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終末の終末論

 空に浮かぶ蒼い太陽をにらみながら、船の上で逃げ場の無い俺たち一同はそれを操る美咲さんからついぞ目をそらすことが出来なかった。

 蒼い炎の左翼をはためかせ、暴力のような圧倒的なまでの美貌を持つ彼女はそれでも笑顔だった。まるでそれは女神の微笑みか、はたまた女王の嘲笑か。

 そして、それは落とされる。


「対策は!?」

「あるか。コロがすぞ」

「じゃあ、どうしようっていうんだよ!」

「どうにかするんだよ!」


 叫びを最後に颯人も右翼をはためかせる。それを見ただけで大体のことを把握した俺は同じく言葉を紡ぐ。


「天も地も、母なる大海に至っても、やがて人は管理する。時も、思いも、星の自転さえも、とうとう人類は統率を可能にした。一秒の定義を引き伸ばし、無限とも言える寿命を手に入れて、星の尽くを滅ぼしてまで、人は生を切に願う。ならば言おう。声高らかに謳おう。時よ――全ての基準たる一秒の歩みよ。今一度、その歩みを悠久の如く遅らせて、世界の終わりを引き延ばせ」


 世界の時間がゆっくりになる。一秒の定義を颯人が引き伸ばしたところまで引き伸ばすと、その先で待っていた颯人が超遅延世界で蒼い太陽を見つめたまま立っていた。

 何か思うこともあるだろう。最愛の人が敵になったんだ。気落ちするのも仕方がないと言える。

 されど、今はそんなことで歩みを止めるわけにはいかない。蒼い太陽が墜ちるまでの時間がゆっくりになっているとは言え、落ちてきているのは間違いがない。黄昏れている時間など俺にも颯人にも無いはずだ。

 呆けている颯人に声をかけようとしたが、それよりも早く颯人が反応した。


「遅ぇぞ。一年は待ったな」

「そんなに待ったわけねぇだろ。というか、一年もあればどうにかできるだろ、お前なら」

「買いかぶりすぎだ。俺にはそこまでの力はねぇよ」


 どっちが買いかぶっているのだろうか。颯人に出来なければ俺が手助けに来たとしても何も出来やしないだろうに。

 しかし、一年というは冗談だとしても俺がこの世界に入るまでに五秒ほどはかかったはずだ。その間、颯人は一人であの太陽とにらめっこをしていたわけでもあるまい。であれば、何かをした上でダメだったと考えるべきだ。

 颯人でさえどうにも出来なかったものが、果たして俺にどうにかできるのか。


 俺は自分の手を見つめて、俺にある全てのこと思い返すがあの太陽に対抗できるものがたった一つしか思い出せない。

 《ニュクスの落陽》。疑似太陽を作り出し、それを落とすことで世界を終わらせるという終末論だ。これは俺の最大火力を誇るものなのだが、範囲が地球規模なのと使用すると俺の意識がいつ起きるかわからなくなるというデメリットがある。


 けれど、もうそれを使うしか……。


 俺が二つ目の終末論を起動させようとすると、横から颯人が俺の肩を引っ張る。


「お前は見てろ」

「はぁ? でも――」

「いいから」


 言うなり颯人は落ちつつある蒼い太陽に向けて歩いていく。その背には様々な五種の右翼が揺らめくが、それ以上に俺には覚悟が見て取れた。

 そうして、蒼い太陽を眼中に収めた颯人はゆっくりと右腕を空へとかざす。やがて背に生える五種の右翼が大きく膨れた。一回りほど大きくなった翼が弾けると、そこには白銀の翼をはためかす本物の《右翼の天使》がそこに居た。


「お前……まさか」

「アイツを守るために、俺には時間が必要だった。崩壊する世界を救うために、俺にはどうしても時間が足りなかった。だから俺は一秒を永遠に引き伸ばしたのさ。どうか終わりよ、来ないでくれってな。あいつと一緒に居たかった。あいつのいる世界を守ってやりたかった。お前は世界最後の姫じゃないって、笑って言ってやりたかったんだ」


 颯人の変化は異常なものだ。俺の知る限り世界矛盾っていうものに変化は訪れないはずだ。力を十全に扱えていなかった俺のような状態であれば少しは強化されるということはあっても、今の颯人は明らかに変わりすぎている。

