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日本版 エピソードⅠ 学園に閉じ込められた五人の生徒

 エピソードⅠ 学園に閉じ込められた五人の生徒


 春の温かな日差しが、窓から差し込んでくる。

 蒼穹の空には爛々と輝く太陽がポッカリと浮かんでいて、ふんわりと浮いている雲などは手を伸ばせば掴めそうだ。

 果たして、直接、手で雲に触れることは可能なのか。試した奴がいるなら、その感触を尋ねてみたい。

 とにかく、今が一番、幸せな時期に思えるな…。

 などと、朝から詩的なことを考えたりしていたわけだが、何だか恥ずかしくなってきたのでこの辺で止めておく。

 俺は五月晴れの空から手に握られている物、つまりスマートフォンに視線を戻す。

 取り分け校則には厳しいことで知られている女性教師で、俺の担任でもある坂上リンダ先生は黒板の前で滔々とホームルームの話をしていた。

 が、教室にいる気怠そうな生徒たちはみんな適当に聞き流していることだろう。

 それは不真面目な俺も同じだった。俺にとって、今は不毛な時間なのだ。同じ高校生なら分ってくれると思う。

 現在、机の下に隠すようにして俺の手に握られているスマフォの画面には《リバイン・テイル》という名前のゲームの画面が映し出されていた。

 レトロなゲーム機で映し出されているようなダンジョンの壁は、何ともチープに見える。今時のスマフォのゲームならもっとリアルな画像を映してくれるはずだ。

 とはいえ、俺としてもこの粗いドットの画像を嫌っているわけじゃない。これはこれで味があると思えるし。

 そう、このリバイン・テイルはどうやらゲーム会社が作ったゲームではないようなのだ。

 ダウンロードしてもお金の類いは一切、取られないし、ゲームを作ったメーカーや団体の名前もない。

 ただ、データをダウンロードできるホームページには制作者の名前のところに《デモット》とカタカナで書いてある。

 何だかダサい名前だけど。

 いずれにせよ、個人かまたは小規模なサークルが作った同人ゲームだと考えるのが自然だろう。

 だから、ゲームの画面も古さや粗さを感じさせるのだ。

 しかしながら、このリバイン・テイル。見た目とは裏腹にかなり面白い。

 舞台となるのは剣と魔法の力が支配する《リバインニウム》という世界でも取り分け華やかな都として知られるサンクリウム王国の王都だ。

 王都の地下には数多くのモンスターたちが闊歩する迷宮がある。

 しかも、迷宮の最深部にある魔界のゲートは封印が弱まっていて、モンスターだけでなく、邪神も現れようとしているのだ。

 なので、冒険者となったプレイヤーは迷宮の最深部に行き、王都の平和を守るためにゲートの封印をしなければならない。

 と、言うのが大まかなストーリーだ。

 一方、ゲームのシステムはと言えば、休息を取ったり、装備を調えたりできる王都の町と迷宮を行き来するだけの単純なものだ。

 まあ、ストーリーはあってないようなものだし、古典的なRPGと言っても良いだろう。しかしながら、ゲーム自体は何とも飽きの来ない造りをしている。

 故に、ハマってしまうのだ。

 初めはチープな画面を見て馬鹿にしていた奴も、やってみるとなかなか面白いぞ、と言う感想を口にするし、かくいう俺もそうだった。

 なので、リバイン・テイルは俺の通っているミッション系の名門校、聖サンクフォード学園ではかなり流行っているのだ。

 何せ、女子たちもやっているくらいだからな。

 シンプルなゲームシステムに、誰でも気軽にプレイできるパズルゲームのような雰囲気も、女子たちのゲームに対する抵抗意識を薄れさせている要因だろう。

 プレイヤーキャラの性別を選べるのも良いところだし。

 しかも、最初に流行りだしたのも、サンクフォード学園だ。他の学校やネット上ではまるで流行っていない。

 何というか、そこに一種の怖さを感じるのは俺だけだろうか?

