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1 はじめまして、アサミさん


 夜、学校から帰ると、自宅のリビングに見慣れない女性がいた。私が廊下からのぞき込むと、どうやらそれは人でないことがわかった。女性の形をしたロボットが、リビングのソファの横につっ立っている。

 ロボットの周りには、私以外の家族が勢ぞろいしていた。父親が私に気づいてあいまいな表情を浮かべる。

「おかえり。ロボット来てるよ」

 父親の自慢げな表情を見て、私は眉をひそめる。今までも父親の気まぐれな実験にはいろいろ振り回されている。相談もなく家族を実験の被験者(ひけんしゃ)にしたり、勝手にテレビやパソコンを買い替えたりして、家族に迷惑がられている。

 リビングにいるそのロボットの第一印象は、大きい、だった。女性なのに身長は一七〇センチくらいある。視界の端にいると普通の人間のように見えるけど、直視すると、どこか人間と違うということがはっきりとわかった。

「まあ、使ってみないとわからないわね」母親がわざとらしくため息をつく。このロボットを普通に受け入れているこの家に、ぞくっと鳥肌が立つ。

「へんなの、へんなのー」

小学生の弟のはしゃいだ声が聞こえてきて、私は我慢ができなくなった。私はリビングの前を通り過ぎて、二階の自室に引っ込んだ。

 ベッドの上で、帰宅途中に買ってきたパンを食べていると、しばらくしてノックの音が聞こえた。私は携帯を手放す。嫌な予感しかしなかった。私は無言のまま、ベッドを降りて扉を開ける。

〈初めまして、アサミさん〉

 すぐに聞こえたのは、妙に大きな合成音声だった。思わず私は「うわっ」と後ずさって尻もちをついた。

〈マキと申します。一ヶ月ほどですが、お世話になります〉

 マキと名乗ったロボットは、三十度ほど腰を折り曲げてお辞儀をした。この動作だけでも、どこか人と違うというのがわかってしまうほど、ぎこちない。格好は白のワイシャツと藍色の大きなエプロン、ベージュ色のスカート、足には柔らかそうなスリッパを履いている。見た目は三十代くらいのお姉さんという感じだった。

肩までの長い黒髪や肌は人のそれとそっくりだけど、目だけはどこかうつろで、マネキンのようだった。 

 はあ、と私は一言だけ吐き出した。頭を上げたロボットが首を傾げる。

〈どうかされましたか?〉

「う、うっさい。ってかちょっと声落とせないの?」

 マキの、ちょうど機械と人間のあいだくらいに聞こえる声はやたらと大きかった。私は会話を家族に聞かれたくなかった。マキは両手をお腹のあたりで組み、

〈すみません、このくらいで良いでしょうか〉

と少し音量を落として答えた。

 私は小さく何度もうなずいた。初対面の人間と話すのも疲れるのに、ロボットとの会話はそれ以上に疲れる。わたしは立ち上がって部屋から出ていくように促す。

「わかったから、とりあえず向こう行って」

〈わかりました。ご用の時は、いつでもお呼びください」

 とてもじゃないけど彼女に触れることはできなかった。嫌だったというよりも、押せばそのままマキを倒してしまいそうだった。

 彼女は危なっかしい動きできびすを返し、ふらふらと階段を下りていった。


***


「家庭用ロボット?」

 次の日、教室の机の上で、佑介が眉をひそめた。筋肉がしっかり付いた足をブラブラさせる。

「ロボットってアレか? スターウォーズとかに出てくるバケツみたいなやつ」

「そうじゃない。ちゃんと人の形して、肌とか髪があるやつ」

 ヒュー、と佑介は口笛を吹く。誰もいない放課後の教室に、夕日が差し込んできてまぶしい。私は佑介と向かい合うように椅子に座る。

 グラウンドからサッカー部や野球部の声が聞こえてくる。体育館からはバレー部のボールをつく音、校舎の反対側からは吹奏楽部の演奏。もう少ししたらおそらく合奏が聞こえてくる。

「そういや、最近ヒト型ロボ売ってるってあったな、アレ?」

「ウチのはそれじゃないよ。そんなの買わないし、たぶん父さんの仕事の関係。いちおう、工科大学の先生だから。たぶん知り合いから動作テスト頼まれたんじゃないかな、たぶん」

 理由がよくわかっていないのは、わたしが家族とろくに話をしていないからだ。確か数日前の夕飯のときに、何か話していたような気がしたけど、ほとんど聞いていない。

「じゃあ今そのロボットが、家で洗濯とか掃除とかしてんのか?」

「まあ、来てすぐだから、まだどうかわかんないけど、いつかはそうなるのかなあ」

「はー、すげえな最近のやつは。ロボットが女で良かったな」

「なんで?」

「男のロボットに下着とか洗濯されたいか?」

 佑介はにやにやと笑った。彼と最初に出会ったのも、この教室だった。私がひとりでぼんやりと窓の外を見ていたとき、彼が声をかけてきたのだ。彼は私が塾をサボりがちなのを知っていた。

「たぶん、あんたが思ってるほどリアルなロボットじゃないよ。マンガじゃあるまいし」

「いやいや、リアルな男がいやになることだってあるだろ? そのときロボットになぐさめてもらってさあ……」

「だから男じゃないって」

 昨日見た限りでは、マキは人間らしい姿からはほど遠い。思っているほどいいものではない。

 吹奏楽部の演奏が、廊下の空気を伝って聞こえてくる。さっきまで基礎練習をしていたから、次は合奏だ。学生のコンダクターが指揮棒を振って、軽く音を合わせる。どこかで聞いたようなアニメソングが流れてくる。佑介がまたピューと口笛を吹く。

「タイミングよすぎだろ。これ十万馬力じゃん」

 この曲は全体で練習し始めたばかりだから、まだ完成度は四割くらいだ。今度の文化祭で演奏するのだと思うけど、コンクールにだすわけでもないから、できはそこそこでいい。ひんぱんに音を間違えている部員がいる。ピッチがずれている子もいる。私はそれが誰かを当てることができる。意識がもっていかれてイライラする。音を無視できない自分にイライラしている。

「顔こわいぞ」

佑介が顔をのぞきこんでくる。私は微笑むこともできなかった。ごまかすように手を握られ、抱きしめられる。気持ちいい。耳の中には気持ちわるい音楽が流れこんでくる。でも体は気持ちいい。好きな食べものと嫌いな食べものを一緒に食べたような感覚。口の中で不快と快楽が混じる。一緒に飲みこむともっと気持ちいい。


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