とある平凡な異世界転生者(自称)の話
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
ここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
彼女の名は、カノカ。
元の名が不明だが異界漂流者である。
■ ■ ■ ■
気がつくと異世界にいた。
いや、正しくは、ある日ある瞬間に突然、自分が別の世界の記憶をもつことに気づいたというべきか。日常にどこか違和感があり、その不思議な違和感に疑問をもちつつ普通に生きていたわけで。その疑問に「ああ」と納得できる答えが与えられたというのが正しいだろうか。
なるほど、この違和感はそのせいだったかと。
いえね、なんでそんなことになったかというと、理由は恋バナなのよね。
隣人を可愛いと思ったり親近感をもつことはあっても、恋バナなんかになると、うーん違和感ってのが昔からあってね。ほら、女の子なら恋バナ必須でしょ?なのにね。
その疑問が解けた。ある日突然に。
ここもいい世界ではあるけど、誰もが獣人、それも人間+猫耳レベルではなくて、本当に人と猫が混じり合ったようなガチの獣人族の世界なんだよね。
で、どうも私のメンタルは前世寄りであり……そう、周囲がみんなすごく可愛いの!
え、ケモナー?違う違う、私は可愛いのが好きなだけ。
可愛い。
うん、二度でも三度でもいうよ、可愛い!!
……ごめんなさい、クールダウンしたよ。
あーうん、そっかぁ。そりゃ確かにこうなるか。
猫は大好きだったし、猫と暮らしたかったけど賃貸だったから前世じゃ無理だったのよね。
まさか、生まれ変わって猫獣人の世界にいくとはね。
まぁ人馬みたいに極端に容姿の違う世界じゃないし、町も前世の、子供の頃の日本に似ていて、しかも公害が少なくて暮らしやすそうだし、うん、いいかも。
これなら、普通に暮らしていけるかなと安心した……恋愛結婚は無理だろうけど。あはは。
どうしても可愛いのが先にきちゃうからね。
ま、せっかくの第二の人生だ。
結果として前世と変わらなくても苦笑いすればいいし、良い意味で違う人生なら満足して逝けるかもしれない。うん、問題はなにもない。
とりあえずがんばって生きてみますか。
かわいいものを愛でながら……ふふふ、あ、よだれ。
■ ■ ■ ■
年数がたち、弟と妹ができた。めっちゃかわいい!
家業は神社なんだけど、なぜか家の方針で、私は神社の仕事でなく弟妹の面倒をみてと言われている。
その理由が、ちょっと興味深い。
小さい頃に言われたんだよね。
カノカは持っている加護の都合で、今は神事に参加させられないんだって。大きくなったらまたお話しようねって。
よくわからない。
加護……あ、もしかして私、日本の神様の加護があったりする?
いや、さすがにそれはないか。
きいてみたけど、詳しくは教えてくれなかったんだよね。
ただ、これだけは教えてくれた。
『なんらかの加護を持っている人は結構いて、私たち神に仕える者はそれを見られるんだ。
そして、その加護は一生かわらないもの、そして時間と共に変わるものがある。
たとえば、幼年期に身体が弱い代わりに強い加護をもっていたりね。
そんな子は宗派によっては神事の中心に強制的に置かれ、そして大きくなったら解除される……当人は迷惑だろうね、遊びにいきたくても神社から出してもらえないから』
『閉じ込められるの?』
『いや、むしろ外は危険だから、清らかな神社の中にいなさいってことだね。つまりその子を守るためのものだよ。
そして逆に、幼少期には神事に使えないタイプの加護もある。
たいてい、それは特別な神事に特化した加護だね……カノカのように』
『私?』
『うむ、珍しい加護だから断言できないけど、むしろ大人になったら今度は神事に引っ張りだこになるかもしれない。
そういうのは、いくつかあるよ。
たとえば、普段はなんの仕事もないけど、世の中に悪いことが起きている時に忙しくなる加護がそうだね。神様からお呼びがかかるのさ、さぁ君の仕事だよって』
『めんどくさい』
『ふふふ、そうかもね』
そんな会話だったと思う。
よくわからないけど、神職である両親は私の加護も見えるらしい……詳細は大人になってからね、とも言われたけど。
うん、やっぱり、さすがに向こうの神様の加護ってことはないでしょう。
まぁ神社が忙しい時にアルバイト巫女するのは止められてないから、それも続ける。
うちはバイト禁止だけど、神社のバイトだけは推奨されてるし、お小遣いもちゃんとくれるからね……そういう問題じゃないって?
