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異界漂流者の物語  作者: hachikun
71/95

ゴリ押しの結末

2021/2/10 ルーセント国になっていたところを訂正。

2021/2/10 その他、少し訂正。


 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 その人もまた、異界漂流者であった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 リーセント王国。

 長く平和に栄えてきたこの国が没落をはじめたのは、とある国王主催のパーティがきっかけだった。

 その日の夜、王都には風のように2つの噂が広まった。

 ひとつは、第3王子がケルル公爵家の末娘ルーラと婚約したというもの。ふたりはとてもお似合いで、全ての人はこれを祝福したという。

 だがもうひとつは、その婚約はルーラ嬢どころか公爵家にも知らせずに行われたもので、しかも王家はルーラ嬢が王子以外に望む相手がおり、公爵家も末娘の相手と結ばせようとしていたのを無理やり押しのけ、王命で王子と無理やり結ばせようと仕組まれたものだとの事だった。

 ルーラ姫は王命による婚約命令に悲鳴をあげて卒倒し、激怒した公爵夫妻はその場で「断じて拒否する、それを罪に問うというのならこの国を捨てる」とまで高らかに公言し、ルーラ嬢を連れて即刻王都を立ち去ったという。

 全く正反対の噂だったが、信憑性が高いとされたのは後者で、幸せな婚約の噂は王家の捏造だろうとされた。理由は簡単で、兵士が王都中を駆け回って誰かを探しており、悪い噂を流している者をみつけたら逮捕して回っているのが不特定多数の市民により目撃されていたからだ。

「しかしま、なんでそんなゴリ押しをしようとしたのかねえ?第3王子ったら、令嬢がたにも人気の若き秀才だって話じゃないか?」

「むしろ秀才だからじゃないか?

 あまりに出来すぎて、ひとの気持ちがわかんねえのかもなぁ」

「あー、まぁでも第3王子は王位をつぐわけじゃねえんだろ?多少アレでも問題なくね?」

「そりゃそうだろけど、かりにも公爵家を敵に回してどうするよ?

 公爵ってのは国王一家と共に国を支える上位貴族だろ?

 王子様が今後どんな立ち位置になるのか知らねえけどよ。

 そのケルル家を敵に回してタダですむかぁ?」

「あー、俺わかんね。どうなるのかね?」

「いや、もしかしたらこの国、ひっくり返るかもしれねえぞ」

「え、なんで?」

 物騒な予測をした一人に、皆の目が集まった。

「ケルル公爵家ったら、昔から外交や防衛で名を挙げてきた一族だ。

 たしかルーラ嬢は帝国で魔法研究者してるって王弟の息子と仲が良くて、あっちの皇帝陛下もルーラ嬢ならって言ってると聞いたぜ?」

「マジか」

「おう」

「んー、だったらよ、そっちの結婚の方が両国親善にもいいんじゃね?

 しかも当人同士もその気あるんだろ?言うことなしじゃねえの?

 なのに、なんで第3王子と婚約なんて?」

「知らねえけど、第3王子の横恋「貴様ら、なんの話をしている?」うわ逃げろ!」

 兵士の姿をみつけた男たちは、たちまちに逃げ去ったという。

 

 

 噂は国内はおろか、国境も越えて広がっていった。

 ケルル公爵家が領地に戻り、それを王家の追撃部隊が追っていった事も伝わったが、その先の情報が何もなかった。それを最初、中央の人々は解決したのだろうと考えた……実際にはケルル領が事実上独立し、追撃部隊は全滅したわけだが、国はそれを隠し続報を出さなかったからだ。

 だがもちろん、商人たちは独自に状況を掴んでおり、たちまち彼らの手により王都に情報が流れた。

 それも、追撃部隊を退けたケルル領では国が完全敵対したと判断、ケルル領独立を宣言した上、実際に、独立国家として帝国と同盟を組んだという衝撃的なものだった。

 商人たちの中には、さっそくケルル領、いやケルル国に商売先を切り替えた者たちもいた。

 それ以外も、長い目で見る商売を控え、いつでも逃げ出せるようにした上で、儲かるうちに根こそぎ儲ける商売に切り替え始めた。

 

