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エピソードⅡ

 エピソードⅡ 迷宮への挑戦


 色々な意味で衝撃的だった一日が終わり、次の日になる。

 俺は朝の教室で、ぼんやりと春の空を眺めていた。どこまでも澄み渡る青い空を目にすると、心も少しだけ明るさを取り戻した。

 教室を見ると、いつも通りの日常がそこにはあったし。俺が経験したことなど、みんな知る由もないだろうな。

 なので、穏やかな喧噪に包まれる教室にいると、つい、昨日のことは夢だったのでは思ってしまう。

 もっとも、そんな風に現実逃避していては一生、学園から出られなくなるかもしれない。そうなったら、俺の人生は終わりだ。

 いや、終わってくれないから、困ることになるんだろうけど。

 現に今日の朝、俺は校門を潜ろうとしたが無理だったし。こんな状況がいつまでも続くのかと思うと先行きが不安になる。

 とにかく、リバイン・テイルを製作したのがサンクフォード学園の生徒だという噂が確かなら、この状況を作り出した人物は、この学園にいると言うことになる。

 だとすると、その人物が素知らぬ顔をして、この教室にいるということもあり得るのだ。そう考えると何だか怖いが、まあ、その辺は推測の域を出ないな。

 ちなみに、昨日は本当に部室棟の空き部室で寝た。

 寝袋は運動部が使っていた物を勝手に借りてきたのだが、寝心地は自宅のベッドの方が断然、良い。

 ただ、女子と同じ空間で寝ていたことに対する抵抗感のような物は全くなかった。精神的に疲れ切っていたので、女子たちを意識する余裕もなかったのだと思う。

 それとも、一緒に暮らすことになった彼女たちに、どこか家族に近いものを感じていたのか。

 いや、昨日、顔を合わせたばかりの連中に、そんな思いを持つのはおかしいよな。考えすぎだ。

 とにかく、いつまで学園に閉じ込められたままになるのかは見当も付かないが、今は何とかなると信じたい。


「よっ、ロディ。随分と疲れ切った顔をしているが、どうしたんだ?」


 景気の良さそうな声と共に悩みとは無縁の顔で話しかけてきたのはルークだった。


「別にどうもしないよ」


 知らぬが仏とはこのことかと、俺は心の中で長息を吐いた。


「そうか。てっきり、夜遅くまでテレビゲームをやっていたのかと思ったぜ。テストですら一夜漬けで乗り切ろうとするお前が、普段の日に勉強するなんてあり得ないことだからな」


 ルークは俺の心中など知らずに軽口を叩く。ま、こいつの言う通り、現時点では勉強する気なんてまったく起きないわけだが。


「ゲームマニアのお前じゃないんだし、疲れ切るまでテレビゲームなんてやるわけがないだろ」


 俺は無理に強がって見せる。寝るのも忘れるほどテレビゲームに夢中になったことなんて、ここ数年ないな。


「違いない」


 ルークはニヤッと笑った。


「こんなことを聞くと、おかしな奴だと思われるようで嫌なんだけど、もし俺が学園から出られなくなったとしたらどうする?」


 俺は全てを打ち明けてしまえば楽になれるかもしれないと思って、そう切り出した。


「学校の怪談じゃあるまいし、そんな馬鹿な話があるかと笑い飛ばすな」


 ルークは鼻を鳴らす。

 こいつはミステリーやオカルトの類いは全く信じてないのだ。特に宗教なんかは毛嫌いすらしているし。


「だよな。お前に相談しようとした俺が馬鹿だったよ」


 ジェイク会長も俺たちの身に起きていることは内密にしてくれと言っていたからな。


「いや、冗談だって。普通の相談なら、幾らしてくれても構わないんだぜ。俺たちは親友なんだし、俺だってできる範囲のことなら力になるつもりだ」


「そっか」


 俺が逆の立場だとしても、そう言っていたはずだ。困っている親友を見捨てるほど薄情にはなれないし。

 果たして、学園に閉じ込められたのがルークだったら、今日の朝は一体どんな顔をしていただろうか。


「ただ、くだらない冗談なら付き合うつもりはない。俺は自分が冗談を言うのは好きなんだが、他人の冗談を聞くのは嫌いなんだ。長い付き合いだし、それくらいは知ってるだろ?」


