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4 お友達ですか


 土曜日の夕方、父さんに書斎に呼ばれた。私が緊張しながら部屋をのぞくと、父さんはマキのメンテナンスをしていた。

 ケーブルにつながれたマキを見て、私は部屋の入口でそれを眺めた。彼女がロボットだと改めて思い知らされる。父さんはディスプレイを見ながら忙しくキーボードを叩いている。

「おいで、マキとはよくやってるかな」

 私は「さあ」とはぐらかした。距離が取りにくかった。久しく父さんと話すと、距離がとてもとりにくかった。

「って、父さんがマキを作ったわけじゃないんだけどな。知り合いの研究チーム。いまはログをとったり、壊れたところがないかチェックしてる」

 私は頷いた。こんな当たり前のような会話を、どうして今までしていなかったのだろう。私が家族から逃げていたのだろうか。

 私は言葉を探して、ふと思いついたことを尋ねた。

「マキの言葉は、どこまで決められた言葉なの?」

「決められた、ってのは?」

「どこまで自分で考えて、どこまで人が考えた言葉なの」

「さあなあ、しくみを説明し始めると止まらなくなるからやらないけど、あんまり考えなくていいんじゃないか? マキが考えたんだなと思ったらそう思えばいいし、ウソくさいなと思ったらそう思えばいい。相手が人間でも、その言葉、ウソくさいなってことあるだろ。ああそれ受け売りなんだなとか、人間だって自分がどこまで考えてるかわからないし」

 わかったような、わからないような答えだった。

「ただ、一応マキは、自分の言ったことはほとんど覚えてるらしいから。だからまあ」

 私は気がついた。進路や部活の話は親としにくいのに、マキの話ならこうやってできる。

「マキはうちを出たあと、何をするの」

「どうかな。実験の結果が学会で発表されたりするのかな。企業だから、また会社で改良されたりするんじゃないかな」

 マキは黙って床を見つめている。父さんは私のほうを見た。

「進路のこと、なんか考えてるか?」

 私は首を振った。

「まだ。いま調べてる」

 わかった、と父さんはうなずいた。それ以上は何も言わなかった。


***


「杉内さん」

 昼休み、自分の席でお弁当を食べていた私は、聞き慣れない声に呼ばれてぎょっとした。顔をあげると、同じクラスの小山内(おさない)という男子が、落ち着かない様子で私を見ている。おかっぱ頭で、眼鏡の奥の目は爬虫類みたいにきょろきょろしている。

「女子が話してるの聞いたんだけど、家にヒューマノイドがいるって本当?」

 私はうんざりした。こんなロボットオタクにまで話しかけられるとは、私はもうダメかもしれない。私は「いるけど」と短く答えた。

「それってどんなやつ?」

「女の人の形したロボット」

「どんなことすんの? 自律して話したりできんの? 充電はどうやって?」

 小山内は片手にメモ帳を持ち、私の言葉を書き取ろうとしている。もしかしてここで全て聞くつもりなのだろうか。私は今まで彼と話したこともないし、彼が女子と話しているところも私は見たことがない。教室の中のチラチラとした視線が私のところに集まっている。うんざりした。

「悪いけど……説明するの、めんどくさい」

「あ、じゃあワードで書いてきてもいいよ。これ質問表」

 小山内がメモ帳を差し出す。そういう意味じゃない。なんだこのポジティブ野郎は。

「そういう意味じゃなくて……勝手に見ればいいんじゃないの。勝手に」

「え、マジ! ロボット見に行っていいの?」

 また小山内がバカでかい声をだすものだから、教室中の注目を集めてしまう。私はいますぐ教室を出たくなった。

「いいから放課後、勝手についてくればいいじゃん。もう戻って」

 一緒に歩くと、よけいな噂で何を言われるかわからない。その日の放課後、十メートルくらいの距離をおいて、私は小山内を家に連れてきた。今日は家にマキしかいない。

 玄関に彼を待たせて、ダイニングにいるマキを呼んでくる。危なっかしい足取りで廊下を歩くマキを見て、玄関先で小山内は声を上げた。

「すげえ」

 靴を履いたまま、興奮が抑えられないのか地団駄(じたんだ)を踏む。マキが小山内の目の前まで歩く。

〈はじめまして、マキと申します。あなたは――〉

「すげえ。俺のこと初めてってわかるんだ!」

 小山内は興奮気味にマキを見つめる。マキの目についたカメラを気にしているのか、両手を振ったりしている。

〈すみませんが、お名前を教えてください」

「小山内、かずや」

〈アサミさんのお友達ですか?〉

 私は壁にもたれて廊下の床に座った。

「友達っていうか、まあそう」

 小山内はまたポケットからメモ帳を取り出した。

「やべ、興奮する。どうしようかな、じゃあさ、普段の杉内さんのことを教えて」

 私は小山内の言っている意味が一瞬わからず、「はぁ?」と言う暇がなかった。マキがたんたんと応える。

〈アサミさんは、年頃の女の子です。ピアノが上手で、黒や青色の服が好みのようです。私とときどき一緒に寝ます〉

「バカ、なに言ってんの?」

 私のことには気づかず、小山内はひとりで感心した。

「すげえな。ちゃんと記憶してるし学習してる。人の判別もできてる。これってあらかじめ用意された言葉じゃないよね? いまのってどこまで本当?」

「言うわけないでしょ。だいたい合ってるけど、いや、合ってないけど」

 そのあとも小山内はたくさん質問をして、とうとう家に上がってマキをすみずみまで調べた。と言ってもあくまでマキのしくみが知りたいだけで、私のことは何も考えてないみたいだけど。

 忙しくメモをする彼を見て、私はため息をついた。

「あんた、ロボットが好きなの?」

「え、うん、そう。じゃなきゃこんなとこ来ないよ」

「あっそ」

 私は呆れながら目を閉じた。一応、同級生の女の子の家に押しかけてるっていうシチュエーションなのに、こいつは本当にそれだけの理由で来たらしい。うらやましいやつだ。

 小山内は今まで私と話したこともなかった。けど、好きなことのためにここまで行動できる。ただロボットが気になるから、それだけだ。私は手で顔を覆った。彼の純粋さがうらやましかった。

 私の中で、ポカリとある考えが生まれた。それは数日たてば消えてしまいそうな、もろい提案だった。きっと私は、何日も前からこの考えに気づいていた。ただ、実践するかどうかの覚悟ができていなかった。いまは小山内から勇気を少しだけもらえた気がする。こいつの場合は勇気じゃなくて、ただの好奇心かもしれないけど。



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