自分にできる事
しばらくリアルの事情で完全に止まっていました。
小さなものから少しずつ……。
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
彼女の名は自称『ゲオルグ・シュナイダー』。
異界の男性名を名乗る女性。
おそらく彼女もまた異界漂流者である。
◇ ◇ ◇
その個体は、見た目はたしかに人間だった。
人間の──見た目は少女。
だが機械の翼のようなものを背負い、鳥のように空を飛んでいた。
そして、片腕には猟銃を思わせる長い銃を持って。
「──」
少女は大空に──鳥も寄り付かないような超高度を飛び、やがてその場所に着いた。
眼下には大地──そして、大きな都市が見える。
銃をかまえなおし、銃口を真下の都市の中央に向けた。
スコープを覗き込み、調整していく。
「ターゲット固定……照準セット。
攻撃システムにアクセス──21番をセット──完了。
着弾予想、08時間後──設定完了、よし」
発射音などは何もない──当然だ。
彼女がやったのは目標の設定と──衛星軌道上にある攻撃システムに命令しただけなのだから。
「……くだらない理由のためにオレの故郷を滅ぼしたんだ。
だったら、逆に滅ぼされても文句はないよな?」
少女は少年のような物言いでひとこと告げると、立ち去った。
きっかり八時間後。
とある大国の首都に星が落ち、かの国は滅びる事となった。
黒い噂の絶えない国であり、ついに神の怒りを買ったなどの噂が飛び交う事となった。
少女は何者か?
それを知るには、少し時間をさかのぼる必要がある。
◇ ◇ ◇
目覚めた時には全てが終わっていた。
「──なんだよこれ?」
俺が目覚めたのは崖の下。
まわりは死体やら瓦礫やら。
最初、意味が理解できなくて──やがて理解できた。
「ああ」
そうだ。
国だか貴族だかよくわからないが、俺の村に向かっているんだ。
ちくしょう、わけがわからない。
わからないが──くそ、好きにさせてたまるか!
いやもちろん、ただの村人にこの状況は押し返せない。
そう──ただの村人ならね。
だけど今は違う──はずなんだ。
『ステータス表示』
たった今蘇った記憶をたどり、ただちにシステムの状況を確認する。
現在の機能や性能──彼らに追いつき、村を救う方法はあるか?
【名称:George Schneider】
【種族:有機改造生命体(人間ベース)】
【機能・システム種別:アルバ五型機動空間戦闘兵】
五型相当!?
くそ、という事は完全な格闘戦タイプか!
自身では高速移動ができない。
しかも友軍も支援機も近郊には全くいない!
呼びかけを続けながら、俺は全速力で駆け出した。
──だが。
「──!!」
駆けつけた俺が見たのは、殺されていく村人たち──今朝まで俺を可愛がってくれた人たち。
俺は激昂した。
気づいた時には、血まみれで「ちくしょう、ちくしょう」と意味のない叫びをあげながらその者たち──盗賊に化けた兵士らしき者たちを皆殺しにしていた。
村にはひとりだけ生存者がいた──仲良くしていた友達だ。
だけど、若い女の子ひとりだけ生き延びていた理由は──言うまでもない。
そんな彼女もボロボロで。
俺に「お願い、わたしも殺して」と言われ……俺は泣きながら彼女の最後の願いをかなえた。
村人ミーネとしての俺の最後の仕事。
それは大切だった村の人々を埋葬し、村を焼き払う事だった。
何があったかをきちんと記した石碑も建てて。
過去の全てが壊された俺は、ミーネというあの人たちにもらった名前を捨てた。
そして、前世でVRMMO『星間戦争』で使っていた名前、ゲオルグ・シュナイダーを名乗る事にした。
男性名であるけどかまうものか。
もとより──それはゲームでの名前なのだから。
この身体は人間であるが、人間ではない。
どういう意味かというと、人間をはるかに越えた力をもちながらも、あくまで元人間だからだ。
過酷な開拓惑星などで、それに適合した新しい人類を生み出す試み。
だからこそ普通に人の母親から生まれるし、別人でもなんでもないその人の子供。
しかも幼少時はちょっと丈夫なだけの普通の人間。
そして第二次性徴で一種の『超人化』を起こし、大人たちにまじって活躍できるようになるってわけだ。
もっとも。
何もなければ、俺が超人化を迎えたかは微妙だ。
ここは異星か、もしくは異世界か──少なくとも『星間戦争』のゲーム上ではない。
さすがにわかる。
ここは人が作ったゲーム世界ではないだろう。
だったら、人をはるかに越えた力や前世の記憶なんて存在しない方がいいだろう。
普通に村娘ミーネとして生きる方が幸せになれたろう。
だけどこの世界は、ミーネをその属する村ごと殺した。
あいにく完全に村娘として生きてきたので、現時点ではこの世界のソーシャルな事情はわからない。
こうなってしまった今、ミーネとして生き続ける意味はない。
むしろ生き続けるためにミーネという、あの人たちにもらった優しい名は封印しよう。
今、俺はこの世界を知る必要がある。
どうして辺境の小さな村なんて滅ぼしたのか?
