おっぱい勇者
だいぶ昔のボツ稿が元になっています。
2021/04/19 侵攻部分などの表現を大幅修正。
とある異世界の、とある西方のかたすみで。
小さな国『ズンタ王国』はその日、隣国であり大国とされる『デロガ王国』に怒りの宣戦布告を行った。
布告の直接的な言い分は、彼らの国の『エリターラ姫』への、王太子じきじきの婦女暴行未遂。
つまり犯人はデロガの王太子。
だが、彼らは責任をとるどころか、逆に姫を『献上』せよと正式に『命令書』をズンタに送りつけてきた。そればかりか不当に世間を騒がせたとして、ズンタの国民にデロガで奴隷労働させよと外交官に『命令』したばかりか、外交官のスタッフまで兵を使って「召しあげようと」した。
確かにズンタは当時、デロガの属国に近い扱いではあったが、それでもれっきとした独立国家であった。きちんと文書による条約で位置関係も明確に決められていて、少なくとも王族を『献上』せよと『命令』されるような上下関係ではないし、ましてや外交官やそのスタッフに手を出すこと自体、戦線布告なしに戦端を開くのと同じこと。
それをデロガの王太子は公然と破った。
そればかりか、むりやり婚約者としていたエリターラ姫を一方的に婚約破棄し、別のお気に入りの国内の平民同様の娘を正妃にすえたのである。
さらにそればかりか、エリターラ姫を嫁でなく性奴隷によこせとまで言い放った。
これには、エリターラ姫が見たこともないような豊満な肢体をもつ女性である事と、平民の娘が、性悪でも役に立つから奴隷にすればと吹き込んだ事が原因と言われている。
だが、かりにも王国とされている国で自国の姫君やスタッフにそんな事をされて、怒らない国民がいるわけがない。
平和裏の解決を模索しようとしていたズンタ側は、もはやデロガには正常な国家機能は期待できないと苦渋の判断を。
さらに目標を単なる勝利でなく、デロガの国家システムの破壊……すなわち駆け引きレベルの戦争でなく、本当の意味での『全面戦争』に踏み切ることを決意したのだった。
もっとも。
これだけだとそれは、どこかの異世界のどこかの戦争、ただそれだけに過ぎなかった。
そしてもちろん。
この戦争は、それだけにおさまらない戦争なのであった。
デロガからの第一戦は、なんとデロガ側の全滅に終わった。それも戦略上の全滅ではなく、本当に文字通りの全滅だった。斥候や伝令がわずかに生き残った以外、誰も残らなかった。
時系列でいくと、こうなる。
デロガ軍が国境の町エドラを目の前に隊列を整え、侵攻を開始したところで、ソレは始まった。
あちこちから途方もない大きな音があがり、人や馬が飛ばされた。さらにパニックに陥った馬という馬が暴走を始め、多数の被害が出た。
そう。
実はエドラ周辺は、この世界にはまだないはずの武器……地雷が埋設されていたのである。
それだけではない。
この地雷、威力そのものは低かった。
しかし踏んだ人間の片足を吹き飛ばしたり、重症に陥らせる効果はあった。
さらに本体は木製で金属部品がないせいか、魔法探知にもかからない。
しかも小さく軽く設置しやすいせいか、まさに無数に埋設されていた。
未知の新兵器にデロガ軍は驚いた。
だが彼らは、すぐにこの兵器の欠点にも気づいた……つまり、同じ場所に2つは埋まってないということ。
彼らは奴隷や捕虜を先に歩かせて町の周囲の地雷を破壊して地雷を除去。
エドラを占拠したのである。
あまりの非道さに反発も出たが、ではお前が歩くかと言われたら、誰も反論できなかった。
しかし。
「食料がないだと?」
建物は無事だが、食料も燃料も資材もカラだった。
それどころか。
周囲の地雷原の破壊と連動させていたのか、深夜に突然、街中の建物が火を吹いたのである。
しかも火元はすべて、最も豪華な部屋に集中していた。
これにより、立派な部屋を好き放題に占拠していた高級将校や将軍が逃げ遅れ、多数のけが人が出た。
そんなことが繰り返されるうちに。
デロガ軍はじわりじわりと、ズンタ側の罠にはまり込んでいったのである。
このままではズンタ内部に侵攻できない。
しかし命令は「前進」であり、進まないわけにはいかない。
国境付近にはエドラのような町が、ほかにもいくつかあった。
そこで彼らは、これらの町に向かう方針をとった。
これらもエドラ同様に敵地ではあるので、後退にはならない。
そうやって兵糧をかき集めるつもりだったのだが──。
「まさか、ここも同じだと?」
そのまさかだった。
行く町行く町でも地雷が仕掛けられていた……さすがにエドラに比べると非常に少なかったが、それでもけが人がまた増えた。
さらに最悪だったのは、馬を狙った攻撃が相次いだ事だ。
戦利品を運ぶはずの荷役の馬は、けが人の輸送に欠かせない。
その馬がいなくなれば、健康で戦える戦闘員の一部を人夫に回すしかない。
そして、やっぱり食料などは一切ない。
そこまでいったところでやっと、さすがのデロガの将軍たちにも敵の狙いが知れた。
つまり。
ズンタ側の狙いは、デロガ軍を徹底的に消耗させる事なのだと。
ズンタ側の兵器や作戦はデロガ軍を死なせるためではなく、大量のけが人を出すためのもの。
死人はそれで終わりだが、けが人には当然、治療や介護が必要になる。
放置すれば死ぬ事もあるし、病気を媒介する事もある。治安ももちろん低下する。
そして、何もできないのに兵糧を消耗していく。
ふくれあがるケガ人に、デロガ軍の足取りは重くなる。
馬ばかり狙うのも、人を殺さずに消耗させるためなら納得がいく。
そしてけが人を後方に送ろうにも、動きの遅い輸送隊は恰好のマトだ。むしろけが人を増やす結果になっている。
──やられた!
