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異界漂流者の物語  作者: hachikun
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主人公に向いてない

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 彼の名はユウジ。

 異界漂流者である。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 出航のドラの音や掛け声、誰かの叫び声と共に船が港を離れていく。

 賑やかなのは無理もない……この船は隣の大陸に行くんだから。

 ほそぼそと貿易が続いているとはいえ隣の大陸は遠い。

 荷物はともかく人間の場合、2度と帰らないつもりの人もいるって話だもんな。

 

 え?俺?

 まぁ、俺もたぶん戻らないと思うよ。

 色々あったこの大陸との別れを惜しんでいると、船の手配をしてくれた人がやってきた。

 彼は行き先の大陸から商談で来ていたらしい。

「名残惜しいですか、──様?」

 げ。

「知ってたのかよ」

「ええ。

 ですがお話からして、もう一市民に戻りたいのだと思いまして。

 ですので今まで触れませんでしたし、これからも触れません。

 今、一度だけ触れたのは立場表明のようなものと……やっぱり隠し事はイヤですから」

「……あんた商人だよな?」

「ふふふ、商人失格ですね私は」

 クスクスと笑う彼に、俺はためいきをついた。

「それにしても──こういっては何ですが、情けない話ではありますね。

 貴方に国をどうこうする野心がない事など、ご本人とこうして話せば誰でもわかる事でしょうに。

 これを、使い終わった道具のように始末しようとするとは」

「たとえでなく本当に俺は道具だったんでしょうね。

 まあ、今さらですけどね。

 やっぱり俺は主人公には向いてなかった。

 たぶん、そういう事だったんだと思いますよ」

「主人公に向いてない?」

「ええ、たぶんね」

 実際、俺は王道主人公には向いてないと思う。

「よくわからないのですが、具体的に根拠をきいてもいいですか?」

「要するにですね、俺は『万人むけの勇者様』のような行動をとらなかったんですよ。

 俺って宣伝が華々しいだけで、実際はそんな強くなかったんだもの」

 よくあるラノベ主人公の甘い対応ってやつを一切とらなかったんだよな。

 思い出す限りの勇者物語の王道をノートに書き出し、似たような憂き目に会わないよう力を尽くした。

 

 無抵抗だろうと敵対した者は原則、一匹残らず始末した。

 勝てば仲間になるなんてのは物語での話であり、本当にやってたら命がいくつあっても足りないからだ。

 

 敵の間者を常に警戒し、鉄壁の守りを敷いた。

 もちろん間者と判明したら即始末。

 相手の正体知りつつ泳がせておくなんて危険を犯すほど俺は頭も良くないし、よい軍師もいなかったからな。

 

 いわゆるお姫様の同行も断った。

 足手まといだし変な縛りはゴメンだし、だいいち間違いなく狙われたろうしな。

 

 あと、対多数戦で最も役立ったのは大気組成をいじる手法だった。

 え、なんの話かって?

 風魔法を使えば当然、風が起きるだろ?

 けど風が起きるって事は、大気の流動があるって事。

 大気っていうのは「空気」という単一の存在でなく、複数の成分の混合物。

 そんで空気ってのは層を作り、圧力を変えたりコップの水のように強引に混ぜきらない限り簡単に混ざり合わない事も知っていた。

 ならば。

 うまく風魔法を使えば特定区域だけの大気組成をいじれるのではないか?

 そう考えたんだ。

 

 ゲームみたいに派手に石や火を降らせる必要なんて全然ない。

 そんな事しなくても、酸素の一部を別のガス成分、たとえば一酸化炭素に置き換えるだけで人はもちろん魔物すら昏倒させ、簡単にしかも大量に始末できた。

 派手な演出がないのは大いに不評だったが、代わりに「静かな死を与える」なんて言われたよな。

  

「まぁ今となっては理由はわかるよ。

 あれで得体が知れない、コントロールできないって気持ちを強めちまったんだな。

 これは俺の失敗でもある。

 効率と、そして何より安全を優先したんだが……やりすぎた。

 たとえ非効率でも危険でも、たとえばお姫様あたりをそばに置いて、ちゃんと話の通じる人間ですってアピールも必要だったんだろう……とは思うよ」

「その言い方……実際は無理だったとお考えで?」

「ああ、だって信用できなかったんだもの」

「信用できない?」

「ああ。

 だってあいつら、ただの一度も俺に謝罪しなかったんだぜ?

 よその世界から勝手に呼び出して、大量殺戮なんて汚れ仕事を押し付けてさ。

 そんな連中を信用するバカがいたら、そんなヤツこそまともな人間じゃねえよ、違うかい?」

「なるほど。

 では、ちゃんと頭をさげて話を通せば……いや、それこそ今さらですか」

 途中まで商人は言いかけて、そして肩をすくめた。

「えっと、なに?」

「いや、あの国の重鎮の方々は、ことごとく見る目がなかったのですなと。

 あなたは我々商人の間では、頼れる良き仕事屋さんなんですけどねえ」

「魔物駆除業のだろ?」

「もちろんです!」

 うお、なんか力説しだしたよ。

「長年の悲願だったのですよ?

 我々商人にとり、一匹一匹は弱くとも大量に広がり商品を、ひとの住む土地を狙う魔物たちに手を焼いていた。

 それを一網打尽にできる特異な技術をお持ちの貴方を見て、どれだけ我々が狂喜したか!」

「はぁ……俺からその技術が欲しいだけだろうに。

 まったく。

 だけど、契約したからには手伝ってもらうぞ。俺のライフワークにな」

「もちろん、それこそ嫌だとおっしゃられても協力いたしますとも!

 あなたがいなくなった後にも使える害虫駆除の手法の開発。

 それを、他ならぬあなたご自身から提案されるとは。

 協力します、全力でいたしますとも!

 よろしく頼みましたよ、ユウジ殿!」

「お、おう……けどあっちは時間がかかると思うぜ?」

「そりゃそうでしょうとも、基礎研究とはそういうものです。

 ですが、それだけの価値はありましょう!」

 実際、やるとしたら化学の手法だけど、そもそも俺は化学の知識がない。

 ただ薬を使う手法が役立つとわかっているだけだ。

 そんな状態からのスタートだから、専門家を集めて知恵をこらす必要がある。

 それなりに時間も金もいるってわけだ。

「……よろしくな」

「こちらこそ、どうかよろしくお願いいたします!」

「おう」

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 魔法を駆使して害虫や弱い魔物の大量討伐を得意とする『駆除型』と呼ばれる者だが、その中に異世界人が混じっているケースがたびたび話題になるのはご存知の通り。

 しかしユウジの件は彼を召喚した国がデータを抹消しており、最近までまったく詳細不明だった。

 最近見つかった記録から、彼の姿を再現してみたい。

 

 彼は召喚元の国に押し付けられた戦いの際、たまに空いた時間で害虫駆除の仕事をしていた。

 魔力の鍛錬によいのだと国関係者には言っていたようだ。

 しかしおそらくだが、この際に害虫駆除を通して商人たちにコネを作っていたと思われる。

 国から冤罪をかけられ殺されそうになった際、ユウジはあっさりと逃げ出して海を渡り、かの国の力の及ばない他国に逃れた。

 そしてその地で、待っていた商人たちから大量の害虫・害獣駆除の依頼を受けた。

 もとより彼の受ける仕事は性質上、冒険者たちにも嫌がられる大量駆除。

 彼はそうして他国のニッチにまんまと潜り込んだ。

 そればかりでなく、彼は商人たちの手を借りて殺虫剤や殺鼠剤などの研究に着手。

 やがて殺虫剤事業の老舗『フーマ製薬』を立ち上げ。

 後の時代に『殺虫剤の王』としてその名を知られるようになった。

 

 ちなみに彼を召喚した挙げ句放逐した国だが、ユウジ本人はおそらく結論として何もしていない。

 だがユウジの影響は間違いなく、しかも大きく受けた。

 なぜなら彼にわざわざ敵対したくない商人たちが、こぞってかの国を敬遠したからだ。

 そもそも考えてほしい。

 かの世界で勇者といえば、かつて他世界より訪れ、縁もゆかりもない異世界のために戦ってくれた人物であり、その文字通りの勇気と戦いに、今もなお信仰を集めている。

 その勇者の名を辱めたわけだ。

 たしかに、かの国では勇者信仰が薄かったが、当たり前だが他国はそうはいかない。

 商人たちは『勇者』を使い潰し、冤罪で始末しようとして敵に回した国を敬遠したし、かの国から富を吸い上げたい強欲な商人以外は離れていった事が当時の記録から伺える。

 そして。

 ユウジの仕事として最後に残っている記録を見るに、それはかの国が事実上壊滅し、他国の傘下に入った時期よりも後の時代である。

 おそらくユウジは、かの国の落日をまのあたりにしている。

 

 その時に彼が何を考えたのか?

 今となっては謎だが、せめて心の慰めになればと願うのみである。


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