 なので、噂ではリバイン・テイルはサンクフォード学園の生徒が作ったのでは?とも言われていた。

 とはいえ、一番、怪しいゲーム研究会はその関与を否定しているけど。

 何にせよ、俺のいるサンクフォード学園とゲームに出て来るサンクリウム王国は名前が似ているし、偶然ではないかもしれない。

 そして、更に不気味なことに、学園ではこのリバイン・テイルをプレイしないと不幸になるとか言う怪談染みた噂も立っていた。

 特に女子たちの間で、この噂が流行っているらしい。それがまたみんなの興味を刺激しているんだけど。

 とにかく、俺もこのリバイン・テイルの魅力に取り憑かれて、熱心にプレイしているのだが、なかなかクリアが見えてこない。

 やっぱり、迷宮の第五界層にある百階に辿り着かないとクリアできないのかもしれない。ちなみに現在、俺は第四界層の六十八階の辺りをうろうろしている。

「よっ、篤志。気付いてないみたいだが、もう、ホームルームは終わってるぜ」

 話しかけてきたのは親友の宮間伸吾だった。

 伸吾はヒョロッとした体型をしていて、髪の毛はスポーツマンのように短く刈り上げられている。

 ただ、走るのは速いが別にスポーツの類いは嗜んでいない。

 その代わり、漫画やアニメ、ゲームが大好きなのだ。だが、陰気なオタク臭さは全く感じさせない。

 なので、女子に持てるような顔はしてないが、それでも人に憎まれない愛嬌があった。

 とにかく、俺こと篠澤篤志も外見の面ではちょっとばかり自信がある。

 鏡を見ると「俺って、けっこう格好良いんじゃないのか?」と思ってしまうし。でも、残念ながら女子に持てたことはない。

 不思議と言えば不思議だ。

「そうなのか?スマフォを操作するのに夢中で、全く気が付かなかったが」

 俺も随分とゲームに集中していたみたいだ。この集中力は勉強で生かさないと。でないと今学期の成績も卯建が上がらない物になる。

「授業中やホームルームにスマフォを弄ってると、坂上の奴に怒られるぜ。現にスマフォを没収されたマヌケな奴もいるからな」

 伸吾の言う通りだ。

 坂上先生に物を取られたら、まず返ってこない。あの先生、こっそりと生徒の私物を売り払っているんじゃないのか。

 いや、曲がったことを嫌う坂上先生に限って、それはないか。

 外国人の血を引いている先生だからという理由で疑って掛かるようなことはしてはいけない。

 そんなことをすれば、厳格なカトリック教徒な上に、何年か前までアメリカの大学で神学を教えていた父さんに叱られる。

 こんなミッション系の学校に通うことになったのも、父さんの影響が大きいからな。現に父さんはこの学園の出身だし。

 もっとも、この世界の人間は全て平等だ、などという理想論を振り翳している父さんの言葉を真に受けるつもりはないが。

「ああ」

 俺は伸吾の話に意識を引き戻す。

「でも、夢中になるほど、スマフォで何をやってたんだ?もしかして、今、流行のリバイン・テイルか?」

 伸吾はニヤッと笑った。この笑みの虜になる女子は…、いないだろうな。

「そうだけど」

 俺は隠す理由もないので、正直に白状する。

 スマフォは良い。ゲームをやるのが全く恥ずかしくない。特に電車やバスの中で時間を潰すのには便利だ。

「最近、この学園でブームになってるらしいな。女子の中にも熱心にやっている奴がいるのは驚きだぜ」

 伸吾は苦笑した。

 俺は女の子のオタクに共感できるような心はないけど。

 でも、日本とは違い、アメリカではオタクに対する差別意識のようなものはあまりないようだった。

 かなり昔の話しになるが、俺も半年ほどアメリカで暮らしていたことがあるからな。だから、その辺の空気みたいなものは感じ取っていた。

 ただ、オタクは特定のジャンルに固執してしまう変人のように見られることはある。

 いずれにせよ、幾らゲームにのめり込んでいても、それが金髪の美男子だったら、誰も悪くは言わないってことだ。

「タイトルとは裏腹に、コミカルなゲームになっているからだろ。ちゃんとキャラクターの性別も選べるし」

 はっきり言ってしまえばRPGの皮を被ったパズルゲームと言っても良いかもしれない。いかにも万人、受けするような雰囲気も漂わせてるし。

 最近のスマフォのゲームは女性層も獲得しようと必死だ。それが、一部のユーザーからの反発を招いている。

 そして、伸吾もその一人だ。

 懐古主義と言ってしまえばそれまでだが、伸吾の気持ちも分からなくはない。

「それはそうなんだが、この手のゲームは二十年前の代物だぜ。今時、流行るって言うのはコアなゲームファンとしては複雑だ」

 まあ、伸吾は色々なゲームに手を出してるからな。その数は俺なんかとは比較にならないだろう。

 しかも、伸吾の部屋のコンセントは大量のゲーム機のプラグでタコ足化してるからな。火でも吹き上がれば、それこそ大火事になる。

「そうか。ま、スマフォのおかげで色んな層の人間が気軽にゲームができるようになったってことだよ」

 その割りには最近のゲームの売り上げは芳しくないんだよな。

 十年くらい前は、ゲームは映画を超えるとか言われていたのに。ああいう情熱が最近のゲームには見られない。

「そうだな。まあ、そんなことよりもこれからゲーセンにでも行かないか?お前とはこの前の続きをしたいし」

 伸吾はしょっちゅう俺をゲーセンに誘ってくるのだ。こいつはゲームが上手いから、まともに相手をしていたら、お金が幾らあっても足りない。

「悪いけど遠慮しておくよ。俺はもう小遣いを使い切っちまったからな」

 本当はまだ少し残っているが、これは小説の雑誌を買うから取っておかないと。俺も勉強はあまりできないが、本だけは熱心に読むのだ。

 伸吾曰く、俺は少し頭の悪い文学少年らしい。

「ふーん。なら、杉山や佐藤の奴でも誘うことにするか。でも、あいつらとの対戦は面白くないんだよな」

 杉山や佐藤も俺の友達だ。

 二人とも気さくな性格をしているので、付き合いやすい。もっとも、伸吾のように親友と呼べるような間柄ではないが。

「だろうな。まあ、俺との対戦は来月にしてくれると助かるんだが」

「分かったよ。じゃあ、次に誘う時は絶対、逃げるなよ。リズムゲームでのお前との勝負はまだ付いていないんだからな」

 リズムゲームだけは良い勝負ができるんだよな。ま、ああ言うのは従来のセンスがものを言うのだ。

 とはいえ、音楽の成績がDの俺にリズム感があるとは思えないけど。

「ああ」

 俺が頷くと、伸吾は軽い足取りで去って行った。

 

