発明家エリー
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
ここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
彼女の名は長瀬絵理。異界漂流者である。
◇ ◇ ◇
「エリ・レマン・フォン・サマワ、王の勅命である。迎えに来た」
「それ私じゃないわ。迎えって何ですか、それにあなた誰ですか」
「勅命だぞエリ・レマン・フォン・サマワ。ふざけてないで、さあ来るのだ」
「さっきも警告しましたけど、それ以上近づくとセキュリティが……って、遅かったか」
無理やりエリーを連れ去ろうとした異国の騎士が、バリバリという聞いたこともない異音と共に悲鳴をあげて倒れた。
「な、なんだ!?」
「魔法か?いやしかし気配が」
何もないだろうと踏み出そうとした別の騎士がまた強烈な音と共に倒れ、原因こそわからずとも理由は悟る。つまり、彼女に近づくと何かが作動するのだと。
「エリ・レマン・フォン・サマワ!元貴族なのに王命がわからんのか!反逆者の分際でこれ以上罪を重ねる気か!」
「だから何なのよそれ……って、来たか」
大騒ぎと異音を聞きつけて護衛が飛んできた。
といっても、別に彼らも遊んでいたわけではない。別のところで起きた騒ぎに引っ張られていたのだ。
「全員、逮捕せよ!逆らう者は殺してもかまわん!」
「おお!」
護衛たちは屈強揃いであり、騎士どもはたちまちに捕縛された。
ひとりの騎士が無礼者と言って抜剣、護衛を殺そうとしたがその瞬間、護衛たちに剣を叩き落され腕から異音を発し、倒れていた。
たぶん骨までいったのだろう。
「連れて行け!」
そうして、騎士どもは連れて行かれた。
「エリー嬢すまない、怪我はないか?」
「私は何も、皆さんこそどうです?」
「軽傷がひとりいるだけだ。それより申し訳ない、陽動にひっかかってしまって」
「相手もそういうのに長けている者だったようですね。でも警戒時には彼らは私のとこには入れませんので」
「部外者は攻撃を受けるんでしたか。しかしあの雷のような音は?」
「そのまんまですよ。試作品ですが擬似的に雷を再現しているものです。魔法じゃないので探知にもかかりません。
実はそれほど強力なものではないのですけど、セキュリティですから当然危険はあります。気をつけてくださいね」
「なるほど……さすがですね、わかりました」
翌朝、エリーは上司に声をかけられた。
「エリー、君にまた面会希望者が来ていたようだね」
「はい。何かつかめましたか?」
「ルルーセントの正騎士のようだね。何を勘違いしているのか、取り調べ担当を恫喝する始末でね」
「うわ……すみませんお世話かけました」
「いいさ。ウチも君を持っていかれちゃ困るからね」
エリーと呼ばれた黒髪の女は頭をさげて、そして上司らしき男性は微笑んだ。
「警備を強化しておくけど、何か問題はあるかな?」
「夜間に想定外のひとを入れないでもらえますか。私もセキュリティを強化しますが、ひっかかると本格的にまずいですから」
「わかった」
話はそれだけで終わった。エリーは再び目の前の書類に目を落とした。
書きかけのその書類にはこう書いてあった。『家庭用魔導加熱器・動作概念資料』と。
エリーはかつての名をエリ・レマン・フォン・サマワといい、ルルーセントという国の上位貴族の令嬢だった。
そんな彼女の人生を変えたのは娘時代。当時の王太子ルースが、何をとち狂ったのかエリとの婚約を破棄し、別の娘をあてようとした事に始まる。
ふたりの婚約は王家と侯爵家のものであり、もちろん勅命でのものだ。よって王太子ひとりの勝手にはできないものなのだが、彼は信じられない暴挙に出た。なんと国王夫妻が国交のために留守の時を狙って婚約者のエリーに一方的に無実の罪を着せたあげく、さらに王族特権とやらで彼女を平民に落としたあげく、身ぐるみ剥いで町に放り出すという信じがたい凶行に出たのである。
あたりまえだが通常、身一つで町に放り出された上級貴族の娘が無事に生き伸びられる確率はゼロである。つまりルースはエリを単に処刑するよりも、はるかに残虐な方法で殺した事になる。
だが貴族エリは亡くなったものの、彼女は生き延びた。
エリはなぜか小さい頃から「非常に備える」ことを重要視しており、あらゆる手を尽くして非常時に生き延びるスキルをたくわえていた。具体的には、たとえば領地からの移動中に襲われ自分だけが助かったとしても、単独で安全圏まで逃げ延びるだけの知識と技術、そして経験をも彼女は持っていた。
そしてもちろん、これらの技術は一部を除き、家族ですら詳細は知らなかった。彼らはエリが護身用の剣術や簡易な魔法を覚えている程度に認識しているにすぎなかった。
