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あなたの好きな人は

 着替えた麻里奈がリビングへと向かうと、我が家のごとくくつろいでいる颯人がすぐに目についた。それ自体に怒りは感じないが、呆れは多少あった。しかしながら、颯人がそういう人間であることを理解している麻里奈は特別何かを言うことはしなかった。

 颯人の目の席について、麻里奈は渡された手紙を颯人へと戻した。

 そして、この手紙の説明を求める。


「それでこれは?」

「呼出状だが?」

「それはわかるよ。でも、日本の長を任された私を神埼の家紋で呼び出すなんて……」

「いるだろ? お前さんよりも上の立場の神埼が。より正確に言うなら、前任の当主っていう存在だ」


 前任の当主。神埼紅覇のことだろう。

 現在、神埼紅覇は緋炎の魔女により中学生ほどの肉体年齢にまで戻され、二人目の側近にして旅のお供にされているはずだ。その神埼紅覇が麻里奈を呼び出すとは良い話のようには思えない。

 その危惧があったから手紙を一人で開ける勇気が出なかった。けれど、ことはそうこう言っていられないようだ。手近にあったハサミで手紙の封を開ける。

 そうして、中から手紙を取り出す。羅列された文字を読み解いていき、麻里奈の顔はしかめっ面になってしまう。


 手紙の内容はこうだ。

 日本の当主である神埼麻里奈を誘拐した容疑のかかっているアジ・ダ・ハークの構成メンバーである白伊の裁判を執り行う。

 それに際し、証人として麻里奈の参上は強制であるものとする。

 裁判員として前神埼家当主の神埼紅覇、緋炎の魔女、黒痘の魔女、黒崎颯人、黒崎由美の五名を召喚する。

 なお、これは正義ある魔女裁判・・・・であるため、無罪か死刑のみを判決結果とする。


 生唾を飲んで麻里奈は手紙を机に捨てた。

 そして、すっと立ち上がり冷蔵庫へと向かう。そこに入っているオレンジジュースをコップにあけると、一気に流し込んだ。

 冷たい感覚が喉を通っていくのを身にしみながら、もう一度手紙の内容を思い返す。

 一連の様子を見ていた颯人が乾いた笑いを見せながら話しかけてきた。


「怯えてんのか?」

「…………颯人くんは、行くんだよね?」

「もちろん。悪人を裁くのが俺の役目だからな」

「で、でも! アジ・ダ・ハークは……白伊はまだ誰も――」


 悲鳴のような文句は颯人の目を本気にさせた。

 コンッと机を小突くと颯人は言葉を続ける。


「じゃあ聞くが、誰も殺していなければそいつは悪人じゃないのか? 誰も殺していなければ、あんたを誘拐しても犯罪にはならないと? 誰も殺していなければ、世界を殺す集団の一員であっても悪人じゃないと? ふざけるな。それは道理じゃないぜ、神埼麻里奈」


 言い返すことができなかった。

 麻里奈は自分が誘拐されたことはすでにどうでもいいことだと思っていた。けれど、問題はそれだけでは済まされない。麻里奈は神埼家の当主になっており、神埼家とは日本を回す長である。そんな人を誘拐するとどうなるか。


 それは国に戦争を宣誓しているようなものだ。


 現在、日本が戦火の漂う国になっていないのは、御門恭介が未然にそれを防いだからにほかならない。そのことを麻里奈は甘く見ていたのだ。

 だから、麻里奈は何も言えはしない。

 しかし、今回の件に颯人なりに思うことがあるようで、颯人も快くは思っていないみたいに見える。


「だが、俺はそいつらをよく知らん。何を思い、何を願って世界を殺そうとするのか……。確かに世界を殺そうとしている時点で俺の敵だ。許されざる悪だ。けれど、そいつらを生かしたやつがいる」

「……?」

天災へんたいはお前さんを愛してる。愛しているからこそ、お前さんを傷つけようとするやつを許さない。雷龍神よろしく、これまでの戦い全て。そのアイツが、お前さんを誘拐した奴らを生かした」


 これは非常に不可解だ、と。

 颯人は顎に手を当てて少し考えるようにした。


 しかし、麻里奈は颯人の言う恭介が麻里奈を愛しているという言葉に頬を赤らめて、気が気でないようである。頭の中では周りの人にはそう見えていたのかというとても頭の悪い考えしか無い。