なんという狡猾な!!
すぐに撤退の提案が出たが、このまま撤退する事に自軍から猛烈な反対意見が出た。
デロガの軍は古いスタイルのもので、末端兵士に払われる褒美などは基本的にない。
ではどうして戦いに参加しているかというと、各領地の領主命令の徴兵が普通で、そのかわり敵地の食料や財宝、女や奴隷など取り放題だった。
もちろん、大戦果をあげた兵は褒美がもらえるが、そんなのは有象無象の一般兵とは無縁の世界の話だったし。
なのに、現時点では得られたものをはるかに上回る大損害で、士気も最底辺。
しかも中央は今回の侵攻で勝つのが当然と決め込み、朗報を今か今かと待っている。
こんな状況で、ボロボロの敗走で帰ったらどうなるか?
指揮官クラスがただですまないのはもちろんだが……不満爆発した末端兵士たちが制御を失い、自国領の中で略奪をはじめる恐れすらもあると、戦歴の長い兵士を中心に強硬に反対されたのだ。
仕方ない、では近郊の味方の町から物資をとろうとしたのだが。
「焼き討ちだと!?」
畑には手をふれず、翌年用の種籾や村民の食い扶持までもきれいに避け、軍にとられるだろう貯蔵食料だけを見事に狙ったかのような、巧妙すぎる焼き討ち。
もちろん、種籾や貯蔵食料を無理やり供出させる事はできるだろう。
だがそれをすると、このあたりの村々が飢えて大変な事になる。
そればかりか、生き延びたら生き延びたで、中央の権力の届きにくい周辺部に強烈な反デロガ感情を育ててしまう可能性もある。
これでは、じわじわと真綿で締め付けるように消耗させられるだけだ。
動けば動くだけ減り続ける食料や医薬品。
しかも、進めば進むほどズンタの主要地域は遠ざかり、さらに国軍の被害だけが増大していく。
「くそ、はめられた!」
そうしているうちにも。
じわじわと、撤退か全滅かのデッドラインが迫りつつあるのだった……。
◇ ◇ ◇
「状況はどうですか?」
『うまくいってます。おどろくほど予想以上です』
「いまだけです。
たまたま条件が合致しただけですし、種がわかれば、対処されればおしまいです。
決して油断しないでください」
『はい、わかっております』
映像の向こうは、どうやらデロガ国内のどこか。通信相手は遊撃隊のようだった。
「繰り返します。
狙うのは兵糧だけ、兵隊はできるだけ死なせず、戦うなら全員の生還を原則に、敵のけが人を増やすことを優先してください。
ひとりのけが人は、健康な兵士をふたり戦えなくします。
殺すより、負傷させて見逃しなさい。
無駄に殺す事なく戦力を奪い、さらに飢えれば士気の急低下を引き起こせます」
『はい、例のやつも使ってます』
「結構です、でも自分たちも汚れには気をつけて」
『はっ!』
映像が切れた。
「どうですかユウサク?」
通信していた男性に、王女の装いをした娘が声をかけた。
「はい姫様、デロガ主力軍は混乱中です。追い打ちの工作もすすんでます」
「そうですか……苦労をかけますね」
「かまいません、彼らにはこの程度じゃたりませんよ」
「ユウサク」
「……はい、わかってますよ姫様。民はなるべく救うように動いてますから」
「無理を言っている自覚はあります……でも」
「はい、わかってますから」
男性……ユウサクは、いたわるように王女に答えた。
「それにしても……すさまじいまでの手腕ね。ユウサク、あなたが敵でなくてよかったわ」
「姫様、何度も言いますけどね、それは買いかぶりです。俺は先人の知恵を工夫して、活かしてるだけなんですから」
そういうと、ユウサクは微笑んだ。
「それより姫様、メイド長がおかんむりだよ?そろそろ戻らないと」
「そうね、また来るわユウサク」
そういうと、王女は去っていった。
「……さて、もうひと踏ん張りしますかね」
そういうと、ユウサクは再び通信装置に向き直った。
◇ ◇ ◇
転生者ユウサク。
