立場の重さ
お久しぶりです。PC壊れて交換したのでテストがてら。
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。
だが彼らの全てが目立つ活躍をするわけではなく、むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数。
しかしそれでは物語としてウケが悪い。
そんなわけで、王道とされる主人公たちは、否応がなしに非常識な活躍をさせられている。
では、そんな主人公たちではない大多数の人々はどんな異世界生活をしているのだろう?
今日もそのひとりを紹介したい。
その者の名はヤスコ。
異界漂流者である。
◇ ◇ ◇
とある国で、ひとりの辺境伯令嬢が公式の場で婚約者の王太子に一方的になじられ、婚約破棄された。
まるで安直な恋愛小説に出てくるような非現実な蛮行だが、驚いたことに現実に行われたのである。
しかも、なんとその蛮行に王家まで加担したという。
王太子の名声が地に落ちないよう、令嬢の側に問題がある内容の公式発表をしたのだ。
しかも当人どころか辺境伯家にすら、事前の打診そのほか一切なし。
公式の場での罵倒も、令嬢に傷をつけるような大問題の公式発表も、すべて同意なしの一方的なものだった。
ありえないことだった。
王国中枢部にバカしか居ないのか、それとも何か思惑あっての事なのか?
だが仔細はともかく、娘の一生を台無しにされた辺境伯家は家中で激怒したと記録にもある。
当然といえば当然だ。
娘は歳の離れた末娘であり、辺境伯家では皆から大変かわいがられている娘だった。
さらにいえば娘の婚約は王家からの命令で無理やり結ばされたものでもあったわけで、勝手に取り上げておいて傷物にして投げ返したに等しい行為に、家族どころか領民までも怒ることになったのである。
すぐさま辺境伯家は対策をとりはじめた。
具体的には、その日のうちに娘を保護して王都から物理的に引き上げたばかりではなく、同時に娘を幼なじみの隣の辺境伯の末っ子と結ばせる内容の書面を両家同意の書とともに提出した。うだうだ待っていて、またロクでもない婚約を押し付けられたらたまらないので、それはもう迅速に行われた。
さらに、国の四方を守る辺境伯家すべてで情報共有。
元より彼らは近年のひどい辺境軽視に困らされてきた事情があり、辺境伯だけの連絡網を作っていたので話が早かった。
この状況で各家の連絡員や配達ルートを使い、内外に今回の婚約破棄についての真実を本格的に流しはじめた。
何しろ悪いのはすべて王太子と王家なのだから、脚色も何も必要なかった。
情報は王家のし掛けた国内むけの悪意を辺境から打ち消しつつ、それ以上の速さで近隣諸国にもどんどん広まっていった。
さらに、吟遊詩人たちも動いた。
娯楽のため吟遊詩人に出資していた南の辺境伯家が、歌でもできないかと滞在していた吟遊詩人たちに伝えたところ、なんと令嬢を恩人と敬愛する吟遊詩人が滞在していて話を聞き激怒したのだ。
彼は仲間に令嬢について語った。
『精霊たちのきらめく光の中、魔物の群れを薙ぎ払って私たちを助けてくれたのです。
さらに助けがやってくるまで我々をはげまし、食事を作り、子供らと遊んでくださった。
あの頃、まだたった八歳のご令嬢、しかもたったのお一人でです。
気高く優しく、そして妖精のように美しく強い。とても愛らしい方なのですよ』
『へぇ、まるで英雄様の子供時代みたいじゃないか!』
『あの手の子供時代の逸話はたいてい誇張なんだが、実際にやらかしたのか……いいねいいね!』
『ていうか、そんな娘さんを婚約破棄した上に悪い噂ばらまくなんて、この国の王家はどうなってんだ?』
『うむ、こういうのこそ是非歌にしたいよな!』
『まったくだ!』
『おう、作るか!』
『やろう!』
『手伝うぜ、やろう!』
滞在中の吟遊詩人たちがやる気になってしまい、あっというまに悲劇をわかりやすく伝える歌を作りあげた。