 ルークの言葉に俺は少しだけ疲れが取れた気がした。やっぱ、ルークはこうでないと。


「そうだったな。でも、そういうところはお前らしいよ」


 俺は力なく笑った。笑うのがこんなに難しく思えた時もないな。


「だろ。何にせよ、お互いに水臭いのは無しにしようぜ。お前に元気がないと、俺も調子が狂っちまうからな」


 そう言って笑うと、ルークは自分の席に戻って行った。ルークのような親友がいてくれたことは俺にとって、かけがえのない財産かもしれない。

 俺はルークの背中を見送ると、離れた場所で座っているイリーナの方に視線を向ける。イリーナは特に変わった様子もなくいつものようにスマフォを弄っていた。

 クールというか何というか、あいつにも心を許せる友達がいたら、きっと笑った顔も見せてくれるに違いない。


                  ☆


 昼休みになると、俺は購買でパンを買った。

 それから、図書室で新刊コーナーに置かれている文庫本でも読もうかと思っていると、スマフォが振動する。

 メールはレクスからのものだった。

 ちなみにレクスたちだけでなく、ジェイク会長やベティーとも電話番号やメールアドレスの交換は済ませてある。

 ジェイク会長も連絡は積極的に取り合うべきだと言っていたし。

 俺はレクスの部室に来てくれと言うメールを見て、仕方なく部室棟に足を向ける。

 渡り廊下を通り、真新しい壁を見せる部室棟の中を歩いて行くと、三階にある迷宮探索部というネームプレートが貼り出された部室に辿り着く。

 そして、俺が部室を開けると、そこは昨日とはまるで違っていた。


「やあ、ロディ。君が来るのを待ってたよ」


 そう言って、柔らかな笑みを向けてきたのはレクスだった。その顔には俺のような疲れは全く見られない。


「そうか。でも、良くこれだけの物を揃えられたな。あの殺風景だった部室が、ここまで様変わりするとは思わなかったぞ」


 部室の中にはベッドやスチール製の本棚、長テーブルなどが置かれていた。他にも、テレビやパソコンもある。たいした、充実ぶりだな。


「全部、ジェイク会長のおかげだよ。会長が必要な物を全て揃えてくれたんだ。特にこの三段ベッドは良いだろう?昔、運動部の部室長屋に置かれていた物らしいね」


 レクスの視線の先にはかなり大きめのベッドがあった。高さもあったし、これなら三人は普通にベッドで寝られるな。


「へー」


 さすがジェイク会長と言うべきか。その手腕は高く評価されるべきものだな。

 テレビに出て来る政治家も、ここまで親身になってくれれば選挙にも行ってやろうと思えるのに。


「言っておくけど、ベッドを使うのはアタシたち女子だからね。ロディとレクスは昨日と同じように寝袋を使うのよ」


 そう突き落とすような感じで言ったのは、エレインだった。

 これには俺とレクスも苦い笑みを浮かべる。ベッドを誰が使うのかは、公平にジャンケンで決めろよと言いたくなる。


「そんなことだろうと思ったよ。でも、テレビやパソコンがあるのは良いよな」


 俺的にはパソコンはもう一台くらい欲しいところだ。


「パソコンはネットもできるようにしてあるよ。テレビも小さいけどデジタルに対応してるから、ほとんどのチャンネルは映るし。これで夜の恋愛ドラマも見られるね」


 そうニコニコしながら言ったのはアンジェリカだった。女子たちと、見る番組を奪い合うようなことにはならないと思うけど。


「なら、退屈はしなさそうだ」


 俺はさっそくテレビを付けてみたくなった。


「他にも電動ポットや電子レンジ、小さな冷蔵まであるのよ。至れり尽くせりとはこのことじゃないの?」


 エレインは「カップヌードルが食べられるのは良いわよね」と付け加えるように言った。まあ、これから暑くなってくるし、部室で冷えたコーラが飲めるのはありがたい。


「何か、ここまでして貰うなんて、ジェイク会長には悪いよな。あの人にとっては俺たちの抱えている事情なんて人事だろうに」


 俺もジェイク会長には頭が下がる思いだ。


「き、気にしないでください。今回の一件を一番、楽しんでいるのはたぶん会長ですから」


 そう言い出したのは迷宮探索部の人間ではないのに部室にいたベティーだった。


「そうなの?」


 俺は迷惑してるんじゃないかと思っていたので意外そうに尋ねる。


「ええ。会長も自分が迷宮を探索できないことについては凄く悔しがっているんです。なぜ、自分が選ばれなかったのか、と言って」


 ベティーは固い笑みを浮かべた。


「なるほどね」


 ジェイク会長の性格なら、それもあり得るだろうな。

 きっと、少しでも良いから、奇跡的な体験をしている俺たちに関わりたいのだろう。

 そうすれば自分も同じ体験をする方法が見つかるかもしれないと思っているに違いない。

 まあ、俺だって代われるものなら代わって欲しいくらいだからな。その相手がジェイク会長なら、何も文句はない。 


「ですから、バックアップは会長と、私たち生徒会に任せてください。悪いようにはしませんから」


「分かった。じゃあ、必要な物が増えるようであればベティーに伝えるよ」


 ベティーも生徒会にいるだけあって、しっかり者らしいな。まあ、それくらいでなければジェイク会長の下では働けまい。


「そうしてください。ちなみに迷宮探索部はしっかりと文化部として、登録されているので部費も降ります。なので、部費はみなさんが自由に使ってください」


「助かるね」


 まあ部費が降りると言っても学園から出られないんじゃ自由に使えるとは言えないよな。こういう時にネット通販を利用すると良いかもしれない。


「でも、この状況が長引くようなら、生活費はマクミラン先生が私たちの家から徴収するって言うのよ。だから、お小遣いも含めて、生活費は先生が管理するみたいね」


 少し複雑そうな顔で言ったのはエレインだ。


「生活費の徴収はしょうがないよな。でも、そうなると、学園で生活するのに金銭面で困ることはないってわけか。他に何か問題はあるのか?」


 俺は何とはなしにベッドの天辺を見ながら言った。


「お風呂はないけど、運動部が使ってるシャワー室はあるし、洗濯物なんかはグローリーさんがクリーニングに出してくれるって言うから、問題はないんじゃないかな」


 アンジェリカの顔には不安の色はなかった。ただ、問題がないかどうかは、もう少し長く生活してみなければ分からない。


「抜かりはないってわけか」


 ま、手筈を整えたのはあのジェイク会長だからな。間違いはないと言うことだ。


「そういうこと。でも、昨日は広く感じられた部室も、こう物が置かれると、狭く感じられるよね。部室棟が建て替えられてなかったらと思うと、ぞっとするよ」


 レクスの言う通り、新しい部室棟の部室でなければ、この三段ベッドは絶対に入らなかったに違いない。運んだ奴も大変だったろうな。


「まったくだ」


 そう言って俺は話を締め括った。

 その後、俺は部室のテレビを見ながら、運良く購買で買うことができた人気のピザパンを食べる。

 レクスはLANケーブルが繋がれたパソコンでインターネットをやっていた。

 アンジェリカとエレインは長テーブルでティーカップに入った紅茶を飲みながらベティーと話をしていたし。

 そんな、アンジェリカたちが食べているお菓子はベティーが差し入れしてくれた物らしい。

 ベティーはアンジェリカたちに、自分は人付き合いが苦手なので、こうやってお茶を飲みながらゆっくり話せるのは嬉しいと言う。

 それから、ベティーは自分と普通に接してくれるのはジェイク会長だけだと寂しげに零した。

 それを聞き、アンジェリカとエレインはなら私たちと友達になれば良いと言い出した。ベティーも二人の言葉に目を潤ませて笑う。

 その様子を見ていた俺は苦笑しながら、こんな状況でもプラスになることはあるみたいだなと思った。

 やはり女子たちの友情は美しい。これが男子だったら、むさ苦しさしか感じないだろう。

 ちなみにイリーナは昼休みが終わるギリギリになって、部室に来た。こいつとはまだ距離を感じてしまうな。


                  ☆

 

