日本版 エピソードFINAL 迷宮探索部の新たなる活動
エピソードFINAL 迷宮探索部の新たなる活動
全てが元通りになった次の日、俺は朝の通学路を歩いていた。道には制服を着た生徒たちがたくさん歩いている。
俺も自転車に乗れば早く学園に行けるのだが、今日くらいはのんびりと歩いて学園に行きたかった。
ちなみに家ではちゃんと母親の作った朝食を食べてきた。でも、無性にエルシアの作る料理が恋しくなるのだ。
やっぱり、色んな意味でエルシアの料理に勝るものはないと思う。
いずれにせよ、迷宮がなくなったと言うことはエルシアにはもう会えないと言うことだ。ナッツとの再会も叶わないし、それは辛い。
せめてエルシアに対しては別れの挨拶くらい済ませておきたかったんだけど。
ちなみに、藤村が書いたリバインニウム物語という小説は昨日の夜に読ませて貰った。
なので、エルシアやナッツが、あくまで架空の存在に過ぎないということは受け入れているつもりだ。
ただ、小説と現実に再現されていたものとでは、けっこう違いがあった。
だからこそ、エルシアやナッツと触れ合った時間は、決して架空のものではないと思えるのだ。
俺もそれだけはしっかりと胸に留めておかなければと自分に言い聞かせる。
そして、そんなことを考えながら、俺は目に見えない障壁がなくなったサンクフォード学園の校門を潜った。
こうして校門を出入りできるようになったことには心の底から安堵しているのだ。でも、また学園の外に出られなくなったら、という恐怖はある。
ま、今日は放課後になったら、本屋にでも行こうかな。久しぶりに新刊の文庫本を買いたいし。
いや、ここは伸吾のゲーセンに付き合うのが先かもしれない。あいつには随分と気を遣わせてしまったからな。
とにかく、俺は戻ってきた日常のありがたさを噛み締めつつ、季節の移り目を感じさせる青空を視界に納めながら教室へと向かう。
「よっ、伸吾」
俺は昇降口の前にいた伸吾に声をかける。すると、伸吾は大きく目を見開いて、俺の顔を見た。
「篤志じゃないか。何だか、お前から声をかけられたのは久しぶりな気がするな。はっきり言って、懐かしさすら感じるぞ」
伸吾はオーバーなリアクションをする。
「そうか?俺はこれといって意識はしてなかったけど」
迷宮が存在していた間は、意識する心の余裕もなかったからな。
でも、今は平静そのものだ。
「まあ、そういう鈍感なところはお前らしいな。だけど、今日のお前は本当に良い顔をしてるし、まるで、何か大きなことから開放されたみたいだ」
伸吾は頬の辺りをボリボリと掻きながら言葉を続ける。
「一体、何があったんだ?」
伸吾の目にあったのは純粋な好奇心だった。
「それは秘密だ。ただ、俺も部活を通して、人間的に大きく成長できたんだよ」
俺は果たして伸吾に真実を語る日は来るのだろうかと思いながら口を開く。
「まっ、本当に開放されたような気分になるためには、中間テストを乗り切らなきゃ駄目だろ。俺も親からは良い点数を取ったら、小遣いを増やしてくれるって言われてるし」
そう言って、俺は久しぶりに家に帰った俺を出迎えた親の顔を思い出す。
まあ、親も俺がいない間は寂しい思いをしていたらしいし、だから、そんな言葉も出て来るのだ。
「違いない。俺もお前の良い顔に免じて、深くは追求しないことにしてやるぜ」
伸吾も俺に合わせるようにニヤリと笑う。
「それはそうと今日は久しぶりにゲーセンにでも行かないか?昨日、臨時の小遣いも貰ったし、思う存分、付き合ってやるぞ」
俺は心が弾むのを感じながらそう言っていた。それを受け、伸吾はきょとんとしたが、すぐに歓喜の笑みを浮かべた顔をする。
「よっしゃ。やっぱ、そうこなくちゃ面白くないよな。お前が部活をやり始めてから、一緒に帰ったこともなかったし、正直、物足りなかったんだ」
なら、伸吾には悪いことをしたな。
「そうだったな。ま、今までの埋め合わせは今日してやるから、お前もそのつもりでいろよ」
久しぶりのゲーセンだし、とことん楽しもう。
「おう」
伸吾は胸を反らしながら返事をした。
昼休みになると、俺は伸吾と学食でチキンソテーを食べる。それから、図書室に本を借りに行こうとしたが、急にスマフォが振動した。
俺は何となく嫌な予感がしたが、スマフォをポケットから取り出す。届いていたメールは斎禅会長からのものだった。
しかも、今から生徒会室に来て欲しいと書いてあったので、俺は逸る気持ちを胸に生徒会室へと足を向ける。
そして、生徒会室に足を踏み入れると、そこには斎禅会長と迷宮探索部の部員が全員いた。
どこかバツが悪そうな顔をした藤村や寺島先生もいる。俺は何事かと思い、斎禅会長の顔をまじまじと見た。
「何の用ですか、会長?」
俺は寒気を感じながら尋ねた。生徒会室に漂う空気もどこかピリピリしているし、何を告げられるか怖い。
「迷宮が復活した」
会長は真っ直ぐ俺の顔を見据えながら言った。
「冗談でしょ?」
俺は目を白黒させる。恐れていた悪夢がまた襲いかかってきたのだ。今度は誰が黒幕なんだ?