そして辺境伯たちが頼むまでもなく、得意満面でその悲劇の令嬢の歌を広め始めたのである。
辺境伯たちの流した噂は彼らのルートを通してだったので、国内より国外に先に広まった。
さらに辺境伯たちが王都むけの情報ルートをある時期まで封鎖していた事もあり、王都に、さらに貴族たちから王家の耳に届く頃には、近隣諸国には覆しようもないくらいに令嬢を悲劇のヒロインとし、王家をバカにする噂が広まっていた。
問題はさらに続く。
婚約破棄騒動より数ヶ月が経過しても、王家はまだ令嬢の婚約届けを受理しなかった。
あの日、即日で提出されたというのに。再三の辺境伯家の要求を、のらりくらりと交わしたばかりか、ついには「王命で第2王子の婚約者をあてがう準備を進めているので少し待て」との回答が返ってきて辺境伯家を激怒させた。
辺境伯家で相談の末、令嬢の死亡連絡を王家に出すことにした。理由は自害で、人を人とも思わない王家に失望して抗議の手紙をしたためて毒を飲んだと公式に発表。現場を看取ったのは、王家がわざと婚約届けの受理を遅らせたため、結婚の準備をしつつ待ち続けた幼なじみの青年で、かの青年も愛する令嬢なき今、生きていたくないと後を追ったと。
なお、実際のご当人たちは辺境伯仲間のツテで近隣の辺境伯家に逃がされ、当地で結婚式をあげた。
死亡扱いにしたから結婚に王家の許可もいらないわけで、これ以上余計な事になる前にと両家の同意で結ばせたのだ。当人たちも、やっと結婚できると苦笑しながらも大いに喜んだ。
末っ子で幼なじみ同士で、ふたり揃うとちょっとポンコツぎみだが息はあってる。
何しろ出会いは幼少期で、魔物と戦った経験どころか、逃走する魔物を追って野営しつつ狩人のようにふたりで追撃したことも一度や二度ではない。
そんなふたりの仲良し全開な結婚に、祝った皆は終始ほっこり。
辺境伯はその土地柄、中央の貴族家同士のような虚飾や政略による結婚はあまりないものだ。
そういう意味で、実に辺境伯らしい手作りの良い結婚式だったという。
あとは、ほとぼりが醒めた頃に青年側の辺境伯家に表向きは養子の形で二人セットで戻される事と決まった。
そんなこんなで無事に令嬢は幸せを掴んだわけだが、それに反応したのは王家だった。
貴族子女を死んだ事にして別人として他家に出すのは醜聞の対策などでよくある事であるが、世間に野火のように広がっている悲劇の令嬢と悪役王家な歌や噂の数々も辺境伯のしわざと証拠もなく断定し、辺境伯夫妻を王城に呼びつけたうえ、令嬢の名誉回復をするので隠してないで登城させなさいと臆面もなく命じたのである。
夫妻は眉をつりあげ、死んだ娘にこの上さらに泥を塗るおつもりかと反論。
遺体はアンデッドにならないよう火葬にしたので、どうしてもというのなら遺骨を届ける事になるが、そこまでなさるおつもりなら、もはや我が辺境伯家は爵位を返却し、領地も離脱する事になるぞとハッキリと告げた。
さらにその場で国王が口ごもった事から、夫妻揃って歴戦の辺境伯そのままの迫力で国王夫妻を睨みつけた。
それに国王夫妻が腰を抜かすのを醒めた目で見た二人は、ではこれにて失礼と穏やかに伝えて夫婦ともども速やかに立ち去った。
残された国王個夫妻や周囲の者がハッと気付き、引き留めようとしたがもう遅い。
もともと長居するつもりなどなかったようで、妻に至っては、着たまま戦える辺境伯仕様の特殊なドレスを最初から身にまとっていた。辺境に興味のない王城の者は誰もそれに気づかなかったが。
着替えの名目で引き留めようとした侍女をガン無視してそのまま夫と出口に向かった。
出口で武装を受け取ると即座に夫妻は城を退出。
なんと、その日のうちに王都を引き払い、メイドのひとりも残さずに領地に引き上げた。
その挙動や移動の速さはまるで、国境付近を速やかに駆け回る、穏やかで強い辺境伯らしいものだったという。
国内の周辺部をたばねる4つの辺境伯家が一斉に爵位を返却、連合国家として独立宣言したのはそれからわずか一週間後のことだった。
