馬はちょっと……。
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。
だが彼らの全てが目立つ活躍をするわけではなく、むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数。
しかしそれでは物語としてウケが悪い。
そんなわけで、王道とされる主人公たちは、否応がなしに非常識な活躍をさせられている。
では、そんな主人公たちではない大多数の人々はどんな異世界生活をしているのだろう?
今日もそのひとりを紹介したい。
◇ ◇ ◇
「きゃあああ、いやぁぁぁっ!」
悲鳴をあげながら逃げる。
「待ってくれサクラ、俺はおまえが本当にって!」
「やだって言ってるでしょおおおっ!!」
あーうん、ごめん。
別にあなたが嫌いなわけじゃないんですよ。
ただ……元日本人の私には、根本的な敷居の高さがありまして。
だって。
うわぁ、パカラッパカラッてひづめの音が、だんだん早くなってきたぁっ!
ゲゲッ、なんか数も増えたし!
振り向くと……そこにいるのは、上半身が人、下半身がお馬さんの人々。
ええ、そうなのよ。
この世界の人類って、ケンタウロス……人馬の世界なのよぅ!!
生前、人類が人魚の世界に転生した女の子のネット小説を読んだっけ。
そりゃー人魚の世界じゃ火も使えないよね、大変よねーと思ってたけど、なんで人馬なのよ?
いや、そりゃあ前世ではお馬さん好きでしたよ?
あいにく、乗馬が趣味ですわオホホみたいな生活はできなかったけど、馬そのものは好きだった。
競走馬は微妙だったけど、北海道で「ばんえい」見たり、動物園でポニーに触れ合ったりしてたなぁ。
けど、いくらなんでも人類が人馬の世界ってのは行き過ぎじゃないかしら、ねえ神様?
「はぁ、はぁ」
なんとか今日も逃げ延びることに成功した。
けど、このままだといつか追いつかれるわよね……どうしたものかしらね。
ふと、目の前の鏡を読んだ見る。
「……」
そこには、前世の私だったら「ケッ」とかいって白い目で見そうなレベルの、男ならついお持ち帰りしたくなるような……。
でもやっぱり下半身がお馬さんの女の子が、困惑顔で佇んでいるのだった。
私の名前はサクラ……馬だからじゃなくて、本当に前世の名前も「さくら」だったのよう。
ていうか、お肉の名前なんていらないわ。
なんか大人気だったアニメの主人公からとったんだって……なにそれと思ったけど、大人になってから偶然見たそのアニメの主人公を見て納得した。
その「さくら」ちゃんは家族にも友達にも愛される天真爛漫で、本当に「可愛い」って言葉を体現するような女の子だった。
ああ、あんなふうに愛されて生きてほしかったんだなって思って、改めて親の気持ちを理解して泣けてきたものだ。
ごめんね……ぼっちで親にも反発して、その果てに孤独に野垂れ死ぬような娘で本当にごめんね……。
いやでも、だけどさ。
だからって、なんで人馬の世界?
人生やりなおすなら、普通に人間の異世界でいいじゃないの。
なんで?
む、なんか音がする……これは喧嘩よね?
足音の小ささといい、子供だよね?
考える前に即座にかけつけた。
ああやっぱり。
「こら!何やってんの!」
「げ、クーラだ!」
「もう来やがった、逃げろ!」
「まちなさーい!!」
悪ガキもみんな人馬だから、足速いのなんのって。
残されてる子の怪我が心配だから、すぐ戻る。
いたのは小さな女の子だった。
よしよしとなぐさめてやる。
「うんうん、こわかったね。もう大丈夫だよ」
「えっえっ……お、オ、ネエ、ぢゃ……」
言葉にもならずに泣き出すちびっこを抱き上げ、頬ずりする。
小さな子を慰めるのは、言葉より直接的コミュニケーションが有効だったりする。
……そんでもって、落ち着いたところで事情をきいてみる。
きいてみると意外や意外。
実は、そもそもの原因は女の子の方にもあったようだ。
んー……これは男の子の方ばかり責めるわけにもいかないねえ。
なので、怯えたり反発されないようゆっくりと「大丈夫、お姉ちゃんもついててあげる」と説得した。
ちなみにクーラ呼ばわりしやがった子は、実は親御さんも知ってる子だったりする。
おちついたところで、あっちの事情もちゃんときいてみないとね。
子供のケンカと軽く見てると、何十年も引きずる事もあるからねー……。
あ、このへんの人馬たちは、私をサクーラと呼ぶ。スペイン語みたいに、末尾のひとつ前の母音を伸ばすんだけど、これが子供呼びだとサが抜けてクーラになるんだよね。
え?冒頭でサクラ呼びされてたろって?
いやぁ……下心ある若い男ほど、がんばってサクラって呼ぶんだよね……名前を正しく呼ばれるのはうれしいけど、たいてい目的が交尾だから笑えないよ。
だから、心は人間なんだって!
こっちの人、牧場の馬みたいに人前で普通にするんだよ!
勘弁して、絶対いやだよ!!
◇ ◇ ◇ ◇
知的生命体が人馬である異世界・通称ビリオン69。
異世界転生者はしばしば、ネイティブな人間にはない苦労をするものだが、ひとから人馬に生まれた彼女「さくら」は「馬は好きだけど異性としては愛せない」って悩みを抱えたまま一生を過ごしたらしいことが、その日記から伺える。
彼女は保育園で仕事をするようになり、やがてその保育園で園長にまでなり、子供たちに囲まれる生涯を過ごした。
さらに、とうとう恋人もゲットしたが……。
それは毎日のように彼女を追い回し、熱烈にアピールしまくった青年の熱意に根負けしたかららしい。
だが、結婚から数十年たった晩年の彼女の日記には、こう記されている。
「今にして思えば、彼も特別な存在だったのかも……どこか懐かしい気がしてね。
それで、つい絆されちゃったというか」
そんな、さくら嬢が生涯知る事のなかった青年の日記が最近見つかった。
当人が捨てたはずの日記を、母親が大切に保管していたものらしい。
それによると、こうある。
「人馬最高!神様に感謝だよ!
うう、あのおしりのラインがたまらん!
おまけに、あんなヒロインみたいな可愛い子に出会えるなんて……。
しかもあの子、絶対もと日本人だろ!
こっちの人馬、パンツはいてないもんな!
あの涙目の超絶恥じらいっぷり、見ただけで三杯はいける!
うはははは!
これは運命だ!絶対!あの子は僕のだ!!」
……この日記をさくら嬢が生涯見る事がなかったのは、きっと幸いだろう……。




