4話 ヨシオとケイコとケイ
花泉夫妻の出会いです。
花泉義男40歳、母方の祖母に我が子のように育てられて、祖母がドイツに住んでいた都合で3歳から23歳になるまでドイツの田舎の森で育った。
麓の学校にも通っていたが、元来の朴訥とした性格や言葉の問題のため、
これといった友達と親交を深めるわけでもなく、
授業が終わればまっすぐに生活している小屋へ戻ってきて、
祖母の手伝いや木こりの手伝いをして暮らしていた。
義務教育の時期を過ぎるとそのまま木こりとなって暮らした。
仕事ぶりは真面目で一緒に働いていた木こり仲間からも信頼されていた。
機械で木を伐採し、機械で運ぶ。ただし、機械を使うよりも体を使ったほうが早いと思う|(本能的)時には迷わず体を使った。
下手をすると運搬用の機械よりも多く運んだ。
なにか鍛えていたわけではなく、単に体の作りが人よりも圧倒的に強いのだった。
21歳のとき、義男が生活する森の中へ当時のドイツ軍の特殊部隊のチームが、
訓練のために訪れていた。
義男という人間は元来生真面目で、単純に考える性質であったため、自分の知らない30名弱の戦闘装備を整えた集団と遭遇して、ものすごく単純に排除するべき相手と本能的に認識した。
訓練中の部隊員からしてみれば良い迷惑である。なにが起きたか理解できないうちに仲間が
どうやら人間らしい物体に次々と吹っ飛ばされて行く。
技もなにもない。本能の赴くまま最短距離を最大速度でただ殴る、蹴る。
相手は戦闘を職業とする特殊部隊の精鋭達である。
直線で攻撃してくる相手をうまく体捌きによって交わしてカウンターで
相手に攻撃を加える訓練を嫌というほど積んでいる。
そんな彼らの技術をもってしても義男の攻撃を交せなかった。
簡単な理由である。想定の範囲を超ええているのである。
小学生の球を想定して訓練していたのに大リーガー級が出てきたようなものである。
慣れる前に倒されていく。
「なにがおきてる!?人か?あれは?」「銃の使用を許可する!!!!」「ジジジジ・・・・・・・・・・」
トランシーバーからはパニックに近い叫びが続く。散発的にアサルトライフルの発砲音が響く。
「ケイコ!逃げろ!わけがわからんが、だめだ!あれはだめだ!」
当時、特殊部隊員だった鳥街恵子はドイツ生まれドイツ育ちのドイツ人と日本人とのハーフで国籍はドイツを選択していた。
母親が仕事の都合でドイツに来ていた時に同じ職場のドイツ人男性と結婚をして、
生まれたのが恵子であった。
ドイツの学校に通ううち、何故か戦闘職ということに轢かれてドイツの大学を主席で卒業後、
すぐさまドイツ軍に入隊した。かといって、幼い頃から粗暴だったというわけではなく、
大人しくしていれば、モデルのような容姿によって、本人の性格を知らない男性からはよく声を掛けられたし、町を歩けばかなりの頻度で声を掛けられた。
過去に好感を持った男性が居ないわけではなかったが、
自分よりも強いか弱いかが本人にとって大きなファクターとなっていたため、
(思っているわけではなく、何故か心の奥底のような部分で自動的に判断されている気がした)
恋に至ることは残念ながら無かった。
中には総合格闘技の世界チャンピオンや直接打撃系空手の世界チャンピオン等からも声を掛けられたが、結果、男共は泣きながら負け惜しみの罵声を浴びせながら退散していった。
義男に出会うまでは無敗。鍛えてもいたし、
一時期一緒に暮らしていた、母親方の祖父によって古武術をしこまれていたことにも起因していたが。
逃げる?そんな勿体無い!というこれまた本能的な行動により恵子は倒しまくる影に逆に向かっていった。当然、素手で。
義男は逆に向かってくる相手を確認して距離や足場の状況を瞬時に本能的に判断し、
パンチにより相手の心臓部を殴るという判断をした。
しつこいようだが本能的に
繰り出された右ストレートを恵子は左半身に交す動作を行った。