 伸吾と別れた俺は特に用事もないので、そのまま下校しようとする。

 ちなみに高等部の二年生の俺は部活の類いは全くやっていない。

 高等部に上がる時、部活をやってみようかな、という思いは確かにあったのだが結局、行動に移せなかった。

 あと、ウチの学園は中高一貫だけあって校舎も立派だ。

 特に最近、建て替えられたばかりの部室棟はかなり広めに作られている。そこには様々な文化部やサークルの部室があるのだ。

 俺は茶色を基調としたモダンな部室棟の外観をちらりと見てから、校門を通り抜けようとした。

 が、そこで思わぬことが起きる(この時の驚きは生涯、忘れないだろうな)。

 どういうわけか、校門の外に出られないのだ。

 出ようとすると目に見えない壁のような物に阻まれてしまう。しかも、普通の見えない壁とはちょっと違う感じなのだ。

 言葉で表現するなら障壁とでも言うべきか。

 何にせよ、これには俺も焦りを隠せなかった。横を通り過ぎていく生徒はみんな怪訝そうな顔で俺を見ているし、まるで不審者、扱いだ。

 とにかく、俺は気持ちの悪い汗を掻きながらも、何度も校門の外に足を踏み出そうとしたが、どうしてもそれができない。

 俺は悪い夢だろ、と思いながら校門の前に立ち尽くした。だが、夢から覚める気配はなく他の生徒たちは平然と校門の外に出て行く。

 俺はとりあえず気を落ち着かせると、裏門から外に出ようとした。が、またもや見えない障壁に阻まれ、裏門からも出ることはできなかった。

 グラウンドにある小さな出口からも出ようとしたが無理だった。他にも塀を乗り越えたりしたが、失敗に終わる。

 その場に立ち尽くした俺は、頭の中を整理する。つまり学園の敷地の中に閉じ込められたということらしい。

 しかも、他の生徒は普通に学園の外に出られる。

 何で俺だけが閉じ込められてしまったのか、幾ら考えても答えは出なかった。

 なので、俺は校舎の中に戻り、図書室に行く。このことを誰かに相談したいという気持ちはあった。

 だが、見ず知らずの生徒に「俺、学校の外に出られないんだけど…」などと言い出すのはあまりにも恥ずかしすぎる。

 出られないことを体で証明して見せようとしても、演技をしていると思われたら更なる恥を掻くだろう。

 だとすれば、とにかく、今は落ち着くしかない。時間が経てば、ちゃんと出られるようになるかもしれないし。

 そんな甘いことを考えながら、人が少ない図書室の中で、体を休める。

 それから、下校時刻を大きく過ぎて夕方になると、俺は司書の先生から図書室の外に閉め出された。

 なので、今度こそはと思い、校門から外に出ようとする。だが、やはり見えない障壁を突破することはできなかった。

 これには体の血液が逆流しそうになる。

 途方に暮れた俺は綺麗な夕焼けを眺めながら、誰もいない自分の教室に行く。そこで鞄の中にある文庫本を読んで、気を紛らわそうとする。

 だが、背筋の寒さは消えなかった。

 そして、とうとう夜になってしまった。時刻は七時。太陽の光は一筋も見えない。俺以外、誰もいない教室はまるで墓場のようだ。

 とはいえ、教室の電気は付けてあるから、見回りの先生とかに見つかると面倒なことになりそうだ。

 俺は為す術なく、いっそのこと先生に捕まってしまいたいと思いながら、ひたすら時が過ぎるのを待った。

 それから、八時になると、いつものイントロと共に校内放送が流れてくる。

『現在、学園の敷地の外に出られない生徒は至急、生徒会室に来てください。繰り返します。現在、学園の敷地の外に…』

 その繰り返される放送を三回ほど聞いて、俺はブルリと身を震わせた。

 学校の外に出られないという奇妙な状況に陥っていることを知っている人がいる。これには俺も救いの神を見たような気持ちになった。

 それから、俺は教室を飛び出すと、真っ暗な廊下を走りながら、急いで生徒会室に向かおうとした。

 が、生徒会室がどこだったか思い出せない。

 高等部の校舎は広いし、生徒会室なんて入ったことは一度もないからな。はっきり言って、一生徒である俺にとっては縁のない場所だ。

 俺は四苦八苦してどうにか生徒会室の場所を突き止めると、光が漏れている生徒会室の中に入る。

 すると、そこには六人の生徒がいた。

「どうやら、君が学園の外に出られない最後の生徒みたいだな。ようこそ、生徒会室へ」

 そう声をかけてきたのは背が高く、眼鏡をかけた知的な風貌の男子生徒だ。この顔には見覚えがある。

 だが、すぐには思い出せないので、俺は首を捻った。

「は、はい。でも、あなたたちは?」

 俺は縋るような目で尋ねる。

 声をかけてきた男子生徒はブレザーのネクタイの色から上級生だということが分かるので、俺も仕方なく敬語を使う。

 上級生に限らず、学園の生徒に対しては滅多に敬語は使わないんだけど、こんな状況では安っぽいプライドも捨てるべきだろう。

「知っているかもしれないが、俺は生徒会長の斎禅宗之だ。そして、彼女は生徒会では会計を勤めている高等部の二年の藤村琴音君」

 斎禅会長は淀みなく自己紹介をすると、隣にいるしとやかな感じの女子生徒、藤村に手を翳した。

 すると藤村はコクリと頷く。

 俺も藤村琴音という名前には記憶がある。確か中等部の時に一回だけ同じクラスになったことがあったはずだ。

 あまりにも影の薄い生徒だったので忘れるところだったけど。

「はあ」

 俺は気が抜けたような返事をした。

 斎禅会長の声を聞いたら、恐怖もたちまち霧散してしまったのだ。さすが生徒会長の貫禄か。ここは頼りにさせて貰おう。

「そして、そこにいる四人が、君と同じように学園の外に出られなくなった生徒というわけだよ」

 斎禅会長は眼鏡のフレームを指で摘みながら言った。なかなか様になってる仕草だ。

「この四人が?」

 俺は男子一人、女子三人の生徒たちを前にして呆けた顔をする。何だかバランスの悪い組み合わせだ。

「ああ。ちなみに俺と琴音君はちゃんと学園の外に出られる。繰り返すようだが、出られないのは君たち五人だけだ」

 五人という数には何か意味があるのだろうか。

「こんな状況ではあるが、とりあえず互いに自己紹介でもしたらどうかな?そうすれば多少なりとも落ち着きを取り戻せるかもしれない」

 斎禅会長はそう促してきた。自己紹介ほど気を遣うものはないんだけど、しょうがない。

「俺は二年B組の篠澤篤志だけど」

 俺は頭の後ろに手を回しながら、照れたように言った。

「僕は二年C組のレクス・ドゥ・レオンハルトだよ。初めまして、篠澤君」

 背はあまり高くないが、スラッとした体つきをしている男子生徒、レクスがそう自己紹介をする。

 柔和な顔をしているので、見るからに優しそうな男子だった。

 しかも、金髪に青い瞳、透けるような白い肌をしていると言うこともあってか、そこらの女子よりもよっぽど綺麗な顔をしているし。

 伸吾からもこの学園には外国人であり、とびっきりの美少年でもある男子生徒がいると聞いていたが、たぶんレクスのことだろうな。

 学園の貴公子とかいう言葉が相応しそうな男子だ。

「私は二年A組の諏訪部美咲だよ。篠澤君とは中等部の二年生の時に一緒のクラスだったよね。まだ憶えてくれてる?」

 続いて、愛想のある笑みを浮かべた女子生徒、諏訪部が自己紹介をしつつ尋ねてくる。

 もちろん、諏訪部美咲なら俺も知っている。まさか、高等部に上がってこんな美少女になるとは思わなかった。

 伸吾も諏訪部は学園でも指折りの美少女だって言ってたからな。あの腰まで伸ばした艶やか亜麻色の髪には息を飲むしかない。

「そうだったな」

 俺は表情を綻ばせた。どうにも女子と接するのは苦手なんだよな。別に女嫌いってわけじゃないんだけど。

「アタシは二年E組の鳴瀬さやか。こんな時だけど、よろしくっ」

 ショートカットの茶髪に勝ち気そうな目をした女子生徒が、元気よく言った。

 その様子からは、この状況に対する不安のようなものは感じられない。今時の女子高生という雰囲気が強く出てるし、女子力とかいう言葉が似合いそうだ。

「私は姫倉奈々子。篠澤君と同じ二年B組よ。まさか、私のことを忘れていたんじゃないんでしょうね?」

 そう言うと、姫倉は済ました顔をする。

 姫倉は和風美人といった感じで、顔は文句なしに良いんだけど、性格がキツいのが欠点だと思う。

 だから、いつも教室にポツンと取り残されてスマフォを弄っている。まあ、そこがクールで良いという男子もいるけど。

「そんなことはないよ。姫倉がいつも一人でスマフォを弄っているのは俺だって知っているさ」

 俺はつい余計なことを言ってしまった。

「変なところだけ見てないでよ、あんたって最低ね」

 姫倉は俺を睨み付けながら言った。

 とにかく、四人からのある意味、個性的な自己紹介を受け、俺は視線を泳がせた。

 みんな俺に対して自己紹介をしているけど、他の奴には既に自己紹介は済ませてあるってことなのか?

「学園から出られなくなった生徒が全て高等部の二年生だというのは、実に興味深い話だな」

 斎禅会長は愉快そうに言った。

「斎禅会長はどうしてこんなことになっているのか知っているんですか?」

 俺もそれが知りたい。

 お前は天才とは紙一重の頭脳を持っていると伸吾から言われてる(たぶん遠回しに馬鹿と言いたいのだろう)俺でも分からないし。

「知るわけがない。俺は校舎に残っていた諏訪部君から、この状況を打ち明けられただけだ。彼女は生徒会の手伝いをしていたこともあるし、嘘を言っているようには思えなかったからな」

 斎禅会長は諏訪部の方に視線を向けながら言葉を続ける。

「とにかく、これは異常事態と言っても良い。早急に原因を解明して、騒ぎになるのを防がなければ」

 まだ学園の外に出られないのが、俺たちだけと決まったわけではないからな。明日になったらもっと増えるなんてこともあり得る。

 そんなことを考えていると、俺のスマフォがいきなり振動した。

 次の瞬間、俺、レクス、諏訪部、鳴瀬、姫倉が一斉にポケットからスマフォを取り出す。

 その動作に驚きつつも、俺はスマフォの画面を見て、届いたメールを開く。すると、そこにはぎょっとするような文章が書かれていた。

『自分の置かれた状況についてはある程度、理解できたようだな、諸君。もし、学園の外に出たいなら、高等部の校舎の地下にある迷宮を制覇したまえ。それができなければ君たちは一生、学園の中だぞ(笑)』

 その文章を見て、俺は引き攣ったように笑った。

 俺のいるこの校舎の地下に迷宮があるだって。そんな馬鹿な話があるか。しかも、メールの差出人はデモットだった。

 迷宮とデモットと聞いて思い出すのはリバイン・テイルのゲームだが何か関係があるのだろうか。

「ふむ、またしても興味深いことが起きたようだな。この学園に迷宮があるなどと言う話はついぞ聞いたことがないが、この状況だと一笑に付すこともできん」

 諏訪部の携帯の画面を横から見ていた斎禅会長は顎に手を這わせた。

「こ、ここは素直に行ってみてはどうでしょうか、会長。迷宮などと言うものが本当にあれば、見えてくるものもあると思いますし」

 そうおずおずと進言したのは初めて口を開いた藤村だ。藤村は見るからに頼りない。

「そうだな。百聞は一見に如かずとも言うし、ここは、このメールの送り主の言葉に従うしかあるまい」

 そう言うと、斎禅会長は「ついてきたまえ」と言って、生徒会室から出た。


 校舎の地下にある何も置かれていない部屋に来た俺たちは、一際、大きな扉の前に立っていた。

 その扉は学園にある物としてはあまりにも異様な雰囲気を醸し出している。しかも、壁に不自然な形で取り付けられていたので、いきなり出現したようにも感じられた。

「この扉は一体?」

 さすがの斎禅会長もこの扉には驚いているようだった。それから、斎禅会長は動けずにいる俺たちを尻目に扉を開けようとした。

 が、扉は開かなかった。

 斎禅会長も腕にはかなり強い力を込めいるようなのだが扉はピクリともしないし。

 なので、今度はおかしなメールを送られた俺が扉を開けようとする。すると、扉は重々しい音を立てて開いた。

「な、何だ、こりゃ?」

 俺は思わず調子外れの声を上げていた。

 扉の向こうにはダンジョンのような石造りの壁をした通路があったからだ。その壁から発せられる空気は明らかに学園の校舎のものではない。

 まるで数千年も経っている古代の遺跡の壁のような雰囲気を漂わせていた。

 まさしく、ダンジョン。

 俺はどこまでも続いているような通路を見て棒立ちした。

 唯一の救いは壁には光る石のような物が取り付けられていて、明かりが確保できていたと言うことだ。

 だが、その明かりも強いものではなく、薄闇のようなものを作りだしていた。なので、通路の奥は暗く見える。

「俺がこの地下室に来た時はこんな扉はなかったし、このような通路が存在できる余地もなかった。これは本当に驚くべきことだな」

 斎禅会長はまたしても愉快そうに言った。それから、斎禅会長は通路の中に足を踏み入れようとする。

 だが、その体が扉を潜り抜けることはなかった。これには斎禅会長も「むっ」と声を漏らす。

「なるほど、篠澤君たちが学園の外に出られないのもこういうからくりか。ようやく、俺も常識を越えた力の働きを実感することができたよ」

 どうやっても、扉の中に入れないことを確認した斎禅会長は得心がいったような顔をする。

 それから、斎禅会長は俺に目配せをしてきたので、仕方なく俺は勇気を出して通路に足を踏み出す。

 すると、俺の体は扉を潜り、通路の中に入ることができた。だが、通路に入った途端、自分の周りにある空気が急に変わった。

 なぜか、悪寒を感じてしまったのだ。腕を見れば鳥肌も立っている。まるで、死者の国に足を踏み入れたみたいだ。

 それを受け、レクスや諏訪部、鳴瀬も通路に入る。

 ただ、姫倉はそのまま突っ立っている。こいつは明らかに協調性に欠ける奴だな。ま、俺も人のことは言えないけど。

「ど、どうやら、学園の外に出られない生徒しか、迷宮の中に入ることはできないようですね」

 藤村が声を震わせながら言った。

「そう考えるのが妥当なようだな、琴音君。こうなったら、篠澤君たちには迷宮の中に何があるのか確認してきて貰おうか」

 斎禅会長の言葉に、俺は冗談だろと思った。

 だが、斎禅会長の目は掛け値なしの本気だった。俺もどのみち学園の外に出るにはそれしか手はないと悟る。

「分かりました」

 そう声を絞り出すと、俺はレクス、諏訪部、鳴瀬、姫倉と共にどこまで続いているのか分からない迷宮の通路を進むことになった。

 怖くないと言ったら嘘になるが、意外にも他の奴らは平気そうな顔をしている。それを見て、俺も負けまいと、気を取り直した。

「それにしても、まさか学校に迷宮があるとはね。まるで漫画の世界だし、一体、いつ頃できたものなのかな?」

 レクスは好奇心に満ちた顔で尋ねてくる。壁を見る限りでは、昨日、今日にできたものではないことは明らかだ。

 もしかして、本当に古代の遺跡ってわけじゃないよな。そんなロマン溢れる設定が許されるのはやはり漫画の中だけだと思う。

「さあ。ただ、アタシたちが普通に生活してた校舎の下に迷宮があったなんて、あんまり良い気分はしないけどね」

 鳴瀬は砕けたように言った。

「確かにぞっとするものはあるよね。この上には大きな校舎があるんだし、地震とか起きたりしたら大変なことになりそうだよ。壁とかの耐久性には問題はないのかな?」

 諏訪部は不安そうに言いつつ、天井を見上げる。

 確かに地震は怖いが、学園に閉じ込められた上に地震にも巻き込まれるような不条理はさすがにないと思いたい。

「そこら辺は大丈夫だと思いたいな。でも、迷宮と言うからにはかなりの深さがありそうだし、それを制覇するなんて可能なのか?」

 そう口を挟んだのは俺だった。

「何が出て来るかによるでしょ」

 すかさずツッコミを入れたのは、キツいと言うよりはやっぱりクールに見える姫倉だ。

「何かって?」

 俺は反射的に尋ねる。

「例えばモンスターとか。それに迷宮と言うからには宝箱とかもありそうだし、それを守っているドラゴンなんかもいるかもしれない」

 姫倉の言っているような設定は一昔前のゲームだ。今時、宝箱を守っているベタなドラゴンなんていやしない。

「あんまり怖いことを言うなよ、姫倉。もし、ゲームに出て来るようなモンスターが現れたら、俺たち殺されるぞ」

 俺はドラゴンと戦うファンタジー物のゲームを思い出し、身を震わせた。

「武器もないしね」

 姫倉はポツリと言って肩を竦める。

「その通りだよ。とにかく、モンスターなんて現実に存在するとは思えないけど、何も出てこないというのはあり得ないと思う」

 そう言って、レクスは通路の奥に視線を向けながら、洞察するような目をする。

「こんなことなら、何か武器になりそうな物を持って来た方が良かったかもな」

 俺は宙を仰ぎながら言った。

「うん。僕も剣道部から木刀でも借りてくれば良かったよ。僕の友達は剣道部の副部長だから、勝手に借りてきても許してくれると思うし」

 そう言うレクスは部活とかやっているのだろうか。

「アタシたちに剣なんて扱えるわけがないでしょ。アタシも体育の授業で竹刀を握ったことがあるけど、滅茶苦茶に振り回すのが精一杯だったんだよ。つまり、剣の道は素人が考えてるほど甘くないってこと」