 そうした行動は各地のさまざまな異変を招き、やがて大きな不安として社会に広がっていく。

 やがてそれは実際の形として顕在化した。

 商会の閉鎖に資金の持ち逃げ、人々を奴隷にして連れ去り他国で売りさばくなど、ありとあらゆる形でそれは現れた。

 各地で治安が急速に悪化。

 悪事で味を占めた者たちが一部の商人と組んで堂々と人やモノを吸い上げはじめ、環境の悪化は加速していく。

 正常化のための努力も行われていたが、それは王都だけで地方は見捨てられた。

 この理由は簡単で、元より現王の治世になってから地方は軽んじられていた……良いものは中央に吸い上げ、悪いものは地方に押し付ける事が普通に行われていた。

 ケルル公爵家の問題はまさに氷山の一角だった……。

 これは噂の信憑性を否応がなしに高めただけでなく、ほとんどの地方領地に野火のように離反の動きが広まる原因にもなった。

 もはや、たとえ中央が正常化しても、地方の正しい情報はもう届かない。

 やがて大きなきっかけでもあれば、この国は一気に空中分解するのだろう……。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 リーセント王国の落日は、長年にわたって謎に包まれていた。

 ちなみにルーラ姫の婚約発表が原因というのは、数ある噂の中でも眉唾扱いされていた一つだが……今回なんと、それが事実らしい裏付けがとれた。

 リーセントは比較的健全な運営がなされていた国といわれており、このような、右手で左手を切り落とすような愚かな行為など正直ありえない。

 このアンビリーバボーな事件が史実だと判明したのは、帝国に落ち延びた当時の一族の日記の発見からであった。

 

 当時のルーラ嬢やそのメイドたちの日記によると、第3王子にしつこく言い寄られている事への不安が綴られている。

 自分には両親も、相手の家も認めてくれた大切な相手がいるというのに、一方的に婚約者のように扱われ、いくら断っても話をきいてもらえず、両親から正式に国王陛下に苦情も申し上げたのに何も変わらない。

 そればかりか王都にとどまり登城せよと命令までされ、不愉快で不安で仕方ないともあった。

 

 この当時の国王夫妻側の記録を見るに、そもそも第3王子がルーラ嬢に一方的に懸想したのが事の始まりらしい。

 また国王夫妻としても、普段はとてもできの良い王子の唯一のわがままという事で、これを応援していた。

 積極的とはいわないが、少なくとも、難色を示す公爵夫妻相手に時間稼ぎをしてやる程度には、国王夫妻も手を貸していたと思われる。

 ただし婚約発表のゴリ押しについては、国王夫妻も寝耳に水だった模様。

 

 では婚約発表を強行した者は誰かということになるが……ここはハッキリと記録にないので不明。

 しかし、ゴリ押しとはいえ婚約を命じる勅命の書類は本物だった。

 という事は少なくとも実行犯は宰相以上……良くも悪くも、勅命の印璽(いんじ)に手を出せる者の仕業という事になる。

 

 婚約発表でルーラ姫は悲鳴まであげて全力で拒絶。

 これは無理もない。

 たしかに貴族なら結婚を命じられる事もあるだろうが、すでに彼女の行き先は決まっており、それを心待ちにしていたのである。これを本人はおろか家族への事前の連絡ひとつなくなのだから、いくらなんでも論外であろう。

 しかも、その状況ですらなお、強引にルーラ姫を手元に引き寄せようとした王子を突然現れた男が突き飛ばし、姫を保護したという。

 この突き飛ばした男については不明。

 だが前後関係からして、ルーラ姫本来の婚約相手の関係者であろう。

 別室で公爵家側のスタッフによって姫は完全隔離、城の者はおろか王族すらも立ち入りを一切認めない状態で、公爵夫妻は国王夫妻に直談判に行った。

 しかし、一方的で勝手な婚約命令の撤回を真摯に求めた公爵家側に対し、国王夫妻側は、のらりくらりと引き伸ばすばかりか、さらにルーラ姫を部屋に閉じ込めるのはかわいそうだ、出して王子の横に座らせよ等と言い出すありさまだったという。