ちなみに爵位は上位者から貰うものなので、本来は「返上」が正しく、それをわざわざ返却と言うのは、自分は王家の下ではないと宣言した事になる。
つまり国王夫妻に返却と告げた時点で、すでに夫妻はこの国からの離脱を決めていたと思われる。
このやりとりは後に、居合わせたメイドのひとりの手記が残っているが、メイドの書いた『返却宣言』という表記が歴史家の目に止まり、後の歴史で年号とともに語られている。
後に王国は、辺境伯連合と戦う事になるが、長年辺境伯に守られぬくぬくと平和を享受していた中央貴族や王家に、しっかりと準備をして戦いに挑んだ上に物流もおさえた辺境伯家の連合軍と戦って勝てる道理などなく、ほどなくして王国は解体、現王族は本件と全く関わりのない末席や王家を出た者たち以外すべて始末された。
そして本件は、ないがしろにされた上にひどい噂までばらまかれて婚約破棄され、人生をめちゃくちゃにされた辺境伯令嬢の悲劇と、それをきっかけにした王族の滅亡とセットで長いこと、演目として語られ続けたのである。
このようなドラマチックな一連の事件なのだが、ご令嬢の件はあくまで最終的な事件発生のトリガーになっただけであり、本当の原因ではないと、いち研究者の見解としては考えている。
理由は、辺境伯家での根回しと独立宣言までの異様なまでの手回しのよさだ。
まず、この時代は魔信と呼ばれる通信手段がそろそろ実験段階になっており、おそらく辺境伯家はこれをいち早く導入し、情報共有して防衛に役立てていたと思われる……が、この連絡網は同時に辺境の地や国外の脅威だけでなく、国内の脅威についての情報共有にも使われていたのだと推測される。
そして記録によると王家は各辺境伯家に対し、それぞれにその力を削ぐような無理難題を別々に、わかりにくいように昔から押し付けてきた。そうすることで王家には叶わないと思わせ、ある意味力で従わせてきたわけだ。
だがそれらの欺瞞も脅しも、魔信のような高速通信を想定していないもの。
つまり魔信で各家が頻繁にやりとりをはじめた途端、ぼんやりと共有されていた王家の横暴についての情報が改めてハッキリと、詳らかになってしまったのである。
敬意には敬意を、悪意には悪意を。
彼らが王国離脱を決めた瞬間だった。
だがこの時点で、ふたつの大きな問題があった。
ひとつは、その時点で辺境伯家同士の結びつきがまだ弱かったこと。
そして王命で令嬢が、王族の婚約者という名の人質であったことだ。
前者については、速やかに手を結ぶことで話が進んだが問題は後者。
ここで辺境伯家のひとつが面白い提案をしてきた。
記録によると、その領地で隠棲していて亡くなった老魔術師がいて、お弟子さんが領地で研究を続けていること。
そしてその弟子の中に、老魔術師が異世界より召喚した娘がいた。名はヤスコ。
彼女は物理戦闘力こそ乏しいが偵察や支援魔法に優れた魔術師で、その辺境伯家ではヤスコが「バフ・デバフ」と呼ぶ強力な支援魔法の研究をしているのだという。
ヤスコなら、うまい方法をみつけるかもしれないという。
聞けば彼女は辺境で不足しがちのお嫁さんを探してきたり、良縁を結んだり、逆に悪要素のあるカップルについて問題をあぶり出したり、ひどい場合は別れることをハッキリ提案したりといった事を得意としていた。
当人いわく「みんなが幸せになれば、わたしもおこぼれで幸せになれるの。それだけよ」と苦笑いし、そんなヤスコを周囲の者はあれやこれやと世話を焼いていたという。
専門家によれば、それは彼女の資質そのものだろうという。
おそらくその優れた偵察や支援の能力を天然天性でうまく活用し、周囲の人間関係をよりよくする事で結果として自分の身を守るのがヤスコの資質の正体だろうというわけだ。
そんなヤスコだが、令嬢の話を聞いて眉をしかめた。
ちょっと自分で出向いて調べるのでお休みくださいと言った。護衛はいらないというので路銀を多めに与えた。
そして、姿を消して2週間後。
ヤスコは報告書とともに「ひっどいわアレ」という苦言とともに帰ってきたという。
