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異界漂流者の物語  作者: hachikun
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 異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。

 だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。

 では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?

 今回もまた、そんな人物のひとりを紹介しよう。

 その人の名は、長谷川祐子(はせがわゆうこ)

 彼女もまた、異界漂流者だった。

 

 

 

 現代知識で大儲けとか。お城や学園で婚約破棄騒動とか。

 はたまた、チートとしか思えないバトルを展開して勇者と呼ばれてハーレム作ってみたり。

 思えば前世、そんなお話をずいぶんと読んだものだ。

 いや、ああいうお話を否定するわけではない。それもまたアリだと思う。

 だけど。

「まぁ、わたしには関係ない話よね……いやほんと」

「クゥン」

「いやホントだって」

「クゥン……」

 どこか責めるような愛犬チャッピーの声。えー、いいじゃん別にさ。

 え、名前のセンス何とかしろって?

 仕方ないじゃん、センスないんだもん。チャッピーってつけたの前世のお父さんだもん!

 いやその。前世で小さい頃飼ってたわんこの名前そのままだからさ、うん。

「うん、もうちょっと待ってね。今いいとこだから」

「クゥン」

 そもそもチャッピーがわたしの横で丸くなっているのは、この時間の釣りタイムが日課だからなんだよね。

 ここは湖畔の大きな堤防。そのはしっこ。

 まぁ、堤防といっても実際にはここは水没した古代遺跡の一部。以前この下に潜ってみた事があるんだけど、皆が堤防として使っているこのコンクリめいた遺跡って、実は巨大なビルみたい建物の上の端っこなのよね。かなりの時間がたってそうだけど。

 あれ見た時は、昔見た映画みたいなアレを想像しちゃったよ。ほら、お猿さんの惑星にたどり着いた宇宙飛行士が散々な目にあって、でも最後にとんでもないものを発見しちゃって、実はそこが異星でなく、地球の未来であると気づいて愕然とするの。

 

 隣で丸くなっているチャッピーに「ちょっとまってね」と言い置いて、再び釣りに戻る。

 前世では、わたしは釣りなんてした事がなかった。友達にひとり、お父さんの影響で釣り好きになったって人がいたけど、わたし自身は縁がなかった。むしろ父が釣り好きで休日家にいないという理由で、小さい頃なんて釣りが大嫌いだったなぁ。

 そんなわたしの釣りだけど、たぶん地球における釣りとはちょっと違ってる。だって。

『……』

 釣りをしながら、わたしの目には水中を漂う釣り針が見えている。

 つまり、釣りスキルと狩人の目のスキル、両方を鍛えているわけなんだけど。

(……きた)

 疑似餌(ぎじえ)を追ってくる大きな影。知らんぷりして針を泳がせ続ける。

 そしてその口が、パクっと疑似餌を飲み込んで。

(……よしっ!)

 絶妙のタイミングで竿をひき、合わせてみると。

「お」

「!」

 たちまち竿が大きくしなり、ビュンビュンと暴れ始める。

 よし、バトル開始!

 といっても、現代日本みたいに強力な釣具があるわけでなく、釣りスキルで作った仕掛けに記憶から見よう見まねでこしらえた針、工作魔法で強化した糸に竹竿。

 ところが、これがなかなかいけるんだよね。

 数分後。

 陸にあげられた魚はというと、わたしよりはるかに大きいものだった。

 つーかこれ魔物だよね間違いなく。釣りスキルと強化や工作スキルの助けがなきゃ本来、道具が壊れるか釣り上がらないかだと思う。

 そう。

 この『釣り』という行為は一見地味だけど、道具を揃えたり素材を加工したりと、いくつものスキル、それも工作関係なんかを結構お手軽に上げられるんだよね。

「いやぁ、釣れた釣れた。さて」

 ダガーでとどめをさすと、解体をする。

 といっても、わたしがとるのは食事一回分くらいで、あとはチャッピーにあげるんだけどね。

「よしっと。チャッピー、あとは食べていいよ?」

「わんっ!」

 チャッピーはそのでっかいお魚を、さんまでも食べるみたいにむしゃむしゃ食べ始めた。

 うん、豪快でけっこう。

 拾った頃みたいなちびちゃんならともかく、今や馬が逃げるほどになっちゃったからね。食べる量も多いんだこれが。

 わたしはのその横で、生活魔法で火を起こし、串に刺した魚の切り身やパーツをかけた。

 と、そんな事をしていると。

(あるじ)よ。我を使ってはくれぬのか?』

「あんたは午後。ちょっと待ちなさいって」

『うむ』

 え、今の声は誰だって?

