人と抱き合っているところを見つかり、しかもその人が教師だったこともあってあらぬ勘違いを誘発してしまったのは確かに俺の至らなかったのが悪いのかもしれない。

 だが、その勘違いを誘発させたはずの教師――つまりは望月養護教諭――は追い返され、いわば巻き込まれただけの俺が生徒会室に連れ込まれて、見た目が可愛い女子生徒に執拗にお叱りを受けている状況は非常に遺憾だ。


 しかも、最初の方の話を聞く限り、教師と生徒とでは適度な距離感が云々と非常に軽やかに叱りつける口は止まらず、かれこれ三十分は続いている。

 わかりきっているし、そもそも勘違いなのだからそれを解けばいいだけだと思っていたが、年に見合わぬマシンガントークは今もなお弾切れにはなりそうにない。


「いいですか、《元》先輩。だからですね、教師と生徒は適度な距離感を持たないと、社会の目というものがありましてですね。《元》先輩たちのみならず、《元》先輩が通うこの学校にもあらぬ噂が立つ可能性だってあるわけでして、周りに迷惑を掛けるなという日本特有の行き過ぎた教育の通り、やっぱり周りの人には迷惑をかけるのは良くないわけですよ――」


 この調子でずっと話し続けているのだ。正直うんざりする。

 さらにはこの女子生徒が頻用する《元先輩》という言葉がどうしても癇に障る。小馬鹿にするような言い方ではない。明らかに俺をバカにした言葉遣いだ。

 確かに俺は留年したし、決して頭がいいわけではない。けれど、ここまであからさまに馬鹿にされると怒りが湧くというものだ。そして、この口ぶりから俺のことを少なからず知っているであろうこの女子生徒を俺は知らない。

 このまま勘違いさせておくのも後々面倒だなぁ……、と思って止まりそうにないお叱りの言葉を悪いと感じつつも割り込ませてもらう。


「あーっと、一ついいか?」

「言い訳は聞きません。まあ、《元》先輩のような人の言い訳なんて辻褄が合わないデタラメだらけですし、聞くだけ無駄な時間ですよ」

「……なあ、そろそろ怒ってもいいか? その言い方はちょっとばかしカチンとくるんだけど」

「か弱い女の子に手を上げるんですか? やっぱり野蛮人は皆さん考えることは同じなんですね。かわいそうに」


 あー、これはあれだ。完全に下に見られてるってやつだ。

 おそらく、この女子生徒は留年するような人間はみんなクズだと思っているのだろう。きっとこの女子生徒の俺に向ける視線には救いようのないバカでどうしようもないクズ野郎とでも写ってるんじゃないか。


 たまにいるんだよ、こういうやつ。留年に限らず、ドロップアウトしたやつは社会のゴミでしか無いみたいな考えを持ってる言い過ぎなやつら。この女子生徒はたぶんそういう系の人種なんだろう。

 そして、俺はこの女子生徒からすれば格好の餌みたいなものか。活き活きしてるよ、普段の目は見たこと無いけどさ。


 こういうタイプの人種は何を言ったところで自分の理解を変えようとしないことを知っているが、それでも言い訳のひとつもしておきたくなる。

 だから、半ば諦めが入りながらも口を開く。


「俺と望月先生はそういう関係じゃないよ」

「でも、抱き合うような関係なんですよね?」

「実は最近病気を患っちまってな。その不安を感じ取った望月先生があやしてくれてたんだよ」

「病名は?」

「記憶喪失」


 ぷふっと吹き出して、女子生徒は笑う。様子からつくならもっとまともな嘘をつけという雰囲気だ。

 至って真面目な本音だったのだが、たしかに核心は隠してはあるが、そもそも核心を話したところでこの女子生徒に把握しきれるはずもないだろうし。

 諦めていたということもあってそれ以上に何かを言おうという気にはならなかった。ただし、先程の俺の言葉のせいでどうやらこの女子生徒の中で俺は本物のクズに昇格したらしい。


「まともな嘘もつけないなんて。馬鹿な上に救いようのないクズですか。どうしてあなたみたいな人に神埼先輩はご執心してたんですかね……あ、そっか。脅してたんですね? ははーん。まあ、そうだろうとは思ってましたけど。ほんと、ゴミですね《元》先輩」


 今の一言で大体のことは把握できた。神埼というのはきっと神埼麻里奈のこと。つまりは、俺の失われた記憶の人物のことを指しているのだろう。確か望月養護教諭から神埼麻里奈もこの学校の出身だと伝えられた気がする。