 鳴瀬は身振りを交えながら言って、嘆息する。

「はっきり言って、私は戦うこと自体が嫌かな。モンスターだって生きてるんだし、やっぱり殺すのは可哀想だよ。って、言うのはちょっと偽善っぽいかな」

 そう言って、諏訪部は舌を出す。まあ、可憐な美少女の諏訪部には戦いは似合わないな。

「あんたたち、この状況で、何でそんなに楽しそうに話ができるのよ。危機感が足りな過ぎるんじゃないの?」

 冷ややかに言ったのは姫倉だ。

 でも、モンスターの話題を振ったのは姫倉だろ。責任を持って、きっちりと話を締め括れ。

「そうだぞ。俺は相手が誰であろうと戦うなんてご免だよ」

 俺はそう言い張った。体を動かすのは苦手じゃないが、喧嘩はからっきし駄目だ。誰かを殴ったことなんて、一度もないし。

「篠澤君は平和主義者なんだね」

 そう揶揄するように言って笑ったのはレクスだ。馬鹿にしてくれるけど、平和ほど素晴らしいものはないと思う、本当に。

「違うって。俺は単に腕っ節には自信がないだけだよ。それと俺のことを呼ぶ時は篤志で良いぞ、レオンハルト。何か言いにくそうだし」

 どこの国の民族かは知らないが、レクスの日本語は流暢だった。

 ただ、気にならない程度ではあるが訛りがあったし、俺の名前を呼ぶ時も少し引っかかるような感じだったのだ。

 それに外国人の男子なら普通に下の名前で呼びたがるからな。

 レクス自身も愛想の良い男子だから、俺のことは呼び捨てでも構わないだろう。

 ちなみに伝統と格式高い聖サンクフォード学園では、例え親しい生徒であっても呼び捨ては極力、避けるようにとの校則がある。

 俺はそういう堅苦しい旧習みたいのは好きになれない。が、この学園ではまだ何世紀も前の寄宿学校のような旧習が根強く残っているのだ。

 さすが、外国人の貴族が建てた学校だけのことはある。

「そう?なら、僕もレクスで構わないよ。レオンハルトって言う名前は仰々しくて嫌いだったんだ」

「そっか」

「何だか、僕たち良い友達になれそうだね。こんな状況だからこそ、深められる友情というのもあるのかもしれない」

 レクスは口元を緩めながら言った。

「秘密を共有すると、人は仲良くなれるって言う話は良く聞くな。俺的にはピンと来ない理屈だけど」

 俺は親友の伸吾の顔を思い出しながら言葉を続ける。

「まっ、友達になれるかどうかなんて勇気しだいだし、何事も怖がっていたら前には進めないだろ」

 俺は照れ臭そうに持論を口にする。

 不器用なところが多い俺だけど、友達はちゃんと作れる。だから、新しいクラスになっても、怖くはない。

 それだけに友達のできない奴の辛さが、俺には今一つ分からなかった。もし、分かっていたなら、こんな無神経な台詞は吐けなかっただろう…。

「同感だね。とにかく、普通にゲームをやってたら一度くらいは剣を片手にモンスターと戦ってみたいとか思うもんじゃないの、姫倉さん?」

 レクスは愛想のない顔をしている姫倉に話を振った。

「かもしれないわね。それと、私のことも奈々子で構わないわよ。その方がネットゲーのハンドルネームみたいで格好良いし」

 姫倉はネットゲーをやったことがあるみたいだな。まさかオタクか?

「なら、これからはみんな、下の名前で呼び合おうよ。こんな状況だし、仲良くなっておくことに越したことはないから」

 そう提案したのは人懐っこさを感じさせる諏訪部、いや、美咲だった。

「賛成!」

 声高に言ったのは鳴瀬、いや、さやかだった。

 そんな話をしていると、俺たちは新たな扉の前に来た。結局、通路は三百メートルくらいの一本道だったわけだ。

 俺はもう怖じることなく、錆び付いた金属の扉を開ける。すると、漂ってくる空気がまたしてもガラリと変わった。

 そこには人がいたのだ。それも一人や二人ではなく、かなり大勢いた。

 普通に通路を歩いている人もいるが、中には壁に背を預けてだらけたように座っている男性や、通路の真ん中でお喋りをしている女性もいる。

 四人くらいで屯している人たちは、町の不良を思わせるな。

 とにかく、通路を行き交う人々には活気があった。

 その上、二倍くらい広くなった通路を歩いて行くと、横手に様々な店が軒を連ねているが見えるようになる。

 カウンターが通路に面している店もあり、棚には物騒な武器なんかが陳列されている。通行人も棚の前に立ち、しげしげと品物を眺めているし。

 他にも怪しげな薬が売られている店や路上で不気味なアクセサリーを売る露天商などもいた。食べ物を売っている屋台もある。

 俺は中東あたりの地下街を彷彿させる光景を見ながら目を瞬かせる。日本で似たような光景が見られるとしたら、アーケードの商店街だろうか。

 他にも、アメリカに住んでいた時に何度か足を運んだことがあるニューヨークの地下鉄なんかも思い出すな。

 ニューヨークの地下鉄の汚さには俺も参ったけど、色々な人たちが入り交じるような雰囲気はこの場所に近いものがある。

 そういうわけなので、町とでも呼ぶべきこの場所には匂いがあった。それも今までの生活では決して感じ取ることのできなかった匂いだ。

 俺はすれ違う様々な色をした髪や肌の人間を見る。

 中には耳が尖っているエルフのような人がいたり、短躯な体をしたドワーフのような人もいる。

 角を生やした人はまるでオークみたいだ。

 もちろん、普通の人間もいる。

 どうやら、この町には典型的なファンタジー物の作品のように色んな種族がいるみたいだ。その上、彼らはみんな肌が露出した開放感のある服を着ているし、まるで真夏の格好だ。

