自殺に巻き込まれるのはゴメンです
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異世界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではなく、むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数だろう。
しかしそれでは物語としてウケが悪いだろう。
そんなわけで、王道とされる主人公たちは、否応がなしに非常識な活躍をさせられるわけだ。
では、そんな主人公たちではない、普通の者たちはどんな異世界生活をしているのだろう?
その者の名はエミ。
異界漂流者である。
◇ ◇ ◇
「もうつきあいきれない、帰る」
「お、おい待てよ、どこいくんだよ!」
「今さら何を言えと?
前からさんざん言ってるでしょ、わたし、危険な場所でふざける人って大嫌いだって」
今朝まで持っていた期待もさめた。
後ろで何かほざいているバカ男を一切無視し、足を早めた……逃げ出すために。
なんでかって?
そりゃあ、こんなのに巻き込まれて死にたくないからよ。
あーうん、簡単に説明するね。
みんなで森にいくはずだったのに、待っていたのは彼ひとりだったのよ。
ソレは、まぁいい。
それが一種のサプライズで……そしてプロポーズか何かをするつもりなのはすぐ理解できた。
彼は地球でいえばアウトドア好きって感じの人。子供の頃から森が好きだったらしい。
わたしは今生では純粋な町育ちで、こちらの森は全然わからない。
もちろん彼には、前世の話なんかしてないわけで……。
だからこそ彼は、わたしが知らないはずの森に招待し、楽しませてくれるつもりだったんだと思う。
わたしは、そんな子供っぽい彼に苦笑しつつ、ともに森に入ったの。
だけど、すぐ幻滅する羽目になった。
森へいこうというのに地図もコンパスも、緊急連絡用の魔道具すら持っていない。
しかもそれ、わざと何も持ってこなかったというのが後に判明した。
それどころか、いつのまにか、わたしの荷物からも地図や連絡魔道具を排除していた。
出発前、お花摘みに行っている間にわたしの荷物を勝手にあさり、出発地点で山小屋に預けた荷物に混ぜて預けてきたというのだ。
しかも、そんなふざけた行動に出た理由というのが寒すぎる。
町から完全に離れた場所で、いい雰囲気でプロポーズするためだって。
そのために、生命かける安全装備までとりあげたっていうのよ?
なによそれ!
たったそれだけのために、森に入るなら当然やるべき安全対策を自分から投げ出しただけでなく、わたしが準備していた道具まで勝手に取り上げ、それを隠し続けた。
しかも、わたしが知らないのをいいことに堂々と安全地帯を外れ、完全武装の冒険者または騎士しか入っちゃいけない危険地帯に侵入し、実際は道に迷っているのに隠してどんどん森の奥に入っていった。
そんで。
だいぶ前から魔物出現のサインがあるのに、知らんぷりしてさらに奥へ。
とどめに、ものの見事に道に迷い、それでも引き上げようとせずに半日歩き続けた。
ええわかってる、わたしもマヌケだったわ。
こんな、安物ホラー映画のやられ役カップルみたいな行為を本当にやるヤツがいるなんて、予想だにしてなかった。まさかと思ってそのまま彼に任せ、歩き続けてしまった。
けど、勝手にわたしの荷物をあさり、あまつさえ安全装備をこっそり捨てたと知らされた時点で、わたしの怒りは頂点に。
そして、危険な魔物徘徊の兆候を発見しつつも放置し続けたことで、その怒りすらもさめてしまった。
プロポーズ?何をふざけてるの?
こんなの、ただの自殺志願者か狂人じゃん。
何が悲しくて、こんなのと一緒にならなくちゃならないのよ。
今すぐ帰る。
これと一緒にいるくらいなら、どんな恐ろしい目にあっても自業自得で納得するわ。
そして、無事生還できたら殺人未遂で訴えてやる!
自力で詠唱し、全身に身体強化魔法をかけた。
魔法のことは隠していたけど、もう隠さない。生き延びる事こそ最優先だ。
「エミ!?」
驚いた声がしたけど、非常事態なので知らない。
魔道具作りの仕事をしているから付与はできると知ってるはずだけど、直接魔法が使えるなんて話してなかった。
ま、要はわたし自身、彼を信頼できてなかったって事なんだろうけども。
「うわぁぁぁぁっ!!エミ、エミぃぃぃっ!!」
背後から悲鳴が聞こえてきたが、かまわず無視して加速。
探査魔法なんて使うまでもない、彼が魔物に襲われたんだ。
え、助けに行く?
その魔物と戦う道具も、探知する道具も全部彼に捨てられてんだけど?
冗談じゃないっての。
彼は死にたいんだろうけど、わたしはあんなクソと一緒に死にたくない。
何がなんでも!
◇ ◇ ◇
エミ嬢は無位無冠の一般人であり、少なくとも表向きには目立たない人生を送った。
そんな彼女だが一昨年、どうやら転生者だった事が日記から判明した。
きっかけになったのは、今回とりあげた森での事件であり、習ったはずのない魔法を駆使して自殺志願者から逃げ出した事が判明している。
またこの際、しばしば転生者が使う術も使っていた。
追いすがる魔物を異世界の青白い炎で攻撃し、逃げおおせる時間を稼いだという。
彼女がつきあっていた男性の誘いで山に入ったのは、21歳の時だったらしい。
男性は、いい雰囲気で彼女にプロポーズする事を優先するあまり、地図や測定器、連絡用魔道具などももたず、また彼女のもつ荷物からもこっそり処分、それを告げる事もなく山に入ったようだ。
これは不用心などという範疇を完全に踏み越えており、むしろ当時の裁量でも殺人未遂に該当する。
プロポーズが目的だとしても、危険な森の中で脅迫して婚約を強要する目的だった可能性もある。
事実、彼女は安全圏に引き上げるよう彼の説得を試み、彼がのらりくらりとごまかすのを見て説得をあきらめ、安全を優先して彼を切り捨てるという選択肢をとった。
しかもこの際、彼女を逃さないよう彼は妨害、逃げられないよう拘束すらされそうになったという。
結局、彼女は彼の拘束を逃れて逃走に成功。
彼はこの直後、魔物に食われて死亡し、彼女も何とか逃げおおせた。
少しでも判断が遅かったら、自分も死んでいたろうと彼女は結んでいる。
男性を弁護するならば、たしかに当時、安全が確保された一部の森で市民が森に親しんでいた。
本来、耕作地に対して行われていた安全策を、森林にも広げつつあったわけだ。
しかし男性は、わざと立入禁止エリアに侵入した。
自分や愛する人の安全よりも、そのいい雰囲気の中でプロポーズする事を優先した。
さらに、自分のみならず彼女の武具や地図、連絡魔道具などもこっそり荷物から盗み、森の入り口近くにあった保安所に旅装と共に預けてしまうという犯罪行為を犯した。
とどめに、魔物接近の兆候をことごとく無視した。
おそらくは、かっこよくプロポーズするために危険の兆候を無視したのだろう。
転生者には色々いるし、いろんなカタチでその存在が明らかになる事がある。
まさしく、彼女はその象徴のような人物であろう。
ホラー映画にはお約束、あの空気読まずバカやって殺されるカップル。
彼女も前世の記憶から警戒しなかったら、おそらく彼氏と共に殺されていた。
でもギリギリ生き延びて、その事を日記に書き残した……。




