ごまかし
皆さん、お元気してますか?
久しぶりの人が登場します。活躍しませんが。
異世界に行く、送られる、漂流する話は数多くあり、多くの民が異界にわたっている。
だが、彼らの全てが目立つ活躍をするわけではない。むしろ目立たぬようひっそりと生きるのが大多数であるが、それでは物語として地味だし、何よりこの手の異界物語を好む子供たちにウケが悪いのだ。たとえ非常識だろうとバカだろうと、危険に自ら飛び込んで死にかけるような者がそういう物語では王道とされている。
では、そうじゃない異界漂流者はどうなのか?
ここに、そんな人物のひとりを紹介しよう。
彼の名は、正行。異界漂流者である。
◇ ◇ ◇
その依頼は、たまたま仕事の手が空いた時にやってきた。
「畑をビッグボアが占拠してる?」
「イノシシが畑を荒らしてるから退治してって依頼だったんですよ。
そしたら超絶でっかいビッグボアがしかも二頭で!このままじゃあ依頼達成失敗になります!助けてくださいマサユキさん!」
「……ちょっと待て」
彼の依頼票を見せてもらった俺は、えらく情報抜けのある依頼内容に眉をしかめた。
なんだこの依頼?
「そもそも、なんでこの依頼を受けた?
畑にイノシシが出たと言いつつ数も不明になってて、なのに達成条件が討伐になってるぞ。
現地に行ってみたら、家族連れの怒り狂ったペアが待ち構えてる可能性もあるんだぞ?
イノシシとビッグボアを素人が間違えるのはよくある事としても、明らかに難易度設定がおかしい。低クラスの依頼にする内容じゃないだろう」
おそらくだが、村で依頼料をケチった可能性がある。
残念だが、こういうのはよくある。
地球でも猟友会をタダ同然で使おうとして出動しない、なんてのは時々ある。
大型のイノシシや、ましてクマとの戦いは命の危険もあり、猟友会は銃を持っているとはいえ普通の一般人だ。
ボランティアで命をかけろって言うほうが間違っているのだけど、それを堂々と言い放つ輩はどこの世界にも存在する。
で、当然、それらのために命をかける愚者もいないはずなのだが……。
「ちょっと足りない依頼だよなとは思ったよ、でも困ってるのはわかったし」
「あのな、おまえ前提条件が間違ってるぞ」
「……前提条件?」
ああもう、俺は説教って好きじゃないんだけどな。仕方ない。
「おまえは困ってる人のために冒険者になったんだろ?そういってたよな?」
「ああ、そうだよ、だから」
「だから、じゃない。
ひとりでも多くの人を助けたいと思うのなら、こういう依頼は潰すべき悪だろうが」
「悪!?」
「聞けよ。
あのな、こういう依頼があるからこそ、おまえのように理想に燃えた若き冒険者がひっかかり、おまえのように依頼失敗になったり、場合によっては無茶をして命を散らす元なんだぞ?
