ひとりだけSF
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。
だが彼らの全てが目立つ活躍をするわけではなく、むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数。
しかしそれでは物語としてウケが悪い。
そんなわけで、王道とされる主人公たちは、否応がなしに非常識な活躍をさせられている。
では、そんな主人公たちではない大多数の人々はどんな異世界生活をしているのだろう?
今日もまた、そのひとりを紹介したい。
彼の名はノボル・タニグチ。
つい最近、異界漂流者としてその名が判明した人物である。
◇ ◇ ◇
その日、王城は驚愕に包まれていた。
突然、空に大きな飛行物体が現れたかと思うと、王城の真上に停止。
さらに。
「おい、もしかしてあれ宇宙船ってやつじゃね?」
「はぁ?ちょっと待て、ここ剣と魔法の世界だぜ?そんなもんあるわけが」
「勇者様方!皆さんはこれが何かおわかりで?」
「あれ、あんたら知らないの?あれ宇宙船だよ?」
「ウチュウセン?なんですかそれは?」
「は?あー……空のずっと上、星の世界に行く船だよ」
「空の上?天界にいく船なのですか?」
「いやいや、そうじゃなくてさ」
それは、どう見ても宇宙船……それも地球のソレとは比較にならないレベルの、超がつく文明圏の船だった。
どこかに埋もれていたのか、かなり汚れてはいる。
そしてジェット噴射も何もなく、普通に空に浮かんでいるのが不気味にも見えた。
『やあ、聞こえるかい?』
「ん?この声、谷口か?」
「谷口が乗ってやがるのか?」
訝しげな声、それはそうだろう。
彼ら召喚組たちにとり、同じクラスメートという認識ですらなかった……良くて、クラス付属の召使い。要はパシリだ。
そのパシリの声が、なぞの宇宙船から聞こえてくる。
『お別れを言いに来たんだよ。
たまたま調査先でこの船をみつけたんだけどさ、どうやらこの星のものじゃないらしいんだよね。
調べてみたけど、俺なら運転できるっぽい。
ただ、この船本来の持ち主は船の修復完了前に亡くなったみたいでさ。
まだ間に合うみたいだから、持ち主さんの用事は俺が果たしてあげようと思う』
「はぁ?なにいってんだてめえ?」
「さっさと降りてこい、ダニ!」
「いやー宇宙船かぁ、これがあれば魔王攻略も断然スピードアップするんじゃ?」
勝手なことを言い出す元クラスメートたち。
しかし。
『ははは、おまえら本当に人殺しが大好きだよなぁ。
自分らを誘拐した犯罪者どもの手先になって、今まで何人、いや何千人殺した?』
「は?何いってんの?」
『あれれれ?まさかと思うけど、魔族が人間じゃないって思ってた?
バカいえ、ただの異種族だっていってんだろ?
魔王だって、ここの王様と同じ、単に魔族の国の王様ってだけだって再三言ってんだろうが。
それともまだ、魔王倒したら帰れるとか、そんなやっすいゲームみたいな大嘘まるっと信じてんの?』
「な、なに……?」
『ああなるほど、俺の言葉なんか今までまるっと聞いてなかったってのか。
まぁいい、俺は伝えたからなー』
さらに王城関係者らしい者が捕縛魔法などをかけようとしているが……。
『ん?ああ捕獲?やめとけって。
この船、これでもこの星ごと破壊くらいできるんだぜ?
弱すぎるから反撃対象にならないみたいだけど、うっかり攻撃とみなされたら何が起きるかしらないぞ?』
それだけ言うと、声は楽しげに笑った。
『ま、けど魔王がうんたらのウソ話なんか俺にはどうでもいいんだよ。
俺は俺で考えがあるし、好きにやるわ』
その時だった。
女子のひとりが、声をあげた。
「ねえ谷口君、あなたもしかして、その船で元の世界に帰るつもりなんじゃないの?」
「「!?」」
『おや、少しだけ近いけど、それだとハズレかな?
こいつにはハイパードライブ、つまりワープみたいな装置がついてるからこの世界の外に出る事自体は可能だけど、それだけじゃ日本には帰れない。
だって、元の世界がどこにあるか俺たちも、そしてこの城の連中も知らないんだからな』
「ねえ谷口君、私も連れて行ってちょうだい!」
『はぁ?やなこった』
女子の言葉に、声は即座に拒否してきた。
『な、なんでよ!』
『俺が拾い上げるとしたら、それは信用できるヤツだけだ。
それで質問だが、おまえらの中に信用できるヤツなんて一人もいると思うか?
俺ぁよ。
状況が変われば、いつ後ろからバッサリやられるかわからんようなヤツを連れて行くつもりはないね』
『なんでよ、同じ仲間じゃない!』
『俺とおまえらが仲間?ハハハ、何をバカバカしい。
それとも、同郷の人間というだけで助ける義務があるとでも?
悪いけど、今の俺は敵対者に情けをかける余裕はないんでな。
そんじゃ、あばよー』
「ちょっと待ちなさい!」
「お、おい!まて!」
だけど、宇宙船はみるみる空に向かい、そして消えてしまった。
「「……」」
その後に残ったのは。
唖然として空を見上げる少年少女たちと、城のものたちだけだった。
「……なんなのよ、いったい」
「いや、それより!」
「そうだ、元の世界をこの城の人たちも知らないってどういうことだ?」
「それって帰れないって事じゃないの?」
「そんなっ!」
ざわっと動揺が広がった。
そし一部の者が、世話役の城の人間に噛み付いた。
「帰れるって言ったよね?魔王を倒せば帰れるって!!
