狼たちと……。
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
彼の名前は今をもって判明していない。
だが。
彼もまた、異界漂流者であったと言われている。
◇ ◇ ◇
「西の大草原で狼?」
「ああ、かなり巨大な群れになっているらしい。
えらい手を焼いているらしいぞ」
魔物はびこるこの世界で、人類が立ち向かう敵は魔族だけではないという事か。
ニホンとやらの異世界人を召喚して奴隷兵器化する事で大きな戦力を稼いだはずの我々だが、とんだ計算違いが起きた。
魔族の王を殺しても事態は変わらない……いやむしろ状況は悪化した。
魔王を欠いた彼らは勢力を失うどころか、むしろ分散化し凶悪化した。
しかも今までは軍の犠牲者しか出なかったのに、軍の何倍という数の非戦闘員、特に女子供を当たり前のように大量に巻き込んで。
『まるで数減らしだ』
それは、どこぞの農民あがりの兵卒の言葉だそうだが、言い得て妙としか言いようがない。
メスや幼体を最優先で始末していく行為は……確かに戦争というより数減らしそのものだろう。
ただ、その意見は上層部であればあるほど認められまい。
我らが……女神の寵愛を受けし万物の霊長たる我ら人間が!
たかが獣モドキどもの手で家畜のように「数減らし」されているなどと!!
いけない、冷静になろう。
平民や非戦闘員の犠牲者が多いおかげで、戦争の不満が上に来る事はないのだが……いつまでたっても戦いが終わらない状況は、すでに軍の士気も最底辺にしていた。
しかも、このうえ狼の群れだと?
そもそも西の大草原に狼なんていたか?
いったい、何が起きていると……まさか!
「おい、狼の群れのボスは何だ?実は魔族ではないのか?」
魔族でないにしても、魔獣の変異種が頭をとっている可能性もあるかもしれぬ。
「魔族は確認されていないそうですが、ボスと思われる個体は魔獣だそうです」
「やはりか。
ではその魔獣を狙って倒しなさい、なんなら狙撃兵を使ってもかまわない」
「試したそうですが、飛び道具を無効化しているとの事です」
なに?
「矢止めのスキルを使っているというのか?たかが魔獣がか?」
そんな馬鹿な!
「それに、すでにその魔獣も一体ではなくなっているとの事です」
「どういうことだ?」
「ボスらしき個体が指揮をとり、全体のレベル上げをしているようなのです」
「なに?どういうことだ?」
「ですからレベル上げです。
まるで人間の冒険者のように効率的なレベル上げを行い、とんでもない早さで部下を強化し、みるみる勢力を広げているそうです。
村を襲う際にも同様に村人を弱らせた上で、子どもたちや若者の訓練にも使っているとか」
「……それは」
まずい。
よくわからないが、それは非常にまずい。
もしかしたらその魔獣たちは、第二の魔王軍になろうとしているのかもしれぬ!
「冒険者は何をしていた?魔物退治は彼らの専門だろう?」
「冒険者ギルドの方から、必要ないとの返答が来ています」
「必要ないだと!?」
どういうことだ?
「彼らによれば、狼の群れは人間族だけを執拗に狙っているそうです。
また非常に統率力があり、軍対軍の戦闘経験のない冒険者では対処不能であるし、また戦う必要もないとか」
「冒険者ギルドの責任者に召喚命令を出せ!今すぐだ!」
「お言葉を返すようですが、それは無理とおわかりですよね?」
「……何を言いたい?」
「ご存知のように冒険者は多種族の寄り合いで、種族間抗争には協力しない事になっている。
その規約を無視して魔王殺しに無理やり投入しようとして拒否されただけでなく『次に人間族組織の下扱いしたら構成員ごとギルドを引き上げる』と宣言されてますよね?」
「貴様はバカか!
人間が家畜の言いなりになってどうする!
すぐに軍をたてて冒険者ギルド本部に向かい、ギルドマスターをここに引き据えて来い!!!」
「ははっ!!」
バカが、あたふたと走り去っていった……。
まったく、なんてクズどもだ。
こうしている間にも、現実に狼の群れは確実に強大化していっているはず。
この非常時に家畜どもにいいようにされるなど、ここまでアレが無能だとは思わなかった。
今回の件が片付いたら左遷決定だな。
だがその機会はこなかった。
なぜなら。
左遷するはずの部下は家族ともども出奔し、冒険者ギルドもなくなったからだ。
……どうしてこうなった?
「こんな事してる場合じゃないっていうのに……くそっ!」
一匹の狼なら、武装した冒険者なら大抵倒す事ができる。
だけど幾万の狼に襲われたら、人はなすすべもなく皆殺しになるしかない。
何とかしなくちゃいけないのに……。
いったいどうすれば?
◇ ◇ ◇
ルスツ第六世界線における戦史といえば、特に好奇心旺盛な研究家の目をひくので有名である。
その最もいい例が『魔王討伐後の地獄』。
魔王を殺害する事で魔族の奴隷化や殲滅に向かうのが人類の夢だとするならば、この世界線では全く異なる経緯をたどった……つまり魔王討伐によって魔族たちのゲリラ化が発生、泥沼化して世界が分断化。
バラバラになってしまった時、各個が弱い上に他種族と連携できない人間族が足場を失う原因となった。
研究家サキサカによる調査結果を以下に記す。
ルスツ第六世界線の人間族はある時、魔族領の王を魔王と称して殲滅しようとした。
理由は、表向きは「神の子として世界を平定するため」。
実際は、頭を潰す事で魔族たちの力を失わせ、奴隷種族化する事で彼らの生産物を奪い取り、繁栄を得ようとするのが目的だった。
だが、このもくろみには大きな穴があった。
そもそも魔族をはじめとする他種族についてあまりにも無知だった事。
もうひとつは──大草原に発生した狼の群れを、たかが狼と軽視してしまった事。
問題の狼の群れのボス。
氏名等はまったく伝わっていないが、おそらく奴隷化のため召喚した異世界人のひとりだろうと言われている。
『彼』はある時に召喚されたが、おそらく役に立たないとみなされ、捨てられるか強制労働にやられそうになったと思われる。
命からがら逃げ出したが、獣化症のキャリアである狼に噛まれて「運良く」獣化症を発症した。
そう「運良く」だ。
普通、戦えない者が狼に噛まれたら、それは死に直結している。
だが獣化症もちの狼は時々、相手を殺さず汚染だけして逃がす事がある。
このあたりは今も研究の余地があるが、とにかく『彼』はこうして獣化症を伝染された。
相手は狼。
つまり彼は異世界人から獣化種──人狼になった。
ここまでなら、まぁ問題はあるがおかしな事ではない。
だが『彼』はここから一般人とは違う道をたどっていく。
自分の人狼化を知った『彼』は、町で治療を受けるという事をしなかった。
むしろ人里に寄り付かず、自分を襲わなくなった狼たちと交流をもちはじめた。
そして狼たちのトップに上り詰めた。
その上で人間族相手に仕返しを始めたのである。
『彼』は狼たちという軍勢を手にいれたが、『戦争』をするつもりはなかった。
『彼』の目的は生き延びる事、そして人間族を衰退させて異世界召喚なんて不可能にする事。
具体的には。
周辺の小さな村や集落を丸ごと囲み、そこにいる人間族を老若男女問わず狩り出し、一匹残らず食い尽くした上に証拠隠滅で焼き尽くすという手法をとったのだ。
それは戦争というよりむしろ、有害鳥獣の駆除の手法そのものだった。
そしてある日『彼』はハイエルフの女と出会う。
女は変異種の狼の化け物を調べに来たが、その狼が元人間だとすぐに気づいた。
そして女は念話で『彼』に問い合わせをして──召喚加害者の人間族のみをターゲットにしている事を知った。
そして逆に「巻き込むわけにはいかないので、他種族がいる村があったら教えてくれ」とまで言われた事で方針を変更、女は『彼』の存在について記録に残して──これが『彼』について記された唯一の詳細なデータとなった。
最終的に『彼』の群れは進化を繰り返し、ひとつの勢力となった。
そして『彼』の群れは不定期に人間族を間引きし、その勢力を大きく削ったのみならず、異世界召喚の技術も失わせる事に成功した。
実際、この時代以降、ルスツ系の世界線では二度と召喚は行われなくなった。
間引きされたルスツの人間族はその後も衰退したが絶滅だけは免れた。
そして数ある人間種族のひとつとして、世界の片隅で静かに、だけど長く平和に繁栄し続けたという……。