違うのかよ?」
「……それは」
「おまえがもし、皆とこの村のために良かれと思うなら、まず依頼そのものを訂正させるべきだし、それが無理なら、この依頼の危険性を訴えて、他のルーキーどもが同様の依頼にひっかからないようにすべきだ。そうだろ?」
そういうと俺は、依頼ボードを見ながらもこっちに聞き耳を立てている新人君たちにも聞こえるように大きな声で言った。
「依頼は正しく書き、わからない事はわからないと書くのは依頼側の義務だ。
なぜなら、冒険者はその依頼を受けて、それを元にして行動するからだ。
このように、被害やモンスターの状況もわからないのに達成条件が討伐になっているような依頼は却下されるか、通ったとしてももっと高ランクの依頼になる。そうですよね?」
「はい、そうですよ」
目を向けると、窓口にいる受付の子が大きくうなずいてくれた。
「おそらくだが、イノシシ一頭とここに書いてあるのは、そうしないと依頼ランクが高く設定されるから、わざとそう書いた可能性が高いと思うぞ」
「わざと!?」
男が「ありえない」という顔をした。
「あのなジャック。
これ、たとえ間違いを指摘されたとしても『ビッグボアとイノシシだから間違えました』って言ったら、たぶん通っちゃうだろ?そこまで計算ずくで最低に見積もってるんだよ。
同様の例はよくあるぞ。
グレイウルフの集団をプチウルフ二匹と書いていたり、よくわからない小動物というので言ってみたら、災厄大猿の子連れだったとかな」
「……」
「なぁジャック。
おまえは困ってる人たちのために冒険者になったといったけどさ。
そういう、詐欺スレスレの事をして冒険者の命を値切る連中が、本当に困ってる人たちだと思うか?」
「……それは」
厳密にいえば、本当にお金に困ってそうしている場合もある。
だけど、実はこの依頼の村の周辺て、前にも何度か類似の問題を起こしていたりする。つまりおそらく黒か、そうでなくても限りなく黒に近い灰色ってことだ。
彼が最終的にどう選択するかは知らない。
でも俺は、こんなクソな依頼を出した村を弁護するつもりはない。
結局、彼は依頼失敗としたらしい。
受付嬢の方で気をきかせてくれたみたいで、依頼失敗の罰金はあったものの「依頼内容に抜けがあった」事などを可能な限り評価し、経験と考えて評価の方は少し下駄を履かせてくれたらしい。
ところで肝心の村の方だが。
失敗処理の時に冒険者ギルドから「イノシシでなくビッグボアが複数頭という報告が上がっているので、依頼内容を見直さないか」という連絡をかけたが、村の方からは「担当者がいないので協議するまで待ってほしい」という返答があって、それきりだったそうだ。
当然、誰もそんな依頼を受けなかったが、しばらくして「なぜ冒険者を派遣しないのか」という、苦情というより恫喝に近い問い合わせがあったそうだ。
それに対する返答として「条件を見直してないからでは?」と、再度の条件変更を提案したが、それに対する返答はなし。ただ派遣せよの一点張りで、しかもだんだんと上から目線になっていく始末。
これに対して冒険者ギルドは、最後に「タダで働くプロはいない、お金をかけたくないのなら領地の騎士団に依頼しなさい。そのために税を支払っているのでしょう?」と書き、それ以降の対応を打ち切ったそうだ。
まぁ、順当だな……騎士団が辺境の村に来てくれるのかはともかく。
この村はこのあと、数年とまたずに廃村となった。
実は、近郊の森に強力なモンスターが巣食っており、ビッグボアが村を荒らしていたのは森に住めなくなったからという事らしい。
騎士団に勤める友人によると、村長や村人たちは「冒険者ギルドに討伐依頼をしたのに対応してくれなかった、なんのための冒険者だ」と嘆いていたらしい。
だがもちろん森の調査依頼などは出ておらず、例のイノシシ退治の依頼のみ。
おそらくだがあの依頼は、イノシシの料金でビッグボアの複数退治をしてくれたお人好しにタダで森の調査もさせるため撒き餌だったのだろう、との事。
俺は友人とふたりで「こんなんじゃ廃村になって当たり前だろ」とためいきをついた。
◇ ◇ ◇
マサユキの手記や記録は決して派手ではないが、当時の世相や冒険者ギルドをめぐる状況がよくわかるものが多く、歴史家の評価も高い。
この事件もそのひとつで、冒険者を安く買い叩こうとするのは権力者だけではないという当時の構図や、冒険者ギルドがどういう立ち位置にあったかが非常にわかりやすい。
まるで歴史の教科書に乗りそうな案件といえる。
安全にはお金がかかるものだし、専門職や技術職にお金を払うのも当たり前の事。
なのに、それを軽視して使い潰そうとして、結果として全てを失った……。
彼らのように潰れてしまわないよう、我々も心しておきたいものである。