あれみんなウソなの?わたしたちを騙してたの?」
しかし。
「それこそまさかですよ。
彼が何を根拠に言っているのかは知りませんが、過去に魔王討伐をした勇者は、王族と結婚したひとりを除いては皆さん、誰も残られていませんよ?
たしかに全員戻られてしまっては、我々には確認する術がありませんが」
対応する城の者たちは余裕だった。
いなくなったタニグチなる少年と違い、ここに残っているのは年相応のお子様と、自分で考えず勝ち馬に乗っかるだけの者しかいない。
そして彼らについている担当は全員、海千山千のしたたか者ばかりだった。
「あの方は、ないところに疑いをかける形で疑心暗鬼にさせ、揺さぶりをかけようとしたのでしょう。
こういっては申し訳ありませんが、我々には通じませんよ」
息をするように都合の良い事を言う担当たちの悪意を、彼らは見抜けない。
なんとなく悪意に感づく者もいるにはいるのだけど、やはりそれも年相応の限界があった。
「いやまて、他にも船があるかもしれない!探すんだ!」
「え、どうして?谷口君を追いかけるの?」
「バカ、ダニと一緒にすんな。
なんでどこにあるかも知れない星にわざわざ届けんだよ。こっちの目的に使えばいいじゃねえか。
さっさと魔王討伐するにせよ、拠点にもアシにも最高だろ?」
「あ、そっか」
もちろん少年たちの目的はそれだけではない。
魔王討伐しても帰還をタテに利用されないよう、自分たちの力にするために船を探すつもりだった。
だが城の者たちにしてみれば、こっそり仕掛けた隷属の輪がある限り、少年たちは自由に使える消耗品にすぎないし、「よこせ」と言うだけで、船はご主人様たる彼らのものになる。
だから問題なしとにこにこ笑うだけだった。
◇ ◇ ◇
彼の宇宙船だが、どうやらスキルアップのために単独潜入した遺跡に隠されていたのを発見した模様。
元の運行者が修理のために隠したのだと思われる。
ノボルはたしかにロクな戦闘スキルを持たなかったが、努力で補い、中堅冒険者程度以上の実力は持っていた模様……しかし国を信用してない冒険者ギルド関係者は彼の情報を流さなかった。
彼のスキルの中でも最も特徴的なのが『読書家』…どんな古文書でも読み解ける強力なスキルだが、実は召喚者なら誰もが持っている言語翻訳スキルを育て上げた結果、得られたものだという。
しかし『読書家』の価値に、国関係者は気づく事がなかった。本など平民は読めないし、貴族たちは読めても学者と魔道士以外、誰も関心をもたなかったから。
そして同郷の元クラスメートたちは、ノボルが高評価されないよう、その価値に気づいても教えなかった。
ノボルはそれを理解した上で、その状況をとことん利用した。
自分が得意とするスキルで、誰も見向きもしないショボい洞窟の奥にしまわれたモノに気づき、それにアクセスし、たったひとりで解析を続けた。
そして、異星人むけのシステムを要約して船の取扱をマスターしたと思われる。『俺なら運転できる』は真実だったわけだ。
記録によると、この船は銀河文明では珍しくもない汎用モデルだったらしい。
よく売れているがゆえに遺跡に眠っていたような旧式でも、宇宙にあがれば修理可能だった。
当時、この惑星より490光年離れたところにあるユプタリス星系というところに地球人の少年がたどり着いており、ユプタリスの多次元管理局が少年の元の世界線を調査し、無事に送り届けたという記録が残っている。
その記録を信用するならばだが、ノボル少年は無事に帰還できた可能性が高い。
また、高い知性は自分の能力として維持しており、おそらく帰還時に身をたてるのも役立ったであろう。
対する星に残った元クラスメートたちについては、今さら言うまでもないだろう。
帰還のかなった者は、ただのひとりもいなかった。
これは間違いない。
なぜなら召喚式は特定条件にひっかかる者を呼び寄せるもので、送還など最初から考慮されてなかったから。
だが、一部のバカをやらかした者を除けば、多くの青少年たちは個別にひきとられていったようだ。
ノボルと折り合いの悪かった彼らだが、主犯格のバカ以外は行動が改善していた。
国は彼らを道具としか見ていなかったが、現場の人間は高い教育をうけ、なおかつお人好しの多い彼らを好ましいと思っている者が多かったのである。
騎士の仕事をしていた者は、現地の騎士の家に。
魔術を得意とする者は、魔術師団からスカウトを受け。
中には研究員になった者もいた。
また、貴族家に婿入りしたりお嫁にいった者もいて、彼らの血縁は長く、国の中枢で活躍する事になったという。
みんなが「異世界召喚だ!魔王を倒すんだ!」と言ってる影で、自分だけ遺跡にあった宇宙船の解析をすすめ、元の世界を目指す旅に出たと。
幸いにも小型船で、ワンマンオペレーションできる機体だったのが幸いしました。




