流浪する魂
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
ここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
その者の呼称は『フルタ』。
まったく正体不明であるが、おそらくこの者も異界漂流者だろうと言われている。
◇ ◇ ◇
「うぉーすげえ!超古代文明の遺跡ってやつか?」
「ここに魔王と戦うための道具があるってのか?」
「いえ、あいにくほとんどの設備は使用できません。今使えるのか、そもそも何なのかもわかっていないんです。
ですが、ここにある『黒い馬』を制御する方法は知られておりまして、これが魔族の領域に行くのに欠かせないのです」
「ああ、なるほど馬ね……」
「あー……まぁクルマも飛行機もないもんねえ」
彼らは異世界から召喚された勇者たちと、その引率をしている者たちだった。
そして、何人かの魔道士らしき者が、遺跡の設備のひとつに向かって呪文のようなものを唱えはじめた。
「あれは呪文?」
「いえ、黒い馬を引き出すための言葉です。遠い昔から伝わっているものです」
「ああ、パスワードか何かかぁ」
「ぱすわ?」
「ああ、いいよいいよ、どうせ理解できねんだろ?」
「……」
日本人らしい若者のひとりが小馬鹿にしたような物言いで笑い、引率の者が少し眉をよせた。
だがその引率者たちの方も、内心で異国の若者たちをうまく利用しているわけで、どっちもどっちという状態だった。
そして。
「おお、動き出しましたな……む?」
だが彼らは、入り口から現れた巨大なゴーレムのようなものに眉をしかめた。
「なんだこれ?これが馬か?」
「いえ、これは初めて見るものですが……はて?」
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』
巨大なソレは何かつぶやいたかと思うと数秒待ち、そして。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』
再び何か宣言するように言ったかと思うと、その巨大な手でいきなり、言葉を唱えていた者たちを横に叩き飛ばした。
「っ!?」
「な、なんだと!?」
若者たちはもちろん、引率の男たちまでもが驚いた。
だがゴーレムたちは立ち止まることなく、その巨体には似合わぬ素早さで、次々とそこにいた者たちを殺し始めたのである。
「だ、だめだ、逃げ……!?」
だが彼らは、もはや逃げる事もできないと知る。
なぜなら、彼らがやってきた入口の方からは、目の前にいるのと同じような怪物が、しかも数体現れていたからだった。
『撤退の意思確認できず。やむを得ず排除にとりかかります』
(あーあ、何やってんだか。わざわざ警告してんだからさっさと逃げりゃいいのに)
逃げ惑う勇者パーティのはるか後方で、ボロをまとって重い荷物をしょっていた男が苦笑した。
どうやら彼らは、旧時代の言葉を知らないらしい。
男は理解できたが、それを彼らに教えてやるほどお人好しではなかった。
ところで。
もちろん男も逃げるべきだが、彼の首には隷属の首輪がはまっていた。
つまり、逃げられない。
まもなく登録上の主人が死亡して首輪が機能停止するだろうが、それから逃げても間に合わない。それを男はよく理解していた。
そして。
「っ!?」
全身を焼け付くような光が貫いて、男は一瞬で殺された。
動く者がいなくなり、ゴーレムたちが死体を片付け始めた頃、死体の山の一角でひとりの、いや一体のエルフ女が起き上がった。
「う……ん」
女にゴーレムたちが反応したが、それだけだった。
全員死亡とみなした時点で敵対情報がリセットされており、女も敵対行動をとらない。
この場合、ゴーレムたちは女を観察しつつも作業を続ける事になる。
「ん……ああ」
女はそう言うと壊れた首輪を外し、そして、血まみれで胴体に大穴のあいた服のまま立ち上がった。
ちなみに、穴の奥にある素肌は、傷ひとつないきれいな色をしている。
そして、ゴーレムたちにわかる言葉で呼びかけた。
「こんにちは、誰か答えてくれる?」
ゴーレムたちは一瞬動きをとめて、そして、中の一体が女の前に移動した。
『ユーザー登録を確認いたしました。お疲れ様です、施設をご利用になられますか?』
「当面の寝床と、それから食べるものがほしい。何かある?」
『準備可能ですが、非常食になります』
「悪いけどお願い。このざまだし、彼らの食料よりは施設の非常食の方がマシよ」
『わかりました、ではこちらに』
ゴーレムの先導にしたがい、女は歩き始めた。
『ひとつ質問してかまいませんか?』
「なあに?」
『前回のご利用情報が900年前で、人族の男性になっておりますが?』
「ああ、身体は借り物なの。前回も今回もね。
この身体は、ついさっき使用を始めたばかりよ。
前の身体は……ほら、アレよ」
遠くで、屑肉のまとわりついた大きなリュックがあるのを指さした。
「インフェラーのユーザ認証技術はすごいって聞いてたけど、死んで魂になっても認識してくれるとは知らなかった。ホント、まるで魔法ね」
『お言葉ですが、その「タマシイ」「マホウ」なる宗教的、あるいは非科学的な表現はどうかと。
インフェラーでは古くなった肉体を人工物に取り替える方が増えたため、肉体を使った認証には限界が来ておりました。
そこで、肉体以前に使える「何か」を研究しておりました。
つまり科学研究の成果であり、宗教や哲学、創作物で言うところのタマシイ、マホウなるものとは違います』
「いや、よくわからないけど、ようするにそれ、科学のちからで魂の特定・アクセスに成功したんじゃないの?」
『違います』
「そうかなぁ……私には魂にみえるけど?」
『見えるのですか?』
「いやいや言葉のあやだって!」
女は困ったように笑うのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
ある時代に『魂の旅人』として吟遊詩人に語られた存在『フルタ』。
だけど彼、または彼女の全貌を知る者は誰も居ない。
何しろ当人すらも知らないのだから。
元が地球人であったのは間違いないと思われる。
だが、そもそも転移前が何者であったのかも定かではない。
魂だけの存在になってしまったフルタは、少なくとも数百以上の肉体を渡り歩き、さまざまな人生を見つめ続けてきた。
その長大な歳月は、かつての個人的な記憶を歴史の彼方に押し流してしまったという。
老若男女、立場も何もかもバラバラ。
そんな膨大な思い出の前に、もはや自分が何者であったのかすらも忘れ去ってしまっていたという。
だが、ある時代にその無意味さを説き、転生を続けるのをやめて浄化しないかと持ちかけた司祭に、フルタは笑ってこう告げたという。
──おかしなことを。
生きるとは、生死とはすなわち現象である。
それ自体に意味などない。
あると心底信じている者は、ただそう思い込んでいるにすぎない。
それだけのことである。
だが、それはそれで良い。
目的をもち、それに生きる。その気持ちに虚実など関係ない。
それもひとつの生であろう。
我は、そこで死ぬはずだった存在を死なせず、少しだけ別の可能性を広げる存在。
もちろん、それにも意味などないが、それでよい。
生きるとは、すなわち可能性を得るということ。
死すはずだった者が生きる事で、それに関わる別の者が新たな可能性を得る。
たったそれだけの意味であるが、我の存在価値には十分と考える。
当人が言ったとおり、フルタと思われる存在は目立たない。
近年、情報網が発達したおかげで、一度死んだ可能性が高い者を探すことが容易になったが、それでもなおフルタであると特定するのは困難だ。
何しろフルタは、相手に成り代わってもその者がするはずだった人生をなぞる事がほとんどで、意図的に行動を変える方がめったにないから。
発見されたのは、たまたま戦乱や天災などの理由で、行動を変える必要が生じた場合のみ。
報告によれば、フルタは今もなお、無限の歳月を渡り歩いているという。
もしかしたら、あなたのすぐ近くで、普通に暮らしているのかもしれない。