 放課後になると、俺は再び部室に行こうとする。特別な用事がない時はなるべくみんなで部室にいることを決めたからだ。

 でないと、不測の事態が起きた時に対応できない。だが、そんなことはまるで知らないルークがいつものように話しかけてくる。


「よっ、ロディ。一緒に帰ろうぜ」


 ルークは俺の肩を軽快に叩いた。


「悪い。部活があるから今日は駄目なんだ」


 俺は申し訳なさそうに言った。ルークとは一緒に帰ることも多かったからな。それができなくなるのは少し辛い。


「お前、部活なんてやってたのか?それならそうと、すぐに教えてくれれば良いのに」


 ルークは驚きに満ちた顔で言った。


「いや、昨日、入部したばっかりだったから、言いそびれたんだ」


 さてどう説明したら良いものか。

 親友のルークに嘘を吐きたくないのは確かだが、だからといって真実を告げるわけにもいかない。

 俺ももう少し頭が良ければ気の利いた言葉で説明か、または誤魔化しができるんだけど。


「そっか。で、一体、どんな部に入部したって言うんだ?まさか練習のキツイ運動部じゃないよな?いきなり、青春の汗を流したくなったなんて言わないでくれよ」


 はっきり言って、俺は汗を流すのが嫌いだ。そんなことをするくらいなら、静かに本を読んでいた方が良い。


「違うって。ちゃんとした文化部だよ。名前は迷宮探索部って言うんだ」


 どうせ調べればすぐに分かることだから、本当の名前を教えてやった。ルークのことだから部室に遊びに行きたいとか言い出すかもしれないし。


「何だ、そりゃ?どんな活動をしているのか全く分からないんだが」


 案の定、ルークは素っ頓狂な声を上げた。


「まあ、お遊びサークルみたいなもんだよ。これと言ったことはやっていないし」


「そうか。でも、迷宮探索部って名前はないだろ。てっきり、この学園に迷宮でもできたのかと思ったぜ」


 その通りなのだが、例え真実を語ったとしても絶対に信じてはもらえないだろう。


「んなわけあるか」


 ここは強く否定しておく必要がある。ルークは巻き込みたくないし。


「だよな。でも、部員は誰なんだ?お遊びサークルって言うなら、お前一人ってわけじゃないんだろ?」


 そこは教えたくないんだよな。特に女子がいることを教えたらルークも必要以上に関心を示してくるだろうから。


「ああ。男子はレクス、女子はアンジェリカとエレインとウチのクラスのイリーナがいるよ」


 俺はできるだけ平坦な声で言った。


「へー、けっこうたくさん部員がいるんだな。しかも、思いっきり個性的なメンツじゃないか」


 ルークはまだ教室にいたイリーナの方を一瞥しながら、言葉を続ける。


「それにアンジェリカって、学園屈指の美少女として知られているあのアンジェリカ・コストナーのことだろ?」


 ルークは鼻の下を伸ばしながら尋ねた。


「そうだけど」


「そいつは羨ましいな。あんな美少女とお近づきになれるなんて。でも、人付き合いが悪いイリーナもいるのは驚きだ」


 とはいえ、イリーナも俺たちを拒絶しているわけじゃないからな。ちゃんと、コミュニケーションは取れるし。

 ただ、馴れ合いは好きじゃなさそうだ。


「俺もそう思うよ。とにかく、部活は毎日あるみたいだから、当分はお前と一緒に帰れない。悪かったな」


 こんな説明で納得してくれるだろうか。


「そういう事情なら別に構わないさ。その代わり、アンジェリカと仲良くなれたら、俺にも紹介してくれよな」


 ルークは特に気分を悪くした様子もなく笑った。こいつのこういう一面には俺も救われているんだよな。


「分かったよ」


 俺が頷くと、ルークは「せいぜい、上手くやれよ」と言って去って行った。


                 ☆


 俺が図書室で本を返してから部室に行くと、そこにはレクス、アンジェリカ、エレイン、イリーナの四人が揃っていた。

 四人とも部室の中でくつろいでいる。

 こんな空気は青春ものの小説でしか感じ取れないぞ。まあ、嫌いな空気じゃないけど。


「遅かったね、ロディ」


 レクスはパソコンから顔を上げて笑った。


「まあな。本を返さなきゃならなかったから、図書室に寄っていたんだ」


 俺は新しく借りてきた文庫本をポケットから取り出してレクスに見せた。あと、イリーナが部室にいてくれたことにはほっとしている。


「そっか。それで、迷宮の探索はいつから始めようか?僕的には今すぐにでも迷宮に行きたいところなんだけど」


 レクスは意外とバイタリティーのある人間みたいだな。実は強い男になろうとして、毎日、体を鍛えたりしていたら面白いかもしれない。


「俺はまだ昨日の疲れが抜けきってないから遠慮したいな。正直、授業を聞くのも辛かったくらいだし」


 俺は肩を大きく落とす。書き取れなかったノートはルークに写させて貰おう。


「そうなんだ。なら無理をしちゃいけないね」


「ああ」


「でも、どうすれば迷宮を制覇できるんだろう。ただ、闇雲に迷宮の中に潜っても命を落としかねないし」


 レクスの疑問はもっともだった。

 迷宮の制覇が、一筋縄に行くわけがない。きっと考えて行動しなければならない場面も出て来るだろう。


「まずは町の中で使えるお金を手に入れる必要があるんじゃないか?そうすれば良い武器や防具も買えるし、町での食事もできる」


 お金なら、使い道は幾らでもありそうだ。


「そうだね。だけど、幾らモンスターを倒しても、ゲームのようにお金は貰えないんだよね?」


「みたいだいな」


 そこだけはゲームと大きく違うんだよな。

 モンスターを倒したらお金が手に入るというシステムを最初に作った奴は案外、凄いかもしれない。


「それなら、冒険者の館で斡旋されてる仕事を請け負えば良いのよ。リバイン・テイルでも冒険者の館の仕事は大切な収入源でしょ?」


 ベッドの三段目で横になっていたエレインが口を挟む。

 ちなみにエレインは既に、どこから持って来たのか分からないようなパジャマに着替えていた。


「ああ」


 迷宮での仕事が俺たちにこなせるものなのかどうかは分からないが避けては通れないだろう。

 お金が欲しければ働くことが求められるのは、どこの世界でも同じだ。


「もっと簡単にお金を手に入れたいなら、モンスターが持ってる武器や防具を手に入れて店で売れば良いんじゃないの?昨日、戦ったリザードマンだって色々、持ってたし」


 そう指摘するように言ったのはパイプ椅子に座ってスマフォを弄っていたイリーナだった。


「そうだったな。そのことについては俺も考えが及ばなかったよ」


 こんな単純なことに気付かないなんて我ながら抜けていたな。イリーナも賢い奴だ。


「どっちにしても、今日は部室でゆっくりしようよ。アタシもロディと同じように疲れが取れてないしー」