……。
そんな私だけど学校では帰宅部だ。
友達と談笑したりはするんだけど、妹を幼稚園に迎えに行く時は「またねー」「カノっちも大変だね」なんて言われつつ妹を迎えにいく。
大変?
妹も弟もかわいいもん。とっても癒されるし、むしろ幸せたまらん。
誰もいない、誰もこない安アパートで、ひとりぼっちで亡くなった身としてはそう思うよ。
冒険?ヒーロー?旅?
そんなものに憧れる人生は、前世で文字通り死ぬほど堪能したもん。
今はね、かわいいものに懐かれる、このぬくもりが超幸せ。
ありがとう、ありがとうね二人とも。
「おねーちゃん!」
おっと。
幼稚園に妹を迎えにいくと、笑顔で全力突撃してきた。
ぼふっとキャッチした。
おお、すごい衝撃──そろそろ私も鍛えないと。
「ハルナ、いい子してた?」
「してた!」
「そ、かえろっか」
「うんっ!」
うふふ、かわいいなぁ。
なぜか嬉しそうな妹の手をひき、家に帰る。
最近は夕食関係も私がやってたりするので、買い物もする。妹は何もいわなくてもカートをもってきてくれたり、うーん、本当にいい子だ。
「ハルナは何が食べたい?」
「えっとねー、おにーちゃが、おにくがたべたいって」
「お、おう」
出たよ。今生種族の肉好き。
私も肉は嫌いじゃないけど、やっぱり猫ベースってことなのかね。ここの人たちはみんな肉が大好きなのだ。
とはいえ、地球の猫と違って猫草だけ食べればいいってわけじゃないんだよね。
やはりそこは人型種族という事なのか、まぁわかんないけど。
こっちで読んだ、こっちの人の手による栄養学の本も、皆の野菜嫌いを懸念していた。
たまねぎも問題ないし、私は弟妹にきちんと偏りなく食べさせている。
子供が嫌がるものでも喜んで食べるよう、うまく工夫もしている。
あれ?
もしかして弟妹の世話してねって言われてる理由って、これもある?
栄養学の本まで読んで考え込んでる小学生って、おかしい?
ま、まぁいっか。楽しいし。
うちの子たちの健康にもいいし。
家に帰ると仕事中の両親はいないけど、弟も戻ってきていた。
「ねーちゃん、はらへったー」
うお、まだ小学生なのに力強いわ。しかもいたずらっこ。
最近やっと落ち着いたけど、前はひどかったなぁ。
特に幼児特有のほら、おっ◯いだの、ちん◯んないだの、その手の好奇心までぶつけられちゃったもんだから、いやー、ほんとあの頃はまいったわ。
おかげさまで母にも謝られたし。
近所のおばさまたちにも、カノカちゃんはまだ小さいのにお母さんしてるわねってクスクス笑いながら言われたし。ふふふ。
でも素直でいい子だし、それもまたいい思い出だ。
「はいはい。ねえケンタ、ハルナに手を洗わせてくれる?」
「おう、わかった」
ケンタはプライド高い子で扱いにくいって皆いうけど、それは上から命令するからだよ。
それに、対等な立場で仕事を頼むと、なんだかんだできちんとやってくれるよ。
特に弱い立場の子を守ることはね──そう、だからハルナを任せることもできる。
たまに、どんな魔法かって言われるけど、別に魔法でもなんでもないっての。
ケンタはやんちゃだけど、心優しいいい子だよ。
あれ?
こんなことばかりしてるから、ふたりの担当にされてる?
うーん……ま、可愛いからいっかぁ。
二人を微笑ましく見つつ、両親に電話すると結構すぐに出た。
ごはんどうするのとか確認すると、遅くなるとのこと。
よし、では両親のぶんは作り置きしておくことにしよう。
最初、お祭りのように手伝ってくれていたけど、やがてお気に入りのテレビが始まってケンタが居間に移動。そこからはハルナのお手伝いつきで夕ご飯をこしらえた。
3人で食事をはじめると、今度はハルナのお気に入りの魔女っ子アニメが始まった。
この魔女っ子もの、ケンタはさすがに興味がないようだけど、それでもハルナとああだこうだ言いつつ見ていたりすることがある。お兄ちゃんしてるなーと最初は思ったけど、これは私の勘違いとわかった。
ケンタが興味を持っているのは、主人公の魔女ちゃんが異世界人というところらしい。
ま、たしかにこの異世界の魔女っ子ちゃん、私も「あれ?」と思うところ多いんだけどね。
え、なんでかって?
