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生きてほしいと願ったから

 カオスと長い時間を過ごしている中で、カオスから一つの提案をされていたのを思い出した。それはあるかもしれない可能性の話ではあったが、さっちもいかない状況においては賭けるに値するものだった。

 というのも、カオスが示したのは俺が発現させた《顔の無い王》を使用した上で《黙示録》を使用することである程度の犠牲をなかったことにできるのではないかというもので。簡単に言えば、《黙示録》で発動する身体的代償を《顔の無い王》の超回復で補うということだ。


 自分を痛めつけることに容赦がなくなった俺は、早速それを試みようとした。それこそが黒崎双子と望月静香に伝えたやってみたいことだったのだ。


 そして、それはうまくいった。うまくいったならあとは簡単だ。俺が発動させたのは《完全統率世界》、これにより一秒の定義が引き伸ばされ、ほぼ無限と言えるほどの時間を手に入れたわけだ。

 そこからなんやかんやで今に至るわけだが、麻里奈に再開して初めて頭に浮かんだのが胸のことだということだけは秘密にしておこう。


「いちゃいちゃするのはいいんだけどさぁ! とりあえずアオちゃんが作った台風をどうにかしてくれないかなぁ!?」

「そ~なのですよ~! アオちゃんは静香ちゃんがどうにかするそうなので~、安心してくださ~い」

「私!? ねぇ、それ私の仕事なの!? って、死にそうじゃない。蒼穹の魔女死にそうなんだけど!? え、何、これを私が延命させるの? マジ?」


「「マジマジ」」


 満面の笑みで返された望月静香は顔面蒼白になりながらも、白伊が抱いている蒼穹の魔女に近づいていって、できることを探そうとしているようだ。

 おそらくは望月静香にまかせておいていいだろう。ともかく、俺が今しなくちゃいけないのは目の前のとんでもな台風のほうだろうし。

 麻里奈を抱きながら、少しづつ迫ってきている台風を見つめる。


「一つ質問なんだけど、どうしてここに颯人とか緋炎の魔女とかいるわけ?」

「あー……その話は長くなるから今はしたくないかなぁ」

「そうなの? じゃあ、あとで聞かせてくれよ。俺はとりあえずあの台風をどうにかしてみるから」

「……うん」


 少しだけパッとしない返事に視線を麻里奈に向ける。麻里奈は俺の裾を掴んだまま何も言わずにそっとしていた。如何に鈍感な俺でも、麻里奈がいかないで欲しいと思っていることがわかった。

 けれど、台風はどうにかしなければならない自体だ。下手をすれば麻里奈もろともこの場を吹き飛ばしてしまうのだから。

 であれば、どうするべきか。少しだけ考えて、普段の俺では絶対に出さない答えを出す。


「……来るか? 一緒に」

「え?」

「ちょっと危ないかもしれないけど、そばにいてくれると頼もしいんだけど……」

「ぁ……うん。行く。もう置いてなんて行かせないもん」

「はは、こりゃ頼もしい」


 麻里奈の腰に回された手をぐっと引き寄せて、麻里奈を離さないようにしっかりと抱きしめる。

 見つめる先には巨大な台風。一年前の俺だったらこんな場所にいることすら予想打にしなかったことだろう。誰が言ったかわからないが、人生とは選択の連続であるという言葉の意味が少しだけ理解できた気がする。

 つまるところ俺は選択したのだ。この場に立つことを。世界を終わらせるというやつに立ち向かうということを。

 今まさに脅威に立ち向かおうとする俺に対して、後ろから声が聞こえた。


「算段はあるのか?」

「ん? ああ、もちろん。なかったら来ないさ」

「けっ……少し見ない間に随分とデカくなったもんじゃないか」

「そうか? 身長は変わらないと思うけど……」

「コロがすぞ。わかってることにとぼけるな。俺が言いたいのはそうじゃねぇ。お前の心の成長の方で――」

「わかってるよ。お前が言いたいことも、俺がやらなくちゃいけないことも。麻里奈を守る。そのために今、目の前の脅威を打破する」

「……お前は――」

「俺はお前のようにはならねぇから安心しろよ。少なくとも、俺は誰かを守るために世界を守ろうとはしないから」


 きっと、颯人の気がかりだったのだ。俺がかつての颯人のようになってしまうのではないかということが心の隅に引っかかっていたのだろう。しかし、俺はここではっきりと宣言しておく。


 俺は颯人のようにはならない。誰かを守るのに、そんな大層な理由はいらない。人が誰かと一緒にいたいと願うことが世界を守らなくちゃ叶わないなんておかしいんだ。だから、俺は颯人のようにはならない。


 宣言は届いた。まるで憑き物が落ちたような颯人は、爽やかな笑みに表情を変えて、俺の背を押した。


「なら行け。やっちまえ。お前がやりたいように好きなようにやってこい。お前が誰かを守るために世界を見捨てるなら、その世界は俺が守ってやる。だから、お前は何も考えずに誰かを守れ」

