それは、にちじょうよくあるたたかい
月夜を銀色で跳ね返し、それはギラギラと駆ける。
開けた道、いや、拓けた、か。
森をぶった切るようにして通ったこの道は、基本的には人型戦闘機が通るためのものである。
「ちっ、またか」
甲の装甲を上げると、彼は車輪駆動に切り替えた。
夜に輝く銀色の機体。
ラマファー。
丸形の体に丸形の肩をつけ、あとは人間と似たような腕が生えている。
足はほとんどなく、横から見たら丸がかった三角の装甲にしか見えないであろう。
ヒューイは、彼のためにチューニングされたそれを駆り、レーダーの反応を確認した。
黒と緑に光るモニターが彼の姿をコックピット内に浮かばせる。
銀髪をオールバックにした、小柄な男。
顔にフィットした色の濃いサングラスがギラリときらめく。
白い制服と相まり、冷たそうなイメージ、近づきがたいイメージを放っている。
「隊長!」
「どうした?」
ヒューイはモニタを見ながら通信に応える。
レーダーには、サーモレーダーには、ターゲットのマークが幾つか出ている。
「戦闘陣形はどうされますか?」
「陣形は…赤の3で良いだろう。俺が後発を務める」
「承知しました!」
彼の声に応え、左右に展開した、ほぼ同じデザインの機体が加速する。
かたやグレー、かたやシャドウグリーン。
どちらも闇に紛れやすい色をしていた。
それは、練度と能力の差をあらわしている。
ヒューイの機体、ラマファーが銀色なのは、そこに敵を引き寄せるためだ。
対して、彼らの機体色がそういう事である理由になる。
彼らの機体には名前が無かった。
名付ける権利が無いからだ。
機体を走らせつつ、ヒューイは左腰からそれを抜きやった。
巨大なモリである。
とはいっても、機体サイズから考えたら普通だった。
頭高は4メートル、人型戦闘機のそれからしたら。
「アビロード、先行しすぎだ」
「は、はい!」
陣形の右翼、シャドウグリーンをした機体が下がる。
「こうしょうの管理はしっかりしているな?」
「アビロード、大丈夫です」
「ルジュース、こちらも問題ありません」
光晶。
それはこの『世界』で最大のエネルギー源である。
もし、光晶がなければ、この『世界』はここまで発展し得なかったであろう。
この人型戦闘機はおろか、通信網の開発でさえも。
光晶。
それは、光をエネルギーとして貯える事の出来る鉱物である。
今の大戦も、それが発端の一因となっているといってもいい。
それくらい重要なものだった。
「こちら、ヒューイ・フレディ」
「こちら、本部」
「定期掃討に問題は無い模様。コレより、戦闘状態に移る」
「承知しました。ご武運を」
ご武運を、か。
ヒューイはほとんど変わらないその表情の端にニヒルな笑みを浮かばせた。
皮肉だな、そう思ったからだ。
人名を尊重するような、その通信が。
「標的確認」
ガチッ!
音が響き、足の装甲が降りる。
駆動を切り替えたため、ズズッ、と地面に踏ん張りのようなブレーキが線を描く。
ズズッ!
両翼も同じくである。
「排除、開始」
それは通称、オニ、だった。
見た目が赤く、角の生えた人型をした『人形』。
体高はこちらと、人型戦闘機とあまり変わらない。
個体差はあるが、5メートルあるのが最大といったところか。
ヒューイが属するフィリオウルの敵国の、敵国アキレマの戦闘機である。
だが、それは明らかにこちらの人型戦闘機とは違う。
文化と文明の発達の差である。
『緑の海』
大陸の真ん中にある巨大なその森を隔てた北側にあるのがアキレマ、南側にあるのがフィリオウル。
楕円形をしたこの大陸において、完全に対極に位置する大国同士は、それぞれ違った発達をしていた。
フィリオウルは機械文化を。
アキレマは生体解明の文化を。
そのため、オニはこちらの人型戦闘機とは全く違うのだ。
アキレマは。
「各自、衝撃ゲル解放!」
『はい!』
ヒューイの声に呼応し、両翼もそれを行う。
ドロリ。
と、背面や下部からそれが流れ出す。
コックピットをヒューイごと、ドロドロと埋めようとするゲルは、だが、後頭部辺りで放出を止める。
外から見たら解らないが、コックピットブロックが軽く上に傾いたため、横から見たら「月が少し欠けている」くらいの状態にゲルが貯まり、さながらゆりかごのように顔以外の大半を優しく包んでくれている。
コレが無ければ、戦闘によるダメージは操者にかなり影響を与える。
このクッションゲルは、光晶による熱作用により、腰から下は固めに、他は柔らかめに調節されている。
そのため、腕を動かすのに、機体を操縦するのに不便も無かった。
それは、操者の事を考えての事である。
そう、乗り手の事を。
オニは複数居る。
一番手前のオニは、両翼を無視してこちらに進んでくる。
いや、或いは闇に紛れやすい両翼を認識できなかった可能性も高い。
実際、手練れである操者の機体色が派手派手しいのは、それが目的でもある。
実戦に初心者を慣らし、手練れがオトリとなる。
それは、この『世界』では理にかなっていた。
そして、銀色に光るこちらに対し、それはまっすぐと。
「…まずは一手…!」
近づいたオニの左胸を、ラマファーのモリが的確に貫いた。