実はこの子の装備とか魔法って、そのまんま日本の魔女っ子なんだもの。
だから、つい私も見ちゃうんだよね……まぁ話自体もあっちの古典的な魔女っ子なノリで、平成になってから流行した戦う系のアニメでもないんだけどさ。
あと、ちょーっと気になる点が他にもあったり。
えっとね、この世界でも日本語は使われてるよ。日本語とは当然言わないけどね。
それに「こんにちは」もあるけどさ。
だけど「おはよう」はないはずなのに……おはようって言うんだよね、この魔女っ子。
おまけに、異世界人である主人公の朝の奇行がラジオ体操だったよ。第一第二って言っちゃってるよ。体操もたぶん合ってる。
そりゃあ異世界人って設定だし、私みたいな例もあることだし。
でもこれたぶん、関係者に日本人がいるのは確定だよね?
ふと、そんなことを思っちゃってね。
「ねーちゃん」
「ああごめん、おかわりね」
「……やっぱり、ねーちゃんは帰りたいのか?」
ふとみると、ケンタが真顔で私を見ていた。
ああうん、そう。
この二人の弟妹には、寝物語に私が生まれる前の思い出を持ってることを話してる。もちろん誰にも、両親にも内緒でだ。
なんでかって?
うん。
私もよく、無意識に「おはよう」を言っちゃうみたいで、問い詰められて仕方なく話したんだよ。
うん。
子供はするどいよ、ほんとに。
「帰りたくはないなぁ」
「そうなのか?」
「だってねーちゃん、ここの子だもの。
それに帰っても、ケンタもハルナもいないし」
「……帰りたくないか。そっか」
これっきりで、この時の会話は終わった。
だからケンタがどういう思いでその質問をしたかも、その時はわからなかった。
■ ■ ■ ■
さらに年数がたち、私は社会人になった。
ケンタが本格的に神職となり、神社をつぐことになって、分家のお嬢さんをお嫁さんにもらうことになった。
まだ高校に入ったばかりのハルナは卒業まで家にいるけど、私は家を出ることにした。
とはいえ独身だし、新しいお嫁さんが落ち着いて家を切り回すようになれば、その時にはまた考えるかもしれない。どうせ近くだし、土日は忙しければアルバイト巫女も辞さないつもりだし。
……などと思っていたら、とんでもない事件が起きたんですが。
それも、まさに異世界っていう、とんでもない大事件が。
ていうかこの世界、そこまでファンタジーだったん?
私、超初耳だったんですが。
へんな夢を見るようになった。
当初はホームシックかと思った。前世記憶が蘇った時だってそんな夢見なかったのに。
なんか、いかにも大昔の日本って感じの女神様が現れて、神社に戻りなさいと困ったように言い。そして、こっちは全然知らない、たぶんこっちの世界のおじいさんな神様に、神社にお戻りなされと言われて困ってる夢。
いやだって、そんなこと言われても仕事やめて帰るわけにもいかないじゃん。あっちはお嫁さんいるのよ?
そんなことを言い返したら、今度は夢でなく現実ですごい来客がきちゃった。
仕事先のえらい人。
それと両親に、なぜか弟のお嫁さん。
そんで、とんでもないことが告げられたのである。
この世界と地球の世界との間で、神々の交流が始まっているんだという。
だけど、ふたつの世界はそれぞれ別の理をもつ別の世界だ。
だから、ふたつの世界の間で、ふたつをつなぐ楔が打ち込まれた。たくさん。
──そう。
つまり私も、そんでたぶん、あの魔女っ子アニメのスタッフにいる誰かさんもそう。
私たちはつまり、その、ふたつの世界をつなぐ楔なんだそうだ。
なんぞそれ。
いきなりそんな、ファンタジーアニメみたいな展開されても頭がついてこないんですが?