 それを見かねた颯人が呆れながらに口を開く。


「あのなぁ。真面目に話を聞け、神埼麻里奈。今はお前さんの旦那の話に呆けている場合じゃ――」

「だ、旦那さまだなんて……ま、まだ早いよぉ」

「だぁもう! 面倒クセェなぁ! いいから聞け、この脳内お花畑!!」


 情緒が未だに不安定な麻里奈に痺れを切らした颯人が本当に面倒くさそうに頭を掻いて叫ぶ。

 少しして落ち着いた麻里奈に、颯人は相当疲れた姿で言う。


「あの天災が奴らを生かした。なら、そこには理由があるはずだ。そうじゃなきゃ、奴らを残して失踪したりしない」

「じゃ、じゃあ、さっきの電話で妹さんに直接きょーちゃんを出してもらえるように説得すれば……」

「実はそうしようと何度か電話をかけたんだ。だがダメだった。あの野郎、頑なに俺と通話を繋ごうともしねぇ。挙げ句、実たちにも詳しく話してないみたいでな。正直お手上げだ」

「そ、そうなんだ……」


 まあ、これで颯人と通話をしていれば、激怒して颯人に組み付いていたかもしれなかったため、それはそれでよかったのだが。

 胸をなでおろす麻里奈の矢先、颯人はテーブルに乗るように麻里奈に顔を近づけた。それに驚いて、麻里奈が仰け反るや、颯人は笑顔のままに麻里奈を見つめていた。


 一体なんだろう。もしや、通話云々の考えを見抜かれていただろうか。あるいは胸をなでおろしたことを見透かされたか。

 どちらにせよ、突っ込まれれば返しにくい質問である。

 麻里奈はすぐさま言い訳を捻る頭の余裕を作り出すが、それは杞憂に終わる。


「それでだ。お前さん、ちょっと知恵を貸してくれ」

「………………へ?」

「天災と長い付き合いだ。しかも、あいつの思想はお前さんが小さい頃から時間をかけて積み上げた、いわばお前さんの思想でもある。なら、あいつの考えがお前さんに近い可能性だってある。だろ?」


 颯人の言葉には賛成すべき点が確かにある。けれど、一概にそうだとも言い難い。

 恭介の思想――特に正義観はたしかに麻里奈の影響が大きい。例えるなら、強きを挫き弱きを助けよ、という最も基本的なことから派生して、困っている人を放っておいてはいけないなど、様々なヒーロー観念を教え込んだ。

 さらには料理洗濯などの家事はこのご時世女性に頼るばかりでなく自分でもできなければならないという一般的なことまでも教えた。

 それもこれも、恭介には両親といる時間が少なかったから。また、恭介の両親から恭介を託されていたからにほかならない。

 だから、恭介の考えそうなことはある程度ならわかる。わかってしまう。それでも……。


「百パーセントじゃないよ? 完璧にきょーちゃんのことがわかるわけじゃない……」

「当たり前さ。何言ってやがる。自分じゃないやつのことが全てわかったら、そいつはもうひとりの自分だ。もうひとりの自分を愛せる人間は世界広しといえど一人もいやしない。ある程度がいい距離なんだ。それとも何か? お前さんは天災のことならすべてわかるはずだって思ってたのか?」

「そ、そんなことは……」

「無いとは言い切れないだろ? だから傷ついたんだ。すべてを分かっていると思っていたやつが、急に自分の前から居なくなった。理解できない行動をされた。あぁ、自分はあいつのことをすべて知っているわけじゃなかったんだって、お前さんは傷ついた」


 そこまで傲慢になったつもりはない。そう言い返そうとした麻里奈だったが、口を開くよりも早く颯人の人差し指が麻里奈のおでこを弾いた。

 デコピンだった。それにしては少し威力が高かったが。

 痛みでおでこを押さえていると、颯人が再び呆れたように言うのだ。


「お前さんがあいつを自分のように愛するのは構わねぇがよ。そろそろアイツを見てやれよ。傍から見てると、かわいそうになってくるぜ?」

「なっ……」


 今度こそ言い返そうとするが、颯人はそれすら無視して立ち上がる。

 すると、腕まくりをしてキッチンへと歩いていくのだ。

 歌うように口ずさみながら、颯人は冷蔵庫をあける。


「飯だ飯。どうせ腹減ってんだろ?」

「ちょ、勝手に人の家の冷蔵庫を――」

「お前さんにとっても他人の家だろうが。それに、お前さんが餓死でもしたら四方八方から苦情の嵐だ。そんな面倒クセェことは嫌なんでね。何より、お前さんのために食材を使うなら、天災も辛うじて許すだろうさ」

「か、勝手なことを……」


 しかしながら、麻里奈のお腹が可愛らしい音を上げた。おそらく久しぶりに部屋から出たのと会話という労力を使ったことによるエネルギー不足が起きたのだろう。加えて、最後にご飯らしいご飯を食べたのが三日前だったのも祟ったに違いない。

 お腹の音に顔を真赤にする麻里奈を横目に、ニンマリ笑顔の颯人がフライパンを持って聞いた。


「ビーフ、オア、チキン?」

「…………ビーフ」

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