 確かに、今、俺たちがいる場所は蒸し暑さを感じる。これでギラギラした太陽が見えれば本当に夏と言って良いだろう。

 ただ、空は見えないし、壁にも囲まれているので、季節なんて分かりはしない。

 何にせよ、ここはアンダーグラウンド的な場所みたいだな。漂ってくる雰囲気が、それを如実に物語っているし。

 他にも、通路の端で水晶やタロット、テラフィムなどを使っている占い師みたいな女性もちらほらといるから、オカルト染みている部分もある。

 ローブを着て、杖を持っている魔法使いのような人もいるし。

 俺たちは驚き戸惑いつつも、地下に無理やり押し込まれたような町を歩いていく。

 不思議なことにどう見ても日本人ではなく、しかも、人間ですらない人たちが口にしている言葉を俺たちは普通に理解することができた。

 更に俺たちも、その言葉を自然な形で話すことができるのだから驚くしかない。

「デジャビュかな。ここはリバイン・テイルにあったサンクリウム王国の王都の地下街を彷彿とさせるんだけど」

 そう言い出したのはレクスだった。

「俺もそう思う。町の雰囲気とか、建物の場所とかが、かなり似てるよな」

 偶然というわけではなさそうだ。

 ただ、この町はリバイン・テイルのゲームで再現されていた地下街よりも遥に広く、道も入り組んでいるようだった。

 とにかく、剣と魔法の世界のように武器や防具が普通に売られていることには驚嘆してしまった。

 やっぱり、俺も平和ボケしている日本人みたいだ。

「サンクリウム王国の王都って言ったら、地下にある迷宮のおかげで栄えている町よね?迷宮に挑戦するために世界中の冒険者が集まって来るし」

 そう言葉を差し挟んだのはさやかだ。

「良く知ってるな」

 俺は意表を突かれたような顔をする。さやかから、そんな話が聞けるとは思わなかったからだ。

「当然でしょ。アタシだってリバイン・テイルはやってたもん。あれって、本当に面白いわよね」

 さやかは胸を張った。

「リバイン・テイルなら私も友達に勧められたから、やったよ。そしたら、すっかりハマっちゃって。最近のゲームって、女の子もプレイできるくらい面白いんだよね」

 美咲も喜色を浮かべながら言った。それを聞き、俺は美咲にゲームは似合わないだろと思った。

 もっとも、スマフォのゲームだからな。

 テレビでもアイドルの女の子がパズルゲームの上手さを披露したりしてたし、ゲームは男がやるものという先入観はいい加減、捨てた方が良いかもしれない。

「私もあのゲームは相当、やり込んだわよ。迷宮では第五界層まで、辿り着いたし」

 自信を覗かせながら言ったのは奈々子だった。

 奈々子は教室でいつもスマフォを弄っているし、リバイン・テイルをやり込んでいたとしても不思議ではない。

「というと、俺たちは全員、リバイン・テイルのプレイヤーってわけか。何か因果関係がありそうだけど」

 俺たちに共通することがまた増えた。もっとも、まだ判断の材料になるようなものじゃないが。

 そんな話をしながら、俺たちは町の広場に辿り着いた。

 そこには噴水があり、ベンチのようなものもあった。天井には光る石がたくさん付けられている。

 なので、どこか開放的なものを感じた。

 他にも広場には掲示板もあって、そこにはサンクリウム王国の王都の地下街と書かれた案内図があった。

 俺たちはそれを見ながら、その場に立ち尽くす。

 サンクリウム王国という名前が出て来ると言うことは、やはり、リバイン・テイルとこの町は関係がある。

 それは確かなのだが「それが何なの?」と思わず自分にツッコミを入れてしまう。

 ちなみに俺たちは案内図に書かれている文字も読むことができた。

 間違いなく不思議な力が働いていると確信できたわけだが、だからといって判明することがあるわけじゃない。

 それと、地下街でもスマフォは使えた。地下街を歩いている間に専用の着メロが付いている伸吾からのメールも届いたからな。

 ネットとかも普通にできたし。

「やっぱり五人で固まって歩いてると、変な目で見られるわね。とりあえず、ここはバラバラに別れて情報収集をしてみない?」

 そう言い出したのはさやかだった。

「それは構わないけど、ちょっと危なくない?特に女の子は」

 レクスは懸念を滲ませる。

「私は別に良いわよ。この町がリバイン・テイルに出て来た王都の地下街ある程度、忠実に再現してるなら、勝手は分かるから」

 涼やかに言ったのは奈々子だった。

「そうだね。どのみち危険があるかもしれない迷宮を制覇しなきゃならないなら、ここで怖じ気づいているわけにはいかないし」

 美咲も奮起するように言った。美咲にまで乗り気な顔をさせられたら、俺も反対することはできないな。

「それもそうだな…」

 俺は少し逡巡してから言葉を続ける。

「よし、そういうことなら三十分後にこの場所に集合だ。ただし、危ないと思ったらすぐに逃げろよ。こんな場所でもスマフォは使えるみたいだし、何かあったら連絡してくれ」

 俺のリーダー風を吹かせるような言葉を聞いたみんなは、スマフォの電話番号とメールアドレスを交換する。

 それから、それぞれ別の方向に向かって歩き出した。

 残された俺は、案内図を睨みながら、どこに行こうか考える。その結果、酒場などが多い、歓楽街に行くことにした。

 リバイン・テイルでも酒場では貴重な情報が入手できたからな。

 そう思った俺は欲望を刺激するような明かりで照らされた通路を歩く。そこでは、異国の空気を漂わせる艶やかな女性たちが呼び込みをしていた。

 彼女たちは肌がかなり際どい感じで露出しているし、目のやり場に困る。

「そこの格好良い男の子。私の店で遊んでいかない?そしたら、たっぷりとサービスしてあげるわよ」

 まるでダーティーな映画に出て来る娼館の呼び込みだな。ベタな台詞もあったもんだ。

「俺は金なんて持ってないから」

 俺はボソリと言った。

「なーんだ、金なしか。なら、さっさと行っちまいな」

 途端に女性は冷たい口調で言うと、シッシッとあしらうように手を振った。これには俺も気分が悪くなる。

 確かにお金がないというのは困るな。もし、お金があれば武器とかも買えるわけだし。

 特に武器を扱っている店は多かったから、迷宮にはかなりの危険があると見て間違いないだろう。

 俺は外まで明かりが漏れている酒場なども覗いてみた。

 すると、柄の悪そうな男たちが、酒を飲みながら談笑していた。普通の人間ではない者も多く、中には牛の顔をしたミノタウロスのような者もいる。

 なので、明らかに子供はお断りの場所という感じだった。酒を飲むわけではないとは言え、俺一人で入るには躊躇われるな。

 結局、俺は酒場に入ることができずに、更に歓楽街の奥に進むことにとした。すると次第に店がなくなり、賑わうような声も遠くなっていく。

 そして、スラム街のような雰囲気が漂ってきた。通路にいるのも完全に人の姿をしていない連中だ。

 羽の生えたグリフォンのような獣や、野太い手を持つトロールのような大男、蛇の下半身を持つラミアのような女性もいる。

 他にも頭が幾つもある犬や、ガーゴイルに似た者もいた。更には可愛いらしい妖精もいて、宙に浮かびながら仲間たちと屯している。

 とにかく、人間がいたら、襲いかかってきそうな雰囲気を連中は持っていた。

 もっとも、人間の言葉を口にしているのだから、話が全く通じない相手ではないんだろうけど。

 まあ、ここは完全に人外の連中が住む場所だな。ファンタジー物のゲームに出て来る敵モンスターを彷彿とさせる奴が多いし。

「そ、そこのお兄さん、私の宿に泊まっていきませんか?」

 人間でない連中に絡まれないようにビクビクしながら歩いていると、不意に背後から声をかけられる。

 俺が頭に電流が流れたような顔で振り向くと、そこには栗色の髪をした女の子がいた。肌も白く、これと言った特徴もないので普通の人間にしか見えない。

 なので、俺も安堵してしまった。

 良く見ると、女の子の年齢は十四才くらいで、かなりの美少女と言って良かった。

 そして、そんな女の子の後ろには〈赤貝亭〉と書かれている宿屋のような看板が出ている店がある。

「いや、俺、金持ってないから」

 また邪険にされたら嫌だなと思いつつも言った。

「そうなんですか?」

 女の子は目を丸くする。

 お金もないのに、歓楽街の奥にあるような場所を歩いているのを不思議に思われたのかもしれない。

「うん」

「なら、お料理だけでも良いから食べていってください。もちろん、お代は頂きませんから」

 つまりタダってことか。そいつは太っ腹だな。もっとも、女の子の腹回りは細いけど。

「そう言われても…」

 何か裏があるんじゃ?と不安になる。

 いかがわしい店をたくさん見て来た後だと尚更だ。

 とはいえ、迷宮を制覇するためには宿は重要な場所になるからな。特にゲームの世界なんかでは。

 なので、これまでの流れを考えると、宿を確保しておく必要性も出て来るかもしれない。

「別に取って食うつもりはないから安心しな、兄ちゃん。それとも、他の店の高くて不味いメシが食いたいのか?」

 店の中から小鳥のような何かが羽をはばたかせながら現れる。良く見ると、それは鳥などではなくトカゲに似た顔を持っていた。

「ど、ドラゴン」

 俺は小さくはあるが、紛れもないドラゴンを見て目を点にする。

 今更、ドラゴンが出て来たところで別に驚くべきことではないが、こいつからはどこか神秘的なオーラを感じてしまったのだ。

 ドラゴンは人間の憧れを誘う生き物だという言葉を俺はこの時、理解した。

「なに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして驚いてるんだよ。もしかして、ドラゴンを見るのはこれが初めてか?」