 言葉、通り疲れたような顔をしているエレインはそう言った。ムードメーカーのエレインに元気がないと、俺も心細くなる。


「そうだね。今日はさっさと寝ちゃった方が良いかも。変に無理をして、モンスターに怪我でもさせられたらたまらないし」


 アンジェリカが説得力を持たせるように言うと、エレインはタオルケットにくるまって寝てしまった。

 それを見た、アンジェリカも大きく伸びをしてブレザーの上着を脱ぎ、胸のリボンを外すとベッドに横になる。

 疲れているのは俺だけじゃなかったわけだ。

 その後、俺はベティーが差し入れしてくれたというカップヌードルを電動ポットでお湯を沸かし、レクスと一緒に食べた。

 それから、夜になると、保健室から貰ってきた様々な生活用品の中にあった歯ブラシを使って歯を磨く。

 そして、十一時を過ぎると、消灯して寝袋に入り、眠りに就いた。

 何だか、林間学校にいるみたいだな。


                 ☆


 次の日になると、俺も早めに寝たおかげか、すっかり疲れが取れていた。精神的にも落ち着いていたし、今日なら迷宮に潜っても問題ないだろう。

 そう思った俺は、昼休みになるとルークと一緒に学食でカレーライスを食べ、その後は図書室で新刊コーナーにあったラノベを読む。

 それから、放課後になると軽い足取りで部室に行く。すると、そこには迷宮探索部の部員、四人とベティーがいた。


「来たね、ロディ。今日こそ、迷宮に挑戦するよ」


 レクスは青い瞳を輝かせながら言った。


「分かってる。昨日はぐっすり眠れたし、コンディションも万全だ。これならモンスターとも戦えるよ」


 もっと自分の力を試したいという気持ちが沸いてくるのだ。はっきり言って、今の俺なら負ける気はしなかった。


「でも、油断は禁物だからね、ロディ。迷宮に出て来るモンスターがリザードマンだけってことはないだろうし」


 そう釘を刺したのはエレインだった。そんなこと言われるまでもない。


「ああ」


 俺は気負うことなく、無理のない笑みを浮かべて見せた。


「私も迷宮に入ったら、もっと積極的に魔法を使ってみたいな。迷宮の外に出ると、魔法は使えなくなっちゃうみたいだから」


 アンジェリカも戦いに対する心構えはできているようだった。


「どんな状態で迷宮に挑戦するにせよ、私の足を引っ張ることだけは止めてよね。私は役に立たない奴を助けるつもりなんてないし」


 イリーナはあくまで冷たい物言いをする。でも、それは俺たちに対する信頼の裏返しのように思えた。

 何にせよ、女子陣の心は思ったよりも強いようだな。


「が、頑張ってください、みなさん。私も戦うことはできませんが、みなさんが無事に学園に戻って来れることを祈っていますから」


 そう健気に言ったのはベティーだった。もし、ベティーが俺たちと同じように選ばれた生徒だったら、どうなっていただろうな。

 きっと気の弱いベティーのことだから、モンスターを見た途端、泣き出してしまうかもしれない。あくまで想像だけど。

 その後、俺たちは部室を出ると、校舎の地下室に行って扉を開け、地下街へと続く通路を歩く。

 そして、地下街に辿り着くと、俺たちは様々な種族で構成される地下街の住人を見ながら、冒険者の館へと向かった。

 冒険者の館に辿り着くと、まず倉庫に向かう。そこで武器と防具を装備すると、他に役に立ちそうな物がないか探す。

 すると、イリーナが迷宮の地図を見つけた。

 地図には第一界層の構造がこと細かに記されていた。これを見て歩けば、迷宮で迷うこともなくなる。

 それから、俺たちは広間にある掲示板へと向かう。そこには仕事を紹介する紙が貼り出されているので、みんなしげしげと眺めた。


「色んな仕事があるね。どれを請け負うべきか迷っちゃうよ」


 そう言ったのは、楽しげな目をしているレクスだった。


「モンスターの角や牙、革なんかを取って来いって言うのは割とスタンダードな仕事じゃないの?」


 エレインは掲示板の端っこの方にある紙を見ながら言った。


「でも、報酬の額はあまり良くないね。確か、百シュケムでジュース一杯が飲めるくらいだから三千とか五千シュケムっていうのは金額的には少ないかも」


 レクスは顎に手を這わせる。この町のお金の価値は、日本のお金の価値とそう差はないようだった。


「店で武器を買うには最低でも一万五千シュケムは必要になるわよ。高い武器だと、十万とか平気で超えてくるし」


 イリーナは武器や防具のことについては詳しく調べてありそうだな。


「だとすると、最初の内は余分な買いものをするのは控えた方が良いってこと?でも、私の武器は貧弱そうな弓だし、早く買い換えたいわ」


 確かにエレインの弓はあまり質の良い代物とは言えない。弓は剣や槍とかと比べると繊細な武器だし技術だけでカバーできるものでもないだろう。


「私は魔法を中心に使うから、武器はあまり拘らなくても良いかもしれないね。でも、今の私は魔法使いなんだし、なるべく格好良いロッドを持ちたいかな」


 アンジェリカもちゃんと知っていると思うが、リバイン・テイルではロッドは魔力を高めてくれる効果もあった。

 なので、その辺はよく考慮した方が良いかもしれない。


「そうだね。僕とロディの使っている剣は、そんなに悪い物じゃないから、まずはエレインの弓を買うことにしよう」


 レクスの言う通り、少なくとも俺の剣はすぐに折れてしまうような質の悪いものではない。


「弓は四万シュケムくらいで買えると思ったわ。矢も一本、三十シュケムくらいの手頃な値段だったし」


 イリーナは良く知ってるな。ひょっとして、武器マニアか。


「なら、四万シュケム以上の報酬を貰える仕事を探そう。俺も革の胸当てだけじゃ防御面に不安があるから盾とか欲しいし」


 俺は前衛で戦うオーソドックスな戦士タイプの人間と言える。だからこそ、防御力の強化は欠かせない。

 やっぱり、盾なしじゃ強敵と戦うには心元ないし。


「それなら、この仕事が良いんじゃないの?迷宮でリザードマンたちを束ねているリザードマン・ロードを倒したら十二万シュケムくれるってやつだけど」


 エレインが指さす先には、かなり大きめの貼り紙があった。報酬の金額が多いものほど、目立つ場所に依頼の紙が貼り出されている。


「報酬が十万シュケム以上の仕事は僕たちには早いんじゃないの?」


 レクスは少し不安そうに言った。

 まあ、最初は三万シュケムくらいの仕事が良いと思う。

 迷宮内で光の消えかけている光石を新しいものに取り替えて欲しい、なんていう仕事ならできそうだし。


「でも、リザードマンなら昨日、戦ったでしょ。しかも、楽勝で倒せたんだから、アタシたちならきっと大丈夫よ」


 エレインはあくまで楽観的だ。


「そうね。リザードマンと戦えば武器も集められるし、例えリザードマン・ロードを倒せなくても損はないかもしれない」


 イリーナも合理的な見方をする。