 そのあまりにも一方的な状況に、怒る夫をおさえ穏便にすまそうとしていた公爵夫人までもが、とうとう激怒。

 王妃の仲裁の申し出も一切合切拒否し「わが娘に対する婚約命令を正式に勅命で全面撤回し、さらに公式に謝罪せよ。

 それをしないのならば、以降のあらゆる話し合いには応じないし、貴族としての責務もすべて拒否する。

 また、返答いかんではわがケルル家は爵位を返還(・・)、ケルル領はケルル王国として王政復古、この国の傘下を離れる事もありうるので、そのつもりで」と宣言。横にいる夫すらも驚かせたという。

 だが、すぐに夫もこれに同意。

 驚いている国王夫妻をパスして部屋を辞すと、ルーラ姫のいる部屋に戻った。

 部屋に無理やり入ろうとしている王族や騎士を力ずくで全員昏倒させると、ルーラ姫以下全員を連れてただちに城を出たという。

 

 

 まぁ、何ともバカバカしい出奔劇だが、しかしどうやら史実らしい。

 いくつかの疑問は残る。

 そもそも、どうやって無事に退出したのか?

 登城時には公爵家側は武装解除しているはず。

 なのにどうやって城の中で騎士や王族たちを無力化・脱出したのか?

 

 これについては、レイナ・ケルル公爵夫人が活躍したらしい。

 レイナ夫人はケルル公爵領の騎士の家の出身だが、中央に召し上げられないよう魔法の才覚を隠していた。

 彼女は完全な実戦型の魔道士であり、さらに詠唱どころか杖もいらない規格外だった。

 ついでに言えば、彼女の空間魔法には夫と護衛に行き渡る予備武器がストックされていた。

 本来それは不遜な事なのだけど、最近の王家や上層部の態度に不信を抱いていた彼らは、まさかを思って武装を持ち込んでいたのである。

 とはいえ。

 当時は優秀な人材を中央に奪われないよう、才能を隠すのは日常茶飯事だったので、これ自体は別に不思議な事ではなかった……のだが、詠唱も杖もいらず、何もなくとも味方の武器を隠して持ち込めるほどとなると珍しいどころの話ではなく、さすがに城側を責める事はできまい。

 なお現在では夫人の隠し日記が発見されており、そこに使われている言語から、異世界からの転生者ではないかとの説が有力になっている。

 

 ところで問題のルーラ姫だが。

 彼女は無事に本来の想い人、つまり帝国皇族の末っ子と結婚した。

 この男は当代一の魔法バカで知られている研究者で、実は同じく魔法バカのルーラ姫と大変ウマがあったらしい。

 そも、この末っ子の家は辺境伯で実はケルル領と領地が隣り合っており、魔物の反乱などでは共同戦線を張るような家で、交流もさかんだった。

 そう。

 後の世に知られた舞台劇『屋根の上のバカップル』の主演、帝都にその名を轟かせた魔法バカコンビは、実はルーラ姫とその旦那がモデルなのである。

 彼らは幼少時に色々とやらかしており、お忍びで辺境視察にきていた皇帝を素で爆笑させた逸話も残っている。

 突き抜けすぎたというかオーガに棍棒というか、結婚したふたりはその行き過ぎた魔法好きを遺憾なく発揮し、帝国や周辺諸国の魔法技術をふたりで3百年は進めたと言われている。

 

 余談だが、ふたりが開発に関わった魔道具には当時、妙にかわいらしいロゴマークの『マイマイ印』がつけられていたのはご存知の通りだが、あの可愛いデザインはレイナ夫人の前世知識によるものらしい。

 彼女は前世でエシなる特殊な絵かきをしていたそうで「おねショタから掛け算、く○み○までなんでもござれよ」という謎の言葉を残したばかりか、禁断の魔性シリーズなる実在の人物をモチーフにした謎の物語シリーズを出版、帝都の女性を中心に人気を博したという。


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