想定外の結末
異世界転生の王道のひとつといえば、物語やゲームの世界に転生することだろう。
その他大勢の脇役や悪役令嬢コースというのもあるが、やはり王道中の王道といえば主人公。多くの人々が今や異世界に漂流し、まるで物語の主人公のような立場を味わっているという。
だけど、せっかく主人公に転生したのに、そうではないケースも知られている。
今回は、そうした人物のひとりを紹介したい。
その人の名はターミ。
異界漂流者である。
■ ■ ■ ■
「たみちゃん、朝だよー」
「……」
「たみちゃあん、朝だってば、朝ぁ」
「……にゅ?」
「おはよう、たみちゃん。朝だよ?」
「……うん」
「さ、つらいけどおきようね?朝だからね?」
「……うん」
言われるままに起きて着替える。
ボーッとした頭のまま洗面所にいき、そして目の前にいる女の子をじっと見る。
……どこかで見たような気のする顔だなぁ。
とりあえず頭をさげた。
「……おはようございます」
「たみちゃん、それは鏡」
「ん」
え?鏡?
ボーッとしていた頭に少しずつ思考が戻ってきて、そして目の前をもう一度見る。
「……女の子」
「まだボケてる、今朝は重症だねえ」
ボケてる?
とりあえず女の子を凝視したら、女の子もこちらを凝視する。
そこまできて、はじめてその人物が鏡に写った自分である事に気づいた。
ああ、そうか。
「サミィ、たみちゃんはやめろ」
「よしよし、さめてきたねえ」
「……話をきけよ」
「たみちゃん、さ、顔あらってごはんにしよ?」
「……おい」
ま、いっか。
言われるままに顔を洗い、そして部屋を移動。
「ほら、すわってたみちゃん」
「……うん、サミィ」
まだ少しボケている頭をふりつつ席についた。
「さ、たべよ?いただきます」
「いただきます」
ゲーム『ロマネスハート』。
現実によく似た現代日本が舞台のファンタジー作品だ。
主人公の日常は若者むけ作品でよくある、親が忙しくて家でひとりになりがちの高校生そのもの。
ではどのあたりがファンタジーなのかというと……魔物と、それと戦うファンタジーな職種のいる世界観なのだ。
わかりやすく言うと、現代社会に中世ファンタジー要素が加わったものと思えばいい。
たとえば、主人公の家は魔術師。
しかし主人公は家業を知らされてない。
だが、ある日唐突にひとりの少女との出逢いをきっかけに、親譲りの才覚が目覚めてしまい……というのが本来の流れだ。
だけどねえ。
まさか、そのロマネスハートの世界に転生するとは、さすがに想像してなかったわ。
しかも、斜め上の計算違いはそれだけじゃないんだよね。
ロマネスハートの主人公といえば、男の子で名前は藤田貴大。
でも、この世界にはタカヒロ君がいないんだよ。
そして、その立ち位置にいるのが私ことターミ・フジタ。つまり女。
おかしいだろ。
ターミって、ヒロインのターミ・フォン・ルルフラントだろ、なんでと思ったところで、つまりその差異の理由に気づいた。
違う。
ここは商業版じゃなくて、同人ゲーム版ロマネスハートの世界なんだって。
同人版ロマネスハートは、関係者以外には色々と謎の多いゲームなんだよ。
ただ、商業版との大きな違いがいくつか知られている。
まず、同人版ではターミが主人公で、名前もターミ・フジタなんだよ。
フジタ家の実の娘ではなく引き取られたんだけど、ターミはそれを知らない事になってる。
この歳の女の子が家で一人ぼっちって普通おかしいだろと思うんだけど、ま、それはゲームだからね。
あと、隣の皆川さんとのつきあいも大きいらしい。
要は、ターミは一人暮らしといっても皆川一家の監視下にあるってこと。サミィが来てくれるのは別に、世話焼きの幼馴染だからってだけの理由じゃないわけだ。
ちなみに同人版は、とにかく女の子だらけなんだそうだ。
商業版にいる父親も同人版にはいない。
フジタ家は母親と、彼女の学生時代からの親友……要は魔術師仲間なんだが、そのふたりが事実上の藤田家の家主になってる。
ちなみに皆川家は信仰系というやつで、司祭だの僧侶だのってタイプの家だ……表向きはお寺って事になっている。
で……同人版で謎なのはこの先だ。
女しか登場しないのに、なぜか恋愛要素がある事。
まぁそれだけなら、女の子同士ってジャンルもあるわけだけど、しかし驚くべきは妊娠エンドもあるという点だ。
戦いで親をなくした子を引き取ったってんならわかるけど、なんで妊娠?