「冗談などではない。俺がデモットに頼んで復活させて貰ったんだ。これで篠澤君たちだけでなく、俺や琴音君も迷宮に入ることができる」
斎禅会長は、いつもは畏まっている顔で笑みを広げると言葉を続ける。
「もちろん、学園から出られなくなるという制約はなしだ」
斎禅会長は付け加えるように言った。それを聞き、俺は安堵すると同時に、沸き立つようなものも感じていた。
やはり、デモットとの縁は切れそうにないみたいだな。
ま、予測はしていたけど。
そして、この時の俺は奴とは必ず何らかの形で戦うことになると、確信していた。
ひょっとしたら、ゲームではラスボスだった邪神ゼラムナートを超える敵として、俺たちの前に立ちふさがるかもしれない。
だが、不思議と負ける気はしなかった。
「私は止めたんだけどね。でも、斎禅君はどうしても迷宮に足を踏み入れなければ気がすまないんだそうだ。ま、私だって迷宮の中が、どんな風になっているかこの目で見たくないと言ったら嘘になるが」
寺島先生も会長の熱意に打たれつつ、大仰に肩を竦める。
「これは単なる俺の我が儘だ。だからこそ、君たちを巻き込むつもりはない。だが、あれだけのことがあった後だ。迷宮が復活したことは、きちんと伝えておかなければならないと思ってな」
斎禅会長は滑らかな声でそう説明する。こう真摯な態度を取られると俺も何も言えなくなる。
「そうですか」
まあ、学園から出られるなら、俺たちが困ることはないけど。
「とにかく、君たちは俺のことなど気にせず、普通の生活をしてくれて構わない。迷宮探索部の部室も、そのまま自由に使ってくれて良いし」
斎禅会長はそう言ったが、迷宮が復活したと聞いて気にするなと言う方が無理があるだろう。俺としても迷宮への未練は綺麗さっぱりと断ち切りたかったのに。
「だから、今は俺の好きにさせてくれ」
そう言って、斎禅会長は俺たちに向かって頭を下げた。これには俺もやれやれと大息を吐くしかない。
「分かりました。ただし、会長が迷宮に入るには条件があります」
俺は生真面目な顔で言った。
「聞こう」
斎禅会長も一歩も退かない。
「迷宮探索部に入ってください。そして、迷宮の探索では、必要とあればいつでも俺たちの協力を仰いでください。それが俺の提示する条件です」
俺は淀みなく言うと、みんなの方を振り向く。
「みんなも、それで良いだろ?」
俺はどこか呆れたように笑っているみんなを見た。
「うん。会長が一緒にいてくれるなら迷宮の制覇も夢じゃなくなるし、僕がそれを阻む理由はないよ」
レクスの言葉には何の含みもなかった。
「私も。しっかり者の会長には迷宮探索部の部長も務めて貰いたいくらいだし、期待しちゃうな」
美咲の言った通り、迷宮探索部には部長がいない。一応、俺がリーダーみたいな形になってるけど、その座を明け渡すことに抵抗はないし。
「アタシも会長が迷宮探索部に入るのは賛成よ。でも、その代わり部費はもっと増やしてよね」
さやかは悪戯っぽく笑った。
「会長が決めたことなら、私がとやかく言うつもりはないわ。私たちも会長には散々、お世話になったし、今度は私たちが協力する番ね」
奈々子はどこまでもストレートな物言いをする。
そうだよな、会長が俺たちのためにしてくれたことを考えれば文句なんて言えた義理じゃないよな。
「ありがとう。そういうことなら、俺も篠澤君が提示した条件を受け入れる。これからは部員同士、協力し合おう」
そう言うと、斎禅会長はほっとしたように口元を綻ばせた。斎禅会長も、こんな笑い方ができるんだな。
そう思っていると、藤村が今までには決して見せなかった力強い声を発する。
「私も今度は勇気を出して、みなさんの役に立って見せます。どうか、償う機会を私に与えてください」
藤村も斎禅会長に習うように頭を下げる。償いなど、誰も求めてないのは藤村も知っているはずだ。
だが、藤村も自分なりの筋を通したいのだろう。もちろん、そんな藤村の言葉に異議を唱える者は誰もいなかった。
「よし、そういうことなら、みんなで協力して迷宮を制覇してやろうじゃないか。その方がこれからの学園生活も楽しくなりそうだしな」
俺はみんなの心を一つに纏めるように言った。それを聞いた、みんなもいつになく良い顔をして笑っていたし。
こうして、聖サンクフォード学園・迷宮探索部の活動が新たなメンバーを加えて、再開されることになったのだった。
(FIN)




