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月明かりはこぼれ落ちるように

 いつか思い出すんだ。

 確かに、その人は笑っていたのだと。

 だから今は忘れていたとしても、それはさして問題にはならないだろう。

 だって、俺は間違えてなどいなかったのだから。







 その日は月夜がやけにきれいな日だった。

 目を覚まして俺を迎えてくれたのは、驚くべきか蒼穹の魔女だった。

 夜中だったこともあって、他の人は誰ひとりとして顔を見せてはいなかったけれど、蒼穹の魔女だけが時間をずらして会いに来ていたからちょうど会えたのだ。

 体の衰えからそれほど眠っていたわけではないとわかると、優しい笑みを向けている蒼穹の魔女に向けて口を開く。


「何もこんな夜分に来なくても……」

「いいえ。私は犯罪者ですから。それに……姉さんも私とは顔を会わせたくは無いでしょうし」

「…………そんなことはないと思いますよ?」


 これは俺の素直な言葉だった。

 蒼穹の魔女の姉――緋炎の魔女のことだが、あれはどう見てもシスコンだ。妹のことになれば、おそらくはなんでも犠牲にしかねないだろう。


 まあそれと同時に、自分の妹ならばこの程度の困難はどうにかできて当然という考えがあるようにも思えるけど。


 それを差し置いても緋炎の魔女はシスコンだということは確定だ。

 どうせ今回も白伊を人質にすれば引きこもりと名高い正義の番人たる蒼穹の魔女も顔を見せるだろうということから始まったのだろう。もしもそうなら一発殴ってやりたいところだが、後々問題にされそうだからやめておこう。


 ともあれ、様子を見る限り事態は収拾したというところだろうか。

 何事もなかったのならそれに越したことはない。


「ありがとうございました」


 小さい声でそんな言葉が聞こえた。

 一体何に対してのお礼なのかわからなかった俺は数秒考えてしまう。

 されど答えが得られなかったので、直接本人に聞いてみることにした。


「えっと、何が?」

「何もかもですよ。私は…………あの日、死のうとしていましたし」

「あー……」


 正直、その日については記憶が曖昧だ。無我夢中だったからだろう。断片的にしか記憶にはなく、それでも俺が蒼穹の魔女を救ったという事実だけは片隅に存在した。

 だから、俺は素直にその御礼を受け取った。

 まあ、可愛らしい女の子のお礼は素直に貰っておくに越したこともない。俺の人生において女の子からのお礼なんてあと何回数えられるだろうというほどなのだから。


 会話が詰まってしまいそうな空気を感じて、すぐに話題を切り替える。

 ちょうど気になっていることもあったため、ちょうどよかったといえばちょうどよかったのだ。


「そういえば、白伊のやつはどうしてますか?」

「白伊は…………今、病室の前で正座してます……」

「……はい?」


 本当に困ったように頭を抱えながら病室のドアを指差した。

 まさかと思い、忍び足でドアへ近づき、深呼吸を一つしてから勢いよくドアを開くと、そこにいたのは正座をしたまま無表情のままに尽くす青年の姿があった。

 引きつった頬をそのままに、俺は一言その人物に聞く。


「……何やってんの、お前?」

「君は馬鹿か? 正座をしているに決まっているだろう」

「いやだから、なんで正座してんのって聞いてんの! しかも病室の前って、幽霊かお前は!?」

「足もあるし、半透明でもない。れっきとした人間だが?」

「冷静に答えるのはそこじゃねぇ!」


 不思議なやつだとは思っていたが、よもやここまで変人だとは思わなかった。


 てかこいついつから正座してるんだ? まさか、俺が気絶してからずっとじゃないだろうな。だとしたら怖いとかそういうレベルじゃなく恐怖だぞ?