相手は誰なのさ?
昔、ロマネスハートやった時の研究サイトで見たんだけど……そもそも同人版は伝説のゲームだったんだよね。もちろん私も生前にプレイなどしていない。
で、なんで女の子同士で妊娠エンドがあるんだよという質問への答えは「重大なネタバレなので」とネットの攻略サイトには書いてなかったんだ。同人時代のプレイヤー同士のお約束だったんだと。
なんか不穏だよね……。
もしかして、無理やり妊娠させられるような鬼畜なルートでも隠れてるんじゃないだろうな?
「ごちそうさまー」
「おそまつさま」
「片付け手伝う」
「うん、ありがと」
にこにこと笑うサミィに手伝いを申し出る。
サミィはうちの子じゃないのに、なぜか私の食事を作ってくれている。
しかも、サミィがウチで私と一緒に食べるのが、皆川家でもウチでも公認状態らしいってのも意味がわからない。
たしかに私は事実上の一人暮らしだし、親の間で食事に関する取り決めがあったのかもしれない。
でも、その流れだったら普通、私が皆川家の食卓にお呼ばれするんじゃないの?
なんで、私たち二人だけ別?
しかも、じゃあ皆川家の人とうまくいってないかというと、そういうわけじゃないんだよね。おかずのやりとりもあるし、もちろん日によってはみんないっしょに食べる事もある。
でも基本は、やっぱりサミィと私だけフジタ家で食べる。
いったい、なんでこうなってるの?
そんなことを考えていたら、サミィが珍しいことを言い出した。
「ねえたみちゃん、今日は特別授業なんだけど知ってる?」
「特別授業?……あー、保健体育だっけ?」
「うん、そうだよ。
特に今日のは、とても大切な授業だから聞かないとだめなんだよ?
もし休んだら後日補習になって、絶対に聞かなくちゃいけないの」
「うん、きいた。わかってる」
そういうと、ウンウンと笑顔でサミィはうなずいた。
学校も女の子ばかりというか……実はこの世界に生まれて以降、男をそもそも見たことがないんだよね。
そして、中学以下の子供たちには、そのあたりの事情は全く知らされていない。
いや、それだけではない。
どうも性に関する情報が徹底的に隠されているっぽい。
かなり探したけど、成人向けの書籍すら見たことがないからね。
いったい男はどこにいるのか?
どうやって子孫を増やしているのか?
そのあたりが、まるでわからない仕組みになってる。
で、高校になってから必須科目として、子孫繁栄についての話をきかされる仕組みになってるらしいんだよね……。
これはどういう事なんだろう?
もしかして。
これがつまり、同人版ロマネスハート最大のネタバレ部分なのかな?
だってそうだろ?
女の子ばかりなのに妊娠エンドがあるってことは……。
実はゲームに出ないだけで男はいるんだよって話じゃない限り、なんらかの秘密があると思うんだよね。
たとえば、人工授精的なものがあって、ある程度の社会的条件を満たした人が申請すると、それを施してもらって妊娠するとかさ。
子孫繁栄のための、なんらかの仕組みがあるって事だろ?