「でも、勝てないようだったら、意地を張らずに逃げた方が良いよ。ゲームと違って、私たちは死んでもやり直せるわけじゃないんだから」


 アンジェリカは慎重さを滲ませながら言った。

 確かにゲームみたいにセーブ&ロードができないのは、辛い。だからこそ、緊張感を持って行動しなければならないのだ。

 試しに死んでみるなんてことは絶対にできないし、そんな勇気のある奴もいないだろう。


「とにかく、怖がってちゃ始まらないし、この仕事を請け負うわよ。たくさんお金が入ったら、弓だけじゃなくて、この町で売ってる服とかも買いたいし」


 エレインは発奮するように言った。

 ちなみに仕事を請け負う手続きは広間の受付カウンターですることができる。俺たちは基本的にどんな仕事でも請け負うことができるようになっているらしい。

 ただし、他の冒険者も同じ仕事を請け負っている場合、報酬の受け取りはどちらが早く仕事の依頼を達成できるかで決まる。

 つまり早い者勝ちというわけだ。


                ☆


 俺たちは迷宮の入り口に行くと昨日と同じように警備をしている兵士に許可証を見せる。それから、すんなりと迷宮の通路に足を踏み入れると、警戒しながら歩いて行く。

 仕事の内容を記してあった紙によると、どうもリザードマン・ロードは迷宮の三階のフロアーの東側を住処としているらしい。

 そして、人を襲うときは十匹以上の手下のリザードマンを引き連れて来るという。

 だからこそ、力のない冒険者たちにとってリザードマン・ロードは恐ろしい敵と言えるのだ。

 俺は剣を抜きながら、ひたすら歩く。地図はレクスが持っているので、その案内どおりに進めば迷うことはない。

 それから、十五分ほど歩くと、二階に下りる階段を見つけた。

 下に行けば行くほど現れるモンスターも強くなると冒険者の館のスタッフからも聞いている。

 なので、俺たちはより一層、警戒しながら歩いて行くと、四匹の見るからに凶暴そうなオーガと鉢合わせした。

 その手には無骨な棍棒が握られている。あんなので、殴られたら肉は潰され、骨は砕けるぞ。

 俺たちはすぐさま臨戦態勢を取る。すると、オーガは力強く足を踏み出し、床を蹴って襲いかかってきた。

 そんなオーガたちはリザードマンを上回る迫力を有していた。

 だが、俺たちの方もモンスターと戦うのはこれで二度目だし、心の準備は十分できている。

 それにオーガも腕力はありそうだが、スピードはさほどでもない。気を付けて戦えば、棍棒の一撃をまともに食らうことはないはずだ。

 俺は両手で勢いよく棍棒を振り上げたオーガに素早く肉薄する。オーガの方も俺の接近に怯むことなく空を砕くような棍棒を振り下ろしてきた。

 俺は棍棒の一撃をフワリと軽やかに身を捌いて避けると、風のように剣で斬りかかった。

 その一撃は丸太のようなオーガの両腕を一度に切断する。硬さのある肉と骨を断つ生々しい感触が俺の手に伝わってきた。

 それから、切断されたオーガの両腕は棍棒を握りしめたまま床にボトッと落ちる。その傷口からは鮮血が迸った。

 両腕を失ったオーガはあまりの痛みにギャーッと絶叫する。

 それを見た俺は少しだけ慈悲の心を込めながら、そのオーガの野太い首を切り飛ばす。オーガの頭はバスケットボールのように飛んでいった。

 一方、レクスは俺の背後に回り込んでいたオーガに閃光のような突きを放つ。その突きはオーガの心臓を正確に貫いたかに見えた。

 しかし、突き刺した剣が心臓を僅かに逸れていたのか、オーガは絶命することなく、そのままレクスの体を棍棒で殴打しようとする。

 が、今度は煌めくような銀光と共に即座に喉を貫かれる。

 結果、レクスと相対していたそのオーガは口から血を溢れさせて崩れ落ちる。それから、ピクピクと体を痙攣させた。

 その横ではイリーナが顔と胸と腹を瞬時に槍で貫く三段突きを放って、オーガを難なく仕留めていた。

 その見事な戦いぶりには俺も心が痺れる。

 そして、最後に残ったオーガに対してはアンジェリカがファイアー・ボールを幾つもお見舞いしていた。

 が、オーガは火には強いのか、火だるまになりながらも目を血走らせて、棍棒でアンジェリカに殴りかかってきた。

 アンジェリカも猛進して来るオーガの鬼気に当てられたのか、身を竦ませている。

 しかし、そんなオーガの額にエレインの矢がストンっと綺麗に突き刺さった。鏃が脳にまで届いたのか、そのオーガは糸が切れたように倒れる。

 これにはアンジェリカもほっとしたように小さく息を吐いた。

 もう少し、良い弓を買えばエレインの攻撃力も、もっと引き出せるだろうな。

 とにかく、かなり丈夫な体を持つオーガたちをそれほど苦労することなく打ち倒した俺たちは、互いの顔を見て笑った。


「やっぱり、僕たちは文句なしに強いよ。今度の戦いで、僕もそれを実感した」


 レクスはオーガの屍を見下ろしながら言った。俺も今度の戦いで自信は付いた。


「俺も同じだよ。喧嘩なんて一度もしたことがないのに、こんなモンスターと渡り合えるなんて」


 俺はオーガの光を失った目を見て、少しだけ後味が悪いものを感じながら言った。


「迷宮を制覇しろと言うからには、それ相応の力も与えられてるってことね。デモットも理不尽な要求をしたわけじゃないってことかしら?」


 そう疑問を投げかけるイリーナの顔は涼しげだ。


「でも、まだ第一界層なのよ。この迷宮がリバイン・テイルの内容を反映してるなら第五界層まであるってことだし、気が遠くなるわ」


 エレインはやれやれと肩を竦めた。

 確かにリバイン・テイルでもリザードマンやオーガは弱い部類のモンスターに位置づけられているからな。

 こいつらより強いモンスターがたくさん出て来るとすれば、どこまで戦えるか。


「だよね。しかも、モンスターと戦ったからって、ゲームみたいに確実に強くなれるとは限らないし。となると、やっぱり、特訓とかした方が良いのかなぁ」


 アンジェリカの言う通り、目に見える経験値なんてものは俺たちにはないからな。自分たちがどのくらいの強さなのかも数値化できないし。


「もっと先に進めば、特訓をする必要性も出て来るかもしれないわね」


 イリーナは考え込むような顔をする。自分の強さが分からないというのは、やはり危うい。


「それに例えモンスターでも殺してしまうのはあまり良い気分がしないよ。甘いってことは私も分かってるんだけど」


 アンジェリカは悲しそうな顔で、死んでいるオーガを見た。


「でも、そんなことを言ってると足下を掬われるわよ、アンジェリカ」


 イリーナはぴしゃりと言った。


「そうなんだけど、どんなモンスターでも殺さないで済むなら、それに越したことはないよ」


 アンジェリカも萎れたような言葉とは裏腹に芯の通った目で言った。まあ、女の子に殺しをやらせるのは、俺としても心が痛むな。