 ああ、後ろの荷物にたてかけてある弓ね。

 これって、ちょっと特別なやつだから、意思もあるし喋ったりもするんだよね。

 まぁ、わたしにしか聞こえないんだけどさ。

『一応言っておくが主、チャッピー殿は犬ではないぞ』

「え、そうなの?」

『どこの世界に、おやつに馬をかっぱらうような巨大犬がいると思う?』

「いるかもしれないじゃない」

 いやその、なんだ。

 大人になると、なんか物騒な鉤爪が生えたり、額にも光る目みたいなのが出てきたり、なんか変だなとは思ってたけどね。

 けど、いい子だよ?

『子犬の頃から、主が手ずから面倒見ているようだからな。あと、主が規格外である事も認識しておるのだろうよ』

「その言い方やめてよね、もう」

 いやぁ、確かにチャッピーは普通じゃないけどさ。

 けど今、わたしが話している弓に比べたら全然普通だと思うんだけど?

 わたしの探査スキルには今、この弓はこう見えている。

 

 

【吸血弓】製作者:ユウコ・ハセガワ 所有者:ユウコ・ハセガワ(譲渡不可)

 同族を射殺すると、相手の生命力を吸い上げる事がある呪いの弓。異界の素材、異界の製法で作られた異界産の弓であり、魔法の道具というよりこれ自体が魔族に近い。

 装備者の魔力をすすって力を振るう。これは本来、魔術師のために作られた弓だからで、攻撃補助や呪い、毒魔法を使える弓職者が用いた場合、通常の弓とは違った意味で大きな力を発揮する。

 ただし自らの命の限界を超えて使った場合にはよくて死亡、最悪だと吸血鬼化を引き起こす可能性あり。

 自分の意思をもち装備者を支援する弓を目指して製作されたが、なぜか製作者に執着して離れたがらず、本来の予定だった相手に譲渡できなくなったという、いわば失敗作。

 製作者が死亡した後で待機状態になっていたが、異世界に転生した製作者が魔力をほとばしらせたのを検知、魂のつながりを辿って世界を超え、追いかけてきた。

 

 

 そうなんだよね。

 この弓、前世でわたしが……正しくは、前世でやっていたVRMMOゲームの中で作った弓なんだけどさ。

 

 なんで、異世界転生先までゲームの弓が追いかけてくるわけ?

 いや、確かに、所有者の元に戻ってくるようにインテリジェント機能をプログラムしたのは覚えてるけどさ。

 

 まだスキルも力も未熟だった頃、盗賊団に追い回されてさ。

 もうだめだと思った時に、こいつが突然現れた時の事を今もたまに思い出す。

 

 

 

 あれはもうだいぶ前になる。

 とある事情で将来、家を出て生活する事になると知っていたわたしは、時間を作ってこっそり外出し、生き延びるためのスキルアップをはじめていた。

 とはいえ、当時のわたしでは全てが中途半端で半人前以下。

 だから、小娘が野にひとりでいるのをいいことに、近づいてきた盗賊の集団に気づくのが遅れて。

 そして、地獄の逃走劇が始まったんだ。

「畜生、あのガキどこいきやがった?」

 眼下には、殺気立った盗賊たちの集団。

 捕まりそうになった時に放った渾身の一撃で、ひとりの股間をもろに潰したのがまずかった。

 あれで、倒れたひとり以外を完全に本気にさせてしまったらしい。

 どうしよう。

 余計なものを捨て、隠密スキルを限界まで駆使して隠れたのはいい。

 だけど、あまり長時間はもたないだろう。

 怪我をしているので血臭で気づかれる可能性もあるし、ここまで逃げるのにも汗をかきすぎた。

 そしてなにより。

 奇襲して倒そうにもロクな武器もないし、逃げおおせるための足も体力も足りない。

 

 いやだ。

 こんなところで、こんなところで潰れちゃったら、ただの自爆じゃないの。

 何か手はないか?

 何か手段はないか?

 

 ふと、脳裏に一本の弓の事が浮かんだ。

 それは今の、それどころか現世のものですらない弓。

 遠いあの頃。

 わたしが日本でネトゲで作った、生きて所有者をサポートするインテリジェント・ボウ……の失敗作。

 なぜか製作者のわたしだけに異常に固執し、どうしても手放せなくなってしまった厄介すぎる呪いの弓。

 だけど、そんな面倒さのわりに使いでだけは抜群だったので、いつのまにか愛用の弓となっていたアレ。

 

 自分でもバカだと思った。

 前世の、しかもゲームで作った弓をなぜ今、思い出すのか?

