時代の流れ
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
彼女の名は自称アンナ。
おそらく彼女もまた異界漂流者だと思われる……。
◇ ◇ ◇
「アンナはもういないって、どういうことだ?」
「どういうも何も、申し上げたではございませんか。
アンナは他の国に行きましたと」
「だから何で?」
「……あのですね旦那様。
そんなもの、良いお仕事の口があったに決まってるじゃありませんか?」
困ったように老女は、目の前で眉をしかめる若者を見た。
若者は手などもきれいだし、物腰にも隠せない雰囲気があった。
庶民の格好をしているが、間違いなくお忍びの貴族以上のなにかだろう。
「仕事というのはわかるが、しかしなぜわざわざ他の国に行くのだ?
こういっては何だが、アンナにわざわざ他国に呼ばれるような才はないはずだ。
それに我が国は大国で経済的にも豊かだ。
その我が国を捨てていくなんて……あのアンナが?」
「……お言葉ですが旦那様。
アンナのことをご存知ならば、あの子の才能もご存知でしょう?」
「え?」
「魔法の才ですよ?」
「魔法?……たしかに無くはないが、アンナの使えた魔法といえば」
「ああ、補助魔法に生活魔法になんの価値があるのかとおっしゃりたいのですね。
ええ、ですからアンナはこの国を出ていったんじゃありませんか」
「え?」
若者は、ポカーンとした顔で老女を見た。
「この国では攻撃魔法に回復魔法、結界術などのみ重要視され、それ以外の使い手は軽視される。
特にアンナのような補助魔法特化の娘なんて差別の対象じゃありませんか。
ですけどネ、この国以外の多くの国では、特に補助魔法の使い手は優遇されるんですよ。
条件のいいところに働きに行く。
なにかおかしなところがありますか?」
「いやしかし国を捨てるなんて。
この国のように差別されないといっても結局、補助魔法は補助魔法だろう?
それに、たしかに庶民は国を出ていく事もできるが、一度出ていったらまず戻る事なんかできないってのに」
「それでも体を売るよりはずっといいじゃありませんか?」
「……え?」
若者はポカーンとした顔で老女を見た。
「おや、なにかおかしな事を申しましたかね?
お貴族様に睨まれるのを庶民は嫌がりますんでね、補助魔法使いと知られただけでクビになるんですよ。
あの娘はそのせいで、すでに2つも仕事先を追い出されてしまいました。
どんなに真面目に働いてもね、補助魔法使いと知られた時点でこの国じゃ終わりなんです。
それでもこの国に残ろうとするなら、もう身売りするしかなかったんですよ?」
「そんな馬鹿な!」
「馬鹿なも何も現実でしょう?
それでは、わたしも仕事がありますんで」
「まて、待ってくれ!せめてどこの国に行ったかだけでも「教えるわけないでしょ?」……は?」
今度こそ老女は眉をよせた。隠しきれない怒りが透けて見えた。
「そもそも、あの娘が補助魔法使いだと働き先に知られたのは、あなたが訪ねてくるからですヨ?
魔法なんて、使えないと言ってしまえばバレないんですから。
なのにあなたが来る。
訳ありと知られて調べられ、補助魔法使いだとバレてクビになる。
つまりあなたのせいなんですよ。
そのあなたにあの娘の行き先を教える?
勘弁してくださいな」
「なん……どういうことだそれは!?」
「皆さん、旦那様がおかえりだよ」
そういうと老女は若者を追い出した。
若者は粘ろうとしたが、騎士団でも見たことのないような男たちが現れ、やむなく撤退するしかなかった。
そして以降。
若者は結局、愛しい娘に二度と会う事はないのだった……。
◇ ◇ ◇
当時大国だったドラクゥ帝国に居場所がなくなったアンナは、小さいが補助魔法関係では有名なメガティン魔法国で仕事についた。
古き勇者の時代からの伝統で、個人の武を尊ぶドラクゥ。
田舎の冒険者ギルドから生まれ、徒党を組んで戦う有利性をよく知っているメガティン。
もっとも後期のドラクゥは直接戦えない非戦闘員を冷遇するようになっており、このせいでアンナを始めとする多くの人材が国外に流出したのも大きい。
実際、これが長きドラクゥの終わりの始まりだったと言われている。
残念ながらアンナは完全な庶民であり、その生涯についてはよくわかっていない事が多い。
ではどうしてわずかでも記録があるかというと、アンナの生まれがドラクゥの高位貴族だったから。
転生者で早くから自意識と判断力のあったアンナは、自分がドラクゥが求めるような攻撃魔法や回復魔法の才がない事も、そしていずれ追い出される事も理解しており、生きるすべを模索していたと思われる。
そして実際に追い出されて……補助魔法使いという理由で迫害を受ける中、他国ならむしろその才で生計をたてられる事を知り、さっさと出奔してしまったのだと思われる。
アンナがどんな生涯を送ったのかは、繰り返すがあまり情報がない。
メガティン入国時にマサコという名に変えた事はわかっているが、さらに本格的に魔術師として活動をはじめてからというもの、普段はよくある別名を色々使い分けるようになっていった。
どうやらセキュリティを重視するようになったようだ。
一応、疑わしき人物はいるが異説も多く、正直歴史の闇の中になっている。
だがこの時代よりあとのドラクゥの歴史は、あまりにも象徴的といえる。
時代は個人戦の時代が終わり、軍隊による集団戦に移行しつつあった。
個人の武に特化しすぎたドラクゥは、次第に補助魔法や進化した魔法技術で底上げされた「集団」に遅れをとり、勢力を失い始めていた。
そう。
アンナの出国劇はある意味、国の未来を象徴するものだったといえる。
どうも、しばらくです。
長く和製RPGやってる方なら、ドラ○エとメガ○ンの両方やった方も多いですよね。
前者にも補助魔法あるしボス戦でもよく使うけど、いわゆるバフ・デバフが本当に早い時代からガチで重要視されていたのは、なんといっても後者の方でしょう。
私はSFC時代までの古い時代のプレイヤーですから、特にその傾向強いです。
自陣を強化しつつ敵側に妨害用のデバフをかけたり。
さらに速い・硬い・やばいと三文字揃ってる敵の弱点を探し、そこに特化したバフがけを組んだり。
いろいろやりましたね。
なつかしいです。
そう。
ドラクゥ帝国からメガティン魔法国に移ったのはアンナ嬢だけでなく、この私もそうだと言えるのです……。