「あんまり深く考えるのは止めようよ、みんな。アタシはゲームみたいなものだと思って割り切ってるし」


 エレインは俺たちの空気を和ませるように言った。


「僕もこの状況を純粋に楽しんでるよ。クラスの友達も僕の置かれている状況を知ったらきっと羨ましがるんじゃないかな」


 レクスの友達はともかく、俺の親友のルークなら泣いて羨ましがるだろう。あいつはゲーム、取り分け剣と魔法のRPGが大好きだし。

 それだけに簡単には打ち明けることができないんだけど。


「そうだな。今は自分のことを最優先に考えることにしよう。最悪なのは自分が死んでしまうことだからな」


 俺も含めてだが、みんな、なまじ戦えるだけに死の恐怖を実感しきれていないところがある。

 学校から出られないという状況もどこか絵空事のように捉えているのだ。

 それだとイリーナの言じゃないが、いつか足下を掬われるだろう。死んでも生き返れるなどと言う救済措置が用意されているとは到底、思えないし。

 俺たちはお喋りを止めると、再び歩き始める。そして、三階に辿り着くと、東側のフロアーに歩を進める。

 すると、取って付けられたような扉があり、その前には二匹のリザードマンがいた。

 どうも、リザードマンたちは扉の見張りをしているようで、俺たちの姿を見ると片方のリザードマンが槍の穂先を向けてくる。

 ただ、扉の前から動こうとはしない。

 なので、俺たちの方から近づいていくとリザードマンたちはたちまち襲いかかってきた。

 俺はリザードマンが突き出してきた槍をひらりと避けると洗練された太刀筋で、剣を振るう。

 その一撃はリザードマンの体を袈裟懸けに切り裂いた。血が吹き上がり、そのリザードマンは崩れ落ちる。

 もう一匹のリザードマンは、曲刀で俺に斬りかかってきたが、エレインの矢に腕を貫かれて曲刀を落としてしまう。

 その隙を見逃さずにレクスがリザードマンの胸を小剣で貫く。そのリザードマンは小さい悲鳴を上げながら倒れた。

 俺たちはこの扉の向こうに、リザードマン・ロードの住処があるに違いないと思いながら扉を開けた。

 すると、扉の向こう側は大きな部屋になっていた。壁にはたくさんの武器や防具が括り付けられている。

 他にも床には、様々な物が乱雑に置かれていた。まるで、盗賊のアジトだな。武器や防具は冒険者を襲って手に入れたものに違いない。

 しかも、部屋には鎧で身を包んだ今までの奴より一回り体の大きいリザードマンがいた。他にも十三匹ほどの普通のリザードマンもいる。

 そして、鎧を着けたリザードマンは高く積まれた木の箱の上に座っていて、お椀を手にしながら何かを飲んでいたようだった。

 他のリザードマンたちは群れるように鎧のリザードマンの周りにいる。

 どうやら、鎧のリザードマンが、リザードマン・ロードと見て間違いないようだな。明らかに他のリザードマンとは放っているオーラが違う。

 いずれにせよ、合わせて十四匹の敵が、この空間に存在していると言うことだ。苦戦は免れないし、一瞬の気の緩みが死に繋がりそうだ。


「お前たちを退治させて貰うぞ」


 俺がそう言うと、リザードマン・ロードはニヤリと笑う。その余裕のある笑みを見て、さすがリザードマンたちの親玉だと俺も思った。

 そんなリザードマン・ロードが腰を上げて立ち上がると、各々の武器を手にしたリザードマンたちが一斉に俺たちを取り囲んだ。

 俺たちもなるべく背中を見せないように陣形を組んだ。そして、リザードマンたちは四方八方から俺たちに襲いかかってくる。

 俺は斧を大振りに下ろしてきたリザードマンに雷撃のような斬撃を放ち、その手を切り飛ばす。

 それから、続けてそのリザードマンの喉の辺りを切り裂いた。

 が、息を吐く暇もなく、すぐに他のリザードマンが横から、メイスのような打撃系の武器で殴りかかってくる。

 俺は真横から迫るメイスの柄の部分を器用に切断すると、すかさず唐竹割りをお見舞いする。

 その強烈な一撃を食らったリザードマンは頭が二つに分かれて倒れた。

 すると、今度は俺の胸に良い音を立てて矢が突き刺さった。幸い、胸当てを貫かれただけで、俺の体には鏃は届いていなかったが。

 俺は冷やっとしながら、矢が飛んできた方に視線を向ける。そこにはクロスボウを手にしたリザードマンがいた。

 俺は遠距離からの攻撃には対応できないと焦る。

 が、すぐにクロスボウを手にしたリザードマンの額に矢が突き刺さる。矢を放ったのは俺の後ろにいてみんなの援護をしているエレインだった。

 ナイス、フォローと言いたくなる。

 一方、レクスとイリーナも颯爽とした動きで武器を振るい、リザードマンたちに反撃の余地を許さない連続した攻撃を加える。

 これにはリザードマンたちも、対抗することができずに深い傷を負う。

 しかも、レクスとイリーナは息の合ったコンビネーションを見せて、迫り来るリザードマンたちを立て続けに屠っていく。

 そして、レクスとイリーナの二人は合わせて四匹のリザードマンを仕留めた。

 アンジェリカもウィンド・カッターの魔法を使い、嵐のように荒れ狂う風の刃でリザードマンたちの体を切り裂く。

 その攻撃で腕を切り落とされたり、胴を半ばまで切断されたりしたリザードマンたちは床をのたうち回った。

 それから、追い打ちをかけるようにアンジェリカの掌からファイアー・ボールが放たれ、何とか立ち上がろうとしていたリザードマンの体を炎で包み込んだ。

 そして、それを見て心を震わせられた俺も、仲間の死に取り乱しているリザードマンたちに獅子奮迅の如き気合いで斬りかかる。

 大剣を振り下ろそうとしていたリザードマンの頭部が、銀影を帯びた斬撃と共に消えてなくなった。

 少し離れた場所から鎖付の鉄球を飛ばしてきたリザードマンもいたが、一瞬にして間合いを詰めた俺の斬撃を急所に受けて、仰向けに倒れる。

 そんな俺たちの果敢な戦いぶりにリザードマンたちも腰が引けてしまって、満足な攻撃ができない。

 数の上では圧倒的な優位に立っていたリザードマンたちだったが、その動きはまったく統率が取れていなかったのだ。

 連携を絡めたような攻撃もしてこいなし、所詮は烏合の衆だったみたいだな。

 なので、俺たちに一矢報いることすらできずに、次々とリザードマンたちは為す術なく打ち倒されていった。

 そして、あっという間に俺たちを取り囲んでいたリザードマンは残り二匹になってしまった。

 その内の一匹はリザードマン・ロードに助けを求めようとしたが、背中から俺に斬り付けられて、無様に転げ回った。

 それを見た俺は憐れむことなく、剣の切っ先をそのリザードマンの心臓に突き立ててトドメを刺す。

 残虐なようだが、こいつらに殺された冒険者もたくさんいるみたいだからな。見逃してやるわけにもいかない。

 一方、もう一匹のリザードマンは出口の方に向かって逃げ出そうとしたが、エレインの放った矢を後頭部に食らって倒れる。

 エレインも俺と同じ気持ちなのか容赦がなかった。

