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記憶の彼方

 理事長室を出た俺と望月養護教諭を待ち構えていたのは、一人の男性だった。

 俺はその男性に見覚えがあった。確か、先日の戦いのときに緋炎の魔女のそばにいた男性だったはずだ。そういえば、名前を聞いたような聞いていなかったような……。

 待ってましたと言わんばかりに出てきた俺たちに近づいてきた男性は、やる気のなさそうな目で俺を見つめてくる。


「……なんであなたがここにいるのよ、小野寺おのでらまこと


 すると、少しだけ警戒した望月養護教諭が不審そうに聞く。

 名前は小野寺誠というらしい男性は、望月養護教諭を一瞥してから口を開く。


「あんたには関係ないよ。ちょっとした野暮用だ」

「あなたが野暮用……? 緋炎の魔女の使いかしら」

「言ったろ。あんたには関係ないことだ、校長先生?」


 ピキリと隣で何かが切れる音が聞こえた気がした。間違いなく幻聴だが、少なくとも望月養護教諭の堪忍袋の緒は切れてしまったようだ。

 今にも殴り掛かりそうになっている望月養護教諭を全身を使って止めていると、もう一度視線が俺に戻ってきて、今度は俺に訪ねてきた。


「御門……恭介……」

「な、なんだよ?」

「……なんでもない。いや、一つだけ質問に答えろ」

「命令形はあんまり好きじゃないな」


 相手がどういう立場の人間かはわからない。だが、よく知らない人に唐突に命令されるのは誰でも嫌だろう。かくいう俺もその一人だ。

 すると、わずかに考える素振りを見せた小野寺誠は次の瞬間には何事もなかったかのように話を再開した。


「お前は……魔女の敵になるのか?」

「……は?」

「答えろ。お前は、緋炎の魔女の敵になるのか?」


 何をどう聞き間違えれば俺が緋炎の魔女の敵になるという話になるんだろう。そもそも、俺が一度でも緋炎の魔女の意にそぐわないことをしただろうか。


 …………あぁ、蒼穹の魔女の件か。


 先日の事件で生命を落としたはずの蒼穹の魔女が蘇った。不老不死者の証である世界矛盾を解消し、なぜか能力を使用すると全身を傷つけてしまう蒼穹の魔女はあのとき死ぬはずだったのだが、俺の世界矛盾がそれを打ち消してしまったのだ。

 そして、それは緋炎の魔女の望むところではなかった。

 そのことに関して敵になるのか否かを問われているのなら、俺は一体どう答えればいいんだ。


「俺は……」

「まあ、敵になるなら構わない。全力で排除するだけの話だからな……、だがもしも、緋炎の魔女の敵にならないというのなら、もう一度俺のところへ来い」

「なんで……?」

「よく考えてから来いよ? 中途半端な気持ちはお互いに悪影響でしか無いからな」


 そう言って、小野寺誠は理事長室へ入っていった。どうやら、本当に野暮用があったようだ。

 しかし、俺はというと小野寺誠の先程の言葉が頭に残って考え込んでしまう。


 俺は緋炎の魔女の敵なのか。あるいは味方なのか。

 俺自身は敵になるつもりはない。でも、緋炎の魔女のすべてが正しいと言えるのかと言われたら否と言うしか無い。

 結局俺はどっちつかずなんだ。守りたいものが決まっていないのかもしれない。いや、守りたいものを忘れてしまっているのか。


 深みにハマってしまっていると思ったのか、隣にいた望月養護教諭が俺の背を撫でる。


「大丈夫よ。一過性の記憶喪失だと思うし、いつかは思い出すわよ」

「は、は。何でもお見通しですね。まあ、事情を知ってるのは望月先生だけだから当たり前って言えば当たり前なんですけどね」

「強がらなくていいわよ………………あなたは、間違ってなんかいなかったもの」


 間違ってはいなかった。では、正しかったのか? いいや違う。俺は俺にできることをやっただけだ。それが正しいのか間違っているのかなど、論外の話なのだ。

 間違いでもなく、正しくもなく、俺がやったのは最悪の手段だ。何をやったのかさえおぼろげで思い出そうとすれば霧がかかったように邪魔してくるから何も思い出せない。

 だが、たった一つだけ確かなことがある。

 俺は、誰かを忘れている(・・・・・・・・)

 そして、その原因が先日の戦いにあることは明白だ。

 このことを知るのは俺の専属医だった望月養護教諭だけで、言いふらされたりしなければ他に知る者はいないはずだ。

 忘れている人のことは望月養護教諭が知り得る情報の全てで保管はされているが、如何せんその人のことをよく知っているのは俺を除けば神埼紅覇という秘密裏に聞けるはずのない人だ。


 俺が忘れているのは神埼麻里奈。今年度から大学生になる、可愛らしい女の子だった。今は忙しいらしく顔を合わせることはなかったが、近日には顔を見せるという連絡があった。

 それまでに記憶を取り戻しておきたいが、そうそううまく行くわけもないだろう。色々と問題を抱えていることになるのだが、それ以上に今の状況のほうが十分問題だということに俺は早く気がついたほうが良かった。


「あの……そろそろ離してくれるとありがたいんですが……」

「我慢しなくてもいいのよ?」


 とろけるような甘い声で囁いているところ本当に申し訳ないのだが、離してもらいたい理由はちゃんと存在する。

 現在、俺は望月養護教諭に抱きしめられて頭を撫でられているという状況にある。もっと掘り下げれば、俺と望月養護教諭は生徒と教師だ。少なくとも抱き合うような関係ではないだろう。正確には抱かれているだけなのだが。

 しかし、もしも俺たちを何も知らない人が目にしたとして、どう捉えられるかは考えずともわかるだろう。そして、俺の目の前に一人の生徒が立っていた。


「……………………とりあえず、生徒会室まで来てもらえますか、《元》先輩?」

「あ、はい」


 にっこり笑顔のその女生徒に俺は何も言い返すことはできなかった。

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