蒼穹の魔女
「被告人、白伊。お主がそこに立たされている理由をわかっているな?」
「…………」
緋炎の魔女がそう問うや、白伊はにらみつけるように見つめるだけで言葉を介さない。
その様子から沈黙を肯定と取って、魔女裁判が開廷されようとしていた。
まず最初に緋炎の魔女が一枚の紙を手に、書かれている罪状を読み上げる。
「世界の殺害を目論見、日本の長である神埼麻里奈を誘拐。加えて神埼家が所有する施設の破壊。とまあ、宣戦布告の数々をしたわけだが、これに対して反論はあるかな?」
「…………」
「この法廷に黙秘権はお主にはない。包み隠さず述べよ。白伊、お主の起こした数々の事件に間違いはないな?」
「……ええ」
緋炎の魔女の威圧的な態度に、さしもの白伊も諦めたようで返事をする。ただし、態度はあまりよろしいものではない。反抗的な態度に何か言いそうなものだが、緋炎の魔女はそれについては何も言いはしなかった。
数々の罪を認めた白伊の裁判は本来であればここで死刑が決まり閉廷のはずだ。けれど、裁判はまだ終わろうとはしなかった。
「お主は《幽王》とかいう男の仲間だそうじゃな」
「それがなにか?」
「《幽王》とは何者じゃ」
「…………それはこの裁判に必要な質問ですか?」
「意見は許さぬ。質問に答えよ。《幽王》は何者じゃ」
そこでようやく一同は理解する。この魔女裁判に色を名に冠する魔女が二人もいる理由を。
緋炎の魔女はおそらく《幽王》という男の情報を欲したのだ。あの男についての情報はこれまでずっとわからず終いだったから、唯一の情報源になりうる白伊を利用したいのだろう。
その気持ちは颯人も麻里奈も同じだった。だが、それは本当にこの裁判で行っていいことなのだろうか。
拷問をしかねない勢いの緋炎の魔女に、颯人が割り込んで話し始める。
「おいおい。らしくないぞ、日巫女。一体どうしたっていうんだ」
「お主は黙っておれ、黒崎義弟。妾はこれでも怒っておるのじゃ」
「そりゃあ……まあ、ご愁傷さまなことで」
メラメラと火の粉が舞い始める。感情が高ぶったことによって日巫女から炎が沸き立とうとしているようだ。颯人は手を出したら火傷しそうだと颯爽と手を引く。
日巫女が何に怒りを感じているのかは少し考えればわかる。日巫女は日本を誕生させた不老不死の一人である。故に日本を愛しているし、全ての日本人を死なせたくないと思っている。さらには日本にある全ての建築物は芸術品だと考えている節があるようで、今回の事件で人命は脅かされなかったが、建築物は相当数やられたそうだ。
おそらくはそれが原因だろう。
そして、怒れる日巫女は何人も止めることが出来ない。世界で唯一人を除いては。
ぽんっと。日巫女の頭に手が乗る。さらにはぐりぐりと揺するように撫で回し始める。それをしているのは小野寺誠、《自覚無き吸血鬼》である。
彼は誰の命令も聞く耳を持たない緋炎の魔女に唯一文句や打診をすることができる男であり、かつ緋炎の魔女の懐刀として《選ばれし者》に名を連ねている。
そんな彼が呆れるように息を吐きながら怒れる日巫女を静かにさせる。
「そう怒るな、魔女。話がややこしくなるだろ」
「な、何をするのじゃ~! や、やめろ~!」
「はいはい、わかったわかった。大人しくしろ」
世界広しと言えど、怒れる日巫女にそんなふうに接することができるのは彼だけだろう。
こうして爆発する前に緋炎の魔女を大人しくさせることに成功した小野寺誠は特に怒った様子もなく、ただ事実確認のためだけに白伊に問う。
「なあ、お前さ。《幽王》ってやつの仲間に間違いはないんだよな?」
「……ええ」
「《幽王》がどういう思いで世界を殺そうとしているのかを知った上で、仲間なんだよな?」
「もちろん」
「そうかい。こりゃ、相応の罰が下るぞ。魔女、こいつは本物だ。こいつはすべてを知った上で《幽王》の仲間だった。《幽王》を頭だと認めてた。怒りをぶつけたところで、決意を固めているやつは口を割らない。そうだろ?」
「ぐぬぬ……それは……そうじゃが……」
緋炎の魔女の歯ぎしりが微かに皆に聞こえる。相当悔しいことが見て取れた。
しかしながらここに唯一人、颯人だけが白伊という存在をよく知らない。言伝から世界を破壊しようとしている集団の一員であり、神埼麻里奈を誘拐した実行犯であることだけは辛うじて知っている。けれど、それは表面上のことでしか無い。
颯人は白伊という男の成りを知らないのだ。
故に、颯人は他の誰もを遮って質問する。
「ただの人間で、しかもその若さで世界を破壊しようと思うほどに絶望を感じたのか?」
「《極東の最高戦力》…………その質問には【はい】と答えよう。だが、その理由までは話さない」
「それで構わないさ。俺も別にお前さんの人生を知りたいとは思わないからな。質問を変えよう。《幽王》の描く世界は真にお前の望む世界なのか?」
「もちろんさ。そうでなければ僕は彼の仲間にはなりはしない」
「…………最後の質問だ。お前……そこまでして一体何が守りたかったんだ?」
「それは……」
言い淀む。おそらくは、ここが白伊にとって絶対に死守しなければいけない情報なのだ。
颯人は最初からおかしいと思っていた。魔女裁判で魔女以外を裁くなど、前代未聞の話だ。例外で白伊が呼ばれたのだと思っていたが、話を聞く限りでは頭は回るがそれほど歴史的な裁判を起こす理由にはなり得ない。であれば、論点がそもそも違うのだ。
白伊は何かを守りたかった。だから世界を壊そうとした。そんなことをしなければ守れないほどの存在だ。そして、そんな大それたことをしようと決意させてしまうほどに命よりも大切な存在だったのだろう。
颯人の思考が澄み切っていく。現在ある情報でありとあらゆる可能性を切り捨てていき、残った最後の真実をすくい上げようとしている。
大罪人ではあるが、業々すぎる面子。
裁判を早く終わらせようとする白伊の行動。
何故か引き延ばそうとする緋炎の魔女。
そして、世界の守護者である《選ばれし者》が二人に、《最強の人間》、《放蕩の剣星》という世界のトップクラスの戦力が集中している裁判。
まるで、白伊ではないもっと大きな存在と戦うようではないか?
さらに颯人の頭の中に白伊のチームネームが思い起こされる。
アジ・ダ・ハーク。三つ首の恐竜。この名前は《幽王》によって付けられたものでないとすれば……。
「魔女絡みの裁判だったのか、初めから」
「察しが良いではないか、黒崎義弟。そう、かの者はとある魔女が所有していた最強の暗殺部隊のリーダー。人の身にて超常の全てを屠る三つ首の龍と呼ばれるスリーマンセルを束ねた天才が、こやつよ」
「それで? そのとある魔女ってのはどこのどいつなんだ?」
「本人に直接聞くが良い。ちょうど、バカ妹も来たようじゃしな」
緋炎の魔女の頬が緩む。視線を追うように扉へと視線を向けると、勢いよく扉が開かれる。その先には深い青を貴重にしたドレスを身にまとう中学生ほどの身なりの少女が立っていた。
颯人は驚いた。否、この界隈で驚かないものはいないだろう。その姿を見たことがなくとも、少女が纏う空気は誰もが知るモノだったから。
一部始終を見ていた颯人は漏れるように言葉をつぶやいた。
「これはまた……大御所が来たもんだな」
その少女はただの魔女ではない。正義を掲げ、万人に平等に罰を与える執行人。人の世の法を司る魔女。名に色を冠する大魔女。人は彼女の纏う空気に神聖さを見出して、考えるよりも先に頭を垂れる。
その少女の登場を誰よりも悔いていた男がいる。下を向き、絶対に顔を合わせまいとして奥歯を噛み締めて、白伊は今にも嗚咽を吐き出しそうになりながら誰にともなく唸るのだ。
「どうして……来てしまったんだ………………………………………………………………………………蒼穹の魔女」
蒼穹の魔女。それが少女の畏名だった。