私は神社を離れちゃいけなかったらしい。
力ある存在でもなんでもないから、要石のように神社にいてくださいと。
いやいやいや、そんなのわかりませんよ。私、凡人ですもん。
困惑していたら、今度は両親に告げられた。
私を神事に関わらせなかったのは、啓示を受けたからだそうだ。
つまり、私は異世界の神につながる魂をもっている「かけはし」の一柱だからと。
今はまだ子供なので待機状態だけど、決しておろそかにしてはいけないと。
あーうん、なるほど。
そういう意味だったのね、あれって。
ただ、就職などを禁じられたわけではないから、家を出る事まで問題だとは思ってなかったらしい。
あー……。
次に、仕事先の偉い人。
実は今回の件で金一封渡して退社扱いにしようとしたが、現場に反対意見があったらしい。
まだ期間は短いが、若者とは思えない、思慮深い有望な社員だと。
少なくとも、今やってる案件は終わりまで共に仕事をと。
在宅でもかまわないそうだ。
あーうん、評価うれしいです。
迷惑でなければ、やらせてください。
……で、最後のとどめが、弟のお嫁さんだった。
このお嫁さんだけは真摯な態度というより、むしろ……うん、池袋が似合いそうな雰囲気の人だった。うん、きっと腐ってる。私でもわかるくらいの、あっちむけの人種だった。
で、その腐臭ただようお嫁さんいわく、うちの弟は重度のシスコンだという。
私が出ていってから私の話ばかりして、夫婦生活にも支障をきたしているので困っていると。
……確かにいい子だけど、そこまでひどかったかな?
けどお嫁さんの話では、このままでは、子供がちゃんとできるかって懸念もあるという。
あーうん、それはまずいですな。
ふたりの結婚は両家の意向のものだし、子供が全然ダメだと話がややこしくなる。
それで義妹、つまりハルナに相談したら、お姉ちゃんを連れ戻すしかないと言われたと。
恥ずかしい話だが、うちの兄は常識人ではない。いままでは姉が軌道修正していたのだと。
あれの制御は私にも無理。
貴女に無理なら、お姉ちゃんを頼ってくださいと言われたんだって。
「お願いです、助けると思って戻ってください。
でないと、彼のせいで子供ができなかったとしても、私の身体に問題があるとか実家に言われかねません!」
「いやいやいや、ぶっちゃけすぎでしょ」
「事実です!」
「う……」
けど、そこまで本音ぶちまけて説得してくる彼女に、私はためいきをついた。
で、私も返した。
わかりました。
あのバカに、ちゃんとお嫁さん大事にせよと教育してみましょうと。
■ ■ ■ ■
そんなわけで、私はまた生家に戻ってきた。
嫁もちになった弟にも、現役女子高生の妹にも超喜ばれた。
そんで、お嫁さんを大事にしなさいと弟にお説教。
そしたら抵抗もなにもなく、あーそうか、しまったと困った顔。
そうだよね、わかった姉ちゃんと二つ返事で快諾。
あれぇ……普通に素直なんですが?
あれ、お嫁さんが遠くで頭かかえてますが、ええっと?
平日昼間は在宅で仕事、終わったら弟のお嫁さんの手伝いだ。
あくまで切り盛りの主役はお嫁さんで、私じゃないからね。
そうしてたら、なぜかそのお嫁さんにも懐かれたのは意味不明だったが。
それもなんかね、だんだん妹たちと反応が似てきたというか。
「あの人がシスコンに育つのも当然です、こんなの反則ですよ。
ただ甘々で平和ボケで優しいお姉さんと思ってたのに……実は中身、女神様の眷属か何かじゃないんですか?
勝てるわけないじゃないですか、こんなの」
「え?あの、え?」
「すみません失言です、わかんなくていいです。というか、貴女はいつまでもそのままでよろしくお願いします!ぜひ!」
……えーと?
