強制イベントに溶かされた男
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。
だが彼らの全てが目立つ活躍をするわけではなく、むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数。
しかしそれでは物語としてウケが悪い。
そんなわけで、王道とされる主人公たちは、否応がなしに非常識な活躍をさせられている。
では、そんな主人公たちではない大多数の人々はどんな異世界生活をしているのだろう?
今日もそのひとりを紹介したい。
◇ ◇ ◇
「げ、強制イベントかよ」
いつものようにログインしてゲームしようとしたら、知らない場所に飛ばされたらしい。
なんだよ、この変な城はよう。
変な王族っぽいのが出てきて、偉そうに何かほざいてる。
そいつをガン無視すると、俺は急いで自分を確認。
よし、どうやら最悪の強制イベントみたいに、行動に制限がかかってるわけじゃなさそうだな。
俺、ゲームの強制イベントが大嫌いだ。
なんせ、くっだらねー口上終わるまで何もできねえし、そういう時に目立つウザいNPCは大抵殺せないしな。
勇者よとか言いながら、ガキや小娘に小銭で命をかけさせるクズどもだぜ?
悪を倒せというのなら、真っ先に殺すべきはこの手のクソ王どもだろう。
なのに、そいつを一撃で殺せる剣を振り回しても攻撃自体が当たらず、いやそればかりか、ヘタすると攻撃行動どころかピクリとも動けず。
そこまでイライラさせられた上に、余計な事すると雑魚の兵隊に捕まえられたりするんだよな……こっちは大クエストシナリオで大ボス単体撃破したってのに、なぜかゲーム補正ってやつで兵も王も全然無敵だったりする。
そんなに強いなら、てめーらが世界を救えよ!
何度激怒したことか。
努力は必ず報われるなんて言うけど、実世界ではハッキリいってまず報われない。
それが現実。
せめてゲームの世界でくらい、努力や誠実さがきちんと報われてほしい。
だから俺は、個人の努力を嘲笑ってストーリー通りに進めようとする強制イベントってやつが吐くほど嫌いだ……迷わずぶっ壊したくなるくらいにはな。
けど今回は、体を拘束され口も聞けない、なんてことはないようだ。
だったら、やる事は決まってる。
こんなクソみたいなところ、さっさと出ていくだけだ──って、あぁ?
「■■■■!」
「■■!■■■■■!■■■!」
なんか兵士みたいなのが集まってきて、俺に武器を向けた。
コレじゃあ、出ていけない。
あのさあ。
こちとら、釣りも簡単にできねえ都会のど真ん中生活だからこそ、VRゲームで魔物狩りして遊ぶのが楽しみなんだよ、そのために料金払ってログインしてんだよ。なんで邪魔すんだよ。
ああもういい、わかった。
ここまで邪魔するってことは、要は魔物の代わりにあんたら狩れってことだろ?
いいよ、わかったよ。
これで罪人扱いされたら、スクリーンショットばらまいた上で公開で運営に文句つけてやるわ。
楽しい魔物狩りゲームに、カスみてーな胸糞王侯貴族イベントなんてぶっこんでんじゃねーよクソがって。
アイテムボックスから、雑魚に囲まれた時用の爆弾をばらまき、同時にショートカットで『亀鎧』に変更して座り込んだ。
たちまち、周囲に強烈な爆発。
そして、装備を対多数戦用最強装備に変更して立ち上がると、そこは阿鼻叫喚状態。
周囲に動く人間は誰もいなかった。
「ほほう、不死のNPCじゃなかったのか」
てっきり、王とかは死なないと踏んでいたんだが。
死なないNPCを黙らせる方法はいくつかあるが、一番いいのは城壁を壊して外にぶっ飛ばすことだ。
いくら不死でも遠くにぶっとばせば、当たり前だが戻ってくるまでは無害なわけだから。
武器を短剣二本にした。
これは極限まで手数を増やし、火力不足はスペックと付呪で補う用の装備だ。
よし、さて外に出ますか。
しかしドアの向こうには大群がいるし、無事に出られるかな?