 さも当たり前だろうという面立ちの白伊をあとに、俺は病室内でずっと頭を抱えている蒼穹の魔女にワケを聞くために振り返る。すると、蒼穹の魔女はその意志を悟って語り始めた。


「彼なりの責任のとり方ですよ」

「責任……?」

「はい……こないだのことだけでなく、今までにも迷惑を掛けたあなたに対しての謝罪なんです、それ」


 おそらく、カオスのときから顔を見せているであろう白伊には俺が気がついてもいないだろうことをしてきたに違いない。それらすべての謝罪がこの正座なのだという。

 俺は不意に吹き出した。

 おかしなやつだが悪いやつではない。悪いことは悪いとちゃんと理解しているのだ。だからこうして謝罪をしに来ている。

 しかし、いいやつだとも限らない。現にこいつは何度か俺たちに対して攻撃したわけだから。

 決して心を許せる相手ではないけれど、憎むべき人間ではないのだろう。


「何を笑っている?」

「お前のその姿にだよ」

「あざ笑っているわけか……」

「卑屈だな! ……って、そんなわけ無いだろ。面白いやつだと思っただけだよ」

「面白い? 僕が?」

「ああ。ユーモアとか、そういうのじゃなくてさ。純粋にお前っていう人間が面白いんだよ。だから、俺はお前を殺せなかったのかもしれない」


 そもそも、俺は戦いでは誰かを殺そうと思ったことはない。全員が救われるならそれに越したことはないに決まっている。全員がハッピーエンドになれるなら、それを望んでいたいのだ。だから誰も殺さないし、そうやって今日までどうにか生きてこれた。

 甘さだと、きっとやつは笑うだろう。

 それでも構わない。この甘さで失われるのは、どうせ己の生命だけなのだから。


 俺は静かに白伊に手を伸ばす。和解の握手ではない。だが、勝者が敗者に向ける手でもない。

 いわば、これは戦友へのさりげない手向けというものだ。

 そこに俺は言葉を付け加える。


「もう守りたい人を間違えるんじゃないぞ。守る方法をたがえるんじゃねぇぞ。守りたきゃ、てめぇの力で否定するすべてをひれ伏せさせろ。世界なんてものに、二度と手を出すんじゃねぇ」

「…………できるだろうか。僕なんかに」

「できるさ。俺にだってできたんだから。お前には余裕だろ?」


 俺の何気ない一言に白伊の無表情が崩れる。

 かすかに微笑んでいるように見えた。いや、笑っているのか。きっと、俺の発言がおかしかったのだろう。しかし、バカにしているようではなかった。

 白伊は俺の手を取って立ち上がる。そして、返しの言葉を告げるのだ。


「あぁ……僕は君に会うべくして会ったわけだ」

「どういうことだ?」

「全ては幽王の思惑通りということさ。僕がこうして君と手を取り合うこともね」

「……なんかゾッとしねぇな」

「確かに。けれどこれで良かった。僕はきっと間違えていたのだろう。何かを守るという意味を。誰かを救うという夢を。でも、君に会えたことでわかった。人を救うとは……愛する人を守るとは、それほど難しいことではなかったのかもしれないな」


 それだけ告げると、二人はあまり無理させるわけにはいかないと病室をあとにした。

 残された俺は静かに病室のベッドへと戻ると、冴えてしまった目で天井を見上げ続けた。

 奇しくも問題の一つは解決できた。だが、新しくできた問題の方は一向に解決の糸口すら思いつかない。


 その問題とは、目覚めてからずっと俺を悩ませる曖昧になった記憶のことだ。

 白伊、蒼穹の魔女のことは覚えている。颯人のことも、由美さんのことも覚えている。クロエもクロミも緋炎の魔女も、全員のことを覚えているはずなのになにかが足りない。

 すべての記憶に必ず靄がかかる。顔に体に声に、存在は見えるのに、姿が見えない。


「誰なんだ…………お前(・・)は」


 俺は、たしかに大切な人だと思う、その人を忘れてしまったようだ。

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