よくわかんないけど、妹が増えたみたいになっちゃった。
まぁ、いいけど。
とはいえ、そうだね。
ひとりぼっちの前世の晩年に比べたら、なんて賑やかで騒々しくて──そして、温かくて幸せなのか。
思わず顔がほころぶ。
こんなに幸せでいいんだろうかって。
「どうしたんですか、義姉さん?」
「なんでもないわ、さ、お仕事終わらせましょ?」
「はい!」
うん。
あたたかくて幸せな毎日に、私は今日もほっこりするのだった……。
□ □ □ □
この世界線ではこの時代、隣接する世界線のひとつと交流をしていた。
そして、ふたつの世界をつなぐかけはしとして、地域ごとに人を、要石として置いていた。
彼女も、その一柱だった模様。
自称、なんの活躍もしてないし自分も凡人──実際、カノカ嬢は確かにそのとおりの人物だったと思われる。物語になるような活躍も何もしていない。
ただし彼女の自称が本質的に間違っているのは言うまでもない。
そもそもの問題は、前世からひきずる彼女の性癖にあったのだから。
彼女は筋金いり、どこに出しても恥ずかしくない末期のケモナーだったのである。
ケモナーといっても、知らない者には「ふーん」で終わる世界であろう。
だけどこういう世界って、実はとても歴史も闇も深いものなのだ。
詳しい説明はここでは省略するが。
地球には昔から、獣の着ぐるみを着たり異教の神に祈ったりして、自分もモフモフになりたい、なろうとする者が存在する。しかも、これらを異端者としてガチで攻撃するグループも存在する。
これはれっきとした事実で、過去形ですらないリアルな現実だ。
というか、そういう性癖が存在するからこそ、大の大人が半獣の着ぐるみを着用して外を歩き回り、それを撮影して喜ぶ文化なんてものがガチで存在するのだ。
ウソだと思うなら、あなたのスマホで検索してみるといい。
それらはもはや思想の域をこえていた。
もし21世紀の地球に完全な義体技術が存在したなら、自分を獣人に変えてしまう者たちが一定数いただろう。
前世のカノカ嬢も、技術的な問題がなければ、そうしていたろうカテゴリの人物であった。
確かに本人は、自分は大したことないと心の底から思っていたろう。
だがそれはむしろ『真の変態は自分を変態だと認識していない』という、どこの世界にもある不変の原則によるものだった。
つまりカノカ嬢は「医者もだまって首をふる」レベルの末期のケモナーだった。
はるか前世から、いや、その前世ですら誰にもカミングアウトせず、自分の性癖を隠し続けていたと思われる。
比較対象がないがゆえに、彼女は自分の異常性を全くもって認識していなかった。
せいぜい、モフモフは可愛い、可愛いから愛でるのだと思っていただけ。
その異常さを隠したまま彼女は死に、そしてモフモフ人類の世界に生まれ変わったのだ。
新世界で彼女の異常は、ますます加熱することになった。
そして自慰行為をがまんできない常習者と同じように、ただ自分の欲望のままに弟妹に関わり続けた。
それはとても危険なことだった。
だけど家族にとって幸運なことに、彼女の行動のすべてはアガペー、つまり無償で与える愛に終始していた。
たしかにこれでは問題が起きようはずもない。
それどころか、自らの利害よりも相手の幸せだけを祈るその姿勢と行動は、皆をうならせた。
高潔すぎる。まるで神に仕える本物の巫女のように。
弟妹についても、ただ甘やかすのでなく叱る時は叱り、きちんとその者の長所を伸ばしていた。まさに理想的な教育テキストそのままの行動を、まったく飾らずに素でやっていた。
両親が安心して弟妹を託したのも、むしろ当たり前だろう。
彼女が「まじめさ」などでなく、弟妹を心底可愛がり、ただ甘やかすのでなくしっかりと育て上げ、しかもその言動や行動に危うさも微塵もないことがわかったからだ。
悪いと思いつつも託した。
子どもたちも同様。
叱られることもあるが理不尽な叱責は絶対にしない、やさしくやさしく、やさしいお姉ちゃん。
そりゃ懐いて当然だった。
彼女は一生涯、変わることなく彼らを愛で続けた。
弟たちに子が生まれればその子も、孫も、かわいい彼らを笑顔で愛で続けた。
たとえ根っこに何があろうと、その愛情の強さと純粋さは本物だし、そんな彼女に誰もが親しみ、信用していた。
そして彼女もそのまま一生を使い切り、皆に惜しまれつつ旅立った。
お姉ちゃん、伯母さん、お婆ちゃん。
たくさんの子供たちに見送られた、安らかな終焉だったという。
なお。
実は弟妹と、ごくごく一部の子供らだけはその姉の異様なモフモフ偏愛を知っていたと言われている。
だけど、それを彼女の醜い点と考えず、むしろ彼女の人間くささに信頼を新たにする結果になったという。
そして問題があった時、その者たち全員が彼女をかばったことも記録に残っている。
実は私、昔とあるソーシャル系ネトゲで獣人(単なる獣耳人間はnekoといって別カテゴリなので、本当に獣頭人身のガチ獣人)のコミュニティにいました。で、海外のネトゲだったんで、そういう「人間以外のコミュニティに攻撃する」みたいなのの被害にもあったことがあります。
本当、この手の世界は深いです。