 てことは、この女子生徒は神埼麻里奈の知り合い……いや、話し方から部下みたいな立場か。そういえば、神埼麻里奈は生徒会長だったはずだ。そして、ここは生徒会室。おそらくはこの子は……。


「…………生徒会長、なのか?」

「はい? …………あぁ、私の役職ですか? 違いますよ。《元》先輩は長らく不登校してたから知らないかもしれませんけど、私は副会長です。会長はあちらですよ」

「…………げぇ」


 紹介された方へ顔を向けるや、そこにいたのはメガネを掛けたイケメンの青年。紛うことなき知り合いだった。

 青年の名は白伊。先日の戦いで大いに暴れまくってくれた幽王の部下だった人物だ。

 病院で出会ってから数えて実に一週間。顔を見せないと思ったら、学校で生徒会長の任を引き継いでいたらしい。そんな白伊が腕を組んだまま俺のことを見ていた。


「…………なんだよ?」


 挨拶もせず、とりあえず見つめてくる真意を知ろうとして引きつった顔で聞くと、白伊はようやく口を開いた。


「久しぶりだ。全快してくれて非常に嬉しく思うよ」

「お、おう……それで? 俺を呼び出したのはお前なのか?」

「そうだ。まあ、入室早々に長々とお説教を見させられるとは思いもしなかったけれどね」

「俺もこんなに長く勘違いされるとは思わなかったよ」


 なお当の本人はというと未だに勘違いをしているようで、今の俺の言葉でさえも社会のゴミがまた嘘をついていると思っているみたいだ。

 しかし、白伊の登場でこの女子生徒の立場など正直どうでもよくなってしまった。それよりも白伊がここにいる理由と、俺を呼び出した理由が気になる。

 先日の船舶でのことは詳しくは知らないが、白伊が犯した罪を断罪するという名目で行われていたらしい。そこで事件が起きたというのが簡略化された内容だろう。なので、事件が解決した今、白伊のその後はよく知らなかったけれど、一週間前の病院で出会ったため生命までは取られなかったと一安心していたのだ。

 だのに、こんなにも早くに顔を合わせるようなことになるとは思いもしなかった。しかも、こんな形で。

 影を薄くするのが得意な白伊は俺が叱りつけられている間ずっと影を薄くしていたのだろう。だから気が付かなかったわけだし。

 それにしても一体何の用だろう。今更俺に何かを話すようなことも無いと思うのだが。


 言葉に詰まっている俺を見て、白伊はそれが女子生徒のせいだと思ったのか退室を促す。


「少し二人にしてくれないかな」

「いやです。私には《元》先輩の悪逆を止める義務がありますから」

「どうせ君の勘違いだろう? よくある話だ」

「いいえ。私の行いは正しいはずですよ」


 いいえ、間違いなく勘違いでございますよ?


「何をお話するのか知りませんけど、私は風紀を乱す異分子は許せません」

「………………二つ訂正しよう。一つ、彼は風紀を見出せるほど立派な存在ではないよ。二つ、彼を馬鹿にするな。形式上は留年だが、少なくとも君よりは年上だ。目上には敬語と敬愛を持つべきだ、違うかな安心院あじむくん?」

「だとしても……」

「それに、先程の話が真実だとして。非は彼だけのものかい? その相手である望月養護教諭もまた同罪で然るべきではないのかな。なのに、君は彼女を呼んではない。つまり、君は自分の考えに確信を持てていない。あるいは、純粋に彼に恨みがあるために格好の突きどころを突いているに過ぎない。どうあっても、君は自分自身の最も嫌いなやり方で他人を貶めている…………、さて風紀を乱しているのは一体どちらだろう?」


 言葉を使わせれば、俺の知る限り白伊に敵うやつはいない。それはこの女子生徒――安心院というらしい――にとってもそうだったらしい。安心院は悔しそうな顔をしながらも、初めに白伊が言ったように部屋から出ていった。

 そうして残された俺と白伊は向き合って、白伊は一言こう告げた。


「彼女は知り合ったときからああでね」


 困ったじゃじゃ馬だとでも言いたそうだ。

 軽口も早々に、白伊はようやく俺を呼びだした理由を話し始める。


「実は君に頼みたいことがある」


 重い空気は、冷たさすら感じさせた。

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