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伝説の会合

 魔女裁判。それは魔女の魔女による魔女のための裁判。魔女が魔女を断罪する裁判のことである。

 そこに集められたのは色彩の魔女と呼ばれる、名に色を持つ世界最高峰の魔女たち。緋炎の魔女、及び黒痘の魔女であった。

 しかしながら、時が移ろうに連れて魔女裁判はその様式を変貌させ、現在では裁判員に二つ名を持つ魔女以上を最低一名選別し、その他四人は魔女以外であっても良しとするようになっている。

 ただし、様式が変わったとは言え、世界最高峰である色彩の魔女が裁判員として表立つ魔女裁判は昔も今も変わらずに、世界史に名を残すほどの事件を起こした人物を断罪する際に限定される。

 しかも、今回は色彩の魔女が二名も名を連ねるとても貴重かつ歴史的な魔女裁判である。

 つまり、歴史上数が少ない一例が今まさに開かれようとしていた。


 神奈川県にほど近い海上。そこが今回の魔女裁判の裁判所となっている。

 海の上で行うのには理由がある。今回の裁判で断罪されるのは世界崩壊を目論む極悪人。もしも逃げられでもしたら一大事となる。そのため、逃げ場のない海の上を通例として裁判所として建てるのだ。

 裁判員の席は五つ。その二席が二名の幼女によって埋められている。

 一名は世界で初めて人工的に吸血鬼を作り出しなおかつ配下に加え、人類を若返らせる薬を完成させた最長の魔女である緋炎の魔女。

 もう一名は原初の神と契約を交わし、その危険度から色彩の魔女の総意で封印術を掛けられて長らく氷の牢獄に収監されていた災厄の魔女である黒痘の魔女。

 二名の魔女によって裁判員席は二枠が埋められている。がしかし、なにも二人だけしかいないというわけではない。


 これほどまでに大きく危険を伴う裁判である。最高峰の魔女と言われようとも護衛及び仲間を連れているのは当たり前といえば当たり前ではある。

 けれど、その連れがこの業界を知る人ならば気絶しかねない大物であるのはよもや仕方がないことなのかもしれない。


「…………あれが小野寺おのでらまこと……《自覚無き吸血鬼》……か。それにあの若い女の子は……?」

「紅覇じゃよ、紅覇。知らぬか? ほれ、神埼麻里奈の祖母じゃ」

「げぇ……」


 とんでもなく苦いものを頬張ったかのように苦そうな顔をするクロエを見て、クスクスと日巫女が笑う。

 日巫女の背後で無表情で立っていた神埼紅覇がちらりと目配せする。どうやら緊張しているようだが、それを知るものは日巫女以外はいないだろう。


 《自覚無き吸血鬼》。名を小野寺誠という青年は十五年ほど前に起きたとある事件で日巫女と出会い、命を救われた。その際に、日巫女のあらゆる力を受け継ぎ、今では日巫女を守る究極の武器としてその身を側に置いている。

 神埼紅覇も《最強の人間》という異名を持ち合わせており、その力を最大限に発揮できる年齢にまで戻されたことで有限の命である人間では無論、無限の命を持つ不老不死でさえ容易には到達することができない境地にまで至った。

 世界広しと言えどこの二人ほど安心感がある護衛はいないだろう。

 されど、それはクロエにも言えることであった。


 日巫女がクロエの背後に鎮座する御仁に目を向けるや、呆れたように息を吐く。


「何をそんなに警戒しているのかは知らぬが、よもや《放蕩の剣星》を連れてくるとはのぅ。知り合いだとは聞いていたが……」

「おうおうおう。うるせぇやい。色彩の名を冠する魔女がオレの生き方に文句たぁデケェ面じゃねぇかい。いっぺん死合おうか?」

「っだぁーもう! 黙ってなさいよ、この耄碌ジジィ! 生き方も何も、アタシが日本に行くって言ったら嵐引き連れて飛行機に乗り込んできただけじゃない!」

「がっはっは。こいつぁいけねぇや。歳を取るとどうも先走っていかん。孫娘に叱られてたら世話ねぇや」

「もうほんと、黙って……永遠に……永久に!」


 顔を真赤にして恥ずかしそうに頭を抱えて唸るクロエを無視して、《放蕩の剣星》と呼ばれた少年が笑いながら頭を掻く。


 《放蕩の剣星》。真名を知る者は世界中を探しても片手で数えられるほどしか居らず、また自ら名乗り出ることもしないため知られることもないので実際には謎多き不老不死者として伝説で知られる。この少年も不老不死者だが、《原初の人類》という最も古い不老不死者に分類される。

