それは、にちじょうからきりはなせないかくりつろん
冊子を受けとると、私はペラペラとそれをめくった。
自分と同じよう、机に横並びになった他の四人も似たような事をしている。
トム、そういったか、荒っぽいイメージの彼だけはダルそうに座っている。
バカみたいだ。
こんな状況、こんな『世界』でさえ悪ぶりたいとかね。
「では、みんなそれを…まあ、適当に読んどいてくれ。困った事とか、解らない事があれば、俺が答えるし、この建物に居る誰でもが、多分教えてくれますから」
ぷらぷらと、彼は右手を振るう。
先程から何度か見ている動きだ。
彼のクセなのだろう。
カザト…先生?の。
「えー、じゃあそれでは」
色々聞きたい事があるのは、私以外も全員だっただろう。
すぐに誰もが口を開きそうな雰囲気を出していたが、カザトは強引に話を進めていく。
面倒なのだろう。
その表情からも解る。
彼にはそんなハツラツとしたようなやる気など多分無い。
「今日やってもらってた測定訓練で、君達の今後が決まりまーす。コレからどれだけ生きられるか、どんな生活を送るのか、がね。あ、もう、みんなパッチ外して良いよ。色教えてー」
言われ、私は右手の甲を見た。
そこにはパッチが貼り付けてある。
本日、色々な運動、試験、パソコンの操作などをやったのだが、その最中ずっと貼り付けていたものである。
彼と出会った初日、検査を受けた結果、人型戦闘機?乗りの適性があると判断されたのは数日前。
その後の振り分けとやらに関係がある検査らしかった。
拒否権は無かった。
どのみち、この悪夢のような『世界』で生きていかなければならない、そんな事が出来るとはとても思えなかった。
少なくとも、知り合いさえ居ない個人、芸や技能も無い一般人の自分が、言葉も通じない中で生きていけるなどとはとても。
「人型戦闘機には、三種類の操縦方法があります。それを調べるのが今回のテスト、ってワケですね。じゃあ、みんなパッチ剥がしてみせてー」
言いながら、カザトはホワイトボードを滑らせてくる。
そこには三色の◯が書かれ、縦線でそれぞれが区切られていた。
「まず、パッチが青い人ー」
「はい、私です」
「はい、ぼ、ぼくもです」
ササキとヤハギだったか、二人が手をあげる。
「ササキ・ユージくんとヤハギ・ユキネちゃんね、了解了解」
カザトがメモを取る。
「はい、君達は人型戦闘機、その操縦式にあたります。訓練は明日から少しずつやりますが、大体一年は戦場へ出ませんし、出られません。それまではこちらの言葉を覚えつつゆったりやれます。少なくとも、一年は死なないっすね、当たりです」
「当たり…」
「…よしっ」
「で、次はー」
身体が凍るように感じた。
背筋ではなく、脊髄に氷水を流し込まれたような、圧倒的な恐怖。
『当たりです』
というセリフがあるのなら、他の二つはそれよりも悪いという事になる。
一年だけは生き延びられる、そんな程度が当たりだというのなら、他はどうだというのだ。
どれだけ過酷だというのだ。
私は自分のパッチを見た。
赤い。
イヤな予感がする。
軍事的に考えて、それが良い色であるハズがない。
ぶるぶると手が震える中、カザトはサクサクと続けた。
「はい、次ー、赤い人ー」
呼ばれた!
私はおどおどしながら手を上げる。
「…はい」
「…」
一緒に手を上げたのはトムだった。
「はいはい、ショウカワ・ナギサちゃんとトムくん、ね」
カザトは再びメモりながら。
「君達は、人型戦闘機の一体式を覚えてもらう事になります。詳しくは明日話しますが、機械を操縦するのではなく、体を動かして、それを操縦として反映するタイプっすね。大体、三ヶ月くらいで実戦に入るでしょう」
「三ヶ月!?」
叫んだのはトムだった。
私は身震いするままでいる。
たった三ヶ月?
たったの三ヶ月で『実戦』?
意味が解らない。
戦いなんて無かった日本人の私たちが、たった三ヶ月で兵士になれとでも言うの?
「そう、三ヶ月」
「お前、ふざっけんなよ、俺らは素人だぞ?それがいきなり戦争に入れるわきゃねえだろ!」
彼の言い分そのものだ。
おかしい。
こんな事はどう考えてもおかしいよ。
トムの言葉に、カザトは人差し指を彼の口に持っていった。
そして、続ける。
「フジ・ナナ。お前は黄色いんだな?」
「…」
イヤな予感が更にした。
この流れだと、そうなるだろう。
「君はむそうしきだ、夢操式、文字通り夢のように操作する、っていうね」
「…それで、それは」
どれだけ訓練がいるのだろう。
ナナちゃんの言葉はそう繋げたかったハズだ。
カザトも、予想通りにそれに繋げる。
しかし、それはあまりにも。
あまりにもだった。
「夢操式は特別でね、明日から実戦に入ってもらう事になるね。教官は俺がやるから安心して」
うああああああ。
と、机に突っ伏したナナちゃんの声が響いた。