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異界漂流者の物語  作者: hachikun
88/95

凡人人生

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 名はマルコ──ただしこれは仮名であり実名はわかっていない。

 彼はおそらく異界漂流者である。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「まったくよう、田舎ってやつは──」

「まるこー」

「おう」

 気づけば、いつものガキどもがあふれている。

 やれやれとためいきをつくが──たしかに今の俺にできるなんてガキの相手くらいだもんな。

 しかしなんでこいつら、俺にこんな懐いてんだ?

 意味がわからねえ。

「マルコ」

「ん?なんだいばっちゃん?」

 近所のばあちゃんだ。

 どうもこのばあちゃん、俺をガキどもとひとっからげに見ている気がするが──まぁいい。

「ほれ、あとで皆で食べな──今日はどこに行くんだい?」

「おう、外れの丘までな」

「そうかい。

 けど今日は寒い、小さい子たちの体調に気をつけておいき」

「そうだな、わかったありがと!」

 ほかにも近所のおばちゃん、ばあちゃんたちに声をかけられ、おやつをもらう。

 なんでもらうかって?

 そりゃまぁ……俺がガキどもの大将だと思われてるんだろうなぁ。

 ま、いい。

 このあたりの村では魔獣被害で親をなくした子が多くてな。

 でも孤児院を作る事もできねえってんで、体を壊して働けねえ俺がその代わりをしてるわけだ。

 

 けど、なんで俺なんかに子供の相手ができてるのか、未だにわかんねえんだよな。

 前に遊び道具を作ったことか?

 それとも昔話が原因か?

 なんなんだいったい?

 

 

 前世での俺は、黙々と働く職人や学者にあこがれていた。

 なんでかって?

 その理由は、人間関係への疲れによるものだった……。

 

 当時の職場は上が正規の職員、下はすべて派遣で固められていて、なんでも都合よく派遣を使って低予算で効率アップと称する環境だった。

 たしかに派遣を使えばゼロから育てる必要はないし、ある程度働ける人を最初から確保できるのだろう。知識が不十分なのも自分らの責任でなく個人の責だと言い切れる。

 だけどその矛盾は底辺の現場に押し付けられる。

 一般論はそうでも具体的な現場の仕事のノウハウとなると外からきた派遣が知らないのは当たり前なわけで、そこはいちいち年季の入った人が教える必要がある……が、当然のように上はやらないのて、派遣同士で現場で教えながら進むしかないが……とにかくそのあたりで人間関係が大変ギスギスしたり、モヤモヤしたりしてた。

 悪い人間関係に、あまりわずらわされない環境で仕事をしたい。

 あるいは、貧しくても心温かくなる環境にいたい。

 そんな気持ちを抱えたまま、たぶん前世の俺は死んだっぽいんだが。

 

 異世界転生は驚きだったが、ろくな才能に恵まれなかった。

 ま、凡人なんだしそんなもんだよな……。

 前世記憶を生かして成功なんてうまい話もなく、ただ少しは戦えたので魔物討伐や護衛などをしていた。

 だけど先の魔物の氾濫で体を痛めてしまい、それもできなくなって──。

 

 どうしたもんかと座っていたら、いつのまにか親の欠けたガキどもが集まってくるようになった。 理由は今もわからない──む、ちょっとまった。

 

