フィリア・アラネア
黄金週間用の特別編です。
とある世界のとある国で、ひとりの少年が処刑された。
その少年は黒目黒髪だった。
遠く異世界より召喚された少年少女たちのひとりであったが、実用になるようなスキルも目覚める事なく、役立たずとみなされた。見知らぬ世界に突然呼び寄せられた少年少女たちはストレスと不満を溜め込んでいたから、それらのはけ口としても最適だった。
もとより、平和ボケした異世界の少年少女たちである。
海千のしたたか者ばかりの王宮の者にとってこれ以上扱いやすい存在もないわけで、彼らはおもしろいように踊らされた。かけがえのない仲間のひとりであるはずの少年は同胞によって迫害され、ついには冤罪を着せられて処刑されるに至ったのだった。
まぁ、元より少年はもともといじめられっ子の立場だったし、暗い性格で友達もいなかったという。集団の中でも浮いた存在だったのは確かであり、だから彼らも後腐れなく排斥したし、国の者たちもそれを最大限に利用した。そして皆のストレスと優越感の犠牲となり、やってもいない罪で殺されたあげく、埋葬すらもされずに罪人を捨てる場所に打ち捨てられたのである。
だがどちらにしろ、少年の物語はそれでおしまい。
死は悲しいが永遠の安らぎでもある。生の苦しみをもう味合わなくてすむのだから。
もう二度と誰も傷つけず、傷つけられる事もない『死』が訪れた彼は、ある意味幸せなのかもしれなかった。
物語は、それで終わるはずだった……。
死体捨て場に一匹の小さな蜘蛛が迷い込んだ。
蜘蛛は死にかけていたが、魔力を帯びてもいた。打ち捨てられた『魔力ある者』の存在を感じ取り、これを喰らって生き延びようと近寄っていった。
この世界の生き物は、強い魔力を帯びると虫から虫怪になる。場合によっては魔物になったり、より上位の存在にシフトする事もある。
死体置き場はアンデッド発生防止のために浄化術がかかっている。また同じ理由で、魔物が入り込むことはできない。
だが蜘蛛は魔物でなくただの虫であるし、しかも死にかけで弱体化していた。だから浄化術の対象にもなる事なく、普通に通過することができた。
そしてその蜘蛛は、少年の遺体を溶かし喰いはじめたのだけど。
『!?』
その途端、蜘蛛の身体に異変が起きた。
突然に身体が強い魔力を帯びたかと思うと、胴体がサナギのように変化し始めた。さらにみるみる巨大化をはじめたのである。
もともとの蜘蛛が小さなものだったこともあり、すぐにそれは蜘蛛のカタチを失った。何やら奇怪な異形のサナギ、または繭へと変貌したそれは、さらに、さらに肥大化を続けた。
そして同時に、少年の遺体の方は原型を失い、まるで強力な溶解液で溶けるかのように小さくなっていった。
やがてそれが元人間であった事などわからぬ肉の塊になり、さらに小さくなり、ついには消えてしまう頃。
サナギの方はというと、中にヒトガタの何かが入っているようなカタチになっていた。
その大きさは、若い女のサイズ。
さらにサナギは、少年だけでは足りないのか、周囲に捨てられていた別の遺体からも何かを吸い取っているようだった。そうして元の蜘蛛はもとより少年のそれも超えた全く別の何かに変わろうとしていた。
もしこの時点で誰かが異変に気づいていたら、このあとの悲劇はなかったかもしれない。
だけど、れっきとした王城の地下にあるというのに遺体も何もすべて放置している時点で、ここがもともと管理されていない場所なのは明白だった。
腐臭などが地上に届かぬようされているのだろうし、おそらく致命的な問題が起きる前に骨以外は分解されるようになっているのだろうけど、今回のような問題は想定されていなかった。ゆえに事態は誰にも見咎められる事のないまま進行してしまった。