 要するに。

 それだけ自分が追い詰められている事にも、この時のわたしはもう気づけなかった。

 

 そしてただ、心の赴くままに……あの時のように手をさしのべた(・・・・・・・)

 

(わたしはここだよ、おいで……わたしの吸血弓(ヴァンパイア・ボウ))

 

 あの瞬間のことを、きっとわたしは一生忘れない。

 あるはずのない重みを感じたと思った、その次の瞬間には。

 なんと、そこにあるはずのない弓が、わたしの手にあったのだから。

 そして、懐かしい声が脳裏に響いた。

 

『きたぞ(あるじ)よ、さぁ我を使え』

(!?)

 

 何が起きたのか、あの時は全く理解できなかった。

 ただ、完全にフリーズしたわたしの心と裏腹に、身体の方は即座に反応していた。盗賊たちの後方でドーンとかまえていた盗賊たちの頭を狙い、しかも曲撃ちで矢を放ったんだ。

 よし、一匹。

 たちまち盗賊たちはパニックになった。

「ん、なんだ?おやじたちの方が騒がしいな?」

「誰か走ってくるぞ。何かあったかな?」

 走ってきた伝令みたいなやつから、頭が死んだ事を知らされ男たちは戦慄した。

「射殺!?いったいどこから!?」

 キョロキョロと周囲を見ようとするヤツに、他の男がバカかと言う。

「ここからあの丘までどれだけあると思ってんだバカ!別のとこに決まってるだろ!」

「あ、そうか」

「よし、探せ!」

 そういって散っていく男たち。

 こっちは距離があいたのをいい事に、ゆっくりと召喚矢を作ると猛毒の付呪を行う。

 さて。

 ぺろりと舌を出した。

 狩る側と、狩られる側は今ここに反転する。

 一番遠くのやつに狙いをつけ、きりりと引き絞り。

「……疾っ!」

 そうして、戦いを再開した。

 

 

 

「いやぁ、あの時は本当にびっくりしたよねえ」

『知らぬ。呼ばれたから応えた、それだけだ主』

 そりゃあんたは弓だからそうだろうけどね。

 ここは地球とは別の世界、それはたぶん間違いない。

 だけど、決してゲームの中ではないと思う。どうしてそこに、前世でゲームで作った弓が追いかけてこられたんだろうか。

 ひとつは、ここもゲームの中……それはさすがにないか。

 ひとつは、あのネトゲ……『プロジェクト・ツンダーク』が、実はただのネトゲではなかった可能性?

 ……まさかね。

 確かにヘンなところがいっぱいあって、実は異世界じゃないか、なんてさんざんネットでは言われてたけどさ。いくらなんでもガチで異世界とか……ナイナイ。勘弁してよもう。

 そんな事を考えていると、

(!)

『おや、何か接近しているね。敵対存在のようだが』

 おいしく魚を食べていたチャッピーも、ピクッと反応して動こうとしたのだけど。

「チャッピー」

「……オン」

 小声で「ちょっとまて」のニュアンスが伝わったのだろう。チャッピーは静かに座り込んだ。

 わたしは弓をとると、付呪していない安い矢をとりだそうとしたのだけど。

「これは……盗賊かしら?」

『あいかわらず人に狙われやすいようで、何よりだ』

「うれしくないわね」

 敵対存在は確定なので、殺傷用の矢に取り替える。

 さて。

 

 弓兵の戦いが、はじまった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 謎の弓使いの女性については詳細が全くわかっていない。だがその弓の一撃そのものは歴史に何度も姿をあらわしており、かつて、コレナという王国のパレードで即位したばかりの若き国王を射殺したのも彼女であると言われる。ただしそれは根拠のあったものではなく、調査を重ねた結果、こんな伝説級の一撃を弓で撃てる者など、他に該当者がいない事から彼女のせいにされたというのが正しい。

 ただ、彼女本人はともかく、その愛用の弓については記録が残されている。

 この世界にない素材と技術で作られた、神器、または異界の弓であった事。

 また女性を騙したり罠にはめてとりあげても、彼女が呼べば手に戻った事。

 そして彼女に心酔して教えを得た各地の狩人たちが、全く新しい弓技術の体系をもたらした事などである。

 

 彼女は何者であったのか?

 そして、そんな彼女の愛弓とはいったい何だったのか?

 

 今は歴史のロマンの彼方である。


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