それは、にちじょうによくあるぼうかん
油の臭いがする。
人の脂や汗も混じっている。
この空間全体に特殊な臭いが充満していた。
「やだー、いやですー!」
「だーかーらっ、早くしてって!」
「いやーだー!」
手を止め、ミリイはそちらを見やった。
黄色い服を着たハリネズミに連れられ、女の子が泣きわめいている。
ボブカットの、少し肌の浅黒い、それでいてオリエンタル?といったか、カザトがそう言ってた気がする、その雰囲気がピッタリだ。
25歳くらいだろうか、艶のある顔をしているが、と。
ミリイはため息を吐いた。
いくら『アウター』でも可哀想だな、そう思う。
いきなりこの『世界』に来て、その戦争に駆り出されるのだから。
ここは兵器庫、格納庫である。
鉄の脚立やら足場がそこいらと組まれ、人型戦闘機がそこいら中に並んでいる。
或いは解体されていたり、或いは修理されていたり、或いは出撃の準備をしていたりする。
人型戦闘機。
丸型を基本とした、人型を模した戦闘機である。
顔と腕以外が大体球状なのは、アキレマの『人形』からの攻撃をその表面にすべらせて回避するためである。
基本的にダークカラーの機体が並んでいるのは、量産機であるのと共に、エースが乗る機体以外の塗料代を浮かせるためである。
まとめて買えば、業者に安くして貰えるからだ。
それが、とてつもなく大きな倉庫に並んでいるのは圧巻だろう。
中学校のグラウンド、それの20倍の広さはあるハズである。
しかも、3つある倉庫のうちの、ここはそのひとつだ。
夢操式戦闘機専用格納庫。
人型戦闘機の操縦タイプが3つあるうちのひとつ、その夢操式専用の兵器庫なのだ。
つまり、あの女の子は夢操式に適したタイプの人間という事だ。
夢操式は、いわゆるレアである。
人間の3%しか適合者は居ないと言われている。
それは、操縦方法が特殊なせいなのだが、なんと、『アウター』に限っては、その適合率が15%にまではね上がるのだ。
しかし、とミリイはその細長い瞳を閉じる。
やや、離れ目をしているため、神秘的な感じを受けるだろう。
ショートにしているため、男の子のように見えるかもしれないが、それはまだ自分が二十歳そこそこだからだろう。
やはり、可哀想だ。
「フジ!フジ・ナナ、いい加減にしろ!」
カザトの叱責を受けながら、彼女、フジ・ナナはずるずると引きずられていく。
「いやですー!もー!」
泣きわめくのも仕方がないな。
ミリイはそう思った。
フジ・ナナ。
同じ女だから感情移入したのか?
そんな事じゃあないだろう。
単純に、妙齢の子なら、いきなり戦えと言われても無理がある。
ましてや、武道やなんやとは違って、戦闘機に乗っての戦いである。
そんなもの、喜んでやる女の子など普通じゃあない。
水筒にあるジュースを傾け、ノドを鳴らすと、ミリイはまた観察を続ける事にした。
ブドウの香りがふうわりと辺りに漂った。
と、ミリイは気になり、立ち上がると、カザトの方へと歩いていった。
「カザトさん、ちょっと」
「いーやーでーすぅ!」
「ミリイ、どうした?」
「いやだぁ!」
「あのですね」
「いぃやあ!」
「いや、お前ちょっと黙れ」
カザトがフジ・ナナのほっぺたを掴む。
彼女が黙ったのを確認すると、ミリイは続けた。
「今日って、出動ですっけ?予定では休みだったような気がするんですけど。というか、しばらく出動無かったような」
「ああ、それなら返上だ。夢操式の新人が見つかったからな、今日から数日は哨戒と訓練だ。休みはそれから連休でもらうさ」
「なるほど、そういう事だったんですね、解りました。ありがとうございます」
「いや、構わんよ。こちらこそ、整備いつもありがとね」
その言葉に少し衝撃を受け、ミリイはぽかんとした。
「んじゃ、整備頑張ってね。俺はコイツを連れてくから」
「えーん…」
涙目のフジ・ナナのほっぺたを掴みながら、カザトは去っていった。
兵器庫の油の中、爽やかなシトラス系の香りが残った。