やがて数日後。それは目覚めた。
育ちきったサナギの表面が、ツーッと裂けた。
そしてそこから、にゅっと小さな、柔らかい女の手が現れた。
そして現れたのは、この世界によくいる緑髪にオレンジの瞳の……しかし、見る者をハッとさせるほどの美しい女だった。
歳の頃は……異世界人の少年たちなら、おそらく大学生くらいと答えるだろう。自分たちよりも少しだけ歳上ということだが、それはまさに大人になったばかりの若い女という意味でもある。
もはや、元の蜘蛛のイメージはどこにもない。強いて言えば額に黒い宝石のような飾りが2つついているが、それが蜘蛛の目と同じ光沢を放っている事だけがその名残だった。
「ここ……は……」
女はまわりを見て、そして自分の身体を見た。
「……おなかすいた」
ゆらりと立ち上がった。
当たり前だが、生まれたての女は全裸だ。長い髪は腰まで届きそうだったが、その身体を隠すには至っていない。
そのまま女は歩きだそうとした。
「……」
進路を妨げるのは、鉄の柵。
それに細い手を添え、力を入れた。
……メキメキ、ガキゴキ。
金属の構造物がきしむ音をたて、柵に通り道ができた。
「……」
女はそれを一瞥し、再び歩きだした。
通路は長いもので、何度か階段を登り扉を抜けた。その全てには施錠されていたが、女が手を添えると何故かカシャンと解錠音がして外れた。手を放す瞬間に糸のようなものがチラリと見えた。
広い廊下に出た。
「……」
時間はどうやら深夜らしい。
女はそのまま歩きだそうとしたが、何も着ていない自分の身体を見てしばし考え込む。やがてスッ……と右手で宙を描くように流すと。
次の瞬間、女はグレーのレディススーツのような衣装をまとっていた。
そして再び歩き出した。
しばらく歩くと、向こうから明かりのついた燭台をもつ女が歩いてくる……どうやらメイドのようだ。
女は少し考えたが、そのまま歩き続けた。
やがてメイドの方からも女を視認できたはずだが、なぜかメイドは反応しない。ただし女をまっすぐ見据えており、見えていないわけではないようだ。
やがて目の前に来ると、女が口を開いた。
「おなかがすいたわ」
「はい、ではこちらへ」
メイドは向きを変え、女を先導して歩き始めた。
やがて扉のひとつの前にくるとそれを開き「どうぞ」と女に告げて中に入った。
女が入るとメイドは扉に控えており、静かに扉を閉め施錠した。
窓のない暗い部屋だった。しかし女の燭台がテーブルに置かれており、そのおかげで全体はよく見える。
「脱ぎなさい」
「はい」
女に言われるまま、メイドはためらいもなくメイド服を脱ぎはじめた。目は虚ろで焦点が合っておらず、女に操られているのがありありとわかった。
やがて女が裸になると、クフッと女は目を細め嗤った。
そして──。
燭台に照らされた女の影が、巨大な蜘蛛のそれに変わった。
数年後。
異世界の少年少女を好き放題に扱っていたその国、ノスフェラトゥ王国は終焉を迎えることとなった。
といっても他国に攻められたのではなく内部から国の中枢部が混乱、自壊していった。王城が丸焼けになるという事件こそあったもの人的被害は少なく、使い物にならない城は放置したうえで元貴族館を使って暫定政権をスタート。やがて城は時間をかけて解体していった。
原因はよくわかっていない。
ただ城と共に異世界召喚の技術は失われてしまい、二度と使うことはできなくなり。
また兵士や職員の犠牲はないものの王族や側近たちは全滅。異世界の少年少女たちも誰ひとりとしてその後、名前を聞かなくなった。
真相は、今となっては闇の中である。
こういう特定キャラを活躍させる作品も面白いなーと思うんですが。
ただ私が描くと、どこぞの初音姉様とキャラがかぶりそうなんですよね……。