 こうして、俺たちは十三匹、全てのリザードマンを血だまりの上に沈めた。残るはリザードマン・ロードだけだ。

 リザードマン・ロードは俺たちの戦いぶりに狼狽したのか、大きめの斧、ヘヴィ・アックスを振り回しながら俺に襲いかかってきた。

 俺はその攻撃を慌てずにかわし、反撃とばかりに剣を一閃させた。すると、リザードマン・ロードが腕に付けていた鱗の盾が断ち割られる。

 リザードマン・ロードは頭に血が上ったようにヘヴィ・アックスを振り下ろしてきたが木の葉のように舞う俺には掠りもしない。

 それから、俺たちは的確な動きでリザードマン・ロードを取り囲む。

 それを見た、リザードマン・ロードは爬虫類のような眼球を左右に忙しなく動かす。今度は立場が逆になったな。

 手下のリザードマンがいた時に戦いに参加していれば、もう少し戦況は違っていただろうに。

 そして、俺たちは一気に攻勢に打って出る。

 まずはエレインの矢が間髪入れずに、リザードマン・ロードの両腕と片足に命中する。すると、たちまちリザードマン・ロードの動きが鈍った。

 続けてレクスの小剣の切っ先がリザードマン・ロードの鎧の隙間を縫うように突き刺さる。

 イリーナの槍の穂先も金属でできている頑丈そうな鎧を貫いて、リザードマン・ロードに刺し傷を負わせた。

 これにはリザードマン・ロードも激痛に顔の表情を歪める。

 そして、トドメとばかりにアンジェリカの放ったファイアー・ボールがリザードマン・ロードを火だるまにする。

 だが、さすがリザードマン・ロードと言うだけあって、纏わり付く炎を強引に体を動かして消すと、ヘヴィ・アックスを大きな動作で振り上げて、再び俺に襲いかかる。

 俺は自らの神経を研ぎ澄ますと、大きなダメージを与えられる部分を狙うように剣を一閃させた。

 その一撃はリザードマン・ロードの鎧を火花を散らせながら切り裂き、心臓のある左胸に大きな裂傷を付ける。

 だが、それでもリザードマン・ロードは怯むことなく猛然とヘヴィ・アックスを振り下ろしてきた。

 俺もその最後の足掻きとでも言うべき、攻撃を待ち受ける。

 そして、リザードマン・ロードと交錯するように動いた俺は、一点の迷いもない太刀筋で、その首を切断する。

 頭部のなくなったリザードマン・ロードの体は後ろへとドサッと倒れて大の字になった。完全に勝負あったな。


「これで終わりか」


 俺はピクリともしなくなったリザードマン・ロードの屍を見ながら言った。


「そのようだね。やっぱり、リザードマンなんて何匹、出て来ても僕たちの敵じゃないよ」


 レクスは小剣を鞘に収める。とはいえ、十匹以上のモンスターに囲まれるのは心臓に悪いものがあった。


「そうよ。でも、アタシの弓の援護があったから、楽に勝てたってことは忘れないでよね」


 エレインは死んでいるリザードマンの頭を踏みつける。こら、死体に鞭を打つようなことは止めろよ。


「だけど、リザードマンにクロスボウを使われた時は俺も冷やっとしたぞ。モンスターにも知能があって、ちゃんと複雑な武器も扱えることは覚えておかないと」


 俺はモンスターに知能があるなら、話し合うことはできないのかなと考える。


「うん。もしかしたら、魔法を使えるモンスターなんかも出てくるかもしれないし、気を緩めないようにしなきゃ」


 アンジェリカのような魔法を使うモンスターが現れたら厄介だな。


「とにかく、ここにある武器や防具は持てるだけ持って行くわよ。全部、売ればけっこうなお金になりそうだし」


 イリーナは血が滴り落ちている槍を振って、勝利に浮かれている俺たちに檄を飛ばした。

 その瞬間、ポケットのスマフォが計ったようなタイミングで振動する。メールの差出人はデモットだった。


『たいした戦いぶりだった、諸君。この調子で、迷宮の探索を進めていくが良い。だが、焦りは禁物だぞ(笑)』


 デモットは俺たちの戦いぶりを見ていたというのか。

 だが、ここには俺たちと床に這い蹲っているリザードマンしかいない。ひょっとして、デモットは千里眼でも持っているのだろうか。

 俺は薄気味悪いものを感じつつ、スマフォの画面を見ながら立ち尽くす。まあ、デモットのことは幾ら考えても答えは出そうにないし、さっさと町に戻ろう。


                  ☆


 無事、町へと戻ってきた俺たちは、その足で冒険者の館に行った。

 そこでリザードマン・ロードを倒したことを報告する。すると、受付の女性は調査隊の確認が終わりしだい報酬を支払うと言った。

 俺たちはすぐに報酬が貰えなかったことにがっかりすると、町の店屋で武器や防具などを売った。

 が、思ったよりも安く買い叩かれて、全部で五万シュケムにしかならなかった。これには武器や防具を苦労して運んだ俺も落胆してしまう。

 その後、俺たちはお腹が減ったので、町で食事をすることにする。

 それを受け、俺は料理を食べていってくださいと言ってくれたエルシアのことを思い出した。

 エルシアの宿屋なら、気兼ねなく食事ができるかもしれない。そのことをみんなに告げると、なら、すぐにでも赤貝亭に行こうと言う話になった。

 俺たちは猥雑とした雰囲気を漂わせる歓楽街の通路を歩いて行く。

 肌を露わにした女性たちが呼び込みをしているのを見たアンジェリカやエレインは不快そうな顔をしたし。

 それから、人外の連中が屯しているスラム街のような通路を歩いて行くと、みんな怖そうな顔をした。

 そして、明るい光が漏れている赤貝亭に辿り着くと俺たちは中に入る。


「いらっしゃいませ」


 そう言って、俺たちを出迎えたのはエプロン姿のエルシアだった。

 彼女の健康的な笑顔を見て、自分の知っている女の子の中ではエルシアが一番、可愛いと俺は思ってしまった。


「前に言った通り、料理を食べさせて貰いに来たよ。ちゃんとお金は払うから、何か作ってくれないかな」


 俺は口に合う料理だと良いなと思う。この町でどんな味の料理が主に食べられているのかはまだ知らないからな。

 ただ、ナッツはエルシアの料理は旨いと太鼓判を押していたし、期待はしたい。


「分かりました。腕によりをかけて、ご馳走を用意します」


 エルシアは意気込むように言った。


「いや、そんなに張り切らなくても良いって」


 俺は何だか悪いなと思った。突然、こんな大人数で押しかけられるなんてエルシアも思ってなかっただろうし。


「そうはいきません。こんな場所にある宿ですし、普通の人間のお客さんは久しぶりなんです。ですから、思う存分、お持て成しをさせてください」


 そう言って、エルシアは目を輝かせる。その言葉には、俺も心が暖かくなった。


「そっか。なら、期待しているよ」


 俺がそう言うと、エルシアは「みんなさんは食堂の席に着いて待っていてください」と言ってカウンター席の奥に行ってしまった。

 もしかして、この宿屋はエルシアが一人で切り盛りしているのか?

