1話
「伊能くーん、お待たせしましたー。オムライス12卓にお願いしまーす。」
「ありがとうございます。これでオーダー切れます。」
キッチンの佐藤さん(パート)に渡されたオムライスを持ち、マニュアル通りのやり取りをする。
僕は伊能一真。まっすぐに生きて欲しいという思いから名付けられたらしい。しかしそんな両親の願いむなしく、おもいっきりまっとうな生き方から外れようとしている。何を隠そう僕はフリーターである。同級生の友人たちは大学卒業後普通に就職した。普通じゃないのは周りでは僕だけ。皆が月単位でお金をもらっている中時間給である。
そして僕には誰にも言えない秘密があった。いや、秘密なんて可愛いものじゃなく、欠陥と言ったほうがいいかもしれない。僕は人外娘が好きだ。愛しているといっても過言ではない。
ひとえに人外娘といっても色々あるが、一つ言いたいのは人間に猫耳だの尻尾だのをくっつけただけのやつ、あれはダメだ。そうじゃない。あの手のを見ると説教したくなる。「それはコスプレだろう?」と。単純に見た目が人間から離れればいいというものでもないが、現実の人間でも再現できるような、ちょっとしたパーツがくっついているだけのものは僕は好きじゃない。個人的にはね。
これ以上具体的に語ることは非常に容易いのだけど、やめておこう。まぁ、こんな嗜好の僕であるからして、現実の女性にはあまり強い興味が持てない。もちろん可愛い子を見れば可愛いとは思うのだけれども。どちらにせよフリーターじゃもてないから関係ないけどね。
「お先に失礼します。」
今日は締めの時間まで働かない日だったため少し早めにあがる。ちなみにバイト先はファミリーレストランだ。
帰り道を歩いていると怪しげな人物が道の端にいた。全身黒ずくめでフードを被り、何かブツブツとつぶやいているのがここからでも聞こえる。できれば目の前を通るのは避けたいがバイト終わりで疲労も溜まっている。滅多なことはないだろう信じながらできるだけ刺激しないよう自然に不審者の前を通り過ぎる。近づくに連れて声が聞こえるほどになる。その不審者は、
「………あ。よかったー。歩行者通るんですねこの道ー。みーんな車とか乗ってるから声かけられないんですよねー。」
言いながら一緒に歩き始めたではないか。
(やばいすごい怖い!誰か助けて!)
僕の願いは聞き入れられないのか、周囲には誰もいない。
「あの聞いてますかー。あーこれ聞こえてないやつか-。もうやだー、久々に話しかけたのにこれだもんな-。」
無視している僕の演技が功を奏したのか、並び歩くことをやめてくれる不審者。しかし、よかった、諦めてくれたと安心する僕の耳にけしからんセリフが入ってきた。
「はいはーい今ならお好きな世界にご招待だっつ-んですよ-。」
「話を聞こう。」
さて、近くの公園に連れてきたはいいが、全く何こんな不審者のいうことを真に受けてるのかと。いや別に信じちゃってるとかそういうことではないのだが、もしかしたらということもなくはないのかもしれないではないか。
「いやいや何ですかー。聞こえてるんなら反応してくださいよ、人が悪いなー。」
なんか言ってるがどうでもいい。
「えーと、さっき好きな世界がどうとか言ってましたよね?あれってどういうことなんですか?」
「お、興味ありますかー?私、実はこういうものでして…。」
不審者は懐から名刺を取り出すと僕に見せてくる。なになに、世界間人事仲介人だって?他に何も書いてないし。何もわかんないんですけど。
「いやぁ今地球って人で溢れてるじゃないですかー。ぶっちゃけそれって世界的に見るともったいないんですよねー。あ、この場合の世界っていうのはー、この地球以外の次元にあるうんぬんかんぬん」
なんか急に説明はじめたよこの人。しかも電波過ぎてついていけない。
「うーん。要するにパラレルワールドに案内するってことですよー。」
「そんな神様みたいなことがあなたにはできるってことですか?」
「えー?神様はいちいちこんなちっちゃいことしませんよー。やだなー。私たちは誕生した時からずっと神様にお仕えしている存在なんですー。天使ちゃんって呼んでもいいですよー?」
「それであなたに頼めばどんな世界にも行けるってことでしょうか?」
「そこは触れないんですね-。まあそうですねー。条件に該当する世界に人員が足りてなければご案内できますけどー。そればっかりは運ですよねー。」
「これで検索するんですよ-。」と言いながら不審者は分厚い本をどこかから取り出す。いやほんとにどっから出したよ。
「例えば人外の、人と他の生き物のハーフみたいな女の子がいる世界とかも…。」
「え?そんなんでいいんですか?いくらでもありますよー。そうですね…。例えばここなんかいいんじゃないですかねー。ほうほう人外ちゃんが人間を捕食することで生殖する、ほほー、面白いですねー。へー、ここの人外ちゃんたちは基本10mぐらいの大きさなんですって-。ああ触手こみだそうですよー。」
なにそれ全然面白くない。殺伐としてる。ていうかそこの人員が足りてないのって確実に餌として足りてないよね?