とある地方のお祭りで大人気の楽曲『おっぱい音頭』の作者として知られている彼。
満月下で行われる田舎の祭り、その、のんびりした雰囲気にぴったり合う『おっぱい音頭』は、その少しエッチだが微笑ましい内容もあり、数百年の時を経た今も、少し言葉を今風にしただけで民に愛され続けている。
だが彼、実はそれだけでなく、おっぱい博士、おっぱい勇者なる謎の二つ名も持っていた。
『姫様おっぱい観察日記』なる電波本の執筆でも一部では有名である。
しかも。
彼が後にエリターラ女王の王配、つまり夫になったのも、そして例の電波本がエリターラ姫のおっぱいについて書かれたものである事も、全て史実である事が先日、明らかになって大騒ぎになった。
つまり、かの本は電波本ではなく、ひとりの女性のおっぱいを生涯追いかけた真面目なドキュメント本だったわけである。
しかも同時進行で、おっぱいの健康維持に関わる著作も出すと、まさにおっぱい尽くしの人物でもあった。
先の観察日記だが、後に女王となったひとりの王族女性のおっぱいを、三歳から亡くなる一ヶ月前まで記録し続けたものである。賛否あれど、たしかに大変貴重なものなのは間違いない。
しかも単なる胸囲だけでなく、トップバストとアンダーバストを別々に測ったり、当時の現地の概念とは明らかに異質な緻密さであり、さらに結婚後のデータは詳細なイラストまでついていた。
そして王宮内の侍女のバストサイズの統計をとったり、バストの形状維持に異世界の知識まで駆使し、ブラジャーという新しい下着までもたらして国内の王侯貴族、後には庶民にまで流行の輪を広げた。
どうしてそこまで、おっぱいにこだわったのか?
当時も今も謎は尽きない。
国を守るために兵士となった彼だが、魔法や錬金術といった元の世界にないものに興味をもち自力で研究。余暇で開発した通信機器や遅延発火装置類が上の目に止まってしまった。
だが同時にその頃、彼は侍女や女性兵士などのおっぱいの扱いの悪さに憤慨。
そして軍と王宮の間で激しいやりとりが行われた結果、彼は兵士兼王宮魔道士という世にも珍妙な肩書をもつ事になったのである。
発言力の増したユウサクは、ここでゲリラ戦や情報戦の概念を提案。
そればかりか、足並みの乱れやすい王宮と軍をうまくパイプでつないだ。
もとよりユウサクの魔道具により情報の重要性が上層部にひろまっていたので、ズンタは密かにそれらの整備と研究を開始。
そんな中、趣味のおっぱい研究も同時にしっかりと進行。
女性兵士むけに戦闘でブレない下着『バトルブラ』の開発など、そちら側からも王宮と軍をがっちりつないだ。
いかなる事情でかは不明だが、幼少期のユウサクは王の管理下で保護されていたらしい。
同じく管理下で生まれた王女とも幼馴染であり、おっぱい計測もその幼児時代からスタートしている。
子供同士とはいえ王女のおっぱいを触るなど論外のはずだが、なぜか許されたという。
就業した兵士にしても立場は王女つきの近衛兵だった。
後に王配となった事といい、小さい頃から王侯貴族も認める立場だったのは間違いない。
以前からデロガの横暴さに辟易しており、さらに言えば、可愛い王女に危害を加える者たちに非常に腹を立てていた。
また、以前からデロガを仮想敵国と考えていて、いかにデロガを少ない兵力で破るかについても研究していた。
彼は戦争の前に識者を集めたが、すぐに応じたのは、彼がおっぱい研究で親交をもっていた者が多かった。何しろ参加のためにデロガから亡命した者までいたというから凄まじい。
よいおっぱいを、いや平和を広めましょう。
彼らはあらゆる手段でデロガに対抗した。
結果。
ズンタの宣戦布告を言い訳に、意気揚々とズンタに略奪にやってきたデロガの軍隊は、壊滅的打撃をうけ、その多くが失われる結果となったのであった。
当時の王宮で広まった彼の二つ名『おっぱい勇者』。
実に彼の本質をよく表していたと言えるだろう。