まったく、鬱陶しい。
さっさと片付けて、いつもの狩りに戻りたい。
しかし……。
「おい、ここどこだ?」
しかも、しかもだ。
セーブしようと思ったら、システムメニューすら開かない。
「あー……異世界イベントかよ。このタイミングでやるかぁ?」
ネトゲが完全VRになってから、たまに異世界イベントってのが開かれるようになったんだ。
つまり、システムメニューやログアウトが非常事態以外では開かないようにして、まるで突然、異世界にたどり着いてしまったかのような感じにしてしまうやつだ。
クソ、これ絶対運営に文句言ってやる。
とにかく状況を把握しないと。
俺は、プレイヤーのいそうな場所を探して移動を開始した。
◇ ◇ ◇
定期的に異世界人召喚を行い、呼び寄せた異世界人を兵器に仕立てて魔王討伐をさせ、終わったらその異世界人を殺して憂いを断つ……そんな世界線のひとつの国家群が突如として消滅した件だが、その理由が最近になって判明した。
どうやら、消滅の少し前にも異世界人召喚が行われていたそうである。
だが、いつものように扱いやすい子供を呼び寄せて隷属の首輪をはめ、時間をかけて育てあげるはずが、どういうわけか最初から異常に強力で、しかも好戦的な個体が来てしまったという。
そして、その個体に国ごと滅ぼされたらしいというのである。
もう少し詳しく解説しよう。
突然に異世界召喚された個体は戸惑い、やがて不安を訴えたり感情的になるのが常である。
しかしその個体は周囲をぐるりと見るが否や即、外に出ていこうとした。
さらに、出奔を止めようとした近衛兵やら命令しようとした国王など、全員をよくわからない攻撃で一瞬で始末した。
そして、道を塞ぐ全ての者を息をするように殺しまくりつつ、平然と外に出ていったという。
これだけでも大事件なのだが、事件はとんでもないオマケが最後についている。
生き残りの諜報員の目撃情報を元に人物像を特定、指名手配をかけたらしい。
ところが、ほどなくして当の本人が何らかの魔法により、王都全域にわたり召喚の事実と国王以下の所業を述べた上で『この国を消去する』と宣言。
そして約30分後、王都の中心に推定・直径3kmの巨大な岩塊が落下したのである。
これは、後日発見された当人のものらしい日記によると『カキンアイテム』『マップヘイキ』なるものによるもので、あくまで本人の能力ではないらしい。ただし詳細は不明。
王都はもちろん消滅したが、被害はそれだけではすまなかった。
かの国は国土の六割強が平地で、その外側は円形の山が囲っていたが、これはかつてこの地域が巨大な火山であったためだった。
小さいとはいえ天体規模の天空からの直撃は、地下の火山脈をまともに刺激してしまった。
国土の随所から一斉に噴火が始まり、大地は裂け、川は煮えくり返った。
逃げ出そうにも、断続的に続く地震で全ての街道はリアルタイムでぼろぼろと崩れ、逃げ出せたのは、限りなく身ひとつで気軽に逃げ出した貧乏人や旅人くらいのもの。
結局、七割の土地と膨大な人々をまるっと飲み込み、かの国は消滅する結末となった。
さて、ここまでの破壊をもたらした当人はというと、その後は辺境に赴き、魔物狩りの仕事に就いた。
なんでも元の世界での職業も魔物ハンターであったらしく、それは驚異的な強さだったという。
だが、国ひとつ簡単に滅ぼす怪物である、間違いなく問題を頻発しただろう……と思われたのだが、ハンターギルドに登録する前はたしかに危険人物そのものだったものの、登録後はなぜかおとなしくなり、普通に有能なハンターになってしまった。
その頃から、彼のそばには常にひとりの女性──どうやらギルド職員らしい──の影がちらついていた。
さらに後年、彼はギルドで後進育成をすることになり、同時にその女性と結婚したという。
その女性が残した日記には、こうある。
「彼は自分が異世界にきてしまった事が信じられず、それを実感してもなお、受け入れられなかった。
乱暴な言動や行動が目立ったが、中身が性根の優しい青年である事は誰もが容易に気づけた。
それは、殺伐とした人生を歩む荒くれ者も少なくないギルドでは、放って置けない存在に見えた。
このままでは、彼は自滅してしまう。
誰が彼を慰め、凍った心を溶かすか?
……わたしは事情があり、清らかな体ではない。
ギルドに救われた身だし、ならばわたしがと名乗り出た。
まさか。
立ち直った彼に、逆にわたしがトロトロに溶かされるとは思っても見なかったが」




