感銘と賛辞
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
その者の名はマサヒロ。
異界漂流者である。
◇ ◇ ◇
やらかした。
学校の演習で想定外の魔物が出てしまい……複数の生徒の前で強力な魔法を使ってしまった。
まぁ、仕方がないっちゃあ仕方ないけどな。
親しくなった友人を守るためであり、とっさに手が出たんだ。
もちろん、友人たちには口止めしたけど……どうやら無理があったっぽいな。
かすかに困ったような、気まずそうな顔を隠せてないやつがいることで、だいたいの事情は理解できたよ。
けどまぁ仕方ない。
こうなったら俺も、学校生活はあきらめるしかないな。
「お断りします」
「なに!?」
国王の名と捺印つきの召喚命令書を掲げた使者とやらに、俺は笑顔で告げた。
「なるほど、俺はこの学院の生徒です。
しかし俺はこの国の民ではないですし、学費の援助も生活の援助も受けていません。
私財を投入して学院の学び舎に置いてもらっているだけの異邦人です。
これは職業ギルドの職員同様、たとえこの国の国王陛下の命であっても従う義務はないことを意味しますが……それを承知の上でのご命令なのですか?」
「きさま……陛下のご命令に従えぬと申すか!」
うっわぁ。
よりによって、なんでこんな「使者」を送ってくるかな?
これは、なにか嫌われる要素があるのか。
それとも、こっちが誰かの庇護下にないということで、国のモノにしてしまいたいのか?
はぁ、やれやれだ。
「聞こえなかったのか?
俺はこの国の臣民ではない、そう言ったんだぞ?
それに対し頭ごなしに命令するということは、外国人に対して武力や権力を行使する事になるんだぞ?
再度繰り返す。
他国の人間に対し大上段から権力をふりかざす、その意味を本当に理解しているのか?」
だが相手は、逆上して喚き散らすだけだ。
しかも剣までぬきやがった。
……いや、もういいか。
どうせ、ここはもう去る土地だ。
俺はそいつから剣をひったくってやった。
なんだこの剣、見掛け倒しかよ。
スキルと腕力を駆使し、膝の上でへし折ってやった。
「ひぃぃぃっ!!」
「そちらがこんなもん振り回すというのなら、こっちからも命令してやる。
国王に今から言う二点をたしかに伝えろ、いいな?
……校長、それと先生、おふたりが証人です。いいですね?」
横で聞いてる校長と担任の返事を待たず、続けた。
「まずひとつめ。
国王ボレル、そちらの敵対宣言はたしかに受け取った。
だが俺は、無益な戦いは好まない。
なので、俺はただちにこの国を退去してやる」
「「!?」」
横から驚きの気配がしたが、かまわず続ける。
「ふたつめ。
俺が出ていくのを妨害したり捕らえようとしたり、この学園で友人だった者たちを使って、くだらない事をしてみろ。
もしやった場合、直接王城に乗り込んで貴様の首をとりにいく。
言っておくが、これはブラフではないぞ。
……よし、たしかに伝えろよ三下」
そういって、そいつの横に折れた剣を突き刺してやった。
男は悲鳴をあげて、逃げていった。
俺はポケットから封書を取り出すと、校長に渡した。
「校長先生、これ退学届です。
学費の支払い等はすませてありますが、悠長に書類手続きをする時間はなさそうなんで。すみませんがよろしくお願いします」
「あ、ああ……いや待ちたまえ!」
あわてる校長たちに俺は微笑んだ。
「校長先生、ここでのんびりしていたら、学園を巻き込んでしまいますから」
俺には時間がある。
無事に生き延びれば、ほとぼりがさめた頃……80年後でもいいが、もう一度入学して今度こそきちんと卒業をめざしたい。
だけど、それには学園が残ってないとダメなんだ。
けど、それを伝える事はできない。
どうしようかと悩んでいたら、校長が得たりと微笑んだ。
「そうか、では無期休学の扱いとしよう」
「え?無期休学?」
なんだそれ?
首をかしげていたら、校長は言った。
「家庭の事情で一時休学する生徒は時々いるが、エルフやドワーフのような長命種だと百年単位の休学になる者もいるんだよ。
そういう場合、どこまで学んだかのみ記録し、一度学籍を抜いてしまうんだ。
これは無期休学という」
「ハイ……!?」
驚く担任……だけどそれは俺も同じだった。
なんで?
俺はたしかに時間があるけど、見た目はこの世界のヒューマンと変わらないのに?
「校長……いや校長先生、あなたは」
そういうと、校長先生は指を口にあててフフッと笑った。
なんか、かっこいいじゃねーか……ハゲ親父なのに。
「ふふふ、まぁ皆まで言わずともよろしい。
だてにこんなところで校長をしておらんという事だよ。
ま、あまり長く留守にしたならば、その時には現在の学力を把握するため、編入試験を受けてもらう事になるがね」
「……」
ああ、そういうことか。なんとなくわかった。
ははは、なんてことだ。
「で、どうかな?シンゴくん?」
「……はい、では、それでお願いします。もっとも、いつ戻れるかは」
「かまわないとも。さ、行ってきなさい」
「はい、失礼します!」
「うむ」
俺は校長先生に頭をさげると、部屋を退出した。
◇ ◇ ◇
過去の歴史を紐解く時に役立つもののひとつに、私信……すなわち個人間の手紙がある。
これらは個人のものだから表には出にくいが、当人やその直接の関係者がいなくなってから、子孫の許可を得て調査を行う事は時々あるし、そうした事からナマの歴史がそこに姿を現すことも珍しくない。
このシンゴなる少年についても、こうした調査により多くの事がわかっている。
異世界由来の人族で、俗にハイ・ヒューマンと呼ばれる種族である事。
彼らはもとの世界では普通の人間だが、世界を渡る時に巨大な魔力を得、そのために寿命も大きく伸びるという。
ただし目立つのを嫌がり、歴史の表にはめったに姿を現さない。
シンゴは140年後に再びこの学院に入学し、トップクラスで卒業したあとは学院と契約、そのまま教員となった。
そして自身も活躍しつつ優秀な学生を多数育て上げ、シンゴ先生と子どもたちに慕われたという。
だが今回、シンゴに関する調査でもっとも驚かされたのは、むしろシンゴでなく校長の方であった。
彼についての情報は不明なものが多かったが、今回の調査で判明したものだ。
たとえば、当時の校長の個人データは以下の通りとなった。
【マサヒロ・ムラカミ】
種族: ハイ・ヒューマン
職業: 教員(魔術学院の学校長)
かねてより「ハイヒューマンではないか」という推測があったが、とうとう裏付けがとれた。
これは校長が長命種と判明した時点で確定となった。
シンゴが復学した時、彼は昨日の続きのような笑顔で彼の帰還を歓迎したという。
後にシンゴはその手記で、国王との対立で国中かき回したというのに学園を維持してきた校長以下、その手腕と努力に惜しみない賛辞を送り、そして謝罪したという。
そして「迷惑をかけたぶん、自分も学園に貢献したい」という言葉を残し、実際に教員として学園に貢献したという。




