せーれー2
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
今日もここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
その者は……。
◇ ◇ ◇
死の危険がなく、飢える心配もない。
そんな状態に置かれると、のんべんだらりとしてしまうのは別に人間だけではないと思う。
いわゆる猛獣と言われる動物だって、おなかが空いてなきゃ平和なもんだよ。
……え?なんでそんなことわかるのかって?
ああ、うん。それはね。
『ちびすけ、いたか』
「ん?ありゃ、バイコーンのおっちゃん?」
最近お気に入りの花の中で寝ていたら、バイコーンのおっちゃんが会いに来た。
おっちゃんに会うのは、しばらくぶりだ。
ちょっとビックリした。
『おっちゃんでなく、おばちゃんだ。あいかわらずだなおまえは』
「やー、それほどでもないよー」
『褒めておらん、のれ』
「ういっす」
『……どこに行くのかとか、なんの用だとか聞かないのか?』
「おっちゃんがわざわざ来るってことは、おれに用なんでしょ?
それで乗れって事は、なんかあったって事じゃないの?」
『……察しがいいのかなんなのか、よくわからんやつだな。
まぁ、そうだな。おまえに見てほしいものがある』
「おれに?」
『うむ、苦しんでるやつがいるんだが、どうも要領をえんでなぁ』
「え?苦しむ?」
どういうことだろ?
「苦しんでるやつ……確認するけど魔獣の話だよね?」
『うむ、そういうことだ』
「おれにわかるやつならいいけどなぁ」
『わかるかどうかなら、おまえなら問題あるまい。むしろ問題は別にある』
「ん?」
まぁ、おっちゃんが呼びに来たってことは、間違いなくおれのスキル目当てだろ。
おれは人間だった頃、魔獣たちと仲良くして手を貸してもらう事ができた。
人間でなくなった今もそのスキルだけは残ってるらしいんだよなぁ。
おっちゃんが案内してくれたのは森のはずれだった。
「え、ヒドラなの?」
『苦しんでおるんだが、どうにも理由がわからぬでな。我もアレには近づけんし』
「ああダメダメ、毒にやられちゃうよ」
ヒドラは地脈の流れの上に住み、その流れを整えつつ、おこぼれを少しもらって暮らす竜種だ。
性質もおだやかで、意図的に攻撃でもしなきゃ、まずやりかえして来ない。
『おまえ、ヒドラは大丈夫なのだろう?」
「人間の時はね。今はどうかなぁ?」
あの頃、ヒドラの子供を助けてやった事がある。
最初、毒でヒリヒリしたけど、元々弱い毒耐性があったみたいで、すぐに慣れちゃったんだよね。
うん、なつかしいなぁ。
「まぁわかった、試してみるよ。おっちゃん頼む」
『おっちゃんではないというのに……まぁいい』
今のおれは、ちみっこくて羽根の生えた幼女……つまるとこ精霊のはしくれだ。
人間だった頃とは体質が違うからなぁ。どうだろ。
さて、そんなわけでヒドラの元にやってきた。
皆にさがってもらい、近づいた。
……ん?
「ありゃ、おまえ、喉にトゲささってやがるな?
ったく、しょーがないなぁ。
おれ人間じゃないから、力仕事は苦手なんだぞ?」
【……】
「よしよし、抜いてやるから、ちょっとおとなしくしてろ。いいな?」
【……】
竜種はだいたい言語理解する。
今もヒドラにおれのスキルが通じるかは不明だったけど、何とかなりそうだ。
ちょっと苦労したが、念動の魔法で抜いてやった。
ヒドラはなぜかおとなしくトゲを抜かせてくれた。
「よし、悪いものは取れたぞ。
あとは、おとなしくしていれば痛みもひいていくだろう」
【……♪】
「ははは、ありがとな。
しかし、こんなでっかい骨どこで刺しちまったんだ?」
【……】
「ふーん、戦闘あとかぁ。
どうせ、いっきに大物を飲み込もうとして刺さったんだろ?」
【……】
「いや、いいさ。
けど気をつけろよ?
