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異界漂流者の物語  作者: hachikun
81/95

目標を達成した女

 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 彼女の名はエイミー。

 異界漂流者である。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

(ったく、なんで転生してまでこんな目に!!)

 水中の風景が広がっている。

 私の所有スキルは『水泳』と『水中呼吸』。

 まだレベルとしては高くないけど、これに、やっぱり低レベルとはいえ『逃げ足』と『悪運』がいい仕事をしているっぽい。運良くいい流れに紛れ込んだ私は、怒涛の勢いで下流へ──とりあえずの安全圏に逃げ続けていた。

 どこまで逃げれば安全なのか?

 このままいってもいいのか?

 わからない。

 わからないが……できる限り現場から遠ざかるつもりだった。

 

 まだ、まだだ。

 私の中で「まだ敵が近くにいる」と『察知』のスキルがアラートを上げ続けている。

 まだ水から上がるのは危険だと思う。

 私は水面をみつめて、そしてまた進んだ……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 私は前世の、しかもよく似た違う世界の記憶をもつ者。

 家族や友達にはエイミーと呼ばれている。

 ある冬の日に風邪で寝込んだ時、夢という形で私は『前世』を思い出した。

 

 ここは日本で地球だけど、微妙に元の世界とは異なっている──なぜなら限定的で強力なものでもないが、ゲームみたいな『スキル』が存在したのだ。

 もちろんゲームのように炎を飛ばしたり、勇者様みたいな人間やめてるような芸当ができるわけではない。

 でも、たとえば悪食というスキルがあると悪いものを食べても腹を下しにくいし、鷹の目というスキルがあれば、普通より明らかに優れた視力を得る事ができる。

 つまり、ちょっとだけ能力を「上乗せ」してくれるわけ。

 この「ちょっと」が上位者の世界では大きいわけで、プロの世界ではその職業に必要なスキルを覚えるのは大切な事とされていた。

 

 話を戻そう。

 私が前世で死んだ理由は──タケノコ掘りをしていてクマに襲われたからだった。

 いや、大怪我させられたとはいえ生還したんだけど、それが原因の感染症で患い、結局死んじゃったんだよね。

 ほら、たまに聞くでしょ。

 山菜採りのおじいさん、おばあさんがクマに出くわしたニュース。

 ああいうやつよ。

 まぁ私の場合、その場で亡くなったわけじゃなくて後日、だいぶたってからだから……おそらく記録の方ではけが人扱いなんじゃないかな?

 

 私は、記憶が戻ったその日から鍛錬を始めたんだよ。

 だって、二度とあんな死に方したくないもんね。

 今生ではタケノコ掘りはしないつもりだけど、人生何があるかわからないでしょ?

 だからクマに限らず、危険な目にあった時の生還って方向で、使えそうなスキルを鍛え上げた。

 家族や友達には「趣味」ってごまかしたし、一部のちょっと上がりすぎたスキルは秘密にしたけどね。

 たとえば『水泳』は授業なんかでバレそうだから話したけど、他はあまり。

 絶対、変な勘ぐりされそうだし。

 ゲームみたいな鑑定スキルは存在しないそうだから、言わなきゃわからないわけだしね。

  

 そして、その日がやってきたんだ。

 

 免許がとれる年齢になり、友人たちで免許を取得した。

 受験などの大変な時期をクリアした事で、友達のひとりの家のセカンドカーを借り、皆で遊びに出たんだよ。小さな軽自動車にいっぱい乗ってね。

 そして、皆で遊びにいった先で──路上に小熊がいたんだよ。

「おークマだ!」

「かわいい!」

 クマを見て大喜びの友人たち。

 冗談じゃない!

 小熊がいるって事は近くに母熊がいるんだよ!

 それを言おうとした。

 言おうとしたのに、私も気持ちが動転してたんだと思う。

 焦っちゃって声がうまく出ない。

 何とか言えたのは、

「ちょ、ちょっとやめて、危ない!さっさと通過して!」

「ハハハ、何マジなってんの?大丈夫だって!」

「ちょっとエイミー大丈夫?調子悪いんだったら休んでていいよ?」

 止めようとしたのに、なぜか誰も聞いてくれない。

 私の反応を心配してくれた子もいたけど、単に不調だと思われたみたいだ。

 車は停止し、みんなドアを開けて小熊の元に行ってしまう。

 バカ、ばかばか何やってんの!

 野生動物に迂闊に近づくなって授業でもやってたじゃん!

 けど彼らは「エイミーは休んでて」と私を車に残し、外に出てしまった。

 

 ──そして、おそれていた事が起きてしまった。

   そう。

   母熊が現れたんだ。

 

 母熊は、車に潜んでいる私より子熊に近づいている者たちに後ろから迫っていった。

 すごい速さだった。

「クマよ!!」

 私は警告の叫びをあげた。

 けど彼らは──後から思うに、また私が騒いでると思ったんじやないだろうか──それを一度無視した。

 まずい。

 私は再度、警告した。

「クマよ逃げて!!」

 それでようやく、鬱陶しそうに一番クマに近くにいる子がこっちを見て──そして凍りついた。

 でももう遅い。

 母熊は、まず一番うしろにいた子に襲いかかった。

 悲鳴があがった。

「うわあっ!!」

「きゃあああっ!!」

 まず、一人目が倒れた。

 けど、残りの二人が全力で駆け出すや否や、母熊は襲っていた子を半端なまま投げ出し、二人を追いかけていった。

 まずい、最悪だ!!

 私は車から転げだすと、倒れている子に駆け寄った。

 ケガしているが、すぐ死ぬほどじゃない。手当すれば助かるかも。

 即座に判断した私は、たぶん火事場の馬鹿力ってやつで──その子を担いで車に戻った。

 後部座席に彼女を押し込むと、運転席に回ったが──。

「うそ……」

 信じられない……。

 あいつらキーを抜いて行ってる!バカじゃないの!?

 携帯で誰かを呼ぼうとしたけど圏外。

 これじゃ籠城して助けを呼ぶ事もできない。

 そして外を見たら──。

「!!」

 母熊がこっちに戻ってくるのが見えた。

 

 ああそうか、そうだろうね。

 熊は、一度手をつけたものにしつこく執着する。

 つまり、後ろのこの子を取り戻しにきたんだ。

 そして、残っている私もただではすまない。

 

 ちくしょう。

 こいつ、悪い意味で人に慣れてる!

 

 いやだ、こんなところでじわじわ殺されるなんて!

 

 失神している子は、このまま動かない車に締め込んでおく。

 目覚めて騒いで車の外に出たりせず、運良く誰かが通りかかれば助かるだろう。

 私は外に出た。

 熊が私に気づき、動きが変わる。

 そして私は目線を走らせ──下に川が流れていて、それが結構深いのに気づいた。

 やるしかない。

 私はガードレールを乗り越えた。

 そして熊も、私を追いかけて走り出した。

 ──なにげに、自分が運動しやすい格好と頑強な靴を履いていてよかったと思いながら。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ……とまぁ、そんなわけで私は、泳ぎながら水に流されているってわけ。

 

 ああ……でも、だんだん身体が冷えてきたなぁ。

 いくらスキルがあっても、体力と水の冷たさには勝てないもんなぁ。

 ああ……まずいかも……。

 だけど……。

 

 そうして私は、いつのまにか意識を失っていた……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 それは、とある世界線の平行日本で起きた、小さな出来事。

 免許とりたての高校生四人組が熊に襲われ、ふたりが生き延びた──ただそれだけの小さな事件だった。

 後年、彼女が残した日記から、彼女エイミが転生者らしいと判明したわけだが。

 事件は、以下のようにして起きた。

 

 平成39(・・・・)年のとある日、青森県の某所。

 免許とりたての四名は山中ドライブを楽しんでいた。

 メンバーはエイミー嬢、A君、B君、C子の四名。

 運転していたのはA君。

 四人とも免許を取得していたが、そもそも持ち出された軽自動車はA君の家のセカンドカーだった事、A君とC子が恋人同士だったため。

 C子の話によると、予定では夕刻に解散してから、A君とC子だけで再度出かけるつもりだったという。

 そんな楽しいドライブの山中で事件は起きた。

 

 路上に小熊がいて、彼らは車を止めエンジンも停止した。

 エイミー嬢は近くに母熊がいる危険性を訴え、やりすごせと主張したが、三人は聞き入れなかった。

 三名だけで小熊に近づき、そこに小熊を守ろうと母熊が襲いかかった。

 最初にC子が襲われたが、AとBが悲鳴をあげ駆け出した事で、逃げる者を追いかける習性のある熊がこれを猛追し次々に攻撃。

 その間にエイミー嬢はC子を助けに行き、息があるのを確認して車の中にいれた。

 車のエンジンを始動しようとしたが、キーがなかった。

 Aが持ち去っていると判断したエイミー嬢は、さらに母熊がこちらに戻りつつあるのを発見。

 一度手をつけたC子を奪いにきたと判断した彼女は、C子が襲われないように車の中に締め込んだ上、熊が苦手とする斜面を駆け下りて川に出た。

 そして、母熊が自分を追ってきているのを確認した上で川に飛び込み、泳いで逃げた。

 エイミー嬢は遊泳スキルをはじめ、いくつかの屋外行動スキルがあり、うまく流れを利用し、C子から熊を引き離しつつ自分も逃げられると考えたという。

 しかし、さすがに途中で体力が尽きて。

 死にかけていたところを、たまたま発見した警官に助けられた。

 

 なお、本件ではC子の主張とエイミー嬢の発言が途中から食い違っている。

 C子の主張は、エイミー嬢が体調不良で車に残った事になっている。

 だがエイミー嬢は小熊がいる、イコール近くに母熊がいるから車を止めるな、やり過ごせと警告したと一貫して断言している……それが聞き入れられず、自分の不徳であるという自嘲も含めて。

 調査した警察の見解は、エイミー嬢の主張を採用したようである。

 なぜなら、C子の主張があやふやな上に二転三転しており、明らかに責任逃れしようという本音がありありと伺えたからだ。

 そして逆にエイミー嬢の方は一貫して、ただ起きた事を、自分の過失も含めて淡々と伝えているようだったし、状況証拠もそれを裏付けていた。

 さらに彼女は四人の中で唯一、地方自治体などの実施する獣害対策セミナーや防災講習まで受けた経験があった。低レベルではあるが屋外活動系のスキルまで持っていた。

 つまり彼女は獣害関係では、素人ではあるものの最低限の知識は持っていた。

 

 だが残念なことに、エイミー嬢はこれらのスキルや知識を得ている事を友人たちに話した事が一度もなかった。家族にすらも言えてなかった。

 エイミー嬢は前世での恐怖からこれらの学習をしている現実があり、それらの事情を言いづらかったのだと思われる。

 この点と、平素の彼女の引っ込み思案な言動から、友人たちは「過剰に怯えているだけ」と考えてしまった。

 そのため、友人たちの行動を止められなかった。

 

 結果としてエイミー嬢の主張は認められたものの、大きな禍根が残された。

 つまり、C子がいわば命の恩人であるエイミー嬢に「あんたがもっと強く主張していたら、AもBも死なずにすんだ」と感情的に糾弾、さらに友人たちにもエイミー嬢を悪しざまに触れ回ったのだ。

 実際には、ふたりの主張のどちらが正しいとしても、エイミー嬢がC子の命の恩人なのは間違いないのにである。

 さらに、このC子の主張をマスコミが面白おかしく書き立てた。

 これで二人の間には決定的に亀裂が入り。

 さらに家族にはと前世記憶の事を告白したものの、すでに騒動に巻き込まれて大きな被害を受けていた家族はそのままに受け取らず、ついには決定的なすれ違いの原因になり。

 色々あって、ひとりだけ遠くの地に引っ越して距離を置く事になってしまった。

 そして結局エイミー嬢は、二度と今生の生まれ故郷に戻る事はなかった。

 

 転居先を選んだ理由は不明だった──なぜなら行き先は遠い西日本で、今まで行ったこともない場所のはずだったから。

 家族にも説明していなかった。すでに彼らとの間は冷え切っていたから。

 後の日記によると、どうやら前世で暮らしていた土地らしい。

 

 試しに戻ってみたら生前そのままに近い環境があり、さらに自治体で就農者支援プログラムまで行っていた。

 それを見て運命を感じ、移住を決意したと日記にはある。

 エイミー嬢は若さと生前の住民だった時の知恵をかき集め、さらにC子との衝突の時にお世話になった弁護士にも相談、見事に農業生活をスタートさせた。

 さらに幸運にも、自治体の管理下にあった古民家にも住まわせてもらった。

 この家もなんの偶然か、前世の実家の場所に建っていて中もよく似ていた。

 当時の日記には「不思議な気持ち」と懐かしむような、そして寂しそうな言葉が綴られている。

 

 エイミーは、かつて異世界で離脱してしまった土地に「戻り」そこで人生をやり直した。

 年上ばかりだったが友人も得た。

 周囲の里者たちは、はるばる来たはずなのに地元の言葉を使い、普通に馴染んでいるエイミーに最初は困惑しつつも、とてもかわいがったという。

 少しずつ減っていく住民たちをサポートし、そして見送り。

 今度はしっかりと自分も老齢を迎えるまで。

 その地区最後の住民となってもなお、静かに暮らし……そして没した。

 定期的にやってくるボランティア青年の見ている前で、静かに眠るように亡くなったという。

 生涯独身だった。

 

 最後に、もうひとりの生き残りのC子についても少し触れておこう。

 C子は別の男とつきあおうとしたが、熊に襲われたトラウマにずっと悩まされており、それが原因で相手とうまくいかない事が続いたようだ。

 そしてある時、事件が起きた。

 いやがるC子を騙して眠らせ、無理やり夜の山に連れて行って怯えさせようとした者がいたが、目覚めてソレが、かつて熊に襲われた現場近くと知ったC子は完全に狂乱状態に。走行中の車内で揉み合いになったあげく、車ごと沢に墜落、二人とも死亡した。

 

 痛ましいこの事件は世間に再びエイミー嬢たちがとりあげられる原因にもなった。

 そしてこの事件が、すでに遠くに転居していたエイミー嬢と家族を事実上の絶縁に追い込む原因にもなったのだった……。

 

 ちなみに、最後を看取ったボランティア青年だが、彼はエイミー嬢の事件を知っていた。

 それどころか、おそらく転生者であろう事も知っていた。

 そんな彼は業務日誌にこう書き残している。

「彼女に寂しくないかと尋ねてしまった事がある。

 それに対し、彼女はこうおっしゃった。

 たしかに寂しい事もある。

 だが、今度こそ生き延びて長生きするという目標は達成した。

 私は充分に満足している。

 実り豊かな人生は、あらためて来世の宿題だと考えている、と。

 そういって彼女は、少し寂しげに、しかし満面の笑みを浮かべた」


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[一言] 野生動物に近づく。ダメ、絶対! 一人でも助けようと命張って頑張ったのにねぇ……。 頭の緩い恩知らずな友じゃのう。 インガオホー!
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