交したはずだった。刹那、山の斜面を下から上へ吹っ飛ばされ転げて行くという
物理法則!仕事しろ!という状態で数m上の木に激突してそのまま動けなかった。
気がついた時にはそこの場所だけ、円形状に木が生えていないちょっとした広場のような場所で
寝かされていた。
起きるときに気づいた、体中の痛みと右肩を中心に激痛があった。
同じように自分の仲間達が寝かされていて、
その中を甲斐甲斐しく手当てをしている義男が居た。
手当てと言っても川から汲んできた水を飲ませたり患部を冷やしているだけだったが。
かろうじてというか奇跡的に死亡者が出なかった。
これは義男の本能により、同じ人間を殺すということに情けが生じた結果ではなく、
森で生きていく中で、生きているものを殺すという行為は食べるために行うのであって、
危険を排するために行われる行為ではないという長年の習慣からであった。
かろうじて生きているという状況の者も多かったが。
折れた骨が皮膚を突き破り出血をしている者も多かったが、これも普段の木こりの仕事で仲間が負傷したときの応急治療をした経験が役にたっていた。
「すまん。」「痛むのはどこだ?」掛ける言葉は最小限であったが、本人としては精一杯の謝罪の気持ちをこめての介護であった。
声をかけた相手が隊長と理解すると
「すまなかった。突然現れたので倒すべき相手と判断した。」
と頭を地面につけて土下座をした。
ドイツ育ちで土下座ということを知識として知っているわけではないので、日本人としてのDNAがなせる技かもしれないが、とにかく精一杯の謝罪の形としてめいいっぱい頭を下げることを選んだ結果、義男の中から土下座が生まれたという感じである。
隊長としては介護をしてくれている目の前の男が訓練してきた我々を武器も持たずたった1人で倒したという事実が受け入れがたいが、現実には自分も両手骨折と全身打撲の状態で横たわっているわけで。
「ああ、いや、こちらも突然現れたのだから、、、」
ふっと冷静になると訓練とはいえ、戦闘装備を整えている屈強な特殊部隊員がたった1人の人間に全員が素手で倒されるということはどのように理解して良いのか、時間が経過するほどに解決できない疑問となってきた。
例え岩熊が相手であってもこのような散々な結果にはならないであろうということだけは理解した。
理解したと同時にこの男を自分の隊に欲しいと思った。
「ドイツ人か?」
「いや、日本人だ」
「なにか特殊な訓練をしていたのか?」
「いや、毎日、木を切ってるだけだ」
「!?」
「なにか特殊な訓練を受けてきたのか?」
「いや」
会話が盛り上がらないのは隊長さんの話術能力が低いのではなく、義男的には事実を述べているのだから仕様が無い。
そんな隊長と義男とのやり取りをじっと聞き耳を立てて伺っていたのが恵子であった。
乙女の目線どころか獲物を眼力のみで硬直させるような視線を義男に送っていた。
「居た。」
その日を境に恵子はドイツ軍を除隊し、義男のところに押しかけたのであった。
無理やり押しかけてきた恵子に対しても良く働くし、丁度、長年一緒に働いてきた職人が高齢を理由に引退したところであったので好都合であった。
1年も経過する頃には義男も恵子を妻として認識するようになっていて恵子もそのように振舞っていた。そして2年を経過する頃に恵子の妊娠がわかった。
麓の診療所で見てもらってきた結果、
「赤ちゃんできた」
「んむ。そうか」
世の中の奥様が聞いたら殺意が沸く返事であるが、義男の人生の中では経験したことがない程の喜びを体中から発していた。
恵子にはその喜び様がよーくわかったが、第三者が見ていればきっとわからないであろう。
義男が唐突に
「ケイ」
「え?」
「ケイがいい」
「名前?」
「んむ」
「イイネ!ハナイズミケイ!」
「んむ」
そうして生まれたのが恵であった。