 そんな伝説に名高い不老不死者である《放蕩の剣星》はクロエの後ろに立って薄ら笑いを浮かべながら小野寺誠のことをずっと見ていた。


 視線が気になったのだろう。小野寺誠が小さく息を吐いて何かを言おうとしたが、それを素早く日巫女が止める。


「やめておけ。あの御仁には何を言っても始まらん」

「…………よく知ってるような口ぶりだな」

「知っているとも。なにせ、かの御仁は妾たちの母と同い年――」

「おっと、それ以上は言わないほうが身のためだぜ、嬢ちゃん。オラぁあんま他人に自分のことを話されるのが嫌ぇなんだ」


 日巫女と小野寺誠の会話に割って入ってきた《放蕩の剣星》が茶化すようにしている。だが、威圧は茶化すという程度のものではない。まるで断頭台に立たされたかの如き重圧を感じて、小野寺誠は一瞬で戦闘態勢を取る。

 けれど、それも束の間。誰もが恐れる《放蕩の剣星》の頭を平手チョップで地面にめり込む威力で小突いた者がいる。

 その者はかつて強すぎる力を持ちながらもそのポテンシャルを充分に発揮できない、剣としては赤子のような姿をしていた少女。姿形が少し大人びたように見えるダーインスレイヴだった。


「少し黙っていてくださいマイスター」

「ぶべふっ」

「「………………」」


 ダーインスレイヴにかつてのたどたどしい話し方は伺えない。むしろ、奈留に近い雰囲気を感じる。ただし、奈留と比べてやや表情にバリエーションがあるのが違いと言えば違いだろう。


 文字通り物理的に黙らされた《放蕩の剣星》は船の床を突き破って埋まってしまう。もちろん、普通の人間であれば簡単に死んでいるであろう攻撃だが、不老不死には高が一回死にかける程度の小突きだ。

 しかしながら、伝説に知られる御仁が目の前で無様にもやられてしまうとどうにも言葉に詰まってしまうのもやぶさかではない。

 小野寺誠に至っては本当に名高い《放蕩の剣星》なのかと一瞬疑ってしまうほどだった。


 それぞれが友好を結んでいる中、最後の裁判員がやってくる。

 世界終焉の先で人類を導く者たちに選ばれた《選ばれし者》に名を連ねる《極東の最大戦力(イースト・ベルセルク)》、黒崎颯人。その後ろには黒崎颯人の義姉でありながら《天界の代理人》と呼ばれる神罰執行者たる黒崎由美。

 両名が席に座ると、さらにその後から一人の女の子がやってくる。


 若干二十歳という若さで才能と優しさと人望から日本の長を務めることになった神埼麻里奈である。

 麻里奈は裁判所へ入るなり場違いではないだろうかと苦笑いを見せるが、その様子を見ていた紅覇が呆れたように息を吐いた。

 そして、席に着こうとする麻里奈に一言告げるのだ。


「胸を張りなさい。あなたは私が認めた才ある長なのだから」

「は、はい……」


 とはいえ、当主になって初めての外仕事が歴史に名を残す大きな裁判だとは思いもしなかったことだろう。それに、麻里奈にはもう一つ気がかりなこともある。

 クロエを見つめ、麻里奈は悲しそうな目で訴えた。すると、クロエはバツが悪そうに目をそらす。

 同じくして行方不明になっていたイヴと奈留、クロミも目をそらした。

 話したいことがある。されど、全ての裁判員が揃ったことにより裁判が開始される。法廷に立たされるのは両手両足を錠で何十にも縛られ、口には自殺防止用の猿ぐつわが装着されて、なおかつ任意で起動することが可能な致死ギリギリの電圧が流れる仕組みになっている首輪をはめられた白伊がやってきた。

 およそ人として扱われる最後の日に、彼の目はまだ煌々と何やら想いが揺らめいていた。

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