サミィはもう準備をすましていたみたいで、私が準備をすると出発準備は整った。
「さ、学校いくよ?」
「おう」
学校について友人たちに挨拶し、今日の授業の話なんかをする。
そしたら、反応が二種類あるのに気づく。
未知の授業への期待と不安を抱いている組と……妙に落ち着いている組だ。
これは、あれか。事前に知ってるやつもいるってことか。
ちなみに私は当然、前者で……サミィはどうやら後者みたいだ。
なるほど、こうして何人も見ていてようやく私にも気づけた。
「ねえサミィ?」
「ん?」
「先に教えてくれてもいいのに」
そういったら、サミィはすぐ私の言葉をくみとってくれた。
「それは駄目なの」
「どうして?」
「たみちゃんは……たぶん気づいてると思うけど、『わかってる子』はみんな、知らない子についてる。これはわかる?」
「うん、わかる」
さすがだね、とサミィは笑った。
「あとでわかるけどね、知ってる子は、事情があって事前に知らされてるんだよ。
そして知ってるという事は、その子が責任もって守りたい『知らない子』がたいていそばにいるの……わたしと、たみちゃんみたいにね」
責任もって守りたい子ぉ?
「んー、よくわからないけど……それも今日わかるの?」
「うん、もちろん……あ、先生きたよ」
「お、いよいよか」
いったい何の話があるのか。
そわそわした空気の中、授業がいよいよ始まった……。
一時間目の授業が終わったあと、私は頭を抱えていた。
「……なんだよそれ」
てっきり私は、人工授精とかそういう話が出るんだと思ってた……だって女だけで子孫を増やせるわけないのに、この世界には男の姿が見当たらないから。
なのに授業の内容は、私のそんな予想を斜め上からぶった切っていったんだ。
この世界の人間には男がいない。
過去になぞの伝染病で絶滅してしまっているんだそうだ。
ここまでは、まぁだいたい予想通りなんだけど、問題はこの先だった。
人類は、人工授精のような方法をとっていない。
そもそも男が絶滅した頃にはそんな技術なかったそうだ。
そしてなんと、男性要素をもつ第3の性が女の中から現れたらしい。
その者たちは見た目こそ女と変わらないが、股間から女にはあるはずのないもの……すなわちペニスが生えていて、ちゃんと男性機能も持っているんだという。
……つまり「ふたなり」いわゆる両性体らしいのだ。
まぁ、この世界では「ギュヌス」とか「メニール」とか言うらしいけど。
メニールの方は語源がよくわかんないけど、ギュヌスはアンドロギュヌス(両性具有)の略だよね……たぶんだけど。
なんだよそれ。
いや、元がゲームと思えば、ある意味納得なのか?
つまり同人版ロマネスハートは、ふたなり娘と女の子が恋におちるゲームでありましたと?
……また、濃いネタを扱ってたんだなぁ。
それで商業化の時、マニアックすぎるって事で、ふたなり要素を排除したのか。
ある意味納得ってところか?
あれ?
でも、ふたなりネタはたしかにマニアックだけど、そこまでして隠すほどのもんか?
あれれ?
じゃあ、なんで子供に知らせない、なんて事をしてるんだ?
「あ」
その時私は、ものすごく悪い予感がした。
まさかと思った。
そして……隣にいるサミィに視線を走らせたんだけど。
「……」
うわぁ、すんげえ笑顔。
「あの、まさかサミィって」
「うんそう、メニールだよ?」
「……ほんとに?」
じゃあスカートの下には、ちんこつきの下半身があるのか。
そういえば、もう何年も一緒にお風呂してないけど。
あれはつまり、目立つ下半身を私に見せないためだったと?
「えっとね、サミィ」
「なあに?」
「まさかと思うけど……サミィがうちでご飯つくるの公認なのって」
「うん、もちろんそういうことだよ?」
お、おおおおおいっ!?
思わず後ろに下がろうとしたけど、後ろには壁があった。追い詰められていたらしい。
まわりを見ると、同じように追い詰められてる娘が数名いたり。
うわぁ……えっと、つまりそういうこと?