 ドラゴンは口の端を吊り上げた。

「そうだけど」

 何とも表情が豊かなドラゴンだ。

 しかも、人間のように流暢に喋ると来ている。捕まえてペットショップに売り飛ばしたら、良いお金になりそうだ。

「なら、覚えておいてくれ、おいらは魔竜ジャハナッグだ。呼びにくければ、ナッツでも構わないぜ。ところで、お前、見慣れない服を着ているが、どっから来たんだ?」

 魔竜ジャハナッグと言えば、リバイン・テイルでは冒険者に色々なアドバイスをしてくれる親切なドラゴンだったはずだ。

 ただ、ゲーム中ではその親切さには裏があるような描かれ方をしていた。

 とはいえ、俺よりもゲームを先に進めていた連中の話では最後まで、その本性を現さなかったみたいだけど。

「どこって言われても」

「嫌なら、無理に言わなくても良いって。ただ、冒険者の都、サンクリウム王国の王都に来たからにはお前も迷宮を制覇してやろうとか思ってるんだろ?」

 良い読みしてるな。

 でも、この地下街にいる人たちはどこから来たんだろうと俺は思う。

 たぶん、学園にある入り口とは、別に地下街の外に通じているような入り口があるに違いない。

「そんなところだよ」

「言っておくが、制覇への道のりは果てしなく険しいぜ。おいらも数多くの冒険者を見て来たが、迷宮の制覇に挑戦して、生きて帰って来れた奴は少ないし」

 ジャハナッグ、いや、ナッツはわけ知り顔で言った。

「そうなの?」

「ああ。だから、実際に迷宮を制覇した奴なんて聞いたこともねぇよ」

 やっぱり迷宮はかなりの危険が伴う場所らしいな。もっとも、そうでなくては面白くないんだろうけど。

「ふーん」

 俺は済ました顔をしたが、背中では汗を掻いていた。

「特に第一界層にはボスのダークドラゴンがいるからな。ま、最近の冒険者は第一界層のボスすら倒せない奴がほとんどなんだ」

「そういうことね」

 俺たちがドラゴンに勝つなんて、どう考えても無理だろ。それどころか、ゴブリンにも歯が立たない気がする。

「とにかく、迷宮に潜りたければ、この宿を拠点にしてくれよ。エルシアは商売女じゃない良い奴だからさ。しかも、エルシアの作るメシはとっても旨いんだ」

 ナッツは自分のことでもないのに自慢げに言うと言葉を続ける。

「ちなみにおいらもこの宿で世話になってる身だ」

 ナッツはお腹を突き出しながら笑った。まあ、そういうことであれば、喜んでお世話にならせて貰おう。

 あと、エルシアと言うと、サンクリウム王国の王女でありながら、赤ん坊の時に地下街の住人に預けられたというエルシア・エルフリード王女のことだろうか。

 ゲームの設定ではそうなっていたけど。

「分かったよ。なら、また次の機会に料理を食べさせてくれないかな、エルシア?」

 俺がそう言うとエルシアは可愛らしい笑みを浮かべる。不覚にもエルシアの笑みを見て、胸が高鳴ってしまった。

「はい。では、貴方に善神、サンクナート様のご加護があることを祈っています」

 エルシアは溌剌とした声で言った。

 ちなみに善神サンクナートはサンクリウム王国を邪神ゼラムナートの魔の手から守った立役者だ。

 なので、サンクリウム王国の人々からは守り神として崇められている存在だった。

 ただ、サンクナートがゲームの中で登場することはない。あくまで設定の上だけで、存在しているキャラクターと言える。

 ま、現時点では実体のない者を宛てにするわけにはいかない。

「ありがとう」

 そう言うと、俺は温かな気持ちで、エルシアの宿を後にした。

 

 時間になると、俺たちは広場で合流した。

 一人も欠けることなく集まることができたことには俺もほっとしているのだ。それから、俺たちはとりあえず奈々子の提案で冒険者の館に行くことになった。

 冒険者の館では、迷宮に挑む初心者に色々なことを教えてくれると言うからな。

 なので、奈々子に道案内をされながら俺たちは歩いてく。

 すると、かなり立派な扉の前に辿り着いた。その扉は館と呼ぶに相応しい雰囲気を漂わせている。

 そして、いざ扉を開けると、そこは広間になっていた。

 天井からは豪奢なシャンデリアが吊され、床には華美な赤いカーペットが敷かれている。ソファーや緑豊かな観葉植物なども置かれていた。

 その上、広間には武器を所持しているいかにも冒険者といった感じの人たちがいて、広間に取り付けられた大きな掲示板を見ていた。

 掲示板には迷宮での仕事を依頼する紙がたくさん貼り出されている。

 冒険者の館の仕事をやり遂げればお金を貰えるというのはリバイン・テイルと同じだな。もちろん、普通のギルドでも仕事は引き受けられたけど。

「待っておったぞ、サンクフォード学園の少年少女たちよ」

 大きな杖を持ち、フード付きのローブを着た男性が、少し居丈高な感じで言った。

「えっ?」

 俺は間の抜けた声を漏らす。

「私はこの館の館長を務めているウルベリウスという者だ。これでも、昔は王宮に仕えていて賢者として称えられていた。もっとも、今は冒険者たちの育成に力を注いでおるが」

 男性、いや、ウルベリウスは蓄えられた白い顎髭を撫でながら言った。

「はあ」

 賢者と言われたウルベリウスならリバイン・テイルにも出て来る。

 でも、ゲームでは冒険者の館ではなく宮殿にいて、第三界層のボスを倒すために魔法による力を貸してくれる。

 第四界層を攻略していた俺も当然のことながらそのボスは倒してある。が、奴はとんでもない強さだった。

 もし、あんなボスと現実に戦うことになったらと思うとぞっとするな。

「とにかく、あるお方から、お前たちに冒険者にとって必要な物を渡すように頼まれた。だから、私の後を付いてきなさい」

 そう言うと、ウルベリウスは困惑する俺たちを余所にスタスタと広間を横切るように歩き出した。

 そして、扉を幾つも潜って、ある部屋に俺たちを連れてくる。

「この倉庫には武器や防具、薬などがある。これらの物は自由に使って構わないし、迷宮の探索に役立てると良い」

 ウルベリウスはたくさんの武器や防具が置かれている倉庫を見せながら言葉を続ける。

「それと、これは迷宮に入るための許可証だ。迷宮に入る際には門の扉の警備をしている兵士にこれを見せなければ駄目だぞ」

 ウルベリウスは手帳のような物を俺たち全員に渡すと「他に聞きたいことがあれば、館にいるスタッフに尋ねると良い。そうすれば親切に教えてくれる。では、お前たちの活躍を楽しみにしておるぞ」と言って足早に去って行った。

 一方、残された俺たちは呆けたような顔をしていたが、我に返ると置かれている武器を調べ始める。

「ここにある武器はみんな本物みたいだね。実物の剣なんて、僕も久しぶりに見たよ。たいした迫力だ」

 そう感嘆したように言ったのはレクスだ。実物の西洋の剣を見るのは俺も初めてだ。

「槍とか斧もあるけど、私たちじゃ、とても扱えそうにないね。用意してくれた人には悪いけど」

 美咲は、壁に括り付けられた斧を見ながら言った。そんな美咲は武器に囲まれた場所は居心地が悪いのかビクビクしている。

「それを言うなら剣だって同じよ。男の篤志ならともかく、アタシたちのような女の子じゃ振り上げることもできそうにないし」

 さやかは剣の刃の部分を指でなぞるように触る。

「でも、迷宮にはモンスターがたくさん出て来るって言うのよ。それが本当なら、迷宮を制覇するには練習をしてでも、ここにある武器は使えるようになる必要があるんじゃない?」

 正論を言ったのは奈々子だった。

「僕もそう思うな。店に置いてあった武器はここにある物のより上等な代物だった。たぶん、ここにあるのは冒険者たちにとって、必要最低限の物でしかないんじゃないかな」

 レクスの指摘した通り、冒険者に最初に与えられるような武器だから、上等な物を期待するのは間違っているということだろう。

「だとすると、ここにある武器を使いこなせないようじゃ、良い武器を買っても意味はないってわけか」

 俺はブロードソードと思われる剣を見ながら言った。

「そういうこと」

 レクスは笑いながら頷いた。

 すると、いきなり俺たちのスマフォが揃って、振動する。俺たちは再び一斉にポケットからスマフォを取り出すと、送られてきたメールを見た。

『無事に冒険者の館まで辿り着けたようだな、諸君。言い忘れていたが、君たちにはリバイン・テイルのプレイヤーキャラのステータスを反映した力が与えられている。だから、自分に合った武器を選べばちゃんと使いこなせるはずだ。それを踏まえた上で、冒険の準備をしてくれたまえ(笑)』

 このメールに書かれていることが確かだとすると、俺たちには武器を扱う技術も備わっていると言うことか。

 俺の体に特に変わった点は見当たらないけど。

 それと、リバイン・テイルの名前が出て来たと言うことは、このメールの差出人のデモットはリバイン・テイルの制作者のデモットと同一人物とみて間違いないだろう。

 デモットが何を意図し、何を俺たちにさせようとしているのか、それは今の俺には分からない。

 ただ、誰もいないところから視線を向けられているような薄ら寒さは感じる。

「確かリバイン・テイルでは武器の熟練度があったよね。あれは装備した武器を使えば使うほど、敵に与えられるダメージが増えるようになっていたけど」

 レクスの言う通り、リバイン・テイルでは剣を使えば、剣の熟練度が上がっていく。そうすればどんな剣を使おうと、ダメージは熟練した分だけ上がるのだ。

「ということは、アタシは弓を自分の武器として選べば良いってこと?アタシは弓道部じゃないし、はっきり言って、弓を扱う自信なんて全然ないんだけど」

 さやかは貧弱そうな弓をじっくりと眺める。

 俺もゲームでは弓を馬鹿にしがちだ。ただ、リバイン・テイルではどんな武器を使っても、不公平感なく戦えるようになっている。

「私は主に魔法を使っていたから、武器はロッドで良いんだよね。戦う時は攻撃魔法を使えば良いわけだし」

 美咲は魔法が使えるのか?