今回は運良く話のわかるおれがいたけど、いつもはいないんだからな?」
【……】
どうやら納得してくれたらしい。
ヒドラに見送られて、おっちゃんのとこに戻った。
『なにやらヒドラが注目しているんだが』
「おっちゃんを記憶してんだよ。何かあったら頼る気なんだろ?」
『ちびすけを呼び出す窓口だろう。まったく面倒な』
「そういうなよ、むしろ理性的なやつで助かったし」
『助かった?』
「おれのスキルで懐いてくれると、そのまま同行してくるやつが多いんだよ。
けど、あいつはおれが花の精霊だから、ふみとどまってくれたんだ」
『ほう……それはつまり、精霊の野にヒドラが入ると毒で大惨事になりかねんと理解していると?』
「そういうこと。あいつ、ずいぶんと頭のいい個体みたいだぜ?」
『いや違うだろう』
おれの言葉に、おっちゃんはなぜか首をふって否定した。
「違う?」
『あれはおそらくだが、昔のちびすけを知っているのではないか?
知ったうえで、ちびすけの意思を尊重してくれた。そう見えるぞ?』
「おれを知ってるヒドラなんて……心当たりがないとは言わないけど、ずいぶん前のことだぞ?まだ子供のわけが」
『なんだ、知らんのか。
ヒドラはおそろしいほど再生に長けているが、成長は遅いのだぞ?』
「……ほんとうに、あいつだと?」
『あいつというのが誰をさすのか知らぬが、ちびすけが昔助けたやつの可能性が高かろうよ』
「……そうか」
俺は考えた末、ちょっと空に浮いてみた。
まだ、ヒドラは視界の届く場所にいた。
──縁があったら、またな?
スキルに念をこめて手をふってやると、ヒドラは首を3つとも空にむけ、カツ、カツ、カツと鳴らした。
を?なんだ?はじめて見るぞ?
『あれはヒドラの、というより地の竜種のあいさつのひとつだな』
「はじめて見たんだが?」
『それはそうだろう。
3つの首すべてでやるということは、戦わないという意思表示でもある。
あれは、助けてくれたことへの感謝だ。人間で言えば最敬礼のようなものだ。
……ところで、かつてのおまえは、上位から魔獣たちを従えていたのか?』
「いやいや、ちげーよ。
あっちはどうか知らないけど、おれは友達のつもりだったよ」
『うむ、だから見たことがなかったのだな。友達に最敬礼はおかしかろう?』
「あー、たしかに」
俺は、おっちゃんの背中に降下すると、もふもふの絨毯にしがみついた。
『おい、ちびすけ』
「さー、おわったおわった。かえろうぜー」
『……しょうのないやつだ。わかったわかった、連れて帰ってやるとも』
おっちゃんはブルッと呆れたように唸ると、もときた道を歩き出した。
◇ ◇ ◇
愛らしい姿をしているが、いろんな意味で人とは相容れない存在、花の精霊。
いや……相容れないといっても敵対するのではなく、絵に描いた風景のように交わらぬ存在というべきだが。
その花の精霊の中の異端でただひとり、対話すら可能な存在というと、有名な精霊『ナツ』があげられるだろう。
彼女は別に活躍をしたわけではないが、いくつかの伝記などの中に登場する。
もちろん何かに役立つような存在ではなく、長く存在しているがゆえの彼女の知識を借りるなど、いくつかの場面で姿をあらわすだけの事である。
長いあいだ、彼女は単なる創作上の存在と思われていた。
だが実在することが近年、改めて確認されて話題となった。
伝説と思われていたことが、実は事実だったのである。
こうしている今もなお。
かの花の精霊は眠そうに花の中であくびをし、平和な時間を楽しんでいるのだろう。
精霊: 元『せーれー』の主人公「江川なつみ」で、今はただの精霊の一柱。
見た目は、ちみっこい、手のひらサイズのかわいい幼女+透明な昆虫っぼい羽根が生えてる。
いわゆるクラス召喚の犠牲者で、当時のスキルの延長線上で魔獣や魔物と仲良くするスキルを持っている。