「かっこいいこと言うよな、お前ってさ。やっぱ年季が違うのかねぇ」

「黙っていけ、締まりが悪いだろ?」


 恥ずかしさでもこみ上げてきたのか、颯人は俺から少し離れた。

 もう一度麻里奈を強く抱きしめると、地面を蹴って暴風にさらわれる。宙に浮いた体で必死にバランスを取っている。


 賽は投げられた。俺は幽王と戦うことを選んだ。あいつが望む未来は俺が望むものじゃないし、やつの望む世界は俺の仲間たちを悲しませるから。

 かつて幽王が言った、俺がやってきたことがすべて無駄なことだったとしても、それでも俺はもう歩みを止めはしない。

 大切な人が笑ってくれる。これが悪だとは思わない。憎たらしいやつが幸せになってくれる。これが悪だと言ってはならない。故に、俺の選択が間違っていても、その結果で訪れる未来は正しいはずだ。


 見ているんだろう、幽王。しかとその目に焼き付けろ。お前が相手にしているのは、間違いを貫き通すバカの行進だ。滑稽とでも笑っていればいい。無様と見下していればいい。それでも俺はこの歩みを止めはしない。借り物の力だとしても、俺は……。


「――――我が魂は願い乞う(ソウル・ディザイア)


 空いた手でポケットから取り出したメダルを打ち上げる。それが台風に飲み込まれてから爆発的な光を放つ。タナトスからもらった七枚のメダル。その能力は収納と擬人化。雷すらも収納せしめるメダルの能力ならばできるはずだ。


 終末論と化した巨大台風を閉じ込めるという荒業が……!!


 やがて風は止み、空が蒼天を取り戻す。体を浮かばせていたものがなくなったことで自由落下が始まるはずだが、それはいつの間にか俺の腰に巻き付くように抱きついていた褐色の少年によって空中に留められていた。

 おそらくこの少年こそ巨大台風の擬人化した姿だろう。でなければ、こんな芸当ができるはずがない。

 これを確認して俺は台風をどうにか出来たことを確信した。

 そして、ボロボロの船で呆然としている不老不死者たちに何か言おうかと思ったが、それよりも蒼穹の魔女の容態が気になった。


「あーっと。お前さんの名前は何だったっけか」

「蒼穹の魔女は台風のことを《クオレ・ディ・レオーネ》って呼んでたけど……」

「また長い名前だなぁ……何か呼ばれたい名前とかある?」

「できれば、レオとお呼びください、マイマスター」

「あ、じゃあ、レオ。ちょっと船に降ろしてくんね?」

「イエス、マイマスター」


 なんだか背筋がムズムズする感覚に襲われながらも、俺たちは船へと帰還した。真っ先に容態を聞くために望月静香に話を取り次いでもらったが、彼女はすでに治療の手を止めていた。

 一体何があったのかと思うと、聞くよりも早く黒崎実が答えてくれた。


「手遅れだったみたい。矛盾解明を終えた不老不死者に回復能力はないから、さすがの静香ちゃんでもダメだったようだよ」

「…………白伊。お前はこれでいいのか?」


 話を理解した上で、蒼穹の魔女を抱きしめたまま唖然としていた白伊に俺は問う。

 この理不尽に立ち向かう覚悟がお前にはあるのか。その是非を聞きたかった。

 果たして、白伊の答えは……。


「納得はいかない。けれど、だったらどうすればよかったんだ。僕は……」

「助けられるかもしれない方法がある、って言ったらお前はあらゆる条件を飲むか?」

「彼女が生きてくれるなら、僕はこの生命を喜んで差し出そう。彼女が幸せになるなら、僕がこの世のすべての悪を担おう。そう……決めていたんだ」

「ならお前はもう誰も殺すな。蒼穹の魔女のためだけに戦って勝ち続けろ。お前ならできるだろ? 世界の悪を担うよりよっぽど簡単なことだ」


 脱力した白伊から生気は殆ど感じられなかった。本当に蒼穹の魔女のために幽王と肩を並べていたのだろう。そうであるならば、白伊は……アジ・ダ・ハークと名乗ったやつらはみんな根っこのところでは優しいのかもしれない。

 だからといって、こいつらが犯した罪が消えるわけじゃない。でも、贖罪は命を刈り取る方法以外でも精算はできるはずだから。それに俺は、こんなにも一人の女の子のために涙を流すことができる白伊に死んでほしくないのだ。

 だから、救おう。できるかどうかはわからないが、俺の可能性というやつに賭けてみよう。

 俺は麻里奈を抱き寄せていた手を外すと、蒼穹の魔女に向けてかざす。そうして、言葉を口にした。


矛盾解消ハロー・アンダーワールド――――終焉を超えて輝け、《顔の無い王》」


 諦めるにはまだ早い。完全に熱を失った蒼穹の魔女の蒼白な肌に触れて、俺は願った。


――生きろ、と。


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