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無意識の革命

 正義を愛し、平和を望む魔女が居た。魔女は清く正しく誠実で、家のない者たちを家族として招き、悲しむ者たちを救ってきた。

 そんな魔女の初めての横暴、それこそが裁判の途中乱入である。


「……よく来たな、愚妹よ」

「ええ、姉さん」


 青を基調としたドレスを身にまとう外見が中学生程度の少女の名は《蒼穹の魔女》――正義の執行者である。

 しかしながら、今回の彼女は正義を執行しにきたのではない。家族の命が危ぶまれそうになったのを助けに来たのだ。すなわち、大罪人白伊の奪還である。

 だが、状況は思わぬ方向へと進もうとしていた。


「僕がやった。すべて僕の計画だ」

「…………アジ・ダ・ハークにも、まして蒼穹の魔女にも非はないと?」

「ああ」


 蒼穹の魔女の登場の数秒後、白伊は供述を変えてきた。いや、結論を早めた。

 全ては自分の犯した罪であり、他の誰も関係がないと。白伊はそう告げたのだ。けれど、それでは問屋が卸さないのだ。もう後戻りなどできるはずがない。なぜなら、この裁判は初めから白伊を裁くための裁判ではなく、白伊を所有していた蒼穹の魔女を裁くためのものなのだから。

 そして、罠だとわかっていても蒼穹の魔女はこの場に来てしまった。否、家族が処されようとしているのに無視できなかったのだ。己の正義という名目の上では。

 この状況を故意に作り出したのは日巫女だった。その意図は直属の部下である神崎紅覇と小野寺誠以外には誰もわからない。故に、理由を知っている二人は蒼穹の魔女から目をそらした。


 イマイチ状況が汲み取れていない麻里奈は困ったように颯人の方へ視線を向ける。すると、麻里奈の困り顔に気がついた颯人は理解が及んだところまでをそっと伝えた。


「あいつは蒼穹の魔女、日巫女の妹だ」

「でも、参加者にはそんな名前は……」

「最初から考えてみろ。これは魔女裁判で、今裁かれているのは魔女か? 違うよな。じゃあ、一体誰を裁くための魔女裁判だったんだろうな」

「……もしかして」

「ああ。俺も多分、そう思ってる」


 いくつかの会話を済ませた後。現状が加速する。

 数歩、蒼穹の魔女が進むととんでもないプレッシャーが部屋中を加重した。まるで花火のような轟音を常に浴びているような感覚に陥って麻里奈は冷や汗が流れ出す。

 だが、そのプレッシャーは何も一人だけのものではなかった。日巫女も同じく無言のプレッシャーを放っていたのだ。さながら一触即発の空気の中で、辛うじて会話がなされる。


「私の初めての我儘を聞いてくれませんか、姉さん」

「イヤじゃ……どうせ、そこの小童こわっぱを返せと言うのだろう?」

「その子は…………私の家族なんです。だから――!」

「嫌だと言ったが?」


 一層増したプレッシャーに麻里奈は失神しそうになる。颯人は大丈夫なのかと見てみると、なんと颯人はニヤついていた。少なくとも、こんな人間にはどれほど経ってもなれそうにないと、冷静に考えながら、麻里奈はことの顛末を待つ。

 すると、姉妹喧嘩の最中に声を上げるものが居た。

 メガネを光らせる白伊は手枷を振るい、注目を集めた。


「蒼穹の魔女……君の助けはいらない。これは僕が勝手にやったことだ。君の認知するべきことじゃ――」

「白伊! あなたがそんなことをやった理由は聞きました。私の…………私の体のせいでしょう!?」

「……喋りやがったか、蛇野郎」


 およそ初めて耳にする白伊の吐き捨てるような言葉。おそらくは図星だったのだ。

 それでもやることは変わらないと白伊は裁判員である日巫女を睨みつけた。


「僕だ! 僕のせいなんだ! だから早く、閉廷してくれ!」

「それはならぬ。貴様には事件のことを詳しく聞かなくてはならないからな」

「そんな時間稼ぎに何の意味がある! 今確実な事実として、先の事件の犯人である僕がいる! 幽王については拷問をされたとしても言えないし、仲間を売るほど僕の性根は腐っていない。であるなら、大罪人である僕を処刑する以外に時間を割いては居られないはずだ!!」


 確かにそうだろう。幽王という男がどういう男であるかは日巫女は知らない。もしも仲間思いであれば、白伊を救いに来るかもしれない。世界を終わらせる力を持つ幽王がこの場に現れたとして、現状の日巫女たちの戦力で太刀打ちできるかは不明だ。

 世界最高峰の戦力を集めているとしても、それを上回られ、なおかつ白伊を連れ戻されたら状況は最悪なものと変わるだろう。

 故に、すぐにでも白伊を処刑する必要がある。

 されど、日巫女は首を横に振った。


「この際だから言っておくが、妾は貴様を脅威とは思っていない。無論十全な準備があった貴様ならば脅威になりえるかもしれないが、今の貴様に妾を殺す算段があるか?」

「それは……そうだとしても――」

「そう。もしも幽王とやらが貴様を助けに来たとして、ここにいる世界最高峰の戦力で太刀打ちできなくとも良いのだ。貴様を奪還されたとしても、妾たちには幽王との戦闘記録が残る。手の内を少しでも探れればそれでいいのだ」

「なっ……まさか、自分たちを捨て駒に?」

「言い方を弁えよ。捨て駒ではない。後に託すのだ。神を討ち、不老不死者を下し、貴様を倒し、己が正義のために魔女さえも救い挙げた阿呆にすべてを託すのだ。そのための魔女裁判、そのための時間稼ぎだ」


 打ち拉がれる。膝を落し、白伊は床を見つめる。

 日巫女は初めから脅威と戦う準備をしていた。どれほど強大な敵が来てもいいように世界最高峰の戦力を揃えた。これで倒せればそれで良し、出来なければこの戦闘記録を麻里奈に託して御門恭介へと伝えることで勝機を上げることができるかもしれない。

 要は世界を終わらせなければ日巫女たちの勝ちなのだ。その過程でどれほどの負けを喰らおうとも、最後に世界の未来があるのなら、それで良かったのだ。

 しかし、それでは良くない人が居た。


「勝手なこと……言わないでよ、姉さん!!」


 そよ風が撫でる。それは鋭い刃のようになり、日巫女の頬を浅く切った。

 かまいたち。それに気がついた日巫女は少しだけ笑って蒼穹の魔女を見つめる。


「力を使うのか。だが、体が持つかな?」

「ぐはっ……たとえ体が粉微塵になったって、姉さんの横暴は止めます。私は、私の家族を――」

「やめろ、蒼穹の魔女!!」

矛盾解消ハロー・アンダーワールド――」


 ほんの少しだけ力を使ったらしい蒼穹の魔女が血反吐を吐いていた。見れば、服が赤く滲んでいる。きっと、服の下で皮膚が破れたのだ。そして、日巫女と違って、蒼穹の魔女は明らかに回復能力が低い。


 蒼穹の魔女は発生した時から強力な力を持つが、回復能力が低いことで有名であった。その回復力は不老不死者の五分の一。死なない人間ほどの回復力しか無いのだ。さらに、彼女の能力は強力であるがゆえに、他の不老不死者と違って代償が存在する。

 それこそが先程の吐血と皮膚の開裂である。

 蒼穹の魔女は能力を使えば使うほどに傷つき、弱くなっていく。その彼女が今、人生で二度目の世界矛盾の全開放を試みる。


「――――神よ、この心臓を捧げます、《無意識の革命》」


 そして、世界が悲鳴を上げる。

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