「いやそういうのじゃなくてもっとこう、普通のやつ。恋愛とかしたいんですよ僕は!」
「普通っていわれてもなー。意外と細かいんですね-。さっきも言いましたけど条件が合っても募集がなければそれまでですからねー。…お?ふむふむ。ここかなりいいかもしれませんよー。ていうかこれ以上はもう無理だと思いますー。私のやる気的にー。」
おい仲介人仕事しろ。しかしどうやらいい感じのところが見つかったらしい。
「まずですねー、人外ちゃん。たくさんいますねー。倫理観、価値観辺りは地球と似通ってますねー。ヒト種もかなりいますー。それとは別に亜人種や獣人もいますので、その辺とかー、あとはそれらとの間に子供もできますからー、比較的広くお客さんのお好きな分野をカバーしてるんじゃないですかね-。」
「めちゃくちゃいいじゃないですか!それじゃあそこに行k「あっ。」ちょっと待って。」
「あっ。」って何?やっぱり生殖方法に問題あったの?
「ここ魔法ありますねー。」
「まほう?それって火を手から出したり空飛んだりみたいなやつですか?」
「おー、よく知ってますねー。ここ魔法ないのにー。よく賢いって言われませんー?」
なんか馬鹿にされている気分になるからやめてください。
「大体その認識であってますよー。」
「なら僕は全く気にしません!楽しそうだし。ていうかなんかダメなんですか?」
「ダメっていうかー、向こうに行くまでお客さんが魔法を使える体質かどうかわからないんですよねー。ほらここ魔法って概念ないじゃないですかー。概念がなければ調べようもありませんしー。」
なるほど。向こうに行ってみたら毛ほども魔法を使えない木偶の坊って可能性もあるのか…。それがどのくらい社会的に問題があるのかわからないからなんとも言えないけど…。
「あちらは科学ではなく魔法で発達したタイプの世界ですからー、魔法が使えないってのは最下級の身分ですねー。あららー、どうしますー?」
頭のなかで人外娘たちの闊歩する世界に行けるメリットと最下級の身分に落ちるデメリットを天秤にかける。迷うまでもない。
「僕、そこに行きます。」
そう。何を置いても人外娘に会うというロマンに敵うものはないのだ。そもそも今だって底辺だしね。あはは涙出てくる。
つまるところこの提案にデメリットなどほどんどあってないようなものなのだから。
「そうですかー。ではではご両親には説明して納得させておきますのでご心配なくー。」
不審者改め天使ちゃんの手にはいつの間にか僕の背丈ほどもある木の棒が握られており、さながらおとぎ話の魔法使いのようである。そして天使ちゃんは、
「いってらっしゃーい。」と言いながら僕の頭をめがけてフルスイングしたのだった。
その棒の使い方ってあってる?