ひきつって笑みを浮かべていたら、サミィにギュッと抱きしめられた。
「幸せになろうね、たみちゃん!」
語尾が、はてなになってないぞサミィ。
「……質問があるんだけど」
「なぁに?」
「事情はわかったけど、なんで子供には秘密になってるの?
それと、先に知らされてた子って両性体って事だよね?
なんで両性の子には先に知らせるの?」
「子供に知らせないのは、未熟な体で無理をさせないためだよ。
十六になれば、たいていの子は問題ないからね。それまで待つの」
なるほど。
「あと授業でもいってたけど、メニールは数が足りないの。
それに、すぐにポンポン生まれるわけでもないんだよね。
だから、メニールは子供を作るのは義務なの。
子供作れる人は、絶対作らなくちゃいけないの」
そこまで言うと、サミィはためいきをついた。
「でも、いくら義務でも、一番はやっぱり好きな人がいいよね。
これは統計でもわかってて、そうすると一番多く子供がうまれるらしいよ?
だからね、メニールの子は子供作れるようになったらね、好きな子はいるのかって聞かれるの」
なるほど……そしてサミィは私を指定して、うちの母も含めてみんなが許可したと。
「ひとの頭ごしに、いったいなんの同意を交わしてんだかなぁ」
「……たみちゃんは、わたしが相手じゃイヤ?」
悲しそうな顔に、アホかとデコピンしてやった。
「痛いよぉ」
「やかまし、くだらねー事きいてんじゃないっての」
「……うふふ、たみちゃんだなぁ」
やめろ、ツンツンするな、ツンツン。
「……もうひとつ質問」
「ん、なあに?」
「わたしも含めて、相手の子が今日まで何も知らされてないのはどうして?」
そういうと、サミィは不思議なものをもるような目で私を見たあと、きっぱりと言った。
「そんなの、先に外堀埋めきって逃さないために決まってるじゃん」
「……だよねえ」
つまり。
落とす方の立場のつもりが、こっちが落とされる側だったってか。
はぁ、やれやれ。
翌月。
久しぶりに帰ってきた母たちの前で、私たちは『ペア』になった報告をして。
そしてわたしは祝福され、本当にタミィのお嫁さんになってしまったのだった……。
は、ははは……。
■ ■ ■ ■
オスとメスというふたつの性が絶対的なものではない、というのはよく知られているが、同時に、男がいなくなったからって女を補充したり、その逆をやったりできるのはせいぜい魚類くらいまでとも言われている。
少なくとも哺乳類では、そんな事不可能というのが世の常識であろう。
だが、今回の調査で見つかったこの世界──仮にメニール界とする──メニール界は、それを可能にしてしまった。
なんらかの理由で女の一部に男性機能をつけ、女同士で子供を作る方法で絶滅を回避したらしいのである。
ターミ・ミナガワは専業主婦であったが、どうやら異世界からの転生者であったようで、このあたりの状況について、興味深い推論をしている。
ターミ氏によれば、メニール界はその根底の部分に不自然な要素……すなわちゲーム設定という異界の概念を飲み込んでいたらしい。
そして、そのゲーム設定には、肉体の派手な改変を含むような魔法も存在したのだという。
つまり、かの世界では、本来不自然な肉体の改変が原理的には可能との事。
可能である以上、誰かがそれを成したのではないか……生き残るために。
ターミ氏は自らの手記の中でそう推論している。
メニール界に両性体がいたのはわずかな時代のみで、少なくとも千年後には普通に男と女の社会に戻っている。
やはり両性というのは肉体に負荷をかけたのだろう。
両性要素のある者は、それが発現する年代が次第に低下し、最終的には胎児のうちに男性体に分かれるようになった。
そうして生まれた者はもはや女性機能はもたず、普通に男性体になっていった。
かつて、メニール界のそれは単なる作り話だと思われていた。
しかし近年の研究でこれらの説は否定され、かつてたしかにそういう時代があったらしい事がわかってきた。
ターミの手記は創作物でなく、本当の日記だったのである。