 であれば、考えられるのはたった一つ。蒼穹の魔女が不老不死の能力を失った理由が度を超えた能力の発現であるのなら、今の颯人はまさしくそれだ。

 つまり、颯人は……。


「……けんな……ふざけんな!! お前、俺にそれを魅せてどうしようっていうんだよ!! ここで力を使い果たして、お前は……お前は――!!」

「これは俺なりの覚悟だ。決心とも言える。これまでずっと逃げてきた現実と向き合うために必要なことなんだ。そのために、この力はもういらない。もう俺は俺の力だけで守りたいものを守ってみせる」

「だからって……」

「心配すんなよ。別に俺にあるのがこの力だけってわけじゃない。いざとなれば――」

「それで死んじまってもいいのか……? その力を返上するってことは、つまるところ不老不死を捨てるってことだろ。お前……それでいいのかよ」


 美咲さんとずっと一緒に居たい。それだけが望みだったはずだ。そして、それを延々と思い続けてきた颯人には、きっと一生なんていう短い時間では足りないだろう。

 おそらくはその覚悟を俺に見てもらいたかったのだ。だから、俺がこの世界に来るまで蒼い太陽を消さないでいた。相当の覚悟だ。きっと熟考して出した結論に違いない。

 故に俺は何も言ってはいけない。その想いを無視するわけにはいかない。


 だけど……だけどよ。颯人が不老不死の力を失うってことは、美咲さんと生きる時間が変わってしまうということだ。そうしたらまた、二人は離れ離れになってしまうんじゃないか? 本当にそれでいいのか。これが最適解なのか。

 《顔の無い王》で颯人に不老不死を与えることはおそらくはできるだろう。それで永遠に生きながらえることもできるかもしれない。けど、それは……。


「かっこ悪ぃこと、言ってんじゃねぇよ……」

「あぁん?」

「お前の覚悟は大したもんだろうよ。その決意には恐れ入るよ。だけどな。美咲さんは言ってたぞ。お前のいる世界に行きたかったんだって。一秒の定義を捻じ曲げた世界に引きこもったお前に会いたくて、一秒に永遠の蓋をしたって。その力を返すってことは……また、美咲さんから逃げるってことになるんじゃないのか?」

「…………美咲が、そんなことを……そうか、俺は……何も知らなかったんだな」


 白銀の翼が閉ざされていく。

 どうやら、能力を解除し始めたらしい。これで停まったのかはわからない。もしかしたら、俺は余計なことをしているのかもしれない。それでも俺は、こんな形で颯人にかっこ悪いことをしてほしくなかった。

 少なからず颯人の過去を知っているから。その過酷さや悲しみの連続を目の当たりにしてしまったから。

 かっこいいのだ颯人の生き方は。だから、少しだけ憧れてしまったのかもしれない。

 そして、その憧れのためなら、俺は……。


「世界なんてどうでもいい。仲間が笑ってくれるなら……知り合いが幸せで居てくれるならそれでいいんだ。ただそれだけなんだ」


 世界はかくも無残なものだ。いつだって望んだものを否定する。

 しかし、俺は折れてはいけない。大切な人を守るため。憧れの灯火を消させないため。そのために俺は強くなろうと決めたんだ。もう誰も傷つけさせやしないと、そう決めたんだ。

 だから…………。


「俺のすべてくれてやる……だから、俺にすべてを救わせろ!! あるはずだ。俺には世界を終わらせる事ができる力があるんだから。《黙示録アポカリプス》、《顔の無い王》、タナトス……カオス!! 何でもいい。誰でもいい。俺に力を貸せ――――寄越せ!!」


 左目が熱い。焼けるような破裂するような痛みが起こる。血涙が流れ、ついには頭痛まで巻き起こる。左目から発火したと思われる黄金の炎が全身を包む。

 どれだけ痛かろうが関係ない。それでみんなを守れるのなら。仲間が守りたいものをすべて守れるのなら、俺はどれだけの痛みも受け入れよう。

 だから頼む。多くは望まない。俺は…………仲間の笑顔を守りたいだけなんだ!!


 左目に赤文字が浮かぶ。そこに書かれていたのは――


終末の終末論(ラスト・エンブリヨ)――――多重定義連続稼働オーバーロードぉぉぉぉ!!!!」


 やがて、奇跡の輝きがまばゆく畝る。

 そして、絶望の歩みが這い寄り覆う。


 おそらくその時の俺は、その選択を生涯間違いだとは言わないだろう。たとえ、世界を救う代償がかけがえのないものだったとしても。

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