「確か魔法にも熟練度があったわよね。クレリックに属する魔法を使っていれば、クレリック全体の魔法の効果が高まるから」

 奈々子の説明した通り、魔法にはソーサラ、クレリック、エンチャント、サモンの四つの系統がある。

 どの系統の魔法をメインに使うかによって、熟練度の差が開き、魔法使いとしての個性も決まるのだ。

「まあ、とりあえず武器を装備してみたらどうだ。そしたら、さやかには試しに矢を打って貰う。そうすればはっきりするだろ」

 俺は少し急かすように言った。

 そして、その言葉に促されるように、さやかも弓を手にすると、慣れた手つきで矢をつがえて、それを壁に向かって放つ。

 その矢は真っ直ぐに壁に突き刺さった。

 それを受け、さやかは続けて何本も矢を放った。すると、矢は全て同じところに突き刺さる。弓道部も真っ青になりそうな腕前だ。

「凄い、狙い通りの場所に矢が飛んでいった!こんなに堅い弓弦の弓も簡単に引けるし、嘘みたい」

 さやかは目から鱗と言った感じで、はしゃぎながら笑う。これには、俺たちも瞠目してしまった。

 それから、俺たちは自分に扱えそうな武器を手に取ろうとする。

「まあ、こういう状況なら、何があっても驚くべきことじゃないんだろうけど、こんな重い剣を軽々と振れるなんて、ちょっと信じられないよ。もっとも、僕の得意な武器は素早さを生かせる小剣だと思うけどね」

 自分の身長と同じくらいの長さがある大剣を軽々と振っているレクスはそう言った。確かに、レクスの手にした大剣は普通だったら大男でもない限り満足には振るえないだろう。

 それを考えれば、今のレクスに備わっている膂力はたいしたものだし、俺たちの力は本物みたいだな。

「私もイメージしただけで、大きな炎の球を作れたよ。なんか掌から目に見えないエネルギーのようなものも流れ出してるし、目眩がしそう」

 頬から汗を垂らしている美咲の掌には、なだらかな表面を見せるサッカーボールくらいの大きさの炎の球があった。

 その炎の熱は俺のところにまで伝わって来たし、初めて魔法の力を見た俺も手が汗ばむのを感じた。

「これならモンスターともまともに戦えるかもしれないってことか。少しは楽しくなりそうだな」

 普通の剣を手にした俺は愁眉を開くように言った。

「戦う力があるなんて判断するのはまだ早いわよ。何しろ、私たちはまだモンスターを見たことがないんだから」

 鋭くツッコミを入れたのは奈々子だ。

「それもそうだな。いざ戦ってみなければ、どうなるかは分からないし。とにかく、ここでゲームで使っているのと同じ系統の武器や防具を装備しておこう」

 そう言うと、俺は制服の上から軽そうな胸当てを身につけた。他の奴らも、自分に合った装備を選んでいく。

 こうして、俺たちは迷宮に挑む準備を整えたのだった。

 