そんなヤスコによれば、問題の王太子に本気で横恋慕している令嬢が数名いて、なかなかに脇の甘いご令嬢もいるという。
『謀略に使うならこの娘がいいと思うわ』
『理由は?』
『この娘ね、魔族の血が入ってるの。本人は自覚してて、バレたら家をでなくちゃって自分で準備してるみたい』
『なんじゃと!?』
『コトがすんだら援助なりなんなり、ちゃんと助けてあげてくださいね、それが彼女を使う条件です』
『うむ、それは問題ないというか断られても援助はするが』
『魔族との混血ね、それは珍しい』
『確かなのかね?』
『精霊が言ってたわ』
『いいのういいのう、魔族の血が入っていれば魔に明るかろう、楽しみじゃのう』
『魔族の子だからと魔法が得意とは限らんぞ』
『素質があれば伸ばせばよかろう、魔族が入ってるなら寿命も長そうじゃし問題あるまい』
『ちょっと、先に問題の解決を!』
『わかっとるわかっとる』
『ほんとに大丈夫かしら?』
この頃のヤスコはまだ精霊使いではないが、すでに精霊と対話は可能になっていたようだ。
この国では他種族との混血で差別されることはない、なぜなら結構たくさんいるからだ。
だが、さすがに高位貴族だと今もまだ少し偏見や差別が残っており、家の足かせになりたくないのだろう。
気立ての良い娘ではないかと皆は感心し、望むなら受け入れる用意があると全辺境伯家が断言した。
有能な人を逃がす気がないあたり、さすがの辺境伯家だった。
そんなわけで辺境伯家の手で工作が行われたようだ。
といっても彼らとしては、問題の令嬢に軽くバフがけしてもらい、王太子と出会わせただけだった。
やったのはそれだけ。
そもそも非常識な婚約破棄なんて彼らは想定していなかった。
彼らが狙っていたのは王太子に「他の娘と婚約したい」と思わせる事だけ。
別に彼らの令嬢と結婚するのがマストなわけではなく、辺境に影響力を維持したいなら別の方法も在るはずなので、それだけで問題ないと彼らは考えていたわけだ。
そう。
彼らの計算外は要するに、想定をはるかに越えて王族とその周囲がバカ揃いだったということ。
それが今回の事件の原因であり、彼ら辺境伯家の大人たちの小さな読み違いが一国を滅亡させ、組織再編に結びついたのだというわけだ。
ちなみに、その事に気づいた彼らは令嬢と、その幼なじみの青年に全力で侘びたという。
しかし二人は苦笑するだけ。
同じく苦笑するヤスコがふたりを代弁して「誰も悪くありませんよ」と言ったという。
『こんなの皆さんが平民なら、ご近所レベルの騒動で終わったはずのことです。そうならなかったのはひとえに、皆さんの立場が王侯貴族だっただけ。立場の重さが無駄に問題を大きくしてしまったわけです』
ああ、たしかに。
全員揃ってためいきをついたという。
ちなみに助けた魔族混じりの娘は後日、ヤスコの押しかけ弟子になったという。
だがそれはまた別のお話である。
お久しぶりです。
もはや時代遅れの婚約破棄ものですが、裏で何が起きていたのかを中心に描いてみました。
新しいPCと新しいキーボードに習熟の意味もかねて一気に書きました。
では。
なお環境は以下のようになりました。
前PC: Dell Latitude E5250 (Debian bookwormとWindows10のマルチブート)
新PC: Dell Inspiron15 3535 (Debian bookwormとWindows11のマルチブート)
ちなみにマウスとトラックボールは、うちは 100% がLogitecです。
20世紀のLogitec製 Trackmanと X Window System用の3つボタンマウスに始まり、今も変わらず愛用。
本シリーズを記述しているアプリは OlivineEditor + Java8(Sun版) で変わりなし。
ですが現在、書物の主力はオープンソースの CherryTree アウトラインエディタに置き換わっています。
今回、久しぶりに OlivineEditor 使いました。