「どうした?」

「……」

 いつもいる兄妹なんだが、妹の顔色が悪い。

 こいつらは親のいなくなった廃屋で寝泊まりしているんだが──これはまずいな。

「おまえらちょっと待て、病人だ」

「「!」」

 皆を止めた。

 頼る先のないガキどもは「病人」「ケガ」に敏感だ。

 たちまち俺の言葉に反応し、遠巻きかつ心配げに兄妹を見た。

 俺がその中心で二人を診る。

「リッテが病気?」

「まてまて落ち着け、おそらく風邪だ。

 だけど風邪ってのは、こじらせるとやばい。

 ほかの悪い病気を呼び込んじまうんだ。

 だからちょっと待て」

 俺が生き延びてこられた理由。

 聖職者みたいなすごい回復魔法は使えないが、多少の手当ならできるんだ。

 皆が見守る中、妹の調子が少し落ち着いた。

「リッテ、大丈夫か?」

「──うん」

 妹本人は大丈夫というが、俺はムムっとうなった。

「リッテ、今は俺の術で少し楽にしてるだけだ──遊べばまた熱が出るぞ。

 よし、今日は悪いが丘でなく礼拝堂にいこう」

「えー、礼拝堂って」

 お説教のイメージしかないのか、ガキどもの中には眉をしかめる者もいた。

「ばーか、俺がいるんだ説教はねえよ。

 それより知ってるか?礼拝堂には『ひみつの地下室』があんだぞ」

「え、ひみつ?」

 男の子が食いついてきた。

 まぁなんだ、教会には話をつけてあって、俺が引率していけば掃除や軽い作業をさせてくれてメシ食わせてもらえる事になってるんだがな。

「おまえら知ってるか?百聞は一見にしかずってんだ」

「ヒャクブン?なにそれ?」

「ひとの話を百回聞くより、てめーの目でいっぺん見る方がよくわかるって意味さ。

 教会だってそうだ、つまんねーとことはかぎらねーぞ?」

 あ、年長組が理解できたっぽいな。

「まぁそんなわけだ、いってみようぜ?」

「「「はーい」」」

 うん、素直でいい子たちだ。

 何より世間ずれしてない。

 俺みたいなダメな大人でも、ちゃんと話をきいてくれる。

 いい子たちだよまったく。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 体をこわして引退した元兵士マルコ。

 田舎の片隅で生涯をおえた彼は本人の自己評価こそ低かったし、実際能力も低かった。対人スキルも低く意欲もないダメ人間だった。

 だが多くの子供や老人たちには慕われたし、当時の田舎司祭にも一目置かれていた。

 その理由は、彼の知識による。

 

 たしかに彼は凡人だったろう。転生者であろうとなかろうと。

 だけど彼は、頼る先もなく道を外しかけた子どもたちを見て胸を痛めた。

 助けてやろうにも自分自身も体をこわし、収入源を失っていた。

 それでも彼は「ガキどもが笑ってない土地なんて、ろくな事にならねえぞ」と考えた。

 だから数少ないスキルと知識を駆使して、けん玉やお手玉、竹とんぼといった、前世世界では昔のものになっていた遊具や遊びを、おぼろげな記憶を頼りに生み出した。

 それらは、遊び道具なんか知らない子どもたちを非常に喜ばせた。

 

 さらにマルコは、子供心をくすぐるような古い前世の昔話などもたくさん知っていた。

 それらはマルコの前世の、しかも幼少時代の思い出の中にあるものばかり。

 彼自身は日記でそれらを無価値と言っていた。

 だが彼に話をきいた子どもたちは──いや話によっては大人たちですら喜んだ。

 教育制度もなきにひとしく、たまに刺激なんて吟遊詩人が年に一度くればいい方という社会では、彼が生み出し語る物語だって十分に楽しかったからだ。

 大人たちは協議の末、当面はマルコをそのままにしておく事に決めた。

 なし崩しに子供らの相手をさせ、生産物などがあれば手伝ってやる。

 遊具は後に村の有志が生産を手伝い、ついには村の特産品にもなった。

 

 後に彼の昔語りは教会の司祭によってまとめられ「○○○地方のむかしばなし」として発行された。

 これらは、竹とんぼの仕組みに興味をもった学者の目にとまり、記憶もち疑惑として中央政府に知らされる事となった。

 しかし。

 マルコの前世知識を利用しようと一部の貴族たちが同地方を訪れた際には、既にマルコは亡くなっていた。若い頃の魔獣による怪我が死期を早めたとも言われるが、おだやかな最後だったという。

 彼の最後を看取ったのは、孤児院の手伝いに来ていたリッテなる元孤児の女性。

 彼女は実子ではないが、小さい頃に兄と共に命を救われてからマルコを第二の父と慕っていた。

 マルコの最後は笑顔で彼女を見て「ありがとうよ」と伝えて亡くなったそうである。

 

 

 彼はたしかに立派な技術も立場もお金もなかったかもしれない。

 遊具を生み出したのだってスキルは初級のみだし、後世の分析者によれば前世記憶もそれほど鮮明ではなかったとされている。

 だけど彼は、それでも等身大の小さな幸せを掴んだのではないか。

 そう言われている。


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― 新着の感想 ―
[一言] 多くの子供達に慕われ、最後に感謝を持って人生を終われたのならば。 それは勇者と呼ばれて魔王を倒し姫と結ばれる以上に素晴らしい人生だったのではなかろうか?
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