「はっ!」
「ぜあっ!」
次いで、オニの横腹をヤリが貫き、顔面に別のヤリが突き通る。
ヒューイのラマファーはモリ、両翼であるアビロードとルジュースはヤリを装備していた。
まあ、ヤリもモリも対して違わないといえるが。
ブジュルッ
武器を一気に引き抜かれ、オニはイヤな音を立てながらズシンと地面に倒れた。
違う。
違いは大きい。
文明の差は大きかった。
フィリオウルは人が乗る、人型をした戦闘機を開発したが、アキレマは違った。
宗教大国であるアキレマは、優れた生体科学を用いて『それ』を量産した。
培養した『肉』を集め、人体と同じように組織させた『人形』を、だ。
乗り手は誰でも良かった。
思考と判断、それを『人形』に与える事は神が許さなかったのか、それは解らない。
だが、アキレマは別の許されざる事を行った。
すなわち、人体を部品として『人形』に組み込む事である。
この禁忌は、生体戦闘機という、人型戦闘機に硬度で劣る戦闘機にも対等で戦える戦力となった。
量産が人型戦闘機に比べ、容易なのだ。
操者を鍛える必要も、操縦するのに訓練する必要も無いからだ。
ただ、『人形』を動かすために、国民全員から殉教者を募り、それをコンピュータとして組み込めばいい。
年齢と性差、体格の違いは生体科学で補えるから『誰でもいい』のだ。
そして。
グズリ。
倒れて『死んだ』オニの背中を踏みつけ、ヒューイは次のオニに迫った。
「しゅっ!」
自然と息を吐く。
向かってきていたオニの腹を。
モリで突く事はしなかった。
オニの腹を蹴りつけ、距離を取ると、加速をつけてそこに向かっていく。
ヒューイは大きく飛んだ。
機体の関節部分、黒い素材で出来たその部分が伸長し、ジャンプするのを用意にしていた。
それはさながら、人間がするものと変わらなかった。
コレは、アキレマには無いフィリオウルの技術である。
そのお陰で、人型戦闘機は、まるでその見た目に合わない動きを取る事が出来る。
筋肉組織をそのまま利用したアキレマ。
人工的に筋肉組織を表現したフィリオウル。
やはり、ここでも特色が出るのだった。
アキレマは解らない。
解析がそこまで進んでいるワケではないからだ。
だが、フィリオウルは『そう』だった。
機体の反応や性能の活用、動作、その全てが操者によって異なる。
そして、ヒューイは。
ヒューイは強かった。
『100』
それが一般的な数値である。
IQと同じに、平均を取った数字。
人型戦闘機の稼働効率、それの数字化である。
『120』を超えると、エースと扱われ、基本給やらの待遇もろもろが段違いになる。
そして、機体に名前を与える事と、標準以外の機体カスタマイズも許されるようになるのだ。
『137』
ヒューイの稼働効率は『137』である。
ヒューイは。
強い。
たたらを踏んでいたオニの顔面を踏み、後方に蹴りつけながら、ヒューイは更に奥に居たオニに迫る。
オニは、まさか手前のオニを飛び越してくると思っていなかったのだろう。
突き出されたモリにノドを、次いでヒューイが腰から抜いたもう一本で心臓を貫かれ、停止した。
イヤな色をした返り血にその気体を染めながら、ヒューイは改めて周りを見渡した。
「次はどいつだ?」
スピーカーにして発したその言葉を、オニ達が理解したかは知らない。
ただ、彼らは一斉にこちらに向かってきた。
コックピットの中、ヒューイは静かに口の端を細めた。
ひゅっ、と息を吐き出し。
「それは」
オニの群れに向かい、ヒューイのサングラスがきらめく。
窓など無い人型戦闘機。
操作盤の光の反射だろう。
「甘い」
全面三方から走り寄るは三体。
オニの動きは単調すぎた。
元より、過多に量産された最底辺の『人形』である。
その性能は、こちらの人型戦闘機、いわんや、ヒューイの駆るラマファーにとっては当然。
バババッ!
右手に持ったモリを振り、左側から順番に切り裂く。
じゅばっ、と体液が機体を汚した。
しかし、まだオニの動きは止まらない。
ヒューイはそれを当然承知していた。
甘いのだ。
痛みもさほど無く、意識も曖昧。
それでいて、本体の人間を助ける事は出来ない。
不完全なのだ。
不完全すぎる。
アキレマの『人形』は、こちらの人型戦闘機に比べてあまりにも。
「ちせつすぎる」
ツーステップ後ろに下がり、またオニが半歩踏み出すタイミングでヒューイは軽くしゃがんだ。
機体の特性上、ただ膝を落としたようにしかならなかったが。
スタッ!
左手を地面にそえると、足の関節を引き延ばし、一気に三体を足払いする。
関節を元に戻し、背後を確認する。
他のオニはこちらには来ていない。
素早く正面に目玉を戻すと。
ズブッ!
っという音が三回残った。
頭蓋骨をモリで貫通され、オニは、『人形』はそこで朽ちた。
ぐるりと機体を回転させ、周りを確認しながらヒューイは振り返った。
常人では捉えられない一瞬である。
周りに一匹もオニが居ないのを完璧に確認出来た。
ヒューイは。
「アビロード、ルジュース、援護に向かう」
モリについた肉片を払いながら、散らばった部隊の援護へと向かう。
赤く染まった銀色が木漏れ日に反射し、そして、森の中へと光の筋を走らせた。