 装備を調えた俺たちは冒険者の館を出ると、迷宮に向かうことにした。

 迷宮の入り口は町の大通りの一番、奥にあるらしい。そこが迷宮の第一界層の入り口だと冒険者の館にいたスタッフから聞いている。

 そして、俺たちはどこか牢獄を思わせる門の扉の前に辿り着く。扉の横には武器を持った兵士のような人たちがいた。

 冒険者のような人たちも立ち話をしている。

 俺たちが迷宮に入りたいと言うと、二人の兵士は許可証の提示を求めてくる。

 なので、俺たちが揃って許可証を見せると、片方の兵士は扉の横にあるレバーを引く。するとガラガラという金属が強く擦れ合う音を立てながら扉は開いた。

 これくらい頑丈そうな扉なら、モンスターもそう簡単には町に入れないだろう。

 それと、一度に迷宮に入れるパーティーの人数は原則として五人までらしい。それを考えると、学園に閉じ込められた生徒が五人だけというのも合点がいく。

 俺たちは緊張感を漂わせながら、迷宮の中に足を踏み入れる。

 そして、入り口の階段を下りた先にあった迷宮の通路の横幅は、町にあった通路より少し狭いくらいだった。

 このくらいの広さなら五人いても邪魔にならずに戦える。壁にも光る石が取り付けられているので、明かりの心配をする必要はないし。

 俺たちは何が出て来ても良いように警戒しながら、通路を進んでいく。すると、通路が二つに分かれた。

 俺たちはとりあえず右に行ったが、また通路が別れた。

 どうやら迷宮の通路は迷路のようになっているみたいだな。道に迷ったりしたら大変だぞ。そんなことを考えていると、通路の奥から、武器を手にした何者かが現れる。

 良く見れば、それは人間ではなく、肌は緑色で顔はトカゲのようだった。間違いない、あれはリザードマンだ。

 しかも、六匹もいる。

 まあ、これがゲームだったら後れを取るような相手じゃないが、現実は違うだろう。ただ、こいつらに勝てないようなら、迷宮の制覇なんて夢のまた夢だ。

「アタシたち、こんな奴らと戦わなきゃいけないわけ!」

 そう、焦ったような声を出したのはさやかだ。

 俺だって、リザードマンのギョロッとした目を見ると、気圧されそうになる。そこらにいるただ粋がってるだけの不良を相手にしているのとはわけが違うし。

 その証拠に、リザードマンの目にあるのは紛れもない殺気。

 生まれてこの方、殺気など向けられたことがないであろう俺たちに臆するなと言う方が無理がある。

 だが、ここで退いたら男じゃない。いや、性別なんて関係なく、生き残るためにここは勇気を出して立ち向かうべきなのだ。

 俺はとりあえず肩の力を抜くと、自然体とも言える動きで鞘からスーッと剣を引き抜いた。厚みのある剣の刀身が壁に取り付けられている石の光りを反射して輝く。

 この美しい輝きを血で染めるのは、剣だけでなく己の心すら汚しているようで、あまり良い気分はしない。

 が、そんな弱腰なことを考えていては、とても戦うことなどできないだろう。気持ちを切り替えなければ。

 一方、攻撃する姿勢を見せた俺たちに対し、リザードマンたちは剣や槍、斧などを振り上げて、一斉に襲いかかってきた。

 怒濤のように押し寄せてくるリザードマンたちを見て俺も逃げ出したくなる。幾ら、戦える力を与えられていると言っても、怖いものは怖いからな。

 が、俺はそんな恐れを振り払うように腰を据えて剣を構えると、もう、どうにでもなれと思いながらリザードマンに斬りかかった。

 すると、半ば投げやりな気持ちで斬りかかったというのに、剣の刃は驚くほど鮮やかな弧を描いてリザードマンの体に食らいつく。

 斧を手にしたリザードマンの腕がザンッという音と共に肩から切り落とされた。

 その素晴らしいとすら言える太刀筋を見て、俺も目を見張る。どうやら、俺の剣を扱う腕は確かなようだ。

 俺が手応えのようなものを感じていると、流れるような動きを見せるレクスが鋭い切っ先を持つ小剣で、リザードマンの体を串刺しにした。

 しかも、その一撃はどんな生き物にとっても弱点となり得る心臓を貫いていたようで、たちまちリザードマンも崩れ落ちる。

 それは何とも鮮やかな手際と言えた。

 にしても、恐ろしいモンスターを相手に二の足を踏むことなく、的確な攻撃を仕掛けることができたレクスは見事としか言いようがないな。

 あまり意識することはできないが、精神的な面でも俺たちは強化されているのかもしれない。

 だからこそ、初めこそ恐れを感じていた俺も、今は戦いの状況を冷静に分析できるほど落ち着いていられる。

 俺がそんなことを考えていると、美咲も掌に作りだしたメラメラと音を立てる炎の球をリザードマンに放つ。

 おそらくファイアー・ボールの魔法だろう。

 ファイアー・ボールは真っ直ぐに飛来して剣を振り上げていたリザードマンに命中すると、ガソリンに火を付けたように勢い良く燃え上がった。

 たちまち高熱を帯びた空気が押し寄せてくる。

 それから、炎に包まれたリザードマンはもがき苦しみながら床を転げ回った。が、炎は消えず、そのリザトーマンの体はあっという間に黒焦げになってしまった。

 何というか戦争映画で見たナパーム弾を思い出すな。酸素を燃やし尽くすような炎はぞっとするものがあるし。

 肉の焼ける臭いを嗅いだ俺も、炭化したリザードマンを見てこういう死に方だけはしたくないなと思った。

 一方、さやかはみんなを援護するように離れた場所から攻撃に移れないでいるリザードマンに矢を放つ。

 それは武器を手にしたリザードマンの腕に寸分の狂いもなく突き刺さり、リザードマンの動きを停滞させた。

 おそらく、的にただ矢を命中させるだけなら、弓の練習をある程度している人間であればそれほど難しくはないはずだ。

 だが、動き回る敵に対して、しかも、ピンポイントに矢を命中させるのは至難の業なのではないかと思う。

 なので、それをこともなくやってのけたさやかの狙いの正確さは、達人の域に達していると言っても良いかもしれない。

 そして、さやかの作り出した隙を突くように槍を手にした奈々子が、腕を負傷したリザードマンの腹に鋭く尖った槍の穂先を抉り込ませた。

 視認することすら難しい槍の一撃を受けたそのリザードマンは、グエッと蛙が潰れたような声を上げて倒れる。

 しかも、奈々子の戦いぶりはたいしたもので、もう一匹のリザードマンも卓越した槍さばきで仕留めてしまった。

 そんな奈々子は水を得た魚のように楽しそうな顔をしている。

 確かに奈々子はキツイ性格をしているが、それでも男勝りと呼べるような女の子ではなかった。

 だが、今の奈々子は大の男と遜色ない、いや、それ以上の気迫を持ってモンスターとの戦いを繰り広げている。

 それは驚嘆に値した。

 俺も負けてられないと思い、すぐさま手負いのリザードマンを仕留めようとする。

 対するリザードマンの方は腕を切り落とされ、武器も手にしていなかったので俺を迎え撃つことができない。

 それを見て、俺も一瞬、リザードマンを逃がしてやりたいとも思ったが、すぐにそんな甘さは振り払う。

 ここで手心を加えていたら、他の奴らを危険に晒すことになる。

 しかも、迷宮を制覇しようとするなら、こんなモンスターがこれから山のように出て来るかもしれないのだ。

 それを考えれば、息をするのと同じくらいの感覚でモンスターは殺せなければならない。

 そして、俺の迷いを断ち切るような斬撃は、抵抗する術のないリザードマンの首に吸い寄せられるようにして迫る。

 肉に刃が食い込むような感触と共に、そのリザードマンの首は血飛沫を上げながら切断され、宙を舞った。

 それを見た俺も心に痛みが走る。

 モンスターを相手に情けは無用だと分かってはいる。いるんだが、どうしてもそう割り切ることができない。

 結局のところ、戦いにおいて殺さなければならないのは己の感情かもしれないな。

 そして、最後に残ったリザードマンは仲間の死に狼狽えつつ、背中を見せて逃走を図ろうとした。

 その判断は決して間違っていない。ただ、戦っても勝てない相手だと悟るには少し遅すぎたと言える。

 そんなリザードマンの背にさやかの放った三本の矢が同時に突き刺さり、リザードマンは前のめりに倒れた。

 ご丁寧にも、その内の一本はリザードマンの頸椎を貫いていたし。

 何にせよ、これがゲームだったらトリプルショットとかいう技の名前が付きそうだな。幾ら練習しても普通の人間には決して真似できない芸当だ。

 とにかく、非力な武器だと見なされがちな弓も、扱い方、次第で一撃で敵を葬り去ることができるというわけか。

 弓と魔法は使い方を良く研究する必要がありそうだな。

 そして、最後のリザードマンがピクリとも動かなくなると、辺りが静まり返る。誰の目から見ても俺たちの完勝だった。

 それから、全てのリザードマンを倒した俺たちは、とりあえずほっとしたような顔をする。当の俺自身も戦いの高揚感に胸が熱くなっていた。

「何とか、勝てたね。初めはどうなるかと思ったけど、ちゃんと戦えるような力が備わってて良かった」

 レクスは息を弾ませながら言った。

「俺もまるで自分の体じゃないみたいな動きができたことには驚いてるよ。誰が与えた力にせよ、助かったのは事実だな」

 剣の腕だけでなく、身体能力も格段にアップしているようだった。今の俺がスポーツテストをやったら、どんな記録が出るか。

「アタシなんて、三本の矢を同時にリザードマンに命中させたのよ。神業と言って良いんじゃない?」

 さやかは得意そうに笑った。

「私は何だか自分の力が怖いよ。ちょっとした拍子に誰かを傷つけちゃいそうだし、気を付けなきゃ」

 美咲は青い顔で言った。

 まあ、使える魔法がファイアー・ボールだけではないのは確実だろう。是非とも他の魔法も拝見させて貰いたい。

「私は全然、物足りなかったわね。自分の力を推し量るにはもっと手強い相手と戦わないと」

 奈々子はどこまでもクールだった。

 俺たちが勝利の余韻に浸りつつ、そんな話をしていると、またしてもスマフォが振動する音が鳴る。

 ただ、今度はみんが一斉にスマフォをポケットから取り出すことはなかった。現に俺のポケットにあるスマフォは振動してないし。

 すると、美咲がどこか恐れを感じている顔でスマフォを取り出した。そして、スマフォを耳に近づけると、小さく分かりましたと言った。

「みんな、会長がそろそろ学園に戻ってきて欲しいだって」

 美咲の言葉に、まだ戦いたいと思っていた俺も冷静になり、ここは一端、学園に戻った方が良いなと判断した。


「君たちが無事に戻ってくることができて良かった。俺としてもこんなに気を揉んだのは久しぶりだぞ」

 学園に戻ってきた俺たちに、そう労うような声音で言ったのは生徒会室にいる斎禅会長だ。

 その横には藤村と、なぜか生活担任の寺島洋一先生がいた。

 ちなみに武器や防具は、冒険者の館に置いてある。館のスタッフが言うには、あの倉庫は俺たちが自由に使って良いものらしい。

「私も斎禅君からは一通りの話は聞いている。とんだ災難に見舞われたものだね、みんな」

 ピシッとしたスーツを着た三十才くらいの男性、寺島先生は柔らかな笑みを浮かべながら言った。

 俺はこの先生のことはあんまり良く知らないんだよな。素行が悪いわけではないので、俺も生活担任のお世話になんてならないし。

「ええ」

 俺はぎこちない笑みを浮かべる。

「寺島先生は今回のことを内密にしてくれると言ったし、この俺以上に君たちの力になってくれるだろう。そこら辺は信用してくれて良い」

 斎禅会長と同じように、寺島先生も迷宮へと続く扉を見たから信じてくれたのだろうか。

「分かりました」

 斎禅会長がそこまで言うなら、信用するしかないな。

 まあ、教師の中にも理解者がいるというのは心強いし、寺島先生も俺の担任の坂上先生のようなスパルタ的な厳しさはないだろう。

「では、迷宮がどんなところだったか、報告して欲しい」

 斎禅会長が切り込むように尋ねてきたので、俺は迷宮の中で見たり聞いたりしたことを包み隠さず伝えた。

「なるほど。それが事実なら驚天動地としか言いようがないな。だが、いずれにせよ迷宮を制覇するまで、君たちがこの学園から出られないのは確実なようだ」

 そう言って、斎禅会長は眼鏡越しに目を光らせた。

「はい」

 俺は神妙な顔で頷く。斎禅会長が一緒にいてくれれば、迷宮の中でも適切な判断をしてくれただろうに。

 今の俺じゃ、他の四人を引っ張っていく力はないし。

「そんな迷宮が学園の地下にあるというのは由々しきことだ。私としては学園の生徒に危険が及ばないことを祈りたいが」

 寺島先生は憂慮するように言った。それを聞き、リザードマンの姿を思いだした俺はホントだよと言いたくなる。

「それは大丈夫でしょう、寺島先生。迷宮に足を踏み入れられるのは選ばれた生徒だけですから。俺としては選ばれる生徒が、これ以上、増えないことを祈るだけです」

 斎禅会長の言うことはもっともだ。

「斎禅君の言う通りだな。これ以上、学園の外に出られない生徒が増えたら、私や斎禅君の力を持ってしても隠しきれなくなるからね」

 寺島先生はそう言ったが、仲間が増えるというのは俺たちにとってはありがたい。

「ええ。とにかく、今日はこれでお開きにしましょう。篠澤君たちにはこの学園で寝泊まりする場所を提供しなくては」

 学校で寝泊まりするというのは少しワクワクする。

「五人もの生徒たちが寝泊まりできる場所を用意するのは少し難しいね」

 寺島先生は思案するように言った。

「部室棟の空き部室を使って貰うのはどうでしょうか?確か、一つだけ空き部室があったはずです」

 斎禅会長は腕を組みながら言った。

「それは良いね。なら、後日、斎禅君の方から空き部室を使用できるように学校側に申請して貰えないかな?」

 寺島先生の言葉に斎禅会長も質実な感じで頷く。

「分かりました。それなら、形の上では新しい部を設立したことにしておきましょう。部室の使用許可は寺島先生が出してください」

 斎禅会長は俺たちの心中を余所に、どんどん話を進めていく。

「任せてくれ。なら、設立する部の名前は君たちに決めて貰いたい」

 寺島先生の言葉を聞き、俺はこんな形で部活をやることになるとは、と思った。それから、斎禅会長は俺たちの顔を見回す。

 だが、誰も答えない。

「では、迷宮探索部と言うのはどうでしょう?」

 俺たちが何も言わないので、斎禅会長は何の捻りもない名前を口にした。

「そのまんまだね。まあ、良いよ。どうせ私が許可を出すんだから、どんな名前だって不都合はないさ。何にせよ、今日のところは、勝手に空き部室を使ってくれ」

 寺島先生は揚々と笑った。それを受け、斎禅会長は表情を引き締める。

「では、篠澤君たちは今日から、部室棟で寝泊まりして貰う。部室棟は建て替えられたばかりで部室の中も広い。五人でも何とか寝泊まりできるだろう。あと、必要なものがあれば、それもちゃんと揃えるから安心してくれ」

 斎禅会長の言葉には本当に安心できるものがあった。とはいえ、女の子と同じ空間で寝るというのは何だか疲れそうだ。

 そんなことを思っていると、寺島先生が付け足すように口を開く。

「あと、君たちの親御さんには私の方から、連絡しておく。君たちは今日から学園の寮で暮らすことになったと言ってね。だから、君たちの方からも、その手の連絡は親御さんにして置いて欲しい」

 生活担任の寺島先生なら、納得させられるような説明をしてくれるに違いない。ただ、この学園に寮などないはずだし、そこは上手く言いくるめて欲しい。

「そうします」

 俺は厄介なことになったと思いながら返事をする。すると、斎禅会長が改まったような顔をして口を開く。

「よろしい。では、今日から迷宮探索部の始まりだ。その部員である君たちは一刻も早く、迷宮を制覇すること。でなければ、元の生活は戻ってこないぞ」

 所詮は人事に過ぎない斎禅会長は何とも楽げに言った。



 エピソードⅡに続く。




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