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うら若き美女

 目が覚めて数時間。俺は今の自分が置かれている状況を事細かに整理していた。

 まず、俺が眠っている間に寝泊まりをさせてくれた恩人が何やら休養でどこかへ行ってしまったこと。そして、それを追いかけて俺たちは貸し与えられたジェット機で日本に向かっていること。

 何やら嫌な予感が後をたたないが、それでも恩義には報いなければならない。できるなら、この嫌な予感が杞憂であってほしいと願う。


 ようやくしてジェット機が日本に到着したらしい。実感事態はそれほどないが地面に足がつくというのは非常に素晴らしいことだと思う。そうそうにジェット機から降りると、そこは港だった。

 どうして港なんかに降ろされたのかと思っていると、ジェット機は水上を滑走路のように走っていき、飛び立ってしまう。ここからどうしたものかと呆然としていると、実がスマホを取り出して現在位置を調べだしていた。


「ここ、神奈川県? の港みたいなんだけど、せんぱいわかる?」

「さぁ? 俺は生まれてこの方あんまり旅行もしたこと無いし、神奈川とか言われてもいまいちピンとこないなぁ」


 ここに来て他県に全くと言っていいほど興味を持ち合わせなかったがゆえに困る日が来た。勉学もあまりよろしくない俺だから、神奈川県と言われても何が特産でどういうところなのかすらわかりやしない。ほとほと迷ってしまう俺たちを見て、望月静香が小さく息を吐く。


 そして、実からスマホを強奪すると、現在位置を確認してすぐにスマホを返す。

 そんなことをしてどうするのかと俺と黒崎双子で見ていたら、望月静香は白衣のポケットに手を入れて歩き出してしまう。

 一体どこへ行こうというのか。右も左もわからない俺はついつい望月静香を呼び止めてしまった。


「ちょ、ちょっとどこ行くんですか!?」

「お花を摘みにいくのよ」

「へ?」

「お手洗いに行くって言ってるの!」

「あ、はい……」


 どうやら、先程スマホを強奪して調べていたのはここから一番近いトイレだったようだ。


 しかしながら、これでは本当に手詰まりだ。俺に関しては目覚めたら日本に行くジェット機に乗っていたわけで、まるで状況がわからない。かといって実たちに聞いてみても、探し人今どこにいるのかもわからないと来たものだ。

 はっきり言ってどうしようもない。とはいえ打開策はなくはない。


 ポケットに入っている俺のスマホを見て久方ぶりに電源を入れる。

 手慣れた操作で電話帳を開いて数少ない登録者を探していき、やがて麻里奈の電話番号で止まる。

 日本には麻里奈がいる。きっと、問題が起こっているとすれば麻里奈に聞けばすぐに分かるだろう。しかし、半年も音信不通になっていたためどうも電話をかける勇気がない。如何に優しい麻里奈でもほとんど何も言わずに出ていったことを怒っていないわけがない。

 だから、俺は手に取ったスマホの画面を落してポケットにしまう。


 進展のないまま、とりあえず俺たちは望月静香が帰ってくるまでの間、暇をつぶさなければならなくなった。

 黒崎双子は望月静香が行ったと思われる近くのコンビニに駆け込み、週刊誌やら月刊誌を手にとって時間を潰しているようだが、俺にはこれと言って趣味が無いため、海の見える場所にある階段に腰掛けて望月静香と黒崎双子の帰りを待つ。

 それから数分経過した頃、一人の女性が俺に話しかけてきた。


「ねえ、君。ここらへんに住んでる子なの?」

「え? あ、いえ。すみません、俺は……」

「そっか、違うんだね。あぁ、ごめんごめん。ちょっとナンパっていうものをやってみようかなぁって思っただけだから畏まらないで、ね?」


 きれいな女性だった。うら若き美女というべきか。幼さの残る容姿なのに、話し方や纏う雰囲気が大人びていた。一言で表すなら、やはり綺麗というのが的確だろう。

 そんな女性が可愛らしい笑顔でナンパなどと言うのだから驚きだ。

 基本的に女性からアプローチをされた経験がない俺は、こういうことに慣れていない。というか、世の中にいる男性でこういうことに慣れている男は少ないはずだ。そうだと信じたい。