襲った兵士は盗賊に偽装していたし凶行を働く若いバカ者もいたようだが、よくも悪くも兵士っぽいのを隠せてなかった──つまり裏仕事に慣れている部隊には見えなかったって事だ。
仕事が雑すぎる。
その雑さが、前世の記憶にどうにもひっかかる。
背景の事情をきちんと知らないと、どこかに安住の地を作ったとしても、再び同じ事が起きるかもしれない危険がある。
正しく知らないと。
そして、頭を働かさないと。
村の始末をしている最中に、ようやく呼びかけに反応があった。
衛星軌道上に母船、それから惑星のあちこちに施設もまだ生きてる。
やっと見つかったか。
そりゃあ俺ひとりだけ異世界に流されるってのも妙な話だものな。
ゲーム中での最後の記憶は、作戦行動のための現地移動中だった。
渡航には中型の宇宙船を使い、中にはいち部隊の全てが入っていた。
かりにこの惑星やその周囲に散乱しているとしよう。
その中で俺だけが目覚めたってのも変な話だとは思っていたが。
「ふむ」
今現在、活動している友軍は誰もいない。
だけど、どうやら過去に運用していた者がいるようだ。
そのひとの名は──。
「副隊長」
記録と、そして当人の手記もあった。
なんてこった、どうやら副隊長は二百年以上も前に目覚めたらしい。
時間軸にもバラけて散乱したのか?
あるいは俺のように異常事態にならない限り、未覚醒のままこの世界の森羅万象の一部になっちまってるのか?
彼も調べたようだが結論は出なかったようだ。
そして数十年待ち続けて──やがて疲れてしまった彼は地上でなく軌道上で眠る事にしたらしい。
できる限り施設を維持し、仲間を待ち続けるようにシステムを再構築して。
ああうん、実に彼らしい。
「ふむ」
副隊長の手記によれば、ここはやはりゲーム世界ではなさそうだ。
俺たちには果たすべき任務も義務もない。
ならば俺は──そうだな。
友軍を探しつつ、村を滅ぼされた事情について調べ上げてみよう。
場合によっては、原因となった国を消す事もありうる。
だけどそれがすんだら、小さな村をどこかに再興したい。
覚醒した以上、この肉体は長生きだ。
それは危険な意味ももつけど、時間をかけて村を作る事もできるわけだ。
自然豊かなこの世界で、ひとりぼっちで生涯というのも味気ない。
ならば、今の俺──いや、わたしを育ててくれた村のような場所を、どこかに作り上げたいと思うのだ。たとえそれに一生をかけたとしても。
ただし、また同じことを繰り返されたらたまらない。
ソーシャルな対策はしなくちゃいけないし、そのための力だけは惜しまない事にしよう──。
◇ ◇ ◇
前世の記憶もちというのは探せばいるものだし、それが異世界だったとしても、たしかに希少ではあるが驚くにはあたらない。
技術的に証明できないとしても、あるものはある。
だが、それだけだ。
あいにく現実は物語とは違う。
たったひとりが転生したからといってチートな活躍などできはしないし、また、しない方がおそらくその世界のためには望ましい。
人間ひとりの能力は限られる。
それに過去の記憶がある以上、それが無垢な子供と違う選択肢をとらせるはず。
良い意味でも悪い意味でも。
かりに古代世界にアルベルト・アインシュタインが転生したとして、まったく同じ仕事はできない。
それかなぜか?
たとえば彼の有名な理論に E=mc2 があるが、彼自身はこれを経験に基づく仮説と考えていたし、それを実証する者もいなかった。
実際それを実証したのも彼ではない。
その事の是非をここで語る事はしないが、ひとつだけわかる事がある。
つまり彼本人が異世界転生して、あまつさえ同じ仮説をたてたとしても、それを実証する者がいなければ仮説は仮説のままという事だ。
そして当人も、自分が存命のうちに実証される事は望まないだろう。
おそらくもっと未来。
技術に人の心が追いついてから平和的に解明される事を望むだろう。
だがそれは悪い事ではないだろう。
いつかはその世界でも核技術が出てくるのかもしれないが、それはその世界の問題であるべきなのだから。