 宿の外には人外のモンスターにしか見えないような奴らもいるし、危ないんじゃじゃないのか?

 それから、俺たちはそれほど広くない食堂のテーブルに着いた。


「お前ら、血の臭いがするな。もしかして、迷宮に潜ってモンスターを殺してきたのか?」


 食堂のテーブルにはドラゴンのナッツがいた。

 ナッツはテーブルの上に山ほど置かれた肉や豆をムシャムシャと食べていた。食欲が旺盛な奴だ。


「ああ。リザードマン・ロードを退治してきたよ」


 俺は自慢する風でもなく言った。


「そりゃ凄いな。あのリザードマン・ロードは相当、手強い相手だっただろ?この町の冒険者たちも奴には手を焼かされていたし」


 なら、この町の人の役に立てたということか。まあ、誰も感謝なんてしてくれないだろうけど、悪い気分じゃないな。


「いや、あのリザードマン・ロードはたいしたことなかったよ。まあ、四人も仲間がいたおかげだけど」


 とはいえ、一対一で戦ったとしても、勝てない相手ではなかった。


「そうか。それでもそう言い切れるとはたいしたもんだ。お前らは久しぶりに良い目をした冒険者たちだし、おいらも応援したくなるな」


 そう言ってくれると、俺も負けられないなという気持ちになる。


「そうか」


 ナッツの言葉には勇気づけられるものを感じた。


「ま、お前たちなら第一界層のボス、ダークドラゴンも倒せるかもしれないし、せいぜい頑張れよ」


 そう言って、ナッツはたくさんの豆を口の中に放り込むと、にんまりと笑った。

 その後、俺たちはエルシアが運んできた美味しそうな料理を食べる。実際に味も良くて、戦いで疲れた体に活力が戻るのを感じた。

 そして、エルシアは良かったら二階にある部屋に泊まっていってくださいと言った。

 俺は学園に戻るのも面倒くさいし、そうしようかなと思った。だが、女子たちは渋い顔で反対する。

 いかがわしい店が軒を連ねる通路の奥にある上、モンスターのような奴らも彷徨いている場所の宿には安心して泊まれないと言うのだ。

 それにお金も無駄に使いたくないと言ったので、結局、俺たちはエルシアの作ってくれた料理を食べ終えると、仕方なく学園へと戻ることにした。

 

                   ☆


 迷宮から学園へと戻って来ると、俺たちは夜の部室でくつろぐ。

 部室ではアンジェリカとエレインがお茶を飲みながら話をしていた。レクスはネットサーフィンをしているし、イリーナはいつものようにスマフォを弄っている。

 俺はテレビを付けっぱなしにしながら、ラノベを読んでいた。それから、昨日と同じ時間になると消灯する。

 俺は隣の寝袋で寝ているレクスに何とはなしに話しかける。


「こんな調子で、夏休みが始まる前に学園から出られるようになると思うか?」


 俺はどこか縋るように尋ねた。少しでも不安を取り除きたくて。


「それは僕たちの頑張り次第だろうね。ま、今は自分の力を信じて積極的に迷宮に挑戦するしかないよ」


 レクスは当たり障りのない言葉を返してくる。

 ただ、レクスの物事に対する姿勢は悪くない。モンスターと戦う時も、少しも恐れを見せなかったし、肝は据わっているようだ。


「そうだよな。でも、もし、一生、学園から出られなくなったらどうなるんだろう?」


 そんなことにならったら、想像も付かない生活が待っている気がする。


「少なくとも、いつまでも学園にはいられるわけじゃないから、地下街で暮らすことになるんじゃないかな?」


 地下街には学園に通じている入り口とは別の入り口が存在していた。そこからは地上の町へと行けるらしい。

 が、何となく予想はしていたんだけど、俺たちはその入り口を通り抜けることはできなかった。

 学園の外に出られないのと同じように。

 一体、地上の町はどんな風になってるんだろうな。

 地下街の人に聞いた話だと、普通に剣と魔法の世界の町があるようなのだが、そんなものが校舎の地下に存在できるわけがない。

 もしかしたら、迷宮は校舎の地下ではなく、どこか異次元にあるのかもしれないな。


「そうか」


 あの町で暮らすという発想はなかった。


「まあ、そうなると本当の意味で冒険者になるしかなくなるね。でも、住めば都って言う言葉もあるし、あの町で暮らすのも悪くないかも」


「俺は勘弁して欲しいけどな。迷宮の仕事で食っていかなければならなくなることを考えると何だか、ぞっとするし」


 危険と隣り合わせの毎日が続くことにもなる。


「でも、会社でサラリーマンをやるよりはマシでしょ?」


「かもしれないが、レクスは金持ちなんだろ?サラリーマンじゃなくても、苦労して働くなんて嫌なんじゃないのか?」


 レオンハルト家はドイツでは名門の貴族だったと、ルークから教えて貰った。

 ただ、レクスの父親は事業をやっているので、その都合でレクスもアメリカにいるのだそうだ。

 それと、これはあくまで噂だが、レクスは女だと言う者もいるらしい。

 レオンハルト家の家督を継げるのは男だけなので、レクスは敢えて女であることを隠していると言うのだ。

 かなり無理がある話だ。

 まあ、レクスは本当に綺麗な顔をしているし、そんな噂が立つのも分かる気がするな。


「そうでもないよ。自分の人生は自分の力で切り開きたいという思いはあるから。だから、僕の父さんだって家の家督を継がずに、アメリカで事業をやってるわけだし」


 だとすると、レクスに家督を継ぐ権利はあるのだろうか。


「その心根は立派だな」


 嫌味ではない。レクスはジェイク会長とは別のタイプの大物かもしれないな。


「ありがと」


 レクスは小気味よい声で言った。


「二人とも、あんまり先のことは考えない方が良いわよ。心に焦りが出ると戦いでは命取りになりかねないし」


 そう言い聞かせてきたのはベッドの一段目にいるイリーナだ。迷宮の探索では常に平常心が求められるのは分かっているが。


「そうだよ。今は何とかなると思わなきゃ。アタシは早くパパやママに会いたいし、何年もこんな生活をするつもりはないから」


 エレインは強い口調で言った。俺は親に会えなくても平気だな。ただ、親の方は寂しがってるかもしれない。


「私も。ホームシックってわけじゃないけど、やっぱり家には帰りたいよ。って、そんな弱音を吐いたら駄目だよね」


 そう弱さを見せるように言ったのはアンジェリカだ。こういうところはやはり女の子だな。

「そうだな。ったく、せめて俺たちがどういう理由で選ばれたのか分かれば、迷宮を制覇しなくてもこの状況を打開できるかもしれないのに」


 俺は何の手がかりも掴めないことにもどかしくなりながら、そう言った。



 エピソードⅢに続く。


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