 とにかく、緊張してしまうほどに綺麗な女性が俺に話しかけ、了承を得ぬ前に俺の横に座る。


 けれど、俺はこの女性を知っている気がするのだ。他人の空似とタナトスがいれば笑うかもしれないが、こんな美女が世界にそうそう居てたまるものか。

 どこかで面影を見たのか。あるいは知っているのか。もしくは本当に俺の勘違いなのか。そのどれにせよ、俺は今緊張で頭がうまく回らない。

 そんな俺に女性は微笑みながら語りかける。


「どうして君はこんなところにいるの?」

「あ、その……なんで、でしょうね…………」

「わからないの? それとも忘れちゃったの?」

「わからない、のかもしれません。きっと……」

「そっかぁ。わからなくなっちゃったのか。それなら……仕方ないね」


 言って、女性は俺の頭をなでた。抱き寄せられ、安堵の中に沈んでいく気がする。

 およそ俺が知るはずもない感覚が体の芯から湧き上がってくるような感覚だ。


 愛情。この感情に言葉を付けるなら、それが適切だ。


 母親に慰められてもらっている感覚に近い。安心する。安堵する。温かさで心が満たされていく。

 だが、俺が母親からの愛情というものを知るはずがない。物心ついたときには年に数回しか母親には会えず、父親に至っては数年に一度電話がかかってくる程度だ。だから、俺にはこの感覚はわからないはずなのに……。


 ふと、麻里奈の顔が浮かぶ。

 なぜかはわからないが、この優しさは麻里奈から受けた数々の幸せに似ていた。

 ようやく俺は見知らぬ女性に撫でられていることを思い出すと、飛び跳ねるように女性の手を振りほどく。その勢いで立ち上がって少しだけ女性と距離が開く。すると、女性は驚いた表情を見せて申し訳無さそうに言うのだ。


「ごめんね。嫌だった、かな?」

「あ、いや、その……え……っと」

「言葉にならない? でも、やじゃなかった?」

「いやとかでは……」

「それならよかった。…………君は優しさに怯えてるんだね」

「え?」


 自覚はない。そんなことを言われるのも初めてだった。

 女性は立ち上がり、俺に接近してくる。なぜか体がうまく動かない。動揺しているのか。見れば足は震えていた。俺が女性に怯えているのは明白だった。

 どうして怯えているのだろう。何かがおかしい。思えば女性に会ってから、俺の体がおかしくなっている気がする。


 まず最初に思いついたのは女性による俺への精神的な攻撃だった。それならば、女性は俺の敵だということになる。けれど、敵がこんなにも優しく接してくるだろうか。

 敵でないとして、ただ単に俺が女性に弱くなりすぎたのかとも思った。しかし、ここ数ヶ月で様々な女性と接してきた俺が急激に弱くなることがあるのか。

 わからない。故に恐ろしい。この優しさは、なんだか怖いのだ。


 抱きしめられる。簡単に振り解ける包容なのに、体が拒否しているかのように包容から逃れられない。

 終いには女性の一言で完全に動けなくなってしまう。


「大丈夫だよ。君は何も間違えてなんかいないし、慣れない優しさに怯えてしまうのも恥ずかしいことなんかじゃないよ」


 なんと甘美な声色だろう。まるで心を盗まれたかと勘違いしてしまいそうになる。

 されど、俺はその声のおかげで彼女が誰なのかをようやく知ることになる。見た目は若い。それこそ黒崎双子と同じくらいだろう。だが、中身はれっきとして大人なのだ。幾度の終焉を迎えても諦めることをしなかったがゆえに全ての終焉を知った女性。それがおそらくは彼女だ。

 彼女は黒崎颯人の妻、黒崎美咲だ。


「どうして……あなたが……黒崎、美咲さん……」

「バレちゃったか。でもまあ、仕方ないよね。こんなにも壊れそうな君を見ていたら、放っておくことなんて出来ないよ」

「壊れ……そう……?」


 何を言っているのか。それを問い詰めようとするが、美咲さんは困ったように笑って、俺を元いた階段へと腰掛けさせた。

 俺から手を離し、数歩下がって微笑みかける。そうして、つぶやくように言葉を紡いだ。


矛盾解消ハローアンダーワールド――――停止して揺蕩え、《左翼の龍姫》」


 青い炎が左翼となって彼女の背に生える。ちりちりと舞う青い火花は彼女の美貌と比べても遜色ないもので。見る者全てを魅了するほどに神々しいものだった。

 故に、俺は心から漏れ出た言葉のようにつぶやいてしまう。


「――――綺麗だ」

「…………やっぱり君は変わらないね」

「それってどういう……?」

「一つ訂正。この世界じゃ私は結婚してないから、まだ黒崎じゃないよ。私の名前は美咲。神埼・・美咲だよ」

「神埼……? ま、待ってくれ! 颯人があなたを探してる! 一緒に来てくれないか!」


 名前を名乗って、美咲さんは左翼をはためかせて宙を舞う。それを静止しようと呼びかけるが、美咲さんは苦しそうに笑ってこう言った。


「ううん。それはできない。もしも颯人に会うことがあったら伝えてくれる? 私は、幽王の側へ付いたって」

「幽……王……。どうして……どうしてなんだ、美咲さん! あいつらは世界を殺す気だ。それはあなたと颯人が望んだことじゃないだろ!? あなたたちは――」

「あの人を楽にさせてあげたい。それだけじゃ、理由にならないかな?」


 息を呑む。

 颯人が美咲さんを守りたいように、美咲さんもまた颯人を守りたいのだ。俺は颯人の思いしか知らなかった。考えようともしなかった。美咲さんは美咲さんで想いがあったというのに。

 それがこんな末路なのか。颯人を守るには、世界を殺してしまうしか無い。世界がなければ、颯人が守る美咲さんもいない。颯人は真の意味で自由になる。

 だが、それでは……。


「そんな……そんな悲しい終わり方があってたまるか! それじゃあ、お互いがお互いを忘れてしまうじゃないか。颯人が頑張ってきた意味はどうなる。颯人が願った優しさはどうなる。颯人が思った幸せはどうなる。あなたと颯人が望んだ途方も無い平和は一体どうなるんだよ!? ふざけるな! それじゃあ…………それじゃあ、誰も幸せになんてなるもんか!!」


 どうしてこんなにも心が苦しいのか。悲しいのだろうか。

 きっと、俺が颯人の生涯を見てきたからだ。二人の幸せだった時間と、それが絶望に変わる瞬間を見てきたからだ。

 二人の願いはこの世界には罪なのかもしれない。決して実現可能な幸福ではないのかもしれない。それでも、幾度の絶望を味わってきた二人が幸せになってほしいと願うことはいけないことなのだろうか。二人に平和の中で生きていてほしいと望むのはダメなのか。


 そんなの、もう地獄とどう違う? 


 ここは地獄でも天国でもないはずだ。なら、二人にそんな終わらせ方を選ばせてはならない。

 なにより、颯人と約束したのだ。俺が、美咲さんを守ってやると。その言葉を違えるつもりはない。

 握りこぶしを作り、早々に飛び去ろうとする美咲さんに叫んだ。


「俺があなたを守る。何だったら颯人だって守ってやる! だから! そんな悲しいことばかりを考えるな!!」


 返事はない。言葉に微笑みを返された気もしたが、すぐさま飛び立たれたためその真意は計り知れない。

 しかし、俺の中でやるべきことが増えた。事は、すでに幽王を倒すだけでは済まされないのかもしれない。

 興奮した体を落ち着かせようと、スマホで日本の近況を調べる。大物政治家の不祥事やら、大型台風の接近やらで事件は相変わらず多い。

 しばらくしてトイレと暇つぶしに出ていた望月静香と黒崎双子が帰ってくる。みんなには美咲さんにであったことは内緒にして、とりあえずどうするかの話し合いを再開した。

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