身辺に危険を感じており、そして、生き延びる事を学ぶための覚悟もあった。令嬢としての勉強をする傍ら、それを少しでも信じられない者であれば……そう、実家の者たちにすらも隠し通した。
それらの徹底した隠ぺいは見事なまでに生きた。
すなわち。
誰かの手により、放り出されたエリを女として潰しにきた者たちがいたのだけど、彼らはエリを発見できなかった。
つまり命令者はエリのスキルなどを貴族子女基準で低く見積もっていたため、彼女がさっさとお忍び用装備をとりにいって着替え、王都を脱出していた事に気づけなかった。
また、情報隠ぺいはエリーの知らないところでも効果を発揮していた。
たとえば後日、国王夫妻が戻って事実を知り、密かに国中に捜索隊を放ったが、彼らもまたエリを発見できなかった。
これはエリーにとって想定外の部分もあったが、実は結果として助力になった。
なぜなら。
国王夫妻は事実を知ってもなお、エリ・レマン・フォン・サマワの名誉回復をしなかったばかりか、サマワ家に戻す旨の勅命も発行しなかったからだ。それどころかエリーの名こそ出さなかったが「問題があって以前の王妃候補を排した」とまるで愚息をかばうかのような勅命を発したうえで、こちらも具体的な名前こそ出さないものの新しい婚約者を容認したからだ。
エリーはこの話を国外で聞いたが……あまりの情けなさに泣く事になった。
彼らの真意がどうかは知らない。
だけど信じていたものに最後に裏切られたのだから無理もなかった。
その翌朝……起きた彼女は涙の跡こそあったが、今までにないほど朗らかな顔をしていた。
彼女は、自分がルルーセントの民である事を示していた最後の小さな飾りを処分して……完全に祖国を捨てたのである。
今の職場に就職したのはその年の秋のこと。魔導研究所の依頼を受けている時に彼らの上司にエリーの自作魔道具を見られ、誰が作ったのか尋ねられた。それがきっかけで縁ができて、やがて主任待遇で就職が決まった。
エリーが祖国を出てから一年半が過ぎていた。
そんなエリーの元にルルーセントから『帰還命令』が届いたのは最近のこと。
魔導器の開発に携わり大きな成果をあげたのだが、個人名は出してなかったにもかかわらずエリーの名がルルーセントに伝わった。さらに技術者『エリー』が王子の叩き出したサマワ家の娘だとも気づいた者がいたらしい。
そしてある日ルルーセント王朝からパンナ国に、とんでもない内容の文書が届いた。
そこにはこう書いてあった。
『エリ・レマン・フォン・サマワは我が国の貴族である。
よってこの者は、その生み出した魔導器と共に、その全てが我が国に帰属しなければならない。至急、彼女とその魔導器研究の全てを我が国に返還するように。
また、我が国が得るべき報酬を掠め取ったパンナ国には賠償金支払いの義務が生じるので、速やかにエリ当人を伴い我が国の王宮に出頭するように』
……という、色々な意味でありえない内容であった。
そもそも国土こそ小さいが、技術立国で周辺の多くの国から学生も訪れており、経済的にも大きな力を誇るパンナ国に対し、自国の属国にすら言わないような暴言の数々。
パンナ側の担当官が怒ったのは言うまでもない。
これに対するパンナ国の回答をざっくりと要約すると以下であった。
『わが国の魔導研究所に外国人はいない。寝言は寝て言え。
しかも、我が国でおまえの国でいう貴族待遇を与えている研究者とその研究を自分とこのものだから返せと主張し、さらに金まで払えなど失礼を通り越して言語道断にもほどがある。
今回の暴言についての謝罪と賠償を命ずるので、正式な謝罪文をもちさっさと出頭せよ』
少しは語調を押さえているが、内容はこんなものだった。
おまけにこのやりとりの内容は、パンナ国に届いた原文ごと他国にも開示された。これはルルーセントからの文書の内容が外交文とは思えないほどにおかしな内容なので、他国にも注意喚起の意味で示された。
もともと、近年のルルーセントは不審点が多く他国からも警戒されていたが、これで警戒レベルが大きく跳ね上がった。
ちなみに後でわかったことだが、この頃ルルーセントは大きくゆらぎはじめていた。
何しろ、れっきとした侯爵家の娘を、自分勝手に法を曲げて捨て殺すような者が王太子であり、しかもそれを許してしまう国王夫妻の国である。それ以外の政治経済に関わる分野がどうなっているかなど、それこそ言うまでもないだろう。
そして、王子が始末した令嬢が実は冤罪である事も、望みの娘と婚約するために無実の罪を着せたということも、すでに国中で噂になっていた。
どんなに王侯貴族がその噂を消そうとしても、ひとの口に戸はたてられない。一部の貴族たちは王太子たちに取り入ろうと動き出したが、同時に多くの国民には王国に対する不信感が広がるばかり。
いかに勇敢な商人であっても、権力者の胸先三寸で何もかも奪われ失われるかもしれない社会で商売がしたいだろうか?
かりに袖の下の横行するようなひどい国であっても、ちゃんとそれなりに秩序があるものだ。つまり、たしかに悪がはびこっているかもしれないが、ちゃんとそれなりのところで袖の下を渡しておけば、きちんと商売できるという最低限の信用があるからこそ、そんな国でも商人がやってくるのだ。
だけどこれが、いくらお金を積んでも、権力者の横にいるぽややんな女が「あいつ、あたしに宝石くれないっていうの、かんじわるーい」って言い放っただけでいつでも首を落とされかねないようなところじゃ論外である。そんな場所では商売なんかできない。
そうして商人たちが離れていくようになった。
さらに。
若き未来ある労働力は、こぞって外国に仕事先を決めた。
隣国に出稼ぎに出ている者は、多少でも余裕があれば家族を呼び寄せた。
商人たちの多くは国情の不穏さに寄りつこうとせず、たまに来る者は競争相手がいないのをいい事に価格をどんどん釣り上げて。
人材が。
お金が。
すごい勢いでルルーセントから流出をはじめていたのである。
エリーはそんな細かい事情まで知らなかったが、なんとなく情勢は理解できていた。万が一にも連れ戻されたらロクな未来はないとわかっていて、応じるわけもない。
正攻法の使者がダメとわかったらしいルルーセントは、次にサマワ家の者を送り付けてきた。さすがに当主はこなかったが、兄や姉や、しまいには見たこともない弟妹までもがやってきて、説得や脅しや泣き落としでルルーセントにエリーを引き上げようとした。
もちろんエリーは、全員にお帰り願った。
だいたい「あの時は命令だから仕方なかったの」なんて言われても、あいにくエリーには相手の本音が透けて見えた。
謝罪というのは、気持ちが伴ってこそ意味がある。すまないと思いもしてない口だけの謝罪など、それを理解できる者には逆効果でしかない。
むしろエリーはルルーセントの王侯貴族は全て敵であるという認識をもち、たとえ非戦闘員でもメイドのひとりも通さないでほしいと関係各所に願い出る事になった。
そしていよいよ、その時はやってきたのである。
ラッシュのように押し寄せていたルルーセントの者たちが来なくなり、代わりにルルーセントを巡る不穏な噂がたくさん聞こえ始めた頃のこと。
新しい魔道具研究に使う素材のため、エリーは研究所を抜け出していた。
まだ危険があるのはわかっていたが、それについても思惑があった。つまり、延々と続くルルーセントからの者たちのためにエリーは辟易しており、いいかげん、きちんと対処すべきとも考えていた。
さて。
狙っている素材のある鉱山はそう危険な場所でもない。だけど護衛がいない状況なら、不心得者は近づき放題だろう。
そして。
「エリ・レマン・フォン・サマワ。おとなしく来てもらおう」
「あら、何者かしら?来るの来ないのという前に、初対面の人にはまず名乗りをするものではないかしら?」
「罪人が何をいう、おとなしく……」
エリーは興味なさげに騎士たちを一瞥した。
「いちおう警告しておくけど、私の周囲には対魔物用の結界が存在する。これは私に対する害意、悪意に反応するもので種族は関係ない。あなたたちが触った場合、おそらく即死するわよ?」
そういうと、騎士たちは鼻で笑った。ハッタリだと思っているようだ。
それにしても、女ひとり捕まえて鼻で笑う騎士というのもずいぶんな話である。
おそらくはもう、ルルーセントにはそのような者たちしか残っていないのだろう。
そしてエリーの警告を無視してその肩を掴みに来たひとりが、強烈な青いスパークで吹き飛ばされた。
強烈な金属っぽい、焦げたような臭気が漂った。
「!」
あわてて別のひとりがその者に駆け寄ったが。
「なんだこれは」
「どうした?」
「な、なんか、雷に打たれたみたいに!」
騎士たちに動揺が走った。
そして、そんな空気にエリーの声が重なった。
「どういうつもりか知らないけど、なんで警告したのに死にに来るのかしら。やれやれ、あとで報告しておかないとね」
そういうと、平然と探索を続けようとした。
さすがにこうなると、男たちも黙ってはいられなかった。
「貴様、騎士を殺しておきながらその態度は何だ!」
「へ?騎士って誰が?」
エリーは不思議そうに男たちの顔を見た。
「誰とも知らない暴漢が女を襲おうとして、結界に拒まれて死んだわけでしょ。で、被害者の私がどうして加害者に気を使う必要があるの?」
「ふざけるな!我々はルルーセント第一騎士団だぞ!」
「へえ?で、いつ自己紹介をしたの?証明するものはいつ提示したの?まさかと思うけど、そうやって鎧着込んで恫喝しているだけで騎士様騎士様ってチヤホヤされるとか、頭のおかしい事考えてるわけじゃないわよね?」
「なんだと……」
男たちが怒りのボルテージをあげていく中、エリーはためいきをついた。
「やれやれ、これじゃ仕事になんないわ。わざわざ来たってのにもう。帰るわ」
そういって帰ろうとしたが、それでも騎士たちはエリーを捕まえようと囲いはじめた。
「ねえ」
エリーは眉をよせて言った。
「できればこっちがおとなしく、何もしないでいるうちに帰してくれる?これ以上妨害するなら悪意の攻撃と認定せざるをえなくなるわけで、あなたたちを皆殺しにすることになるんだけど?」
「やれるものなら、やってみろエリ」
そういって騎士たちの前に一歩出てきた者は。
「あら。よく見れば、真実の愛とやらに狂って無実の令嬢を殺したと噂のオウジサマじゃないの」
クスクスと笑うエリーに青年は眉をつりあげた。
「わたしはもう王子ではない、ルルーセント王だ。貴様ごときがホイホイ口をきいていい存在じゃないんだぞ」
「だったらさっさと帰りなさいよ。ここにいる時点であんたたち、国境侵犯の犯罪者だし。
さらに他国の国民を殺そうとしたわけだから、その時点で侵略行為って事にもなるわけだけど?」
そうエリーがいうと、青年はなぜか偉そうに唸った。
「わたしに手を出せば、その時点でわが大ルルーセントに対する宣戦布告とみなされる。小国パンナなんぞ軽く吹き飛ぶぞ」
だから従えと上から目線の青年。
「あらあら」
その状況の意味を悟ったエリーは、さらに楽しげに笑った。
「何がおかしい」
「哀れなものねえ、そこまでになってるのに自分の立場がわからないなんて」
「……は?」
ポカーンとしている青年にエリーは畳み込んだ。
「本当にあなたのいう通りなら、戦争が始まる頃にはあなた死んでるってわかってる?
ていうか、本当にそういう名目で送り出されたとしたら、ルルーセントはあなたを消耗品の捨て駒と見ているって事になるんだけど……意味わかって言ってるのかしら?」
「え?なんの話だ?」
「わかってないのか……」
はぁっとエリーはためいきをついた。
「やれやれ、興が削がれたわ。
でもルルーセントの思惑に乗せられるつもりはないし、今日は帰るわ。じゃあね?」
「な、待て……!」
そういうと、エリーは踵を返して歩き去っていった。
そんなエリーを止めようと騎士たちが群がったが、今度は死なないものの誰も結界を突破できない。そうこうしているうちにパンナ側の警備隊が事態に気づき、たちまちのうちに騎士の数を上回るパンナ防衛隊が駆けつけてきた。
そして彼らは、何もできないままに撤退していった。
帰還したエリーは叱責を受けた。
そして事態についてと、それから集団の中に元王太子の自称・現国王がいた事も報告した。
「王太子本人がいたって?間違いないのか?」
「はい、まぁ自称・王が嘘でも本当でも面倒ごとがありそうですが」
「だな」
上司はためいきをついた。
「王太子の言葉通りだとしたら、君のいうように捨て駒だろう。
たとえば、戦争の口実にするためにわざわざ王位を与え、バカな行動をとらせたわけだ。おそらく近くには間者がいて、王太子殺害を確認したら、それを口実に我が国を悪者に仕立て上げつつ全面戦争を起こすつもりだったのかもしれん。
あるいは、君の能力や性格を測るために利用した可能性もある」
「測る?」
「魔道具の開発者であることは伝わっているだろうが、君個人の能力については彼らは知らないはずだからな」
「まずかったですかね?」
「見せつけたのは結界だけなんだろう?なら今の評価と変わらないから問題あるまい。
……まさかと思うが、戦ってないよな?」
「はい、一度も」
「よし」
上司はウムウムとうなずいた。
「魔道具開発は目立つからそっちが有名になりがちだが、君の才はそれだけではない。そちらも漏洩してしまったら、それこそ厄介な事になるだろう」
「勘弁してください……」
「まぁ、貴族の令嬢が生き延びるため、あらゆる才を鍛え続けた結果だからなぁ。
もともと貴族というのは魔力が多い。建国に関わった魔道士たちの子孫が多いというのもあるが、世間に魔道の才ある子が現れた場合、その身請けをしたりして中に取り込んできた経緯もあるからな。どうしても平民より魔に長けているのは否めない。
その魔道の才を、幼い頃から死に物狂いで伸ばしてきた君だ。当然、魔道の才だって凡俗どまりのわけがないだろう」
「……」
「さ、そんなことより仕事だ仕事。それとも今日は休むかな?」
「いえ、お仕事します」
さてと立ち上がって自分の席に戻ろうとして、ふとエリーは気づいた。
騎士たちにまじり、自分を国に連れ去りにきた元王太子。愛しのお姫様の姿は見えず。
さて、何かあったのかしら?
でも。
「まぁどのみち……私にはもう関係のないことか」
かりに彼が本当に王位についていて、そしてあの子がルルーセント王妃になったというのなら。
かの国となんの縁もなくなるどころか、別の国で責任ある立場になったエリーにできる事など何もない。
それに、そもそも……憎悪以前に興味すら持てない自分に気づくエリーだった。
(滅びようがどうしようが、好きにすればいい。だけど、今の生活を壊すというのなら……今度は絶対に許さない)
……そんなことを考えて。
◆ ◆ ◆ ◆
数々の魔道具を発明し、パンナ国を代表する技術者であったエリー嬢。しかしその功績に反して彼女の名はあまり知られていない。作成した魔道具の数々は今もなお愛されているものが多いのに。
その最大の理由は、彼女が目立ちたがらなかった事にある。
「技術者はその生産物のみで語るべき」というのは彼女の残した言葉ではあるが、実際に彼女はそれを体現した。現在も多くの人が愛用する冷温蔵庫や魔道傘など、いわゆる生活密着型の魔道具に彼女の発明は多いのだけど、何百年たとうと、そして彼女の名など知らぬ者ばかりになろうとも、それでも彼女の道具は愛され続けている。それこそが彼女の望みだったのだろう。
かくいう筆者もまた、彼女の生み出した魔道傘の愛用者である。
そんな彼女がパンナの生まれでない事はあまり知られていない。
実は彼女は当時、滅亡したルルーセント国の人間であったという。自分のことを出そうとしなかったのも祖国に変なしがらみがあり、万が一にもそれにパンナの仲間や友人たちを巻き込みたくなかったと、おそらくはそんな理由もあったのだと思われる。
そして実際に当時、ルルーセントでは平民貴族関係なく人が国外に流出していた。
残されている手紙等によれば当時の王太子とその婚約者がやりたい放題をしており、どんな禁欲的な生活をしていても、いちど彼らに「気に入らない」と思われたら最後、たとえ高位貴族であっても残酷な目にあわされ殺された。そして、そんな理不尽な目にあいたくないというわけでこの時代、多くの民がルルーセントを去ったという。
ルルーセントはこれに対し、国外に出た自国民で才能のある者を暴力でさらったり該当国に圧力をかけ、連れ戻して奴隷労働させるという非道を行っていたという。しまいには冒険者組合にまで圧力をかけようとしたため、同組合はルルーセント内にいるすべての冒険者に非常事態宣言をし、自らもルルーセント支部を閉鎖、撤退するとしいう異例の措置を行っている。
これによりルルーセントでは国としても弱体化する傍ら、魔物を討伐する事もできなくなった。
そして十年とたたぬうちに、自らの国民に吊るし上げられ、討ち取られて古き国、ルルーセントは